とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第七九話、投稿します。
次は一一月一日月曜日です。


第七九話:〈必要不可〉と考える者たちの対話

アシュリンは少女に手を引かれて空間移動(テレポート)でその建物の中へとやってきた。

 

真守に見せていた甘い顔はどこにもない。淑女然とした鋭い冷たさを持つ雰囲気を纏ってアシュリンは薄暗い建物内を歩く。

 

「こんにちは、統括理事長さま」

 

アシュリンは確かな足取りでピンヒールを鳴らして『窓のないビル』内に安置された巨大なビーカーに逆さになって浮かんでいる統括理事長、アレイスターを見上げた。

 

「本来ならば保護者殿が私のもとへ来ることなどないのだが、事情が事情だからね。アシュリン=マクレーン。いいや」

 

アレイスターはそこで言葉を切って自分を不敵に見上げているアシュリンを見つめた。

 

「イギリス清教の関係者殿?」

 

アレイスターが告げると、アシュリンは先程まで真守に見せていた甘い表情からは想像できない程に軽やかに、そして獰猛に嗤った。

 

「やっぱり知っていますのね、統括理事長さま」

 

「イギリス清教から連絡があったのだ。改めて超能力者(レベル5)に認定された少女が、ウチが抱えている古物商とよく似ている、とね」

 

「あら、ローラも目が濁ってなかったのね。彼女、人間のことを(ラベル)としてしか見ていないのに」

 

アシュリンはイギリス清教の最大主教(アークビショップ)をそう嗤ってからアレイスターに真剣な表情をして告げる。

 

「わたくしたちはイギリス清教に服従しているわけではありません。わたくしたちにとって魔術とはあくまで()()()()()ですから、彼らとわたくしたちはまったく立ち位置が違うのですよ」

 

「ふむ。そこら辺はまったく分からないのだが、スタンスが違うことがどう関係してくるのだ?」

 

アシュリンの言葉にアレイスターが問いかけると、アシュリンはにこにこと柔らかな笑みを浮かべて人差し指をピッと立てて提案をする。

 

「つまりぎゃあぎゃあうるさいイギリス清教は放っておいて、わたくしとあなたで全てを終わらせてしまいましょう、という提案です」

 

「確かにその方がこちらも嬉しいが。……で、どうやって始末をつけるつもりだ?」

 

アレイスターの問いかけにアシュリンは人差し指を立てるのをやめてスッと(たたず)まいを正してアレイスターを見上げた。

 

「これまで通り真守ちゃんを所有する権利は学園都市がお持ちください。わたくしはイギリス清教とゆかりのある魔術的物品を取り扱う古物商ではなく、真守ちゃんの血族として真守ちゃんを見守ります。ですが真守ちゃんを認知して見守るとなると、色々と横やりを入れられそうですから。──わたくしたちの『失態』を公表しようと思います」

 

アレイスターが具体的な案を訊ねてくるのでアシュリンが淡々と告げると、アレイスターはそれを聞いて体を全く動かさずにふむ、と一つ頷く。

 

「自分たちが捨てた子供にたまたま才能があった。だから学園都市側に魔術世界を侵食する意図はなく、彼女の所有権を今更主張することは自分たちにはできない、というわけか。こちらとしてはそれで問題ない。口をはさむ理由がないな」

 

「そうでしょうね。……ですが。こちらに失態があったとしても、わたくしたちが必死で探した真守ちゃんの存在を、わたくしたちからわざと隠したのはいただけませんよ」

 

アシュリンは自分たちの方に非があると肯定しながらも、学園都市の非道を許しているわけではないとアレイスターにくぎを刺す。

 

「それはこちらの不手際としか言いようがないな」

 

「……まあ、真守ちゃんが学園都市にとって最大の利益になり、手放したくないということでしたら致し方ない処置ですし。思惑がどうであろうと、わたくしがあなたと同じ立場ならそうしますから責められないですね」

 

軽くいなしたアレイスターを見つめてやっぱりボロは出さないか、とアシュリンは心の中で呟きながら自身の気持ちを素直にアレイスターに伝えた。

 

「おや、意外とキミも薄情なのだな」

 

「別に薄情ではありませんよ。わたくしたちの信条は『価値あるモノは価値が分かる者へ。真価を発揮できる場所に我々が導く』ですから。……まあ水に流すと言いましたが、許すとは言っていませんのでお忘れなく」

 

アレイスターの呟きにアシュリンが自分たちの矜持(きょうじ)を口にすると、アレイスターはそれに特に響くことがないので変わらずに喋る。

 

「キミたちとやり合う気はないから留意しておくよ。……一応聞くが、キミたちはそれでいいのかね? キミたちにとってその公表はデメリットしかないと思うが?」

 

アレイスターの言う通り、マクレーン家は古い家柄なので厳格で清廉な身の上が求められる家だ。

 

だからこそ真守を捨てたとなれば非難は必須。しかもそれが超能力者(レベル5)第一位に認定されるほどの才能を持っていれば、真守が置かれていた状況を考えずに魔術世界は学園都市に何故そんな存在を渡したのか、とマクレーン家を糾弾するだろう。

 

もしあらゆる組織に『朝槻真守とマクレーン家の人間はよく似ている。実は血縁関係があるのでは?』と勘繰られる結果になったとしても『他人の空似では?』としらを切ればマクレーン家に傷一つつかない。

 

それなのにマクレーン家は一目見れば誰にでも分かるデメリットを見過ごして、真守と血縁関係を公表すると言う。

 

何を考えて自分たちが不利益なことを公表するのか。

 

アレイスターが至極真っ当な問いかけをすると、アシュリンは胸に手を当てて心中を吐露する。

 

「わたくしたちは真守ちゃんを見守ることができればそれで良いのです。あの子には既に辛い思いをさせてしまいましたから」

 

「随分と身内を大切にするのだな」

 

アレイスターは嘲笑とも取れる言い方をするが、その実感心しているような印象でそんな言葉を投げかけてきた。

 

アシュリンはそれを聞いて、アレイスターにも意外と人間らしいところがあるのだな、と心の中で微笑みながら頷く。

 

「確かにわたくしの妹はウチを出奔(しゅっぽん)しましたが、それでも気に掛けていなかったことはないのですよ。ですから真守ちゃんのことも大事です。科学世界にいようが魔術世界にいようが、真守ちゃんを見守れればわたくしたちはそれでよいのです。……まあでも、結構なじゃじゃ馬娘に見受けられますが? あの子の扱いは大変ではなくて?」

 

「そうだな。つい先日も統括理事会のメンバーを一人失脚させられたよ」

 

アシュリンがくすくすと笑いながら告げると、アレイスターは自分たちの失態なのに淡々と事実を述べる。

 

「ふふっ。お転婆娘ですね。見守り甲斐がありそうです。……ですから真守ちゃんのことはお好きにしてください。ですがあの子がわたくしたちに助けを求めてきたときはその限りではありません。……まあ、あの子の性格上それはありえなさそうですけれど」

 

「ふむ。それは同意見だな。それで今後の予定は? 統括理事会は大覇星祭が終わるまで滞在を許可しようとしているが」

 

アシュリンが真守のことを思って笑うと、アレイスターもそれに同意して今後を問いかける。

 

「あら、嬉しいですわ。その提案に甘えさせていただきます。なんせ姪の晴れ舞台ですもの。楽しみにしていますわ」

 

アシュリンは既に真守と小萌先生から大覇星祭の選手宣誓をするから学園都市に残らないのかと聞かれているのだ。

 

そのためアシュリンはアレイスターに大覇星祭までいたいと言うつもりだったが、アレイスターの方から提案してもらえて渡りに船として、柔らかな笑みを浮かべて答える。

 

「滞在先はこちらで指定させてもらう」

 

「ええ。問題ありません。あの子にはあの子の生活がありますし、出しゃばろうと思いませんから。まあ遠くから見守っていますが、意中の男の子はいるようですし、親友もいるようです。守るべき少女もいる。何もかも揃っています。感謝していますよ、アレイスター」

 

「感謝?」

 

アレイスターがアシュリンの言葉に何か裏があるのかと訝しむと、アシュリンは柔らかな笑みから一転、射貫くような鋭い瞳に変えてうっすらと笑う。

 

「ええ。あの子の行く道を整えてあげているのでしょう? ……一目見れば分かります。あの子は危険すぎる。ですからあの子をきちんと舵取りできるといいですね?」

 

アシュリンはくすくすと笑って空間移動(テレポート)で再び現れた少女の腕に手を掛け、アレイスターに一度頭を下げてから空間移動(テレポート)で『窓のないビル』の外へと去っていった。

 

「……どうやら今も昔も変わらずにマクレーン家は優秀らしい。まああそこはいつでも古い名家らしく高水準の人格者集団としてあらねばならないからな。その努力を今も怠っていないということか」

 

アレイスターは誰もいなくなった『窓のないビル』の中でマクレーン家を正当に評価する。

 

「彼らの()り方が変わっていないのであれば何も問題はない。価値あるものが価値を発揮するならば世界を壊してもいいとさえ思う連中だからな。……久しぶりに懐かしい気持ちになってしまったよ。本当に」

 

そしてしみじみとした声を『窓のないビル』内で響かせ、アレイスターは問題にもならなかった今回のことを忘れていつもの日常へと戻っていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は自分の新たな住居を見上げていた。

 

五階建てのソーシャルアパートメントと称されているマンション型のシェアハウス。

 

その建物のエントランスに入ってオートロックの扉を所定の手続きで開けると、そのまま中を歩いて二階のラウンジに直通しているエレベーターに乗る。

 

エレベーターに乗って入り口で靴からスリッパに履き替えると、ラウンジの扉を開けた。

 

仕分け作業は既に終わっているらしく、ラウンジには備え付けの家具が綺麗に配置されているだけで段ボールが一つもなかった。すべて部屋に運び込まれているのだ。後は開けて中身を出すだけである。

 

「真守」

 

「おかえりなさいっ!」

 

ラウンジ内を見渡していた真守だったが奥の巨大なテレビが置いてあるリビングスペースのソファに座っていた垣根と深城に声を掛けられて、そちらの方へ顔を動かした。

 

そこには満面の笑みをこちらに向けている深城と、温かい視線を黒曜石の瞳に乗せている垣根がいる。

 

突然現れた肉親によって、これまでの幸せな生活がどうなってしまうか心配だった。

 

でも伯母は優しくて、自分の幸せを本当に考えていてくれて。自分の今の生活を彩っている周囲の人間との関係を壊さないように細心の注意を払ってくれていた。

 

「ただいま」

 

真守は肉親が現れようと自分のことを何も変わらずに自分のことを大切に想ってくれている二人に、ふにゃっと安堵の笑みを見せてパタパタと走り寄ると、二人もソファから立ち上がって近づいてきてくれた。

 

「どうだったあ?」

 

「うん。とっても優しい人だった」

 

真守はアシュリンからもらった写真立てが入った紙袋をがさごそと探って中から写真立てを見せる。

 

「ほら。これがお母さまと伯母さまなんだ。少し若いけど、大体こんな感じ」

 

真守は写真立てを覗き込んだ二人に右が母で左が伯母だと告げる。

 

「「……、」」

 

「? どうした?」

 

何のリアクションもない二人に真守が首を傾げていると、深城がガッと写真立てを持っていた真守の手を握って叫んだ。

 

「そぉっくり!!」

 

「……確かにこれだったら分からねえと逆にマズいな」

 

真守の遺伝子が濃すぎる件について垣根が思わずぼやいていると、深城は写真を見つめながらわなわなと震える。

 

「な、なんだこれ……真守ちゃんの家族ってみんな真守ちゃん顔なのぉ!? なんだコレ!?」

 

「……た、多分お母さまと伯母さまが私に似ているだけであってそこまでじゃな、」

 

「なんでぇ!? もしかしたら面影があってみんなこういう顔かもよぉ!?」

 

真守が少し引きながら深城に声を掛けると、深城は真守が言い終わる前にくわっと目を見開いてまくしたてる。

 

「……なんで興奮しているんだ?」

 

真守が興奮している深城に若干引いていると、垣根は『真守のこと好きすぎだろ』と呆れた様子で白い目を向けていた。

 

真守から受け取った写真立てを深城は興奮した様子で丁寧に持ち、感心した声を出しながら穴が開くほどに真守の母親と伯母の写真を見つめ始める。

 

真守がそんな深城を見ながら『大袈裟な……』と呟いていると、垣根はそこで真守の頭に、ポンと手を置いた。

 

「垣根?」

 

真守がきょとっと目を開いて垣根を見上げると、垣根は真守の頭を優しく撫でながら柔らかな笑みを浮かべる。

 

「良かったな、真守」

 

「うん。よかった」

 

「垣根さん、段ボールきちんと指定の場所に全部置きましたよ。……って、あ。朝槻さんチーッス」

 

真守が垣根の言葉に幸せを感じて目を細めると、そこに上階から降りてきた誉望と林檎の姿があった。

 

「朝槻、おかえり」

 

「誉望、手伝ってくれてありがとな。林檎、ただいま」

 

真守が駆け寄って足に抱き着いてきた林檎の頭を撫でながら、誉望にお礼を言うと誉望は照れ隠しに目を背ける。

 

「誉望さぁん! 見て見て、真守ちゃんのお母さまと伯母さまだってぇ!!」

 

「え? ……ああ、今日それで学校に行ってたんスよねェえぇえええソックリ!?」

 

深城に見せられた真守の母と伯母の写真を見て思わず驚愕する誉望。そんな誉望を面白くなさそうに見つめていた垣根に真守が視線を向けると、垣根がその視線に気づいて真守を見た。

 

「垣根、とっても楽しいね」

 

真守がそんな言葉と共にふにゃっと微笑む姿を見て、真守のその笑みが愛しくて、真守が幸せなのが嬉しくて。垣根は真守の頬に手を添えてそっと優しく撫でる。

 

「よかったな、真守」

 

「うん」

 

真守は垣根の手にすりすりと頬を寄せながらじぃーっと物欲しそうに見上げてきていた林檎の頭を笑いながらそっと撫でて、柔らかで温かい幸せをいつまでも噛み締めていた。

 




真守ちゃんの家族も真守ちゃんと一癖強いというお話でした。

アレイスターが呟いている通りマクレーン家は昔からあります。そのためイギリス清教とも深い関係があり、物語が進めば少しずつ明らかになっていきますのでお楽しみいただけたら幸いです。


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