とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第八〇話、投稿します。
次は一一月二日火曜日です。


第八〇話:〈心中吐露〉は信頼の証

「朝槻のお母さん、きれいだね」

 

真守が自室で教科書を机の上に並べていると真守の手伝いをしていた林檎は念動能力(サイコキネシス)で真守に渡そうとしていた教科書を浮かせたまま、棚の上に飾ってある真守の母と伯母の写真を見て呟く。

 

「ありがとう。私もお母さまのこと知らなかったから、知ることができてよかった。お母さまのこと、優しい伯母さまから聞けてとっても嬉しい。今日は忘れられない一日になった」

 

「朝槻、幸せ?」

 

真守が柔らかな笑みを浮かべて告げると、林檎は真守を見ずにぽそぽそっと呟いて真守にそう聞いてきた。

 

「うん? ……うん、とっても幸せだぞ?」

 

「……そう」

 

真守が突然の林檎の問いかけにきょとっと目を見開くが、即座に答えると林檎は頷く。

 

「朝槻はさ、」

 

林檎はそこで真守をじぃっと見上げてから口を開いた。

 

「絶対に忘れちゃいけないことってある?」

 

林檎の問いかけに真守は目を薄く見開いた後、教科書を片付けるのをやめて林檎をひょいっと抱き上げた。

 

「わっ」

 

「少し休憩しようか」

 

真守が教科書を念動能力(サイコキネシス)で持ち上げたままの林檎を抱き上げて微笑むと、林檎はこくっと頷き、念動能力(サイコキネシス)で浮かせていた教科書を机の上に置いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は林檎を抱き上げたままラウンジへとやってきた。

 

「あ。真守ちゃんお片付け終わったのぉ?」

 

「ちょっと休憩。……垣根、今日はこっちに泊まっていくのか?」

 

「もう遅いしな」

 

真守は三人掛けのソファに座っている深城を見て質問に答えてから、深城の横の一人掛けのソファに座っている垣根に声を掛けると雑誌を読んでいた垣根は顔を上げてそう返答した。

 

真守は抱き上げていた林檎を深城の隣にそっと下ろし、自分も林檎の隣に座って覗き込むように林檎を見た。

 

「何か飲むか?」

 

そして林檎に真守が優しく問いかけると、真守に問いかけられた林檎はふるふると首を横に振った。

 

林檎が随分と気落ちしているのに気づいた深城と垣根が目を向けると、林檎はぎゅっと自分の手首を握った。

 

「たいせつな人がいたの」

 

林檎はそう最初に呟いてからぽつぽつと話し始めた。

 

『暗闇の五月計画』の被験者は一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを植え付けられる。

 

その演算パターンとは言わば一方通行(アクセラレータ)の精神の一部であり、林檎に植え付けられたのは執着心だった。

 

研究者たちも植え付けられた林檎にもあるとは思えない一方通行(アクセラレータ)の執着心を植え付けられた林檎の能力は安定せず、それでも薬剤投与や暴力により一定の負荷(ストレス)を与えれば(かんば)しい数値が出たので、林檎への実験は続けられた。

 

そんな林檎に寄り添ってくれていたのは流郷知果という少女だった。

 

「実験は怖くて嫌だったけど知果と一緒のときは嫌じゃなかった。知果はいつも笑ってた。いつも笑顔で楽しそうで」

 

林檎はぽそぽそと呟くと顔を上げてそっと深城を見た。

 

「深城と知果はよく似てた」

 

林檎のその言葉が全てを物語っていた。

 

林檎にとっての流郷知果とは真守にとっての源白深城のような存在で、垣根帝督が助けられなかった大切なあの子と一緒なのだと。

 

「知果は心臓が弱かったの。人がいなくなるのが当たり前なのが普通だけど、誰にも覚えてもらえないまま死ぬのは怖いって言ってた」

 

そんな会話をした直後。

 

林檎は実験に呼ばれて鎖を足に取り付けられた。

 

そこに何故か知果が呼ばれ、そのまま実験が始まって知果がスタンガンで打たれたのだ。

 

林檎が苦しむ知果を助けようと能力を発動すると、数値が上がって研究者たちは喜ぶ。

 

何度やめてと言っても研究者は知果をスタンガンで叩きながら実験を続けろと言う。

 

林檎が必死に懇願(こんがん)すると、研究者は言った。

 

『キミの執着心の対象を刺激することで数値は上昇した。たった今、キミが証明したんだ』

 

自分のせいで知果は死んでしまう。

自分といたせいで。

知果が悪いわけではないのに。

 

その事実によって錯乱した林檎に研究者が実験を続けようと近付くと、息も絶え絶えの知果が研究者を止めた。

 

これ以上、林檎にひどいことをしてほしくなくて。

 

だがその研究者は躊躇うことなく知果をスタンガンで殴った。

 

動かなくなった知果。

 

林檎が必死に手を伸ばすと知果がこちらに手を伸ばしてきて告げた。

 

『ッぁ………………りんごちゃ……私を覚えててくれる?』

 

深城は流郷知果の最期の言葉を聞いてぼろっと涙を零した。

 

自分も真守に呪いの言葉を残してしまって、真守を追い詰めてしまったからだ。

自分があそこであんな言葉を吐かなければ、真守は人を殺さなかった。

 

そしたら人を殺したという罪を背負わなかったはずだった。

 

震えることなくただぽろぽろと涙を零す深城に林檎は気が付かなかった。

深城の変化に気づけるほど安定した精神状態ではなく、視野が狭くなっていたからだ。

 

林檎は途切れ途切れに、息を呑みながら呟く。

 

「知果が動かなくなって私は暴走したの」

 

スタンガンみたいな銃で止められたけど、部屋はメチャクチャだった。

そこに研究者が二人来て話をしてたの。

多分、一人は私を捕まえて改造した木原相似だった。

その人が瓦礫の中から何かを取り出したの。

 

「それが…………それが、………………っ」

 

林檎はギュッと自分の腕に爪を立てて息を荒くする。

 

「私がっ………………私が、知果を…………ころ、したの」

 

林檎はぎゅうっと自分の手首を掴んで震える。

 

「だから、忘れちゃいけないの。知果のこと殺した私なら、知果を覚えていられる。殺したから覚えてる。……朝槻に助けられてから、知果みたいな深城に会って、心の(すみ)でずっと知果のこと考えてた」

 

林檎はそこで言葉を切って、そして一度目を閉じてから顔を歪ませて心中を吐露する。

 

「私、今幸せだよ。朝槻と深城、それに垣根といられてとっても幸せ。でもそれでいいのかな。知果を殺した私が幸せになってもいいのかな」

 

林檎はずっと思ってた。

 

天使のようにきれいな翼を持つ二人に囲まれて、自分の大切な人と同じ境遇にいる少女と心を通わせることができて、とっても幸せだった。

 

でも自分は大切な少女を殺した。

 

そんな自分が幸せになっていいのだろうか。

 

大切な少女を殺してしまったのに、その少女を置いて幸せになっていいのか。

 

ただ殺した彼女を覚えているだけで、幸せになっていいのか。

 

林檎はそこまで思って爪を立てていた腕を一層ギュッと掴む。

真守はそんなうっ血して血が(にじ)み出た林檎の手をそっと握った。

林檎が真守を見上げると、真守は目を閉じる。

そして能力を解放せずに電気エネルギーを生み出して林檎の傷を治し始めた。

 

じんわりと温かくなる腕を林檎はじっと見つめていた。

 

そこで深城がぐすっと鼻を鳴らしたので、林檎は初めてぼろぼろと涙を零していた深城に気が付いた。

 

「深城」

 

「あたしは…………死ぬのが怖かったの。ひとりになりたくなかった」

 

深城は真守の治癒の邪魔をしないように林檎のことを優しくぎゅうっと抱きしめながら呟く。

 

深城は今でも真守に最期に言った言葉を覚えている。

 

『死にたくない、一人にしないで。…………まもり、ちゃ……』

 

深城は呪いの言葉を吐いた時の事を思い出しながら呟く。

 

「死んで真守ちゃんのそばにいられなくなるのが、いやだったの」

 

死にたくない。死が怖い。

 

一人が嫌だ。真守ちゃんのそばにいられないのが嫌だ。

一人で死にたくない。死んでもいいから一人になりたくない。

でもやっぱり死にたくない。

 

『死』と『孤独』。

それが自分を襲って、深城は死んで一人になるのが怖くなった。

真守のそばにいられなくなるのが、たまらなく嫌だった。

 

だからこそ深城は今際(いまわ)(きわ)にその言葉を遺した。

 

それらが眼前に迫った時、恐怖でぐるぐると思考が巡り、深城は真守の人生を変えてしまう呪いの言葉を吐いてしまった。

 

「きっと……知果ちゃんも、いろんなことを考えて。それで最期に大事な人に伝えたかった言葉を遺したと思うの」

 

死を経験したからこそ死んだ者の気持ちが分かる深城は、必死に林檎に伝えようと努力する。

 

「大事な人を、苦しめるために……言ったわけじゃないの」

 

「そうだな」

 

垣根は深城の心の底からの嘆きを聞いてそれを肯定する。

 

「源白が後悔してるのと同じように、流郷知果もお前を縛りつけて苦しめたかったわけじゃない。……確かに死んだ人間の気持ちなんて誰にも分からない。でもお前のこと大切に想ってその言葉を託したんなら、お前がいつまでも流郷知果のことを覚えてりゃいい」

 

垣根はそう林檎に声を掛けてそこでそっと目を伏せる。

 

いつか、垣根と真守が能力体結晶の投与実験で昏睡した置き去り(チャイルドエラー)を救おうとしていたあの時。

 

自分自身、克服したと思っていた大切なあの子との別れに本当は苦しめられていたのを真守に気づかされた。

 

そして真守に救われた。

 

だから垣根は真守から受け取った救いの言葉を自分の言葉で林檎に伝えた。

 

「過去にひどい目に遭おうが、お前が今後も同じ道を歩まなきゃならない道理はねえ。だからお前は幸せになってもいいんだ。流郷知果だってお前が幸せになって自分のことを覚えてもらってた方がいいって思うに決まってんだろ。……お前に優しかったソイツはお前の不幸を願うヤツだったのか?」

 

自分のことを大切に想ってくれていた人間が自分の不幸を望むはずがない。

 

自分に話しかけて柔らかな笑顔を向けて自分の翼を褒めてくれたあの子が、自分の不幸を願うはずがない。

 

だってあの子は優しくて、温かくて。

 

あの頃の自分が信じることができる唯一の人間だったから。

 

だから林檎のことを大切に想っていた流郷知果もそうなのだと、あの子を信じている垣根が流郷知果のことも信じてそう問いかけると、林檎は慌てて首を横に振った。

 

「違う。知果はそんな子じゃない」

 

「だったら信じてやれ。そんでお前は幸せのままソイツを覚えていればいい」

 

「……うん」

 

林檎は垣根からそう言われて、柔らかく目を細めながら感極まった様子で頷いた。

 

「林檎」

 

「何?」

 

真守が林檎の名前を一つ呼ぶと、林檎は真守を見上げる。

 

「私も、私が殺した人たちのこと忘れてはならないんだ」

 

真守は治療し終わった林檎の綺麗になった腕を撫でながら告げる。

 

「だから一緒に覚えていよう、林檎。約束だ」

 

真守はそこで小指を出して微笑む。

 

「! ……うんっ」

 

そこで林檎は真守と小指を絡めて。

 

光に解けていってすぐに消えてしまいそうな儚さを秘めた笑顔で、確かに頷いた。

 

林檎が約束してくれたことに真守は優しく目を細めて、そして林檎の頭をそっと撫でる。

 

ぐぎゅるるるぅ────……。

 

優しく撫でてくれる真守の手に林檎が気持ちよさそうに目を細めていると、自分のお腹が鳴る音が盛大に響いた。

 

「朝槻、おなかすいた」

 

「…………ふっ。腹ペコエンドかよ」

 

垣根がお腹が鳴り続けている林檎を横目にくつくつと笑う。

 

「何か頼むか。何がいい?」

 

「ガレット!」

 

自分が問いかけると林檎が嬉しそうに声を上げるので、真守は柔らかな笑みを浮かべて林檎を見つめる。

 

「そうか。……そうだな、林檎はお手伝いを頑張ったから、それ以外にも頼んで良いぞ。何がいい?」

 

「フライドポテト!」

 

「真守ちゃん、あたしナゲットも食べたい!」

 

分かった分かったと、真守が深城の主張に柔らかく答える中、垣根は幸せそうに笑う真守たちを見てそっと微笑む。

 

「垣根。垣根は何が食べたいんだ?」

 

そこで真守は自分たちをそっと温かな目で見つめていた垣根に向かって話しかけて微笑む。

 

「……どこで何を頼むかで決めるから、とっとと決めてくれるか?」

 

垣根はそんな微笑を浮かべる真守を見つめて柔らかく目を細めて、真守に声を掛ける。

 

「じゃあ垣根もどこがいいか一緒に選ぼう」

 

真守はそこで垣根に向かってふにゃっと笑った。

 

垣根はその笑顔を愛しく思いながら三人の輪に入り、これから何をどこで頼むかの話に加わった。

 




林檎ちゃんと知果ちゃんの話でした。

林檎ちゃんが深城のことだけは『深城』と下の名前で呼ぶのは知果ちゃんと重ねているからです。
深城はいつだって楽しそうにしていますし、何より太陽のような存在なので、林檎ちゃんも特別に思っています。


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