※次は一一月四日水曜日です。
「あっ! 朝槻さーん!」
「弓箭」
真守、深城、林檎が学舎の園の八か所あるゲートの一つの前にやってくると、ID読み取り機越しに弓箭が学舎の園内からブンブンと手を振ってきた。
あまりの必死さにID読み取り機を通っていくお嬢様に笑われて弓箭は恥ずかしくて少し小さくなるが、真守たち三人が駅の改札口の有人エリアへと近づいたのでぱたぱたと三人を追って移動する。
「枝垂桜学園の弓箭猟虎からの招待で来た、朝槻真守、源白深城、杠林檎だ」
「はい、弓箭さまから承っていますよ」
真守が招待券を渡すと、
「朝槻さん! 来てくださって嬉しいです!」
「ううん。こっちが頼んだから。招いてくれてありがとう」
真守たちが学舎の園内に入ると、弓箭がぱあっと顔を輝かせて真守に近づいてくるので真守は柔らかく声を掛ける。
「いえ! あ、こちらの方が学舎の園に来たいって仰った杠さんですか?」
真守の言葉に弓箭は問題ないとぶんぶんと首を横に振り、そこで深城と手を繋いでいたふんわりとしたネイビーカラーのお嬢様風のワンピースに、ベレー帽をかぶった林檎に視線を移した。
「うん。そうだぞ。ほら、林檎。挨拶は?」
「弓箭、招待してくれてありがとう。今日はよろしくおねがいします」
真守に
「はわわっこれはこれはご丁寧にありがとうございます」
林檎に頭を下げられた弓箭はそれに応えるために、綺麗な仕草でお嬢様らしく片足を後ろに落とし、スカートを広げて優雅にお辞儀した。
「わぁ~すごい綺麗だねえ。猟虎ちゃん素敵!」
深城が華麗なお嬢様仕草の弓箭を見つめてうっとりと微笑むと、弓箭は最後まで気を抜かずにお辞儀を終えて綺麗な仕草で姿勢を元に戻すと、そのままはにかんだ。
「えへへ……。源白さんも先日の引っ越しはお疲れ様でした。お荷物はもう片付け終わりましたか?」
「うん、大丈夫。気にしてくれてありがとうね?」
「そ、そんな。だだだだって…………その、……お、友達になる方ですし……し、心配するのは当然じゃないですか……」
真守が言うには、深城はどうやら自分の友達になってくれるらしい。
それでも弓箭は深城から友達にならないと言われたらショックなので、ぽそぽそと控えめにそう口にした。
「! じゃあ一緒に遊ぶからもうお友達だねえ! よろしくね、猟虎ちゃん!」
弓箭がお友達を望んでいることを聞かされてなかった深城だが、すぐに弓箭が友達というものに対してコンプレックスがあると深城は悟って、弓箭の両手を取ってにこーっと笑う。
「は、はわわわわっよ、よろしくお願いしますっ!!」
(や、やりました! 朝槻さんやりましたよ!)
弓箭が目をキラキラとして無邪気な笑みを浮かべてアイコンタクトで自分へと報告してくるので、真守は子犬みたいだな、と思いながらそれに応えて頷く。
「……はっ。立ち話もなんですし、ご案内いたします」
弓箭は友達認定されて至福を感じていたが、案内をしなければとやらなければならないことを思い出して真守たちを先導し始めた。
学舎の園は地中海に面した古い街並みに似ており、地面は石畳、建物は全て白い建物で、綺麗に染色された旗がいくつも垂れ下がっている。
横断歩道も信号機も独自のものが使われており、古い街並みと最新技術が上手く調和するようにデザインされているのも特徴的だ。
「外国みたい」
「ふぁ~いつ見ても綺麗だよねぇ!」
林檎が感想を述べてその隣で深城が感激の声を上げると弓箭が深城の言葉にコテッと小首を傾げた。
「源城さん、いらっしゃったことがあるんですか?」
「んー話せば長くなるから色々と割愛するけど、深城はちょっと特殊な能力者で、学園都市のどこにでも行くことができるんだ。……どっちかっていうと不法侵入だけど、来たことがあるのには変わりないかな」
弓箭の問いかけに答えたのは真守で、真守は深城の特異性をそうかいつまんで説明する。
「ふぇ~そうなんですか」
以前の弓箭だったら『
「朝槻、こういうところが故郷なんだね」
「んー。学舎の園はどっちかって言うと地中海風かな。私の実家はウェールズだから牧草地が多いらしいぞ」
真守がアシュリンから聞いたマクレーン家の実家の場所を思い出しながら告げると、林檎は真守の言い分にコテッと首を傾げた。
「うぇーるず? 朝槻の故郷はイギリスじゃないの?」
「イギリスは四つの国でできているんだ。帰ったら国の勉強しような」
「朝槻の出身地なら知りたい」
真守が林檎の背中を撫でながら告げると、林檎は興味が出たのか笑って真守にお願いした。
「地中海の雨の少ない街並みと言えど、全てを再現しているわけではないんです。教会や人間をモデルとした彫刻は置いていないんですよ」
真守が林檎の申し出を聞いて一つ頷いていると弓箭が真守の簡単な説明に補足し、それを受けて深城は辺りを見回す。
「そういえば宗教関係のは見たことないなあ」
「ここは天下の学園都市ですから」
弓箭の説明に深城はきょろきょろと辺りを見回しながら感心するので、弓箭はふふっと柔らかく微笑む。
真守たちが学舎の園を歩くと、ひそひそと学舎の園の学生たちが真守たちを見つめる。
時には立ち止まったりしてぼうっと真守たちを眺めている者までいた。
「うぅ……こんなに注目されると逆に恥ずかしいんですね……」
「
弓箭が多くの視線に縮こまっていると、真守は弓箭に素直に謝った。
真守の発言の通り、真守は
「い、いえ! これはこれで有りかとおもいます! それに朝槻さんの友達として学舎の園の方たちに認識されるのはとても嬉しいです……これを機にお友達が増えるかもしれませんし……!」
「んー私を餌にして群がってくる子たちは意外とお前を食い物にしそうだから慎重にな?」
真守が友達を作ることに燃えている弓箭を柔らかく注意していると目的の店へと着いた。
その目的の店とは『PASTICCERIA MANICAGNI』というイタリアの洋菓子店で、日本では学舎の園の中にしか出店していない珍しいケーキ屋だ。
深城と林檎が二人でケーキ店の特集を見てた時に林檎が興味を示したので、深城が真守に伝えたところ、真守がその時丁度弓箭とメールのやり取りをしていたのでその流れで弓箭に学舎の園に招待してくれないかとお願いしたのだ。
もちろん弓箭は真守のお願いを断る理由が一ミクロンもないため快諾。
こうしてケーキ店を目的として弓箭の招待で真守たちは三人で学舎の園へと来たのだ。
「朝槻さん決まりましたか? 何かお悩みですか?」
深城と林檎が感激してきゃあきゃあわいわいケーキを選ぶ隣で、真守が黙って顔をしかめてケーキを見つめているので、弓箭は真守に柔らかく話しかける。
「テイクアウトを幾つかしていこうと思うんだけど……何買えばいいか分からなくて……」
「い、一緒に選びましょうか?」
食に関心がない真守はケーキの良しあしなんて分からない。
そのため悩んでいると弓箭が上ずった声で緊張しながらも問いかけてくれたので、真守は頷く。
「お願い。不幸少年と腹ペコシスターと……もちろん垣根にも買いたくて。誉望も引っ越し手伝ってくれたから買ってあげたくて……そこまでいったら
「不幸少年と、腹ペコシスター? ……ですか?」
真守が誰に買っていくか呟いていると、弓箭は最初に呟かれた二人について知らないので首を傾げる。
「うん。不幸少年は私のクラスメイトで、腹ペコシスターはその居候。二人にも良くしてもらっているから買っていこうと思ってて。……上条は苦学生だから一個五〇〇円以上するケーキなんて早々食べられないから高いのにして、インデックスの方は質より量だから二、三個買ってこうかとか考えてるんだけど、どれがいいか全くわからないんだ」
「でしたら苦学生のお方はこちらの少しお高めの期間限定ケーキの中から選んで、シスター様はこちらの三つセットのケーキを選んだらいかがでしょうか」
「おー。確かにその方がいいかも」
真守は弓箭に促されて期間限定のケーキ数種類とAセットとBセットと二つに分かれている三種類セットのケーキを値踏みする。
だがやっぱり食に関心がない真守にはケーキの良しあしが分からないので、弓箭に何が良いか選んでもらってテイクアウトするケーキを決めた。
「真守ちゃん真守ちゃん! ジャムと紅茶も買って!」
「んー? 一つずつなー」
「やったあ!」
真守が店員にテイクアウトするためのケーキを伝えていると、横から深城が声を上げてきたので気のない返事をしながらもきちんとOKを出す。
深城と林檎はケーキが並んでいるショーウィンドウを背にしてジャムやクッキーなどが置いてある棚へと移動してはしゃいでジャムと紅茶を選ぶ。
────……。
「それで……バイオリンでご学友の方とお近づきになれればと思って弾いているのですが、話しかけてきてくださらないんです……」
真守たちは自分たちがここで食べるケーキを運んでもらって座席へと移ってお茶会を始めると、弓箭がそう気落ちした状態で切り出した。
どうやらバイオリンをきっかけに友達を作れないかと画策しているのだが、上手くいかないらしい。
「聞いて欲しいって自分からお願いしてみたらどうだ? 例えば自信がないから感想聞かせてくれないか? みたいに」
「な、成程……でも断られないでしょうか?」
真守がケーキをちまちまと食べながらアドバイスすると、弓箭は真守の助言を真剣に聞き、そして不安そうな顔をした。
「弓箭の話聞いてるとお前のクラスメイト良い子たちっぽそうだし、お嬢様って寛容だから大丈夫だと思うぞ」
「そ、そうですね。頑張ってみます……!」
「弓箭、友達ほしいの?」
真守と弓箭が友達作りに関して話していると、両頬を大きく膨らませてケーキをモグモグ食べていた林檎が弓箭に問いかけてきた。
「は、はい。欲しいです、とっても。朝槻さんと源白さんがお友達になってくださったので学舎の園の外では寂しくないのですが、学校では相変わらずぼっちですので……」
「朝槻と深城とは友達なの? じゃあ私も弓箭と友達になりたいな。一緒がいい」
「本当ですか!? 是非よろしくおねがいします……!!」
弓箭は林檎の申し出にぱあっと顔を明るくすると幸せを感じて微笑む。
「……弓箭、弓箭がコンプレックスに思ってるのを知ってるからあまりツッコミたくないけど、弓箭の能力って一体どんなのなんだ?」
それからケーキを楽しく食べていた真守たちだったが、真守は気になってふと弓箭にそう訊ねた。
「わたくしの能力、ですか?」
「うん。特徴的なAIM拡散力場だなーっと思って。参考に聞いてもいい?」
「AIM拡散力場? 朝槻さんにはそんなものまで分かるんですね……。……わたくしは
「妹?」
真守がその言葉にきょとっと目を見開くと、弓箭はしおしおとうなだれる。
「……はい。出来損ないのわたくしと違って
「わわっ猟虎ちゃん大丈夫だよぉ。大丈夫だから、今はあたしも真守ちゃんも、林檎ちゃんだっているんだからね」
「ぐすっ……ありがとうございますぅ……」
深城が慌ててしおれてしまった弓箭を
(
真守はAIM拡散力場から能力者が最大で出力できる
だが弓箭の妹が
学園都市は予算を効率的に回すため必要のない能力者を切り捨てる傾向がある。
弓箭はそれに則って切り捨てられた能力者の一人だったのだ。
「弓箭」
真守は自分の隣に座ってぐすぐすと泣いて、深城と林檎に慰められている弓箭の手を取ってじっと見据える。
「私が能力を伸ばす手伝いをさせてほしいと言ったら受け入れてくれるか?」
「え」
弓箭は真守の申し出にきょとんと目を見開いた。
能力開発は薬や暗示、直接的な電気刺激、それとガンツフェルト実験などを用いて行う。
真守はその全てを自前の能力で行えるのだ。
「……わたくしの能力が開花することってあるんですか?」
「ああ。お前の可能性は素晴らしいものだ。だからお前が望むならそれを私はお前に渡してやりたい。お前がずっと能力で悩んでいるなら、その悩みを取り払ってやりたい」
「わ……わたくしの、悩みをとりはらう……? で、できるんですか……?」
弓箭が震える声で真守に訊ねると、真守はしっかりと頷いた。
「うん。私に任せておけ。本当は
「わっわたくし、お強い朝槻さんのこと、助けられていますか……?」
ぐすぐすと
「うん。お前はいつだって私のこと助けてくれてるよ。こうやって学舎の園に来たいと言ったら招待してくれたし。いつもありがとう、弓箭」
「あう、あうぅ……うれしいです……とっても、うれしいですぅ……! ありがとうございます、朝槻さぁん……!」
弓箭が涙をぽろぽろと流し目を強くこするので、真守はいつか垣根がしてくれたみたいに手を退けてそっと涙を
すると弓箭が感極まって真守に抱き着いてくるので、真守は弓箭の背を軽く撫でながら微笑む。
(帰ったら弓箭の能力について勉強しなくちゃな。……まあ、妹はちゃんとした
真守は弓箭の背中を撫でながら先を見通してそう心の中で呟いていた。
──────…………。
お茶会が終わって学舎の園を見学した一同は下校時間になったので、学舎の園を出て四人は夕暮れの学園都市を歩く。
弓箭の学生寮は学舎の園の外にあるのだ。学舎の園は閉鎖的なのでお嬢様を箱入りにしないために学生寮を外に置いてあり、学生寮に向かう弓箭は真守たちと途中で別れることになっている。
「弓箭、招待してくれてありがとう。それとケーキも」
「いえ! 朝槻さんのためですから、へっちゃらです!」
大事そうに抱えているケーキを真守が嬉しそうに見つめているので、弓箭は本当に嬉しくて元気よく返事する。
「猟虎ちゃん、今度はウチに来てねえ。いっぱいおもてなしするから!」
「嬉しいですっ。その時は今日行ったお店のケーキを買っていきますね」
弓箭が深城の言葉に微笑んでいると、林檎は弓箭の言葉を聞いて跳ね上がる。
「チーズケーキおいしかった!」
「分かりました。では杠さんのためにチーズケーキも買っていきますね」
林檎がおいしかったチーズケーキを買ってきてほしいとおねだりすると、弓箭は林檎のベレー帽に当たらないように前髪を撫でる。
「弓箭も楽しそうでよかった。今度は学舎の園じゃなくて、また違う場所に一緒に遊びに行こうな」
真守がそう提案すると、弓箭は幸せでとろけるような笑みを浮かべた。
「はいっ!」
「──真守」
真守が弓箭の楽しそうな様子に微笑を浮かべていると、学生服を着た垣根が道の向こうから声を掛けてきた。
「垣根」
真守がタタタッと近づくと、垣根はご機嫌な様子の真守を見て柔らかく目を細める。
「楽しかったか?」
「弓箭が色々とガイドしてくれてな、とっても楽しかった」
真守が笑顔で告げると、垣根はそこ真守から視線を外して弓箭を見た。
「弓箭」
「は、ははははいっ!」
弓箭は垣根に話しかけられて緊張するが、その後放たれた言葉に目を丸くする。
「助かった」
「…………はいっ! 朝槻さんは大切な人ですからっ!」
弓箭が垣根から
「確かここまでだよな、弓箭。また連絡するから」
「はい。わたくしも帰ります。ごきげんよう」
真守がそう笑いかけると、弓箭がひらひらと手を振って真守に別れの挨拶をするので真守たちもそれに応えた。
(ふふっ。お友達も大切な人もたくさんできました。ですから昔のわたくし、今のわたくしはもうぼっちじゃないですよ……っ!)
首だけ振り返って微笑む真守と、そんな真守を優しく見つめる垣根と、ちゃんと振り返って手を振る深城と林檎を見つめながら弓箭は幸せを感じてにへらっと笑った。
学舎の園へ行って弓箭ちゃんと絆を深めるお話でした。
これで『A Very Merry Unbirthday:Ⅱ篇』は終了です。
次回、残骸篇。開幕。