次は一一月五日金曜日です。
第八二話:〈秘密接触〉で天高く
真守は大覇星祭で着用するための勝負下着に使えるスポーツブラを求めてランジェリーショップに一人で来ていた。
勝負下着というと夜に女性が気合を入れるために着用されると思われがちだが、女性は気合を入れる時や上がらない気分を上げるためにも着用したりする。
大覇星祭というと真守は
……と普通ならば思うかもしれないが、ただ単に選手宣誓が面倒過ぎて気に入っている下着で気分を上げないとやっていられないからだ。
そのためランジェリーショップに来ているのだが、一人で来ているのはただ単に深城と服の好みが一致しないからで、新居の家具を選ぶ時に連れて行かなかったのと同じ理由だったりする。
大覇星祭が七日間連続して行われるので、真守はこの際だから幾つかスポーツブラを買おうと思って何枚も手に取る。
そのどれもが清楚な白か妖艶な黒かの極限二択なのだが、自分の好みなので真守はそのふり幅を特に気にしていない。
(う。これもサイズが合わない。やっぱり一回サイズ調整してもらった方がいいなあ)
真守は気に入ったデザインの下着を選ぶと店員を呼んで仕立て直してもらいたいと要求する。
真守は自分が昔所属していた研究所で行われていた『実験』により成長が停まっており、どうにかして適正身長まで伸ばす必要があったので、背も胸も女性の平均と理想の間くらいを基準として成長させた。
そのため世の女子が憧れて仕方ないアイドル体型となっており、アイドル体型の下着なんて早々に置いてないのでサイズ調整してもらう必要がある。
まあぶっちゃけた話、真守は遺伝的に大きくなる方ではなかったのと内臓器官が発達していないので普通の人よりも腹部のボリュームがないなど、そういう理由があってアイドル体型になっているのだが、どちらにせよアイドル体型の下着なんて早々に置いてない。
そのため今日買った下着は全て手直しをしなければならず、真守は結局一枚も持ち帰ることができなかった。
(まあ別に下着を持ち帰れないのはいつものことだし、荷物持つの面倒だからいつも病院に宅急便で送ってたし。……選手宣誓の予行練習でうっぷん溜まってるから気分転換に何か見て、気に入ったものがあったら買って帰ろう)
真守は心の中でそう呟きながらデパート内を歩き、いつも計画的に店を回る真守にしては珍しくウィンドウショッピングを楽しんでいた。
(そういえば二学期になってから放課後を一人で過ごすの初めてな気がする)
真守は移動販売車のワゴンでクレープを買ってちまちまと食べながら一人心の中で呟く。
九月一日に深城が謎の体を得てから深城や自分が保護した林檎と一緒にいたり、深城がいない時は垣根と二人で過ごしていたから完全に一人きりになるのはこの日が初めてだった。
(……と、ひとりでいると嫌な連中が接触してくるんだよなあ)
真守はそこでクレープを食べながら仏頂面で振り返った。
「何の用だ?」
真守が振り返って声を掛けた先には車椅子に乗り、どこかの制服を着た焦げ茶色の髪をショートボブにして藤を模した髪飾りを
「こんにちは第一位」
「お前は?」
真守が警戒心を最大にして訊ねると、少女は柔らかな笑みを浮かべた。
「仲介人、と言えば分かるかしら?」
真守は少女の言葉を聞きながらクレープを一口パクっと食べる。そしてゆっくり
『仲介人』とは学園都市が
真守も
「で?」
真守が不機嫌に問いかけると、仲介人の少女はにこやかに笑う。
「統括理事会からちょっとしたお願いがあるの。聞いてくださるかしら?」
「で?」
「……『
「で?」
「…………『
「で?」
「……ちょっと、その気のない返事止めて下さらない? せっかく良い話を持ってきたのに」
少女は真守の気のない返事の連発で流石にいら立ちが
「統括理事会は『
「見返りを求めるの?」
意外と子供っぽい仲介人だな、と真守が思っていると、少女は気を取り直して柔らかく微笑む。
「そんなもの見返りを求めないとやっていられないだろう」
「『
真守が
どうやら真守がそう言うと思って既に交換条件を用意していたらしい。
「それを誓って何になる?」
「だって『実験』が再開しなくても痛手はないでしょう?」
「……、」
真守はそこで沈黙する。
学園都市は
その
何故なら真守が近いうちに
だから彼らはわざわざ『実験』を再開しなくても良いと思っている。
確かに学園都市は
だがそこまで『二人』という人数に学園都市上層部は固執していないらしく、真守と交渉する手段として使えるならば『実験』の永久凍結をしても構わないらしい。
実は『実験』が
「つまり『
「でもあなたがそれを見過ごすことで、一万弱のクローンとあなたの生き写しと『実験』を止めようと奮闘していた少年少女が救われることは確実だわ」
真守は車椅子の少女の話を聞いて思考する。
学園都市外の勢力が『
だから学園都市が『
『
そんな事態を『実験』を止めようとしていた御坂美琴と
(他国に関しては私が押さえて、学園都市が回収した『
「他国の機関を退けて回収の護衛
「それでいいわ。私たちもそれ以上のコトはあなたに望まないから」
真守が学園都市が回収した『
(……『
「それで私に何をしろと?」
真守が仕事を引き受けるとその言葉で宣言すると、車椅子の少女は微笑んだ。
「宇宙に行ってもらいます」
「は」
これからやることを簡潔に言われて真守は思わず声を上げる。
「実は既にスペースシャトルが次々と打ち上がっていてね。あなたには単体でそれを退けてもらうわ☆」
少女がにっこりと微笑むので、真守は馬鹿らしくなって頭を押さえる。
「た……確かに宇宙で宇宙服なくても自由に活動できるのは私だけだし、宇宙空間で身動き取れないシャトルに乗った一般人を追い返すのは簡単だ。……でも今から?」
「い・ま・か・ら!」
車椅子の少女はパンパン! と手を叩き、周りに隠れていて真守にバレバレだった彼女のボディーガードを呼んで車椅子を押させて移動し始める。
「さあ行きましょう」
真守はクレープを食べながら顔をしかませて車椅子の少女の後を追う。
「……お前、本当に足が動かないんだな」
そこで真守は気になったことがあって思わず少女にそう声を掛けていた。
真守は人間のエネルギーの循環を読み取ることができる。
その能力に
本当に歩いていなければこうならない。
真守がそう判断して問いかけると少女は軽く笑った。
「あら。あなたの気を引くための工作だと思ったの? ごめんなさいね、本当に動かないのよ。ちょっとした事故でね」
あまりにも良心的すぎる仲介人が何を考えているのか気になった真守は、彼女の顔から情報を読み取るために彼女の隣まで早足で向かって並走する。
すると、少女が柔らかな笑みで真守を見た。
まるで人と話すのが──自分と話すのが楽しいといった様子の少女に、真守は思わず目を見開く。
「その足を治してもらうために仲介人を?」
真守が
「いいえ。別にこの足は治そうと思えば治せるのよ」
「なんで治そうと思わないんだ?」
「学園都市は割とバリアフリーだし、私には手足になる人がいるもの。だから大丈夫」
少女は真守に心配しなくていいという風に微笑む。
今までの自分に近づいてきた仲介人はいつだって自分に取り入ろうとしていた。
だがこの少女は自分のことをよく理解しているといった節を見せており、それ故に距離を無理に縮めようとしないし、まるで自分に寄り添おうとしている気概すらある。
(変な子だ。何かを見通してそれに全ての信頼を預けているような感じがするし、私のことをよく知っているようだ。……上層部が集めていた情報で私を知ったのか? ううん、ちょっと違う気がする。……なんだろう、この感覚)
真守は心の中で少女を訝しみながらショッピングモールから出た瞬間、ちらっと辺りを見てから少女に声を掛ける。
「私の帰りを待っている子たちがいるから連絡してもいいか? 突然宇宙に行くことになったら驚くと思うからちゃんと伝えておきたい」
「ええ。いいわよ。じゃあ車を回してくるからここで待っていて。私は乗車に時間がかかるし」
少女はそう真守に笑いかけて、ボディーガードと共に車へと向かう。
「帝兵さん、垣根に繋げて」
真守が虚空に声を掛けると、姿を隠していたいブトムシがぶーんと飛んできて真守の肩に張り付く。
『なんだあいつら』
そう呟いた垣根に真守が『
『今から宇宙にだと?』
「うん。他国のシャトルを
『その見返りに「実験」は再開しないって? 御坂美琴たちにそれ伝えんのか?』
「言わない。言わなかったら学園都市が回収した『
『他国はお前。学園都市はあいつらってことか』
垣根が状況を理解してくれたので真守はコクッと頷く。
「だからちょっと宇宙に行ってくる。もし美琴や
『……しょうがねえな』
「ありがとう、垣根」
真守が渋々頷いた垣根にお礼を言うと、そこで垣根はカブトムシを操作してぶーんと真守の背中に回らせるとピタッと張り付く。
そして、もぞもぞもと真守が下ろしている黒髪をかき分けて中に隠れた。
「ひゃっ」
『この個体はAIM拡散力場を仮想物質化して景色を欺瞞する能力を付与させてある。お前の髪の毛の中で隠れた状態で姿消せばバレないだろ』
垣根は、以前『ケミカロイド計画』を進めていた『スタディ』から安価に能力者を生み出す技術を強奪しており、その技術を基にAIM拡散力場を仮想物質化させる系統の能力を扱えるカブトムシを複数造り上げており、このカブトムシはその一体だと真守に垣根は説明した。
「垣根、分かったけどびっくりするから先に何か言って」
カブトムシが真守の背中からひょこっと髪の毛をかき分けて顔を出すので、真守はくすぐったさに身もだえしながら顔をしかめる。
『悪い』
「もう」
真守がムスーッとしていると、真守の前に車が停まって後部座席の窓が開く。
「それでは行きましょうか」
後部座席の奥に座っている仲介人の少女が笑顔で告げるので、真守は車の後部座席の扉を開けて車へと乗る。
真守が注意をして後部座席に身を預けるとカブトムシは仲介人に見えないように扉の方へ移動して収まりをつけ、真守たちは車に乗ってどこかへと向かって行った。
──────…………。
車の行先は航空・宇宙開発を専門としている第二三学区だった。
「エンデュミオン?」
真守は宇宙へと続く宇宙エレベーターを見上げながら首を傾げる。
エンデュミオンとはオービット・ポータル社が学園都市に建設した宇宙エレベーターで学園都市内では割と有名だったが、つい先日世界に向けて正式な発表がされたばかりの建造物である。
「あなたが最初のお客様ね。私もあなたに便乗して入れるのよ。少しわくわくしているところなの」
「……お前、何で本当に仲介人できてるんだ……?」
仲介人にしては色々と規格外過ぎる少女を見下ろしながら真守は思わず零す。
「あら。そう言えば名前を言ってなかったかしら。私は八乙女。霧ヶ丘女学院の八乙女
「仲介人が名乗るなんて聞いたことない」
真守は顔をしかめてそう呟きながら、エンデュミオン内に入るために仲介人の少女──緋鷹と並んで歩く。
(……霧ヶ丘女学院。ということは特殊な能力者か? ……自分の名前も所属も言ってるし、
真守は緋鷹を訝しみながら、統括理事会からの依頼をこなすために緋鷹と、秘密裏にカブトムシを連れて一緒に宇宙へと上がった。
緋鷹が宇宙に上がって思いきりはしゃいでいたのでやっぱり変な仲介人だと真守は思いながらも他国が『
仲介人の少女が出てきました。真守ちゃんが不可思議な子だな、と思うのは察しが良い真守ちゃんにしてはとても珍しいです。ミステリー少女。
そして垣根くん、『スタディ』の技術をがっつり利用しています。手が早いですね(言い方)。