次は一一月一〇日水曜日です。
「ええかっカミやん! アイドルを応援する醍醐味っちゅーのは! 青田買いにあるんや!」
早朝。教室で青髪ピアスは上条の机をバーンと叩いて朝から熱く語っていた。
青髪ピアスはバッと手を広げて辺りを見るように上条に促した。
周りでは、タブレット端末や携帯電話で今話題のアーティスト、『ARISA』の動画や記事を見ているクラスメイトが多数いた。
「特にこのご時世ARISAちゃんみたいに突然火がついて、アッと言う前にメジャーになってしまうんや。ほんま一瞬たりとも気ィ抜けへん世界なんやで~? そこでや!」
「おっナニナニ? 何かあるのかにゃー?」
青髪ピアスが気合を入れて言葉を切ると、それを聞いていた土御門は楽しそうににやにや笑って先を急かす。
「俺は古参アピールと特別な近さにいるっちゅーのをこの
青髪ピアスが取り出したのはブロマイド風に加工された幾つかの写真だった。
手渡された上条は両手にその写真を持って一枚ずつ見る。
「……朝槻の写真?」
そこには真守が授業を受けながら外を見つめている姿、体育で棒高跳びを越えている姿、廊下でストローボトルのストローを口に含んで
「
「これ盗撮だし……朝槻知ったら怒るんじゃないのか……?」
「ん~カミやん今日はなんかお疲れモードだにゃー?」
上条が弱弱しいツッコミを入れるので、土御門は上条が朝からぐったりしているのに気が付いて上条の顔を覗き込んだ。
「寝不足なんだよ。昨日から居候が増えて……まくらも毛布も全部奪われた……」
「……上条」
上条が自分のベッドで眠る鳴護アリサとインデックスを思い出していると、後ろから地を這うような声で自分を呼ぶ声が聞こえた。
「へ?」
上条が振り返るとそこには据わった目をして、ゴゴゴゴォ──っと能力由縁の圧倒的憤怒オーラを噴き出させている学園都市最強が立っていた。
「お前がその手に持っているのはどう頑張っても私の盗撮写真だよな? どうしてお前が持っているか教えてくれるかぁ?」
「へ」
上条は蔑みの目で自分を見つめる真守の視線を受けて手に持っていたブロマイド──青髪ピアスによる真守の盗撮写真に目を落とす。
「あっいや、これは青髪が勝手に頒布してるヤツで、コイツが意気揚々と見せてくるから持ってるだけで、別に俺は貰ってない! 貰ってないってば!!」
真守は上条の言葉を聞いて、上条の前に立って自分が噴出させるオーラが怖すぎて一歩も動けない青髪ピアスを殺意をたぎらせてギロッと睨みつけた。
「……何か言うことは?」
「盗撮写真でもかわええな! あさつ、」
青髪ピアスが言い終わる前に真守はガッと青髪ピアスの頭をアイアンクローで鷲掴みにしてぎりぎりと力を籠める。
「処す」
そう真守が呟いた瞬間、真守の頭とお尻から
悲鳴が上がる教室。
自分の席に座っていた上条は椅子を蹴って逃げ出して土御門は楽しそうに笑ってひらりと逃げる。
「あ、朝槻ちゃん!? 何朝からバイオレンスなことしてるんですかーっ!? 青髪ちゃんが死んでしまいます! 落ち着いて、落ち着いてくださいーっ!!」
全身に電気を走らされて快感によって頬を赤く染め、泡を吹いて気絶寸前の青髪ピアス。そして人を射殺せそうな目で青髪ピアスを睨みつけている真守。両者を見て、授業を始めに来た小萌先生は慌てて止めに入る。
真守が
──────…………。
青髪ピアスを処断した次の日。真守は第一五学区のとある駅前にいた。
学校の補習があって、上条当麻はステイル=マグヌスに狙われている鳴護アリサの護衛ができない。そのため真守は上条に、自分の代わりにアリサの護衛をしてほしいと
頼まれたのだ。
真守に上条の頼みを断る理由はない。そのため二つ返事でオーケーを出して、待ち合わせ場所である駅で鳴護アリサを待っているのだ。
「あの。あなたが朝槻真守ちゃんでいいんですか?」
携帯電話を見つめていたら声を掛けられたので、真守は顔を上げる。
鳴護アリサ。
「……うん。私が朝槻真守だ、よろしくな、鳴護」
真守は一拍おいた後、アリサに向けて営業スマイル(微笑)を見せて挨拶をする。
「あ、うん! 今日はよろしくお願いします!」
アリサが深くお辞儀をして頭を下げるので、真守は礼儀正しい子だな、となんとなく思う。
「私もネットにアップされてる歌を聞いたけど、とてもいい歌だった。純粋な想いが込められていた」
「! ありがとう! 私、歌だけはできるから、頑張りたいの!」
「そうか。できることを一生懸命やるのは当たり前だが難しいことだ。私も応援している」
「ありがとう、真守ちゃん!」
真守はそこでアリサを促して二人で第一五学区内を歩く。
(この子……何か違和感のようなものを感じるけど、どっからどう見ても普通の女の子だ。でもなんか違うっていう違和感が拭えない。……『聖人』だからか?)
真守は心の中でアリサを注意深く観察しながら、オービット・ポータル社が指定した契約や撮影について行われるビルへと向かう。
そしてエレベーターに乗ると、背面が全面ガラス張りになっていて、そこから第二三学区にある『エンデュミオン』が見えた。
「オービット・ポータル社については知っているか? ……ああ、契約とかちゃんとするなら知ってた方がいいから、分からなかったら仮のマネージャーとして教えた方がいいかなと思って」
「ありがとう! 私も一応調べてみたの。三年前の、……オリオン号事件を起こした会社で、経営難になって買収されてレディリー=タングルロードさんが社長になったんだよね。それで会社が持ち直して、宇宙エレベーター『エンデュミオン』を建設したって」
アリサはエレベーターから見えるエンデュミオンを眺めながら、寂しそうに微笑む。
オリオン号事件とは、三年前にスペースプレーンでの宇宙旅行を実現としたオービット・ポータル社による、開業記念試験飛行の際に起こった事故だ。帰還直前のオリオン号にスペースデブリが接触。学園都市の第二三学区に不時着をして、奇蹟的に乗客乗員八八名が生還した。
オリオン号が不時着した第二三学区には、奇蹟を表すための記念碑が建てられており、その近くにエンデュミオンは建設されているのだ。
(社長のレディリー=タングルロード……。公式では一〇歳って公表されてるが、アレは絶対に一〇歳のできるふるまいじゃないんだよなあ)
真守はきな臭さを感じながらアリサを連れて目的の階に停まったエレベーターから出て、撮影スタジオの裏側であるアンティーク調の調度品が無造作に置かれている通路を進む。
「ん?」
真守は声をあげ乍ら、アンティーク調の椅子に座っている人形に目を留めた。
その人形は金髪をツインテールにしており、黒い小さな帽子を顎の下に紐を回して被っている。耳には大きなステンドピアスをつけ、へそ出しルックでチェックの服に真っ赤なマントを羽織っていた。
碧眼の瞳はガラス玉のような輝きを帯びて、人形らしく一点を見つめている。だが彼女は人形ではなく、れっきとした生きている人間だ。
「レディリー=タングルロード? 何してるんだ、こんなところで」
「え?」
真守は人形のように動かないレディリー・タングルロードを見つめて、小首を傾げる。すると真守の後ろを歩いていたアリサは、突然の社長出現に目をぱちぱちと
「こんにちは。私の初めてのお客さま」
「初めてのお客さまって?」
「私はつい先日にエンデュミオンに乗って一足先に宇宙に行っているんだ。……その時には会わなかったけど、私もあなたには会いたいと思っていた。エンデュミオンを一足先に使わせてもらったからな」
真守はエンデュミオンを利用するきっかけとなった『
「別に構わないわ。非公開だけど、初めてのお客さまが
レディリーは真守に笑いかけていたが、真守から視線を外してアリサをじっと見据えた。
「アナタの歌、好きよ。こんなに気に入ったのはジェニー・リンド以来かしら」
真守はレディリーの言葉に怪訝な表情をして目を細めるが、レディリーは気にせずにアリサを見つめて微笑む。
「頑張ってね」
レディリーはそれだけ告げると、コツコツとヒールの音を響かせて去っていく。
「びっくりした……社長さんってあんな人なのね……」
「そうだな。まあ、ああいう変わった人間もいるだろう。そうじゃないと世の中面白くないしな」
真守は何事もなかったかのようにアリサに声をかけると、再び歩き始める。
(あの女……どうしてエネルギーがメビウスの輪のように矛盾しながらも結び目なく循環しているんだ?)
真守はレディリーに感じた違和感についてそっと考える。するとすぐに撮影場所につき、隣を歩いていたアリサが前に出た。
「アリサです! よろしくお願いします!」
アリサが帽子を取って頭を下げて大きな声ではっきりと挨拶すると、待っていたスタッフは顔を上げてアリサを見た。
「「よろしくお願いしまーす」」
スタッフが応える中、スタイリストのお姉さんが歩いてきてアリサに握手を求めた。
「よろしく」
「お世話になります」
「あら。……隣にいる子ってもしかして、
「え。……う、うん。そうだけど」
真守は自分を見つめて目を輝かせたスタイリストを見て、若干押され気味になりながらも頷く。
「どうしてこちらに?」
「マネージャーとして来たんだ」
「マネージャー……ふーん。いいわねえ」
(な、なんか嫌な予感がする……っ!)
真守は自分に近づいてきて上から下まで見つめるスタイリストの視線を受けて、じっとりと嫌な汗が噴き出したのを感じた。
──────…………。
垣根は苛立ちを隠さずに顔を歪ませて手すりを握って、第七学区のとあるショッピングモールにある眼下のステージを睨みつけていた。
「垣根さーん。嫉妬の目がすごいよぉ」
深城は林檎がステージを見下ろせるように抱き上げたまま、自分よりも少しだけ背が高い垣根を苦笑いして見上げた。
「当たり前だろっ!!」
「垣根、認めた」
林檎は切羽詰まってなりふり構っていられない様子の垣根を見つめながら思わずぽそっと呟く。
鳴護アリサのデビューイベントは大変好評で、多くのメディアと一般客が集まっていた。
カメラのシャッター音と共にフラッシュが何度も焚かれる被写体は、何故か
アリサの後ろに半分隠れて裏方に徹している真守の姿があるのだ。
アリサは大きな帽子から綺麗に編み上げた鴇色の髪の毛を垂らしており、タキシードを模した胸元に大きなリボンが施されたコスチュームを着こんでいる。
彼女がポーズを取るために動く
その後ろで真守はアリサと同じようにタキシードを模したコスチュームを着こんでいるが、デザインがスカートではなくショートパンツ。そして全体的に裏方っぽい様子の衣装でポーズを決めたまま、一ミリも動かずに写真を撮られていた。
(垣根の不機嫌オーラがすっごく分かる……見なくても分かる……っ)
真守はどちらが主役か分からないからカメラ目線にならないようにと言われている。そのためステージから観客を見渡すことはできないが、それでも背中に垣根の『何やってんだよオイ』という視線がズキズキと突き刺さって心の中で嘆く。
「……オイ、あの男鳴護アリサじゃなくて真守に見惚れてるじゃねえかっ」
垣根は握っている手すりに力を込めすぎて、若干くの字にひしゃげさせる。そして
「そうだねぇ。真守ちゃん可愛いもんねえ」
深城は微笑ましいものを見るかのように垣根を温かい目で見つめる。すると、深城の腕の中にいる林檎が小首を傾げた。
「深城、いつもみたいにはしゃがないの?」
「んー。なんか隣で嫉妬している人がいるとぉーなんだか冷静になっちゃうんだよねぇ」
「そういうもの?」
「そぉいうもの」
深城と林檎が話している横で、垣根は抑えられなくなって苛立ちを
幸い近くに人はいないので問題なかったが、垣根の近くに一般人がいたら失神していたし、誉望がいたら華麗に嘔吐していたことだろう。
真守が垣根の嫉妬の炎で焼かれそうになっていると、突然スポットライトが消えて音楽が鳴りやんだ。
「停電かー?」「ヤダー」「どうなってるんだ?」「せっかくのイベントなのにー」
周囲から困惑の声が聞こえる中、真守はアリサを庇うように前に出て背中にアリサを隠す。
「……故障かな?」
「違う。……電源が全て落ちている。今の状態は大元の供給が途切れないとおかしいから故障じゃない」
真守はエネルギーの流れを正確に読み取り、悪意から電源を落としたのだと推測する。テロかもしれない。だがアリサやイベントに来た人間が困惑しないようにテロだとはっきりと断言せずに警戒する。
次の瞬間、ビルの基部が爆破されてドドドドドと、地響きが鳴り響いた。
「やっぱりそうか!!」
真守はテロだと断定すると、頭に
真守は座り込んだアリサを守るために片膝を突きながら、天井へと手を伸ばす。
手の平からステージとその周りにいる観客を包み込むように、真守は手のひらから上へとドーム状に源流エネルギーを生み出す。
ガラスの破片が源流エネルギーに焼き尽くされる度に、ガギガギガギッ! と、歯車が荘厳に鳴り響く音と共に蒼閃光が
ステージのスポットライトを支えていた鉄骨が次々と倒れこんでくる。そのため真守は源流エネルギーの放出を増大させようとした。
(なんだこれ……っ!?)
だが真守は、驚愕で目を見開く。
虹色のオーラと共に星のような無数の淡い白い光が辺りに満ちていくのを真守の感覚が捉えた瞬間。真守が吹き飛ばそうとした鉄骨が、不自然な軌道で観客に当たらないように次々と倒れていくのだ。
(なんだコレ……これまで私ですら感じたことのない得体の知れない力が働いている……? これは、鳴護から発せられているのか?
「奇蹟だ……」
真守が呆然とアリサを見つめている中、観衆の一人からそんな言葉が零されたのを真守は聞いた。
「奇蹟だ」「奇蹟だわ……!」「奇蹟、奇蹟よ!!」
そんな声がところどころから呟かれて、誰も怪我をしなかったテロを『奇蹟』と称して観客は一気に沸き立つ。
「真守!」
真守は沸きたつ観衆の前で、恐怖で顔を歪ませている鳴護の肩を抱きしめる。するとい、垣根が両脇に深城と林檎を抱えてステージへと降り立って、真守に近づいてきた。
「この感覚、起爆はショッピングモールの基部からだ。帝兵さんで様子を見てくれるか?」
「分かった」
真守のお願いに垣根は即座に頷いて、カブトムシ数匹を警戒態勢で基部がある地下へと送り込む。
「大丈夫か、鳴護」
胡乱げな瞳で、遠くを見つめるような目をしてカブトムシに指示を出す垣根。そのの横で、真守はアリサに話しかけた。
「うん、平気だよ。大丈夫」
アリサは真守を安心させようと笑って呟くが、その表情は引きつっていて全然無事には思えない。
おそらく自分の歌で『奇蹟』が起こることが心の底から嫌で、そして心の底から恐怖しているのだろう。
自分の歌ではなく、『奇蹟の歌』だから人々が自分の歌を求めるのかもしれないと、そう感じて。
「大丈夫だ」
「え?」
「お前が歌いたい時にお前は歌を歌えばいい。お前が心から楽しんで、伝えたいことを詩に乗せて歌う。それが何よりも重要なことだ。だからお前の歌を誰がなんと言おうが、お前は気にせずに自分のしたいように歌を歌えばいい」
「真守ちゃん…………。……ありがとう……っ」
アリサは真守の救いの手に心の底から嬉しそうに微笑む。
(奇蹟を起こす鳴護の歌……奇蹟を売りにしているオービット・ポータル社。……そして、レディリー・タングルロード。……注意が必要だな)
真守が心の中で警戒心を鋭くしていると、それに気が付いた垣根も警戒心を露わにした。
イギリス清教がこんな派手に鳴護アリサの命を狙ってくるとは思えない。
だから鳴護アリサを狙っている勢力が他にもいる。
垣根は学園都市側からアリサを狙っている勢力を洗い出すべきだ、と方針を固めて即座に行動を開始した。
真守ちゃんちょろっとアイドル活動しました。
垣根くんが再び嫉妬です。もうちょっと垣根くんの心を安らかにしてあげてください、真守ちゃん……。