※次は一一月一五日月曜日です。
〈結局、なんだったんでありけるのかしら? あの乙女は〉
「……そうだね。例えるならば、『願い』というところかな」
統括理事長、アレイスター=クロウリーは『窓のないビル』内にあるビーカーの中で手術衣のまま逆さに浮かび、イギリスの聖ジョージ大聖堂にいる
〈願い?〉
「能力者のものでなくとも人の願いというのは……主観を歪めてしまう。複数の願いが同一の指向を与えられればそれは因果律にすら干渉しうる力になる。無論、それはよっぽどの事がない限り起こることではない。しかし、人々の『願い』の指向を誘導するものがあったとしたら?」
〈それが『歌』だと?〉
「ああ」
アレイスターが頷くと
〈……成程。呪術的な力を帯びたもうた『歌』とオリオン号に施されたるレディリー=タングルロードの術式。それらの相乗効果によりけり、願いの力は一人の少女の因果律を分断し、二人に別れさせたもうた。その歪みで多くの人々の運命を変えしたりけるのが、八八の奇蹟の正体だと?〉
「そして同じ二人が一人に戻ろうとした時、ある種の歪曲が発生して今再び奇蹟が引き起こされた。……レディリーは興味深い実験をしてくれたよ」
アレイスターはビーカーにエンデュミオンの映像とデータを幾つも表示させながら微笑む。
〈そのレディリー=タングルロードのことだけど。愚痴のようになりしで悪いのだけど、そちらも関係あるからして一応伝えてやらんと思って〉
「一体どんなことだ?」
〈マクレーン家が彼女の身柄を引き取らんというのよ〉
「朝槻真守の血族が彼女を引き取ると?」
〈ウチの血族が彼女を救いしたりけるのだから、身柄はもらいうける。彼女の処遇はお前たちに任せるが、もし不用意なことをしたらただでなりしはおかない……と、脅したりけるのよ。まったく、あの一族には困りしものだわ〉
「事情はよく分からないが、魔術サイドでは影響力の強い一族なのかね?」
アレイスターが問いかけると、
〈かの一族に連なる者たちはね、イギリスという国に強く根付いているのよ。彼らは純粋なケルトの一団。イギリスが建国する前からかの地に居つく存在で、清教派にも、騎士派にも、あまつさえ王室派にもコネを持ちたるの。イギリスの縁の下の力持ち、と言ったところかしら。古きしきたりや因習の多い自然崇拝を
「成程。よく分からないが面白い一族というわけだな」
アレイスターが興味深そうに告げると、
〈ちょっと。面白いで済ませないでちょうだい。まったく、マクレーン家の令嬢が古いしきたりに嫌気がさして海外へ出奔しなければ、こんな複雑なことにはならなくってよ〉
アレイスターは
「……それもまた、因果が絡み合った故に起きた結果だろう。こちらとしては、利用価値のあるものが手に入ったとでも言っておこうか」
〈はあ。マクレーン家は審美眼と観察眼が鋭い一族故に彼らが魔術世界と科学世界、ひいてはイギリス清教と学園都市の関係に混乱をもたらすことはありえない。けだし、面倒な一族であることに変わりなきしことよ。そちらも振り回されるのではなくて?〉
「彼女は物分かりがとても良い。特に問題には発展しなかったよ」
〈……待って。もしかして会おうたの?〉
「朝槻真守の処遇についてで話し合った。既に様々な上層部に通達が行っているのではないのかね?」
〈はあ!? 聞いてなかりしことなのよ、それ!?〉
「おや、キミは随分とマクレーン家のご令嬢に軽視されているようだね」
アレイスターに言われて
〈あ、アシュリン=マクレーン……! あの女狐め!〉
「キミに女狐と言われるのは恐らく彼女も心外だろう」
アレイスターは怒りまくる
(……少しずつ、少しずつ真実へと辿り着かんとするその姿勢、いやはや感服に値するよ、朝槻真守)
アレイスターは怒っている
──────…………。
真守は暗くなってきた学園都市の街を一人で歩いていた。
(シャットアウラ=セクウェンツェア。彼女には才能があった。その才能と歌で、奇蹟を願った人間の想いを束ねて生み出したのが鳴護だと、レディリーは言っていた。……そんな少女に上条が右手の
真守はエンデュミオンの騒動が終わり、明日からの大覇星祭の準備を急いで完了させようと動く人々を見つめながら、心の中で呟く。
(人の想いや願い、祈りを
「
真守は呟きつつも歩き続け、新たな自宅となった五階建てのマンション型のシェアハウスへと入る。
「真守ちゃんお帰りーっ!」
一階のエントランスから二階に上がってラウンジに入ると、深城が一直線に真守に抱き着いてきた。
真守は深城が抱き着くことを予期していたので、さっと手に持っていた紙の箱を避けて深城の抱きしめを受けた。
「真守ちゃん頑張って宇宙に行ったねえ、えらいねえ!」
「朝槻、おかえり」
深城の抱擁を真守が受けていると、テテテーッと林檎が駆けてきた。真守は微笑む林檎に、笑みを返す。
「ただいま、林檎。……深城、垣根は?」
「……、えぇっとすっごく機嫌悪くて部屋に引っ込んだよ?」
真守は深城の言葉にため息を吐いた。
垣根は
「やっぱり。……ちょっと行ってくる」
(本当に
真守は心の中でそう呟きながらラウンジから出て階段を上がり、垣根の部屋へと向かう。
「垣根? 私だ、真守。……入っていいか?」
真守がコンコンと扉をノックすると、即座に扉が開け放たれた。
「わっ」
そして廊下にいた真守の手を垣根が引っ張って部屋に連れ込んだため、真守はその力強さに驚いて声を上げた。
「あ、あの垣根っケーキ潰れちゃうからちょっと待って」
引っ張られた先で垣根に抱きしめられそうになった真守は、慌てて垣根に声を掛けた。
「……ケーキ?」
機嫌が悪く地を這うような声を出す垣根を、真守は見上げて両手に大事に持っていたケーキの箱を垣根に見せる。
「これ頑張ったご褒美に垣根にだけ買ってきたんだ。ザッハトルテ。垣根、上品な質の高いお菓子好きだから。試食して、垣根が好きな味だなってちゃんと確認してから買ってきたんだ。私は使ってないだけで味覚は正常だからな。むしろ舌がバカになってなくて、高性能なくらいだ」
真守は食に関心が無くて、甘いモノ事情を理解していない。それなのに真守が一生懸命調べて買ってきてくれたことが垣根は嬉しくて、ケーキの箱を避けて真守をぎゅーっと抱きしめる。
「わ、わっ……っ垣根。今、深城にお茶淹れてもらってるから。食べよう?」
真守が垣根の広い背中に片手を回してトントンと叩きながら告げると、垣根は『ああ』と一言返事してから真守と一緒に部屋に引っ込んだ。
真守は深城が運んできた紅茶と食器をローテーブルに広げてお茶の準備をしており、そんな真守を垣根はじぃーっと見つめていた。
(うぅ……視線が刺さる…………恥ずかしいけど、垣根は嫌いな
真守は顔を赤くしながらも、頑張ってお茶の準備をして垣根に皿に切ったザッハトルテを載せて差し出した。
「はい、垣根」
「……ああ。サンキュー」
垣根が真守からケーキが載った皿を貰ってくれるので真守は安堵しながらも自分の前に置いてあるケーキに手を伸ばした。
「真守、こっち来い」
「え?」
真守が食べようと小さい口を開けていると、垣根がちょいちょいっと真守のことを呼び寄せるので真守は首を傾げながらも膝立ちして垣根へと近づく。
すると、垣根は真守を自分の前に座らせて後ろから抱きしめてきた。
「──……っ!? ……っ!!」
真守が動揺して顔を真っ赤にして目を白黒させていると、垣根はちんまい真守を胸の中にしまってテーブルの上に置いてあるケーキを手繰り寄せて食べ始める。
「……さっきの貸しのことだが」
硬直しながらもケーキを食べ始めた真守。だが、垣根に『
「今度二人っきりでデートな」
「でっ!?」
真守はわなわなと震えながら振り返って、垣根を見上げる。
「で……ででで……っでーとぉ……?!」
顔を真っ赤にしている真守。そんな真守を見つめて、垣根は思う。
(デートっつっただけでこの慌てよう……こんな少しのことで動揺する女相手にどう切り込むか慎重になるに決まってんだろ。それなのにあの多角スパイ、言いたい放題言いやがって。何がイジメの加減教えてやるだよ。別に奥手じゃねえしこちとら慎重になってるだけなんだよクソッタレ)
垣根は
「!?」
途端に真守は涙目になって体を震わせ始める。
(やっぱスゲエ奥手なのは真守の方だろうが。これくらいで涙目になるし体カチコチに固まるし。俺は絶対に奥手じゃねえ真守に合わせてんだよ……っ!)
垣根はにゃーにゃー言う多角スパイへと怒りを
垣根に唇をふにふにふにふに触られている真守は垣根が誰かに怒りをぶつけており、そのとばっちりを自分は食らっているのだと察して涙をにじませる。
(深城ぉ……たすけてぇ…………)
垣根のことを意識しすぎてぐるぐると目が回ってきた真守が心の中で深城に助けを求める。すると、真守が助けを呼んでいると自身と真守を繋ぐ特殊なパスによって感じた深城は、ラウンジから垣根の部屋へとすっ飛んできた。
「真守ちゃんどぉしたの!? わぁあああ──!?」
バーンと扉を開ける深城。すると垣根が真守のことを股の間に入れて、その小さな唇をふにふに押しているので、深城は思わず驚愕する。
「あ?」
「深城ぉ……」
垣根が邪魔をされたことで苛立ちを込めて声を上げ、真守が情けない声を出しながらこちらを見つめるので、深城は高速で考えを巡らせる。
(くっ真守ちゃんと垣根さんにはくっついて欲しいけど、このままだとくっつくまで真守ちゃんがもたない!)
「垣根さんストップ! 何イライラしてるか分からないけど、真守ちゃんがもう限界だから! お願い、離してあげて!! それちょっとやりすぎだから!! 耐えられないから!!」
深城に叫ばれた垣根はようやく普通の人間でも突然唇を触れられたら耐えられないと思い至って、とっさに真守の顎から手を離した。
「うぅー……!」
真守は垣根から手を離され、ひっぐとしゃくりあげながらぴょこっと
「な!?」
「わぁっ真守ちゃん!?」
垣根と深城が声を上げて白く染め上がった視界から復活すると、そこにもう真守はいなかった。
「あの逆境でも立ち向かってく真守ちゃんが逃げるなんてとんでもないことやったよ垣根さん! あたしは真守ちゃんのこと慰めてくるから、垣根さんはちょっと反省してて!!」
深城はわなわな震えた後垣根にぴしゃりと言いつけると、バタバタと走ってどこかへと去っていった真守を追う。
「……流石にやりすぎたな」
垣根は一般からかけ離れているウブ過ぎる真守への接し方が難しくてチッと舌打ちをする。そして、真守が自分のために買ってきてくれたザッハトルテをぱくっと一口食べた。
垣根はその後落ち着いた真守にちゃんと謝った。
真守は目をそらしながらも頷いて、『エンデュミオン』と鳴護アリサを取り巻く事件から日常へと帰還した。
真守ちゃん幻想殺しの意味について気づきつつあります。これだけヒントを見せられたら真守ちゃんなら気づいてしまいます。
そしてマクレーン家の立ち位置が出てきました。ケルトの大英雄とか、ああいう感じのケルトです。
それと垣根くん、真守ちゃんへの攻め方を考えあぐねてるってことは恋愛慣れしてないと思うんですが、ムキになって否定しています。ガンバッテ……。
今回で『エンデュミオンの奇蹟篇』は終了です。
次回から大覇星祭篇です。原作二巻分+超電磁砲なので少し長めですが、色々と盛りだくさんにしておりますのでお楽しみいただけたら幸いです。