次は一一月一九日金曜日です。
「……で、お前は俺にあのクソ野郎と一緒に魔術師を探せって言うのか?」
真守は競技が終了して深城と林檎と歩きながら垣根に状況を説明しており、全てを聞いた垣根は顔をしかめて真守に問いかけた。
「垣根が土御門のこと嫌いなのは分かってる。でもえり好みしている場合じゃないんだ。魔術世界で争いが生まれれば、その余波は学園都市にもやってくる。……何より、イギリス清教には友達がたくさんいるから、できれば守ってあげたいんだ」
真守が
「垣根?」
「あの忠犬のことは気に入らねえが、お前の頼みだ。やってやる。それに魔術に触れる良い機会だしな」
真守は垣根がお願いを聞いてくれたことにぱぁっと顔を輝かせるも、垣根のことを心配して眉をひそめた。
「気を付けてな。逃げ回る魔術師を見つけるのは大変だ。帝兵さんも使えないから」
「そうだな。衛星も監視カメラもごまんとあるこの学園都市で取引しようとしてんだ。ヤツらは必ず魔術を使う。そしたら
垣根は真守に優しく微笑みかけると、真守は気まずそうに顔をしかめながら告げる。
「……分かる? 垣根、大覇星祭嫌いだから垣根の前であんまりはしゃがないようにしてたんだけど」
「見てれば分かるに決まってんだろ。……お前が楽しそうでよかった。だからそのまま楽しんどけ」
垣根がぽんぽんと自分の頭を撫でてから手を離すので、真守はその手の感触に恥ずかしそうにふにゃっと笑いながらも頷く。
「うん、ありがとう。垣根」
「あの忠犬に連絡しろ。しょうがねえからやってやるってな」
「むぅ。そういうこと言わないで任せておけって言ったらかっこいいのに……」
真守はぶつぶつと呟きながら携帯電話を取り出して土御門元春に連絡する。
「もしもし土御門?」
〈朝槻!? 悪い手短に頼む! 今カミやんが魔術師見つけて追いかけてる途中なんだ!〉
「え。垣根が手伝ってくれるって言ったんだけど、今どこだ?」
真守の問いかけで土御門が魔術師を追い詰めていると知った垣根は、視線を鋭くさせて真守の携帯電話へと耳を近づけた。
〈カミやんのGPSコード送るからそれ追いかけて来てくれ!〉
GPS機能付きの携帯電話には『友人の現在地を探す』というサービスがあり、専用のコードをメールで受け取ればそのサービスを利用できて、友人がどこにいるか分かるのだ。
真守は土御門の言葉に即座に頷いて通話を切り、そのGPSコードが書かれたメールが土御門から送られてくるのを待つ。
「垣根、コード。これ」
真守が土御門から送られて来たメールに書いてあったコードを垣根に見せると、垣根は取り出していた携帯電話にそのコードを打ち込んで上条の動き続ける居場所を確認した。
「行ってくる。何かあったら
そして垣根は真守の髪の毛を一筋
「垣根!」
真守が離れていく垣根に声を掛けると、垣根は振り返って怪訝そうな顔をする。
「ありがとな、垣根。……魔術には気を付けて」
魔術は科学とは全く別の仕組みで動いている。
だからこそ、この世界の法則に負けることがない真守と垣根の致命傷になる可能性があるのだ。
それを真守が心配しているのを知っている垣根は力強く頷いた。
「
垣根が応えてくれたので真守はふにゃっと笑って垣根へと手を振って見送る。
「朝槻、何か大変なこと起こってるの?」
「垣根が私の代わりに頑張ってくれるんだ」
「垣根さん、優しいねえ」
林檎と深城に囲まれた真守は彼女たちの言葉に応えつつも、垣根が見えなくなるまで垣根の後ろ姿を見つめていた。
──────…………。
垣根は自律バスのバスターミナルにやってきて整備場に足を踏み込んだ。
「おっ。随分な重役出勤だにゃーていとくーん」
「黙れ。次その呼び方で呼んだらぶっ殺すぞ」
垣根が辺りを警戒しながら歩いていると、垣根に気が付いた土御門がぶんぶんと手を振っておちょくってくる。
土御門の隣には上条がいて、上条は記憶が無くなってから初めて会う垣根がびっくりするほどの高身長のイケメンで、思わずその勝ち組っぷりに絶句していた。
「で? お前たちが追ってたヤツはどっちだ? その様子だと取り逃がしたんだろ?」
「『
「テメエは魔術が使えねえ体じゃねえのかよ」
「え。垣根ってなんでそこまで詳しく知ってるんだ?」
二人の会話を聞いていた上条が思わず訊ねると、垣根は真守が大変気にかけている上条を上から下まで見てから面白くなさそうに告げた。
「真守から大体聞いてる」
「……垣根さん、もしかしてなんか怒ってます?」
上条が最初から機嫌が悪い垣根を見て思わず問いかけると、隣にいた土御門が笑って答える。
「違う違うカミやん。コイツは朝槻以外には大体いつもこんな感じにゃー」
「うるせえよ、忠犬」
垣根が土御門に純粋な殺意を向けている少し離れたところで、ステイル=マグヌスは焦った表情をしていた。
突然降ってきた符から声がしたと思って警戒したら、なんと相手はイギリス清教お抱えの魔術的物品を取り扱う古物商のマクレーン家だったのだ。
マクレーン家は何もただの古物商ではない。
イギリス建国以前から居ついているケルトを取り仕切り、そしてケルトのドルイドを生業とする集団なのだ。
ドルイドとは神官、占い、政治、その他諸々を引き受ける魔術的意味合いを持った『樫の木の賢者』と呼ばれる者たちで、ケルト人の精神的手中である。
そのためマクレーン家はイギリスという国家の縁の下の力持ち的存在となっているのだ。
その証としてマクレーン家自体は公爵家の地位を
それに加えてイギリス清教お抱えの古物商であったり、もっと言えば過去にイギリス清教と敵対していたため清教派と対話ができるほどの地位を持っていたりなど、王室派、騎士派、清教派それぞれに縁があってがっつりイギリスの中枢に食い込んでいるのだ。
「……それは本当なんですか?」
ステイルがアシュリン=マクレーンの告げた真実が信じられなくて問いかけると、符の向こうでアシュリンはくすくすと笑った。
〈真守ちゃんがわたくしの妹の子供なのは本当よ。一連の流れを話すと、妹はわたくしたちケルトが気に食わなくて出奔。それから真守ちゃんを産み、死んでしまったの。その後何の因果か、よりにもよって学園都市に真守ちゃんは捨てられてしまったのよ。あなた方一介の魔術師には公表されていないみたいだけど、真守ちゃんとわたくしたちマクレーン家の血縁関係は学園都市が保証して魔術世界のお偉い方には既に通知済みよ〉
「戦争が起こってないということは丸く収まったという見解でよろしいんですよね。……しかし、
〈ええ。その認識で合っているわ。ところでステイル。随分と面白い物品がここで取引されているわねえ?〉
「……一枚噛ませろと?」
ステイルはアシュリンの言葉に背筋を寒くする。
マクレーン家はイギリスの中枢にがっつり食い込んでいるため、あの
アシュリン=マクレーンの機嫌を損ねればどうなるか分かったもんじゃない。
ステイルが冷や汗をたらしながら問いかけると、アシュリンは軽やかに笑った。
〈わたくしもレディーよ。そこまではしたなくないわ。ただちょっと味見くらいしてもいいと思って、ねえ?〉
「……まあ、僕にあなたを止める権利はないので。ですがくれぐれも危ない橋は渡らないでくださいよ」
〈心得ているわ。じゃあね、ステイル〉
ステイルはそこで燃えつきて灰になった符を見つめながらため息を吐いた。
そして土御門と上条の下へと向かうと、そこに垣根がいてステイルは首を傾げた。
「誰だい、この男は?」
「朝槻が寄越した助っ人だにゃー」
土御門が即座に告げると、ステイルは自分と二〇㎝弱くらいしか差がない、日本人にしては背が高い垣根を見下ろす。
「……もしかしてキミは朝槻真守の伯母から紹介を受けてきたとかじゃないよね?」
「あ? なんでそこで真守の身内が出てくんだよ」
「別口か。ならいいんだ」
垣根がステイルの問いかけに純粋に首を傾げると、ステイルは頭痛のタネだと言わんばかりにため息をつく。
「どういうことだ?」
「今は時間が惜しいからそれは朝槻の伯母から直接聞いてくれにゃー。あの人も朝槻に話さなくちゃなんねーだろうからな」
「……よく分からねえが大体何に関することか分かった。で? オリアナ=トムソンはどうやって探すんだ?」
垣根はそこで真守の実家がイギリスということもあってがっつりステイルたちに関わってきているのだと察し、それに関しては後で謎を解消するとしてそのまま話を進める。
「ああ。さっきも言ったが魔力の霊装は押さえてある。オリアナが逃げながら遠隔操作でこれを操ってたんなら、ケータイみたいに魔力の送受信が行われていた可能性が高いぜい。コイツを使って逆探知の術式を組みたいんだが、ステイル。手伝ってくれるかにゃー」
土御門は筆記体で『Soil Symbol』と青い文字で書かれた厚紙を軽く振って告げる。
土御門が言うには土の属性である『
土御門はそこで整備場の地面にオリアナ=トムソンが使った霊装を地面に置き、それを中心として円を描いたり、色とりどりの折り紙を配置し始める。
「……ちなみに、能力者の前で魔術を使う件については大丈夫なのかい? 彼女はきちんとしているし、迂闊に魔術に手を出さないから問題ないが、僕は初めて彼に会ったんだ。……信用できるのかい、土御門?」
垣根が陣を描く土御門の様子をじぃっと見つめていると、そんな垣根の前でステイルは土御門に直球であからさまな質問をぶつけた。
普通ならば失礼な行為だが、共闘するならば不安を潰しておきたいと言うステイルの考えが垣根にも理解できるので、垣根は特に失礼だと感じずむしろ真っ当な疑問だな、と考えてさえいた。
「だってよ。どうだ、
「まったく分からん。つーかそこら辺に残ってる魔術の残存情報を
垣根と土御門の会話はステイルに『とりあえず共闘する意志はある』と伝えるための茶番的な会話だが、こうでもしてステイルを安心させなければこの先共闘できないと垣根は考え、自分が調べたことと感じたことを正直に告げた。
「科学に当てはめようとするから分からないんだぜい」
「科学に当てはめないで能力者がどうやって異能について考えんだよ。つーかテメエは能力者なのに一体どうやって魔術使ってんだよ」
理解不能と言った顔をしている垣根に土御門は笑って告げるが、垣根には心底理解できないことなので、ステイルを安心させるための会話だと理解していながらも思わず土御門にボヤいてしまう。
「ちゃんと魔術のセオリーに
「セオリーねえ。そのセオリーが分からねえんだよ。数式使わないで異能使うとか、マジで理解できねえ」
垣根が顔をしかめると、低位能力者でもある土御門はエリートだからこそ理解できないと捉えられる垣根の言葉に苦笑する。
「だからお前たちは魔術に触れても再現できる手立てがないと判断するから大丈夫なんだにゃー。……だが、なまじ感覚で能力使ってるヤツは普通に魔術にも手を出そうとする。その点、お前や朝槻はブラックボックスである魔術に簡単に手を出そうとしない。まあ、お前たちが強力な能力持ってるっていう理由もあるが、実際のところ採算が合わないんだろ?」
「ああ。まったく釣り合わねえな。一回使っただけで死んじまいそうになる力をどうやって活用すんだよ」
垣根は真守から聞いていた『魔術を能力者が使うと死ぬ』という事を思い出しながら告げる。
土御門が言うには魔術を使うのはロシアンルーレットのようなものであり、四、五回楽に耐えられることもあれば一撃で死ぬこともあるらしい。
そんな使い勝手の悪い技術に手を出す理由が『無限の創造性』を持っている垣根には根本的にないのだ。確かに興味深い技術であるが、敵を知るために理解したいのであって使うために理解しようとは全く思わない。
「だと思った。というわけでステイル、今の会話聞いてたら分かると思うが、コイツの前で魔術を使っても問題ねえですたい。それに朝槻がストッパーになってるからコイツは絶対に下手な事はしない」
「成程。まあ彼女が寄越した人間だからそこまで警戒していなかったが、今の会話を聞く限りまったく問題がなさそうだね」
ステイルはテキパキと陣を完成に導く土御門の言葉を聞いて頷く。
垣根は真守から大体の事情を聞いているので知っているが、ステイル=マグヌスはインデックスと自分自身を救ってもらった朝槻真守に多大な信頼を寄せている。
だから真守が信頼して寄越して魔術に関わらせようとしている垣根のことも、ステイル=マグヌスは普通に警戒はしたが、信頼には値する人間だと思っているらしい。
(俺がどんな人間か分からねえのに真守が寄越したってだけで信用するなんてな。……真守の人たらしは不良神父にまで及ぶのかよ)
垣根は行く先々で人をたらしこんで懐に潜り込む真守を思い浮かべながら、呆れたように顔をしかめる。
(つか、なんで真守の伯母ががっつり魔術に関わってんだよ)
垣根は陣を描いている土御門の一挙手一投足を正確に記憶しながら心の中で呟く。
(まあ、何にせよ。『
垣根は心の中で真守とマクレーン家について考えている前で、土御門はテキパキと準備を進めていく。
(真守が関わってる魔術。……どんなものか見定めさせてもらうぜ、忠犬?)
垣根は土御門を横目で睨みつけながら心の中で呟く。
土御門は垣根の疑いの目を感じて不快感を覚えるが、垣根がどうして自分を疑っていて、誰を自分から守りたいのか知っているので心の中で同類め、と密かに笑っていた。
ここから垣根くんが主人公です。堕ちてない英雄(ヒーロー)頑張ります。
ちなみに土御門が垣根くんを『同類』だと言ったのはお気づきかもしれませんが、二人共絶対に裏切れない大切な人(舞夏と真守)を持っているからで、大切な人間のためならば殺しも厭わないからです。
するとステイルとも同類ということになり、案外この人たちみんな似てることになります。まあとあるは大切な人間のために戦う人多めですので垣根くんもその一人に加わったということで……真守ちゃんが垣根くんを堕ちないように助けたからですね。人たらし……。