とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第九六話、投稿します。
次は一一月二一日日曜日です。


第九六話:〈初見技術〉が山積する

ステイルが箱から新しい煙草を取り出す横で、土御門は手の中の折り紙に赤の筆ペンで印をつけ、この状況を打破するための陣の作成に入る。

 

「……生身一つで生命力の探知・解析・逆算・応用・迎撃ができる人間ねえ。なんでそんな人間が運び屋なんてやってんだよ。つーか専門ならからくりとか分からねえの?」

 

垣根が問いかけると、ステイルは煙草にライターで火をつけて一服した後、煙草を指で挟んだままゆらゆら動かして告げる。

 

「科学風に言えば超高速のコンピュータを一台用意して、そちらに解析を任せているような状態と言えばいいかな。それだったら逃げられるだろう?」

 

「そんなモンがポンポン用意できるわけねえだろうが。……チッ。その言い方だとオリアナ=トムソンが何してんのか分かってんだろ。もったいぶってねえで早く話せ」

 

「俺にも分からないから教えてくれよ。一体オリアナはどうやってんだよ?」

 

垣根が悠長に煙草を吸っているステイルの説明に苛立ちを見せていると、その隣で同じ疑問を持っていた上条も疑問の声を上げた。

 

「いやいや。カミやんほどアレの近くにいる人間はいないと思うけどにゃー。何せ、お前の隣にはアレを一〇万三〇〇〇種類も記憶している禁書目録がいるんだぜい?」

 

「まさか……魔導書?」

 

上条は一〇万三〇〇〇冊、という具体的な数字を言われ、それがインデックスが記憶している魔導書のことだととっさに察して声を上げた。

 

「そうだやカミやん。魔導書の原典だ」

 

「魔導書って……ただの知識が蓄えられた本じゃねえの?」

 

上条と土御門の会話に垣根が首を傾げていると、土御門は手を止めて垣根を見ておっ? と、少し驚きの表情を見せた。

 

「あり。そこら辺は朝槻から聞いてないか? 魔導書の原典ってのは、魔術についてのノウハウを記した書物のことだが、まともな人間が内容に目を通せば精神が崩壊すると言われるんだ。ここまでは知っているかにゃー?」

 

ステイルに手を動かせと視線で注意された土御門は再び筆ペンで折り紙の四隅に印をつけながら垣根に問いかけた。

 

「ああ。だから闇咲逢魔に魔導書読ませないように真守が止めたんだろ?」

 

「え? なんで垣根、闇咲の事知ってんだ?」

 

垣根が八月三一日に起きたことについて言及するので上条が当然の如く首を傾げると、垣根は理由を話す。

 

「真守から聞いた。つーか、お前の要請でシスター探しに行く直前まで、真守は俺と一緒にいたんだよ」

 

(……そういやアイツがエロい下着見せびらかしたのもあの時か……。……つーか上条当麻。不幸体質だかなんだか知らねえが真守の下着バカ共に見せやがって……! 本当はぶち殺したいところだが、真守がうるせえから手ぇ出さないでおいてやる……!)

 

垣根が若干思い出したくないことを思い出し、そしてそれに関連付けるように先程のことを思い出してしまったので上条への怒りを(にじ)ませていると、妙な気迫がある垣根に首を傾げつつも、それが自分への怒りだと気が付かずに上条は頷く。

 

「? ああ、そういや朝槻も色々と立て込んでたって言ってったっけ。……って、悪い。土御門。話が脱線しちまった」

 

「別に気づいたからいいぜい。んで、だ。魔導書ってのは文章・文節・文字が一つの魔法陣として起動しちまうんだ。だからそもそも魔導書の原典にある半永久かつ半自動的に迎撃を行っちまう効果は魔法陣によるもので、それで魔導書は破壊できないんだにゃー」

 

上条が脱線してしまったと気づいて土御門に詫びを入れると、土御門は特に気にせずに折り紙に折り目を付けながら筆ペンをその上に滑らせて説明をし始める。

垣根もいつまでも怒っていてもしょうがないと思いつつも、やっぱり怒りが忘れられなくて苛立ちを滲ませたまま、それでも大人しく土御門の話を聞いていた。

 

「魔導書と魔法陣のどこが似てるってんだ。魔導書ってのは古びた本で、魔法陣の方は良くRPGに出てくる、円の中にお星さまが描いてあるようなヤツだろ?」

 

上条が土御門に問いかけると、煙草を吸って一服していたステイルはため息を吐くように煙を吐き出す。

 

「……またくだらない例えを。それはダビデの刻印だ。それが単品ではなく、円形陣の一部として使われたのは中期の魔法陣だよ。まず陣の説明から始めてやるか……。最初期の魔法陣は単なる円だった。こんな感じだ」

 

ステイルは地面に落ちていた石を拾うと地面にしゃがみ込み、アスファルトにフリーハンドで恐ろしいほど正確に直径五〇㎝ほどの円を描いた。

 

「魔術に(うと)いキミたちでも思い浮かべられる五芒星や六芒星は、追加効果に使われているものだ。ベースとなる円の効果を増すために、ソロモンやダビデの刻印などを重ねて描いたというわけさ」

 

(手先が器用だな。……まあ魔術師にとってはこういうのを正確に描くのが必須スキルみてえだから当たり前か)

 

垣根が感心して少し目を細めている中、ステイルは説明しながら円の中に五つの頂点が完全に五等分された五芒星を一切直線に歪みを生じさせずに描く。

 

「後期の魔法陣では、さらに他の物を重ねて描く。それは文字だ。多くの場合は円の外周に力を借りたい天使の名前を書いたりするわけだが……こんな風に、まずは力を借りるべき天使の名を書く」

 

ステイルはそこら辺に売っているオカルト本からでも得られるほどに有名な天使の名前を英語で書き連ねていく。

 

「『火』や『風』と言った風に欲しい力の種類を指定し、どんな質の『天使の力(テレズマ)』をどの程度の量が必要なのかを明記する。力の質もそうだが、意外に重要なのは量なんだ。少なければ術式は発動せず、多すぎても余剰で暴走する。何事も適量が求められる。これが意外に難しい」

 

そこでアルファベットで円を一周すると、ステイルはそのまま手を停めずにその外側に二列目の文章を書き込んでいく。

 

「異なる界から適切な質を保った必要量の『天使の力(テレズマ)』を取得したら、次はその力をどうしようするかを書き記す。術者の杖に注いで特殊な効力を得たり、魔法陣の周囲に配して防御力を手に入れたり、とかね。すると──本のページみたいに見えるだろう?」

 

二列目、三列目、四列目──どんどんと増えていく『文字による式』に垣根は納得する。

 

超能力者(レベル5)第一位から第三位は汎用性の高い能力を持つが故に『数式』で物事を考える。

真守は源流エネルギーに数値を入力する際に数学的考えで入力するし、一方通行(アクセラレータ)は空間に展開されているベクトルを数値として捉えてそれを操る。

垣根も周囲の物理法則を数式として捉えて、その法則に未元物質(ダークマター)を入力することによって物理法則を変えているし、そもそも『無限の創造性』として使うために未元物質(ダークマター)に性質を付与する時だって数式を用いる。

 

能力に『数式』が必要なように魔術にも『言葉による式』が必要で、案外科学と魔術は発動する際の工程に似たようなところがあるのだと、垣根はステイルの説明を聞きながら考えていた。

 

「尤も、こういった方法の魔法陣にも弱点がある。図形を複雑にすればするほど、誤読が生まれるんだ。……まぁ、自分で描いた魔法陣の意味を自分で読み違える、というのは相当に間抜けな術者だと言えるけどね」

 

「結局、魔法陣ってのは情報量の多さが威力に直結しているんだぜい。すると一冊丸々魔術の知識が詰め込まれた魔導書ってのはどれだけの情報量を誇ってると思う? 言っちまえば、魔導書の原典ってのは超高密度の魔法陣ってトコなんだよ。プロの魔術師でも手を焼くほどにゃー」

 

ステイルが魔法陣についての説明を最後までし終わると、土御門はそこから最初の話である魔導書の原典に話を戻した。

それに上条が首を傾げて疑問を口にする。

 

「ならオリアナはその魔導書を保有する魔術師ってことになるのか?」

 

「んー。俺にはどうもオリアナには不安定な部分があるように思える。それにマジで魔導師として完成しているとすりゃ、アイツにレクチャーされた魔術師が部下としてついているはずだ。どっちかってーとそれはリドヴィアの役割だと思うぜい」

 

「……オリアナ=トムソンは今回の取引のために自動制御の迎撃術式の魔導書の原典を一冊用意した……? ……そんなことが本当にできるとは到底思えない。ヤツは運び屋だ、仕事の度に原典を編むなんて事できるはずがない」

 

「いいや、確かに一冊の本を丸々作るとなれば、それぐらいの時間は必要だろうにゃー。でも、オリアナの目的はそうじゃないだろ。アイツにとって重要なのは、魔法陣化した魔導書の効果だけだぜい。本の体裁なんざ気にしちゃいない。他人に読めるかどうかも分からない、走り書きのメモ見たいな感じなんじゃねーのかにゃー」

 

「……『速記原典(ショートハンド)』、といったところか。僕にはやはりできるとは思えないが……いや、良い。今はどんな可能性でも考慮しておこう」

 

専門家であるステイルと土御門の予測を静かに聞いていた垣根と上条だが、そこで上条が尤もな疑問を口にする。

 

「原典ってのは誰にも壊せない魔導書なんだろ? そんな風に戦う度にポイポイ原典を作り出してたら、世界中が原典だらけになっちまうと思うんだけど」

 

「そうだにゃー。あくまで予測だが、オリアナの『速記原典(ショートハンド)』はハンパなもので、短時間で勝手に崩壊しちまうんだ。原典と魔術師の混合術式──知識や技術を後世に伝えるためではなく、今一瞬で使って捨てちまう原典……ってトコだにゃー」

 

「その原典だの魔法陣だのってのはいまいち理解できなかったんだけどさ」

 

上条の『自分分かってません』宣言に反応したのはステイルと垣根で、二人はいまいち把握できないという顔をしている上条を白い目で見つめる。

 

「……、君は本当に説明しがいのない人間だね」

 

「……お前、真守に勉強教えてもらっても吸いの悪ぃスポンジみてえに、教えてもらったことを吸収しきれねえでぼたぼた垂れ流してんじゃねえだろうな?」

 

上条は二人からの、特に垣根からの視線を受けてぶんぶんと首を横に振る。

 

「いやいや!? 朝槻は分かるまで根気強く教えてくれるから、ちゃんと上条さんの頭に収納されていますよ!?」

 

「じゃあ僕も彼女みたいにキミにきっちり丁寧にみっちり教え込まなくちゃいけないってことかな? 嫌だね、そんなこと」

 

「出来の悪ぃ生徒にきちんと教える真守はほんっと良いバカだなー」

 

ステイルが心底嫌そうに呟くので、垣根は真守のお人好し加減にため息を吐く。

そんな二人の前で、土御門は苦笑しながらも朱色の墨で多分に水を含んだ折り紙を破らないようにまだまだ丁寧に塗りたくる。

 

「ああ、もう! 上条さんの頭の悪さは今関係なきことですよっ!? そうじゃなくて話戻すけど、迎撃されるならステイルはもうオリアナにどんな魔術使えないってワケか?!」

 

「忌々しいけれどキミの言う通りだよ。僕がどんな魔術を使おうが関係ない。何のために使用される魔術、なんて識別をわざわざ付け加える必要はないからね」

 

「それなら結局どうするんだ? ステイルはもう魔術は使えない。その『理派四陣』……だっけ? それでオリアナの位置を探知するのは難しいんじゃないのか?」

 

上条が顔をしかませていると、手を止めずに土御門が今一度説明する。

 

「いや。言ったろ? これは『速記原典(ショートハンド)』による自動迎撃術式だ。ならそいつを押さえれば良い。上手くいくと対抗策としての護符も作れるかもしれないが、相手は曲がりなりにも原典。まずはぶっ壊してステイルの魔術を使えるようにした方が無難かもしれないにゃー」

 

「『速記原典(ショートハンド)』を潰すのは良いが、それをやっている間にオリアナが『理派四陣』の探索範囲外へ逃げる可能性は?」

 

「ある。が、速攻で逃げ切る自信があるなら、わざわざ迎撃術式なんて組まないと思わないかにゃー? あれだって用意するのは手間がかかるだろう。ただでさえ切羽詰まった中で、わざわざ仕事量を増やすような真似なんて、普通はしないぜい」

 

土御門とステイルが魔術師としての見解を再び話しているのを聞いて上条は腕を組んで無い知恵を振り絞る。

 

「なあ、その『速記原典(ショートハンド)』ってのは、結局どこにあるんだ?」

 

「僕はどこかに仕掛けているんだと思っているけどね」

 

「同感だな。どこかに仕掛けて俺たちが対処してる内に逃げようとしてんだろ」

 

ステイルの推測に同意したのは垣根で、土御門がその推測に肉付けして確信へと導かせる。

 

「まあ『速記原典(ショートハンド)』の細かい使用条件が分からないから正確には何とも言えないが、オリアナがステイルの生命力パターンを探ったのが設置型だった。だからこの一連の術式のラストも同系統の設置型……って考えるのが妥当じゃねーのかにゃー?」

 

「じゃあどこに『速記原典(ショートハンド)』を仕掛けたのかって分かってるのか?」

 

「これからそいつを調べるんだにゃー」

 

土御門はそこで赤い筆ペンをポケットにしまってステイルを見た。

 

 

「ステイル。なんでも良いから魔術を使え。どこから妨害がやってくるのかを知りたい」

 

 

上条は土御門の無慈悲な言葉に息を呑んだ。そんな上条の横で垣根は目を細めた。

 

(やるべき時はやる。利用できるものは犠牲があっても利用する。……考えたくないが、やっぱりコイツは俺と同類だな)

 

それでも垣根帝督は土御門元春の考え方が少し前の自分ではなく、今の自分と同じ考えなのだと感じていた。

 

周りが自分勝手にしているのだから自分も利用できるものはどんな犠牲があろうとも利用する、という真守に会う前の傍若無人な自分ではなく、朝槻真守というかけがえのないもののためならば、どんな手段でも使うという今の自分。

 

(同族嫌悪だってのは分かってる。アイツがふざけた態度取るのもアイツが俺と自分が同類だって知ってるからだ。……全部分かってるから気に入らねえんだよ)

 

垣根はそこで小さくチッと舌打ちをして、何かを守るために戦うという、ちょっと前なら場違いだと感じるこの場に何気なく溶け込んでいることに顔をしかめていた。

 




お勉強会の続きでした。

そして垣根くん、土御門が自分と同類なの分かっています。
土御門も分かっているので互いが互いのことを理解しています。ある意味相思相愛的な何かになっていますがそんなこと言ったら垣根くん確実にブチ切れます。土御門も垣根くんおちょくることしなければいいのに……。


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