次は一一月二三日火曜日です。
上条と土御門は携帯電話をスピーカーフォンにしてステイルと垣根と会議通話にしたまま道を走っていた。
垣根とも会議通話にしているのはステイルを置いて垣根も別口でオリアナの居場所へと向かっているからだ。
〈オリアナ=トムソンの位置は第七学区の地下鉄、二日駅近辺だ。もう少し時間があれば、もっと正確な場所を特定できる〉
「二日駅!? 通り過ぎちまったぞ!」
上条はステイルの声を聞いて急停止をして体を反転させて走り出す。
〈北上……そう、北方向へ動いているみたいだ。道は……三本に分かれているが、どれかまだ分からない。すぐに特定させる……三本の道は……今、今……出た。良いか──〉
「一番右の道だ、見つけた!!」
ステイルの案内を聞いていた上条だったが、前方二〇メートルぐらいにオリアナの姿を見つめて声を荒らげた。
そんな上条の大声によってオリアナはバッと振り返る。
オリアナは自分を追いかけてきている上条と土御門を確認すると、脇道へと
するとオリアナを追いかけていた上条と土御門の隣を自律バスが走り抜けていき、オリアナは自律バスを停車させるためにバス停にあるボタンを押した。
即座に自律バスは停車し、オリアナは乗車する。
土御門と上条は走ってバスへと駆け寄るが、人が運転していない自律バスはあくまでプログラムで動いているため、待てと言っても待ってくれない。
「なあカミやん。あのバスの中ってオリアナの他に乗客がいたかにゃー?」
「あん? そんなのどうだって良いだろ!?」
「カミやん!」
上条が土御門の言葉に叫ぶように怒鳴ると、土御門はしつこく上条に人がいなかったかと聞いてきた。
「いなかったよ! 多分、昼間にこの近くでやるリレーの予選A組を観るためにみんな降りたんだ!! それがどうしたって!?」
「それなら安心だ」
上条が半ばキレながらも質問に答えると、土御門は上条にそう告げてから携帯電話に声を掛けた。
「ステイル。自律バスの整備場でバスの壁面にルーンのカードを張り付けていたな? それがまだ生きているならオーダーを頼む。車体番号5154457に張り付けたカードを吹っ飛ばせ」
土御門の言葉にステイルは即座に反応し、自律バスの車体側面に張り付けていたルーンのカードを起動、起爆させた。
すると自律バスは起爆された衝撃で車体側面を横転させ、滑っていった先で停止するとガソリンに引火して大爆発。
辺りに黒煙をまき散らして炎を噴き上がらせた。
「効果は絶大……過ぎたかにゃー?」
勢いよく炎を噴き出して炎上するバスを見つめて上条は呆然とする。
だが次の瞬間、霧でできた竜巻がバスの車内から巻き起こされて炎が黒煙もろとも吹き飛ばされたので驚きで表情を固まらせた。
そしていつの間にか、青い文字で『Wind Symbol』と書かれた単語帳の一ページを口に
彼女は白い布に巻かれた大荷物を小脇に抱えており、不敵に笑っている。
「うふふ。魔力を使い意思を通した炎ならともかく、ただ物理的な燃焼だけではお姉さんを熱くすることは出来ないわね」
オリアナはゆったりと慣れた口調で単語帳の一ページを口に咥えたまま話し、話し終えるとそれをプッと横へ吐き捨てた。
「もっとも、少々焦って濡らしちゃったけど。見てみる? 下着までびちゃびちゃだよ」
「……お前が仕掛けた術式で、全く関係のない人間が倒れたぞ。お前と初めて会った時に俺と一緒にいた女。お前の目には、アイツが魔術と関係あるように見えたのかよ?」
そう。
土御門はステイルと垣根に詳しく話してはいなかったが、迎撃術式に触れて犠牲になってしまったのは二人と真守のクラスメイトであり、大会運営のために競技場にいた吹寄制理だったのだ。
上条が言った通り、吹寄はオリアナと会っていた。
だがそんなことは関係ないとオリアナは暗に示して微笑む。
「この世に関係のない人間なんていないわ。その気になれば、人は誰とだって関係できるものよ?」
「分かっては……いるんだな。分かっていて、それでも反省する気はないんだな?」
上条が怒りを押し殺しながら訊ねると、オリアナは手に持っていた単語帳を口元に添えながら告げる。
「あの子を傷つけるつもりはなかったの。ホントだよ? お姉さんだって、一般人を傷つけるのはためらうもの。こういうのとは違って」
そして次の瞬間、オリアナは単語帳から厚紙のページを一枚破って口に含み、魔術を発動した。
途端にグラスとグラスをぶつけた甲高い、澄んだ音が辺りに響く。
「が…………ッ!!」
その音が響くと同時に、上条の後ろにいた土御門が体を硬直させた後、膝から崩れ落ちて脇腹を片手で押さえた。
「土御門!!」
上条は振り返って土御門に駆けつけるが、傷口が開いたり、新たな傷を負った気配はない。
それでも土御門は苦しみに
「あら。てっきり怪我を負っているのはあなたの方だと思ったんだけどね。使い道を誤ってしまったかしら」
「お前、土御門に何をした!?」
「再生と回復の象徴である火属性を青の字で打ち消しただけ。音を媒介に耳の穴から体内へ潜り、一定以上の怪我を負った人間を昏倒させる術式よ」
オリアナの説明を聞きながら、上条は倒れて痛みに打ち震える土御門の肩へと右手を伸ばして土御門の体を
だが、すぐに青いオーラが噴き出してきて土御門が再び苦しみ始めた。
(一定以上の傷を負っている人間を例外なく昏倒させる術式……多分、土御門の傷が完治しねえと術式の効果が発動し続けるんだ。だったらあのカードを潰さないと駄目なのか……っ!)
「彼を助けたければ、一刻も早くお姉さんを倒すこと。さもなくばお姉さんが良いと言うまで彼はずーっとお預けよ? そもそもそれまで彼は長持ちするかしら。案外短い方だったりして、ね?」
オリアナは上条を挑発しながら口に咥えていた昏倒術式が書かれた札を左手で掴んで後方へとひらりと放り投げた。
昏倒術式の単語帳のページはひらひらと風に流されて遠い場所まで連れて行かれてしまう。
「テメエ……! なんで、だよ。『
上条は拳を握りしめながらオリアナを睨みつけて宣言する。
「『
「仕事だから仕方がなかった、というのは依頼主に対して不誠実よね。仕事の目的はともかくとして、どういう経緯で達成するかはお姉さんに任されているわけだし」
オリアナは上条の言葉を聞いて馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに微笑み、巻き込まれた人間の価値など歯牙にもかけないと告げる。
「人の、命で────遊んでんじゃねェぇぇえぇえ!!」
上条は一〇メートルも離れていないオリアナへと駆け寄るが、オリアナが単語帳の一ページを咥えてちぎる方が早い。
ビッとちぎれた音を出した紙には緑色の文字で『Wind Symbol』と書かれており、直後にオリアナと上条を分かつように地面から厚さ五〇㎝の氷の壁が天に向かって伸びる。
上条は雄たけびを上げながらその氷の壁に右拳を叩きつけた。
次の瞬間、異能で造り上げられた氷の壁が
そして氷の壁の向こうにいたはずのオリアナの姿が消えていると上条は気付き、辺りを見回す。
すると真横から風切り音が聞こえてきたので、体をそちらに寄越して右手を
風切り音の正体である風の刃は上条の右手の
「あむ。なかなか刺激的な切れ味でしょう?」
薄く笑うオリアナは口に新しくちぎった単語帳のページを咥えており、その術式がどうやら上条の頬を薄く切ったらしい。
「んふふ。……初めて握手した時も感じたんだけど、学園都市って随分と珍しい子を集めているのね。お次は影の剣。飽きさせないわよ?」
オリアナは咥えていた単語帳のページをプッと吐き出して再び別のページを咥えてちぎり、術式を発動してその手に闇を凝縮して形にしたような剣を握って飛び上がり、それを上条へと投げつけた。
その影の剣は防御のために右手を突きだした上条の足元の影に滑り込むと、突然爆発して上条を下から突き上げる衝撃を放って上条を吹き飛ばした。
(マズい……っオリアナは一定以上の傷があるだけで昏倒する術式を持ってる!)
上条は何度も地面の上を転がりながら昏倒術式が来ると焦る。
だがオリアナは土御門を昏倒させた術式を何故か使わなかった。
全身を打った痛みと擦り傷に耐えて上条が立ち上がると、オリアナは困惑している上条の心中を察して薄く笑った。
「んふ。お姉さんは一度使った術式を何度も使う趣味はないの」
オリアナはそこで妖艶に笑って単語帳の一ページを口でちぎって
上条は構えるが真後ろから突風が巻き起こされ、つんのめる形でオリアナの下へと引き寄せられる。
そんな上条の顎へ、オリアナは手に持っていた白い布を巻いた看板のような物品の角で強烈なアッパーカットを加えてそのまま身を
上条は腹に叩きこまれた衝撃でそのまま地面に倒れこむと、痛む腹を押さえて
「だらしないわねえ。今のは前戯だっていうのに、もう足腰がダメになってしまったの?」
上条が呻いていると、オリアナは新しい魔術を行使する。
途端に上条は地面から爆発するように噴き出した衝撃によって宙へと打ち上げられて、そのまま地面に倒れこんだ。
「一度使った魔術は二度と使わないってのに……なんでそんなに組み合わせのパターンが多いんだよ……っ!」
「うふふ。お姉さんの術式はただ単に五大元素の仕組みだけではないのよ。『星座と惑星の関係はその角度によって役割を変える』っていう、西洋占星術の基礎である
オリアナはにやにやと笑って上条へとご高説をすると、うっすらと目を細めて呟く。
「……これがお姉さんの限界。精一杯頑張って魔導書を書いても『原典』は安定してくれずに暴走と自滅を繰り返し、それどころかあまりにも文章が汚くて誰にも理解してもらえなかった、魔術師としても魔導士としてもハンパな人間の実力」
それでも自分の実力を知り尽くしているからこそ、オリアナ=トムソンは自分の実力でできる全てを使う。
自分がどこまでできるかという限界を知っているからこそ、その限界ギリギリまで力を使うことを
「しかし、故にお姉さんは常に魔導書を書く手を止めず、新たな術式を生み出し続けている。立ち止まり、そこで妥協すれば迷わず負けるとお姉さんは自覚している。だからこそ、お姉さんは永遠に前へ進むのよん。──初心忘れるべからず、ってね」
オリアナは笑って厚紙を口に
だがページを破ることなくそのまま上条に向けて宣言した。
「次に放つのは赤色で描く風の象徴。角度にしてジャスト〇度の
オリアナはそこでページをちぎって魔術を発動し、宣言した。
「あなた、そこから動けば死ぬわ」
その瞬間、オリアナを中心にして地面に虹色の地割れのようなヒビが鈍い音共に響き走り渡る。
そして総数にして二〇八本の真空刃が上条を取り囲むように設置された。
これで彼は動けない。
後は動けなくなった彼を昏倒させるだけだった。
だが。
「──はん。だったら動けるやつが動けばいいじゃねえか」
オリアナは突如、空から降ってきた言葉に驚いて顔を上げた。
「なっ──…………!?」
オリアナ=トムソンは顔を上げて空を見ると、思わず絶句する。
学園都市の秋空。その高い空。
そこには三対六枚の純白の翼を背中から伸ばし、片手をポケットに入れて優雅に浮遊しているジャージ姿の少年がいた。
明るい茶髪を肩口まで伸ばし、長い前髪の向こうに見え隠れする黒曜石の瞳。
イケメンと言っても差し
天から舞い降りてきた天使の如く美しい少年の名は──垣根帝督。
一国家の軍隊を一人で相手取ることができるとされる学園都市の頂点の一人、
学園都市の中でも珍しい、この世に存在しない物質を生み出す
世界を支配することなんて楽にこなせるが、たった一人の少女が望まない限り絶対にしない圧倒的強者。
「──なあ、魔術師」
垣根帝督は優雅に学園都市の空を飛びながら、顔を引きつらせたオリアナ=トムソンに声を掛けた。
「お前たちの常識は、俺の
そう問いかけたその表情は、新たな強敵に出会ったことで闘争心を
そんな表情で垣根帝督はオリアナ=トムソンを余裕たっぷりで見下ろしていた。
垣根帝督、参戦。