暗殺者の旗を掲げよ   作:これこん

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ロンドンにて

 大英帝国の首都にして世界最大級の国際都市ロンドン。

 そしてその中でも有数の繁華街であるオックスフォード・ストリート。

 白人に黒人、アジア人にラテン人に至るまで様々な人種の人々が往来し、多くの人間で賑わっているこの通りを4人組が歩いている。

 

 先頭を行く、風貌からアジア系と思われる少女はこの繁華街のあちこちを興味深そうに見ており、その少し後ろを歩くのはこれまた東洋人と思われる男。

 そしてそのまた少し後ろに2人組のスラブ人の男が付いてきている。

 

 彼らはタイ南部の港湾都市にして、世界中の悪党の吹きだまりである悪徳の都ロアナプラに本拠地を置くフライ商会の構成員だ。

 今回彼らはとある仕事の契約者と会いにここロンドンを訪れた。

 

 ロアナプラでは貿易会社や商会の名の体をとっているマフィアやギャング等の組織が蔓延っているが、彼らフライ商会はその例には含まれない。

 彼らの業務は主に荷物の運搬であったり法に触れないような商品の取引だ。

 時にはセーフかどうかが怪しい仕事もあるにはあるが、基本的にロアナプラの中では驚くほど平和な会社である。

 

「すげぇぞ、誰も拳銃を持っていねぇ!」

 

 辺りに響く大きな声で物騒なことを口にする少女。

 幼い子供の口からそのような言葉が出たことに驚いた周囲の人々は彼女に視線を向ける。

 ロシア人の2人組は少女から更に距離をとり『自分達はこの子とは無関係です』と周囲に示す。

 近くを歩いていた東洋人の男も苦笑している。

 

「あまり物騒なことを言っていると目立つぞ? ───レヴィ」

「すまねぇ。 あまりにも違うから、つい」

 

 男からレヴィ、と呼ばれた少女は口では謝るもその数秒後には辺りを見回しながらロンドンの感想を口々に声を出す。

 どうやら先程の発言のことはもう気にしていないようだ。

 やれやれ、と言った様子の男は再び歩きだし、彼らは目的地に向かって歩き続ける。

 

 

 

 

 

「あのビルが爆発したらどうなるんだろうなぁ? …どう思う?」

 

 

 2分後、高層ビルを指差しながら人目を気にせずそう言った少女もといレヴィは、またしても周囲の人間の視線を集めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンのとある高層ビル。

 その一室でスーツを着た白髪の白人と、スーツから革靴に至るまで黒で統一された服装に、黒髪をオールバックで固めた東洋人の男が対面している。

 東洋人の男と共に来た他の3人は現在待合室だ。

 目的はフライ商会とロンドンに拠点を構えるこの企業の商談の為───というのもあるが実は本命はそれではない。

 待合室の彼らでさえ男の真の目的は知らないのだから、彼らがこの事を知ったら大層驚く事だろう。

 

 にこやかに取引についての話を進め、それは10分程で速やかに終わった。

 白髪の白人はデスクの上に置かれている紅茶を一口だけ飲み込むと、改めて男に向き合う。

 

「───さて、ミスター・フライ。 この後の予定が押していなければ、少し休憩がてら世間話でもどうです?」

「…えぇ、問題ありません」

 

 にこやかに笑みを浮かべて答える男達。

 白髪の白人は葉巻を咥えてライターで火をつけ、東洋の男も用意されていた茶を飲んだ。

 

 

 

「────初めまして、逢えて光栄だ我らの兄弟よ」

 

 白髪の白人は、そう会話を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会合の後社員に待合室へと案内された、ミスター・フライと先程の社長から呼ばれた男は部屋に足を踏み入れた。

 空調の効いた、それでいてそれなりの広さがある清掃の行き届いた部屋。

 当然、銃撃戦の傷跡もない。

 

「これで仕事は終わりか?」

「あぁそうだ。 この後はホテルにチェックインする時間まで自由に過ごせる」

「それならよ、先ずはメシを食おうぜ! この店なんか良さそうじゃないか?」

 

 そう言ってロンドンの観光パンフレットの『ロンドンの人気飲食店10選!!』と書かれている1ページを開きながら写真を指差すレヴィ。

 彼らはどんな昼食を食べるか相談しながらビルを出た。

 

 その後彼らが歩いて向かったのはロンドンの繁華街に店を構える大衆食堂だ。

 一行のリーダーはせっかくだからと高級なレストランを提案していたが、レヴィが他の客に迷惑をかけるかもしれないと言われた為その案は無くなった。

 もし食事中にロアナプラでの出来事を口走りでもしたら気分を害する者がいるかもしれないので妥当である。

 

 フィッシュ・アンド・チップスにスコッチエッグ、ローストビーフなどをはじめとした料理を堪能する彼ら。

 

「ロアナプラで食うよりも旨い」

「そうか? あたしにゃあまり違いがわかんねぇや」

 

 ロアナプラはロンドン程では無いが多種多様な人種が暮らしている街である。

 よって街の繁華街に出れば大抵の国の料理は出てくる。

 腕の良い料理人は中にはいるし、清掃の行き届いた綺麗な店もある。

 だがそう感じるのはやはり食べる環境だろう。

 ロンドンはいつ銃撃戦が始まるか分からない悪徳の都ではなく、警察が機能し通行人は誰一人拳銃を携えていない都市である。

 ここでは殺意を感じ取る為に気を張る必要が無いのだ。

 

 その時、目の前の食事を平らげたリーダーが懐に手を伸ばし財布を取り出す。

 そしてそれをロシア人の男の1人に手渡した。

 

「ミーリク、俺は暫く野暮用でいなくなるから支払いを頼む。 別にロンドン観光で自由に使って良い」

「了解した」

 

 そう言って席を立つリーダー。

 椅子に掛けていたスーツの上着を手に取りそれを着る。

 

「あたしも連れていってくれよ、面白そうだ」

「それは残念だが無理な話だ。 ゲーニチェカ、レヴィが暴れないよう見といてやってくれ。 何かトラブルがあれば連絡を」

「ラジャー」

 

 そう伝えた男は煙草を咥え、それに火をつけ煙をふかしながら店を出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 俺は一人ロンドンを歩きながら目的地に向かう。

 かつての町並みからすっかり変わってしまった場所もあれば、当時の面影を残している地区もある。

 だが、病気と暴力が支配し、病人と搾取された労働者で溢れかえっていたかつての陰湿な都市の姿は何処にもない。

 

 途中バスに乗り、記憶を便りに進んでいく。

 そして、遂に辿り着いた。

 

 そこは、かつてギャング組織ルークスの本拠地があった場所。

 俺のロンドンにおける人間らしい生活はここから始まった。

 既に当時の建物は無くなり、今現在あるのは小さな花屋。

 そこには女性の店主一人のみ。

 

 俺が近づいて行ったのに気づいた彼女は笑みを浮かべて此方に向く。

 

「花を適当に包んでくれ」

 

 手渡されたものは色とりどりの花束。

 俺はそれを抱えたまま店を後にした。

 

 かつてのロンドンで散った同胞に、双子の師。

 彼らの最期を看取ることはあれど、任務で忙しく墓参りなどしたことは無かった。

 そんな事を考えながら俺は最寄りの墓場の一画、身寄りのいない者達が眠る共同墓地の前に花を添えた。

 確かこの墓場は19世紀の当時から存在していた。

 偉大な師がここに眠っているということは無いかもしれないが、当時の同胞の何人かはこの下にいるのかもしれない。

 

「眠れ、安らかに」

 

 そう一言呟き、俺は墓場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 とある日のイエローフラッグで、この店の店主であるバオと、フライ商会のリーダー兼接客担当の男が話していた。

 客は相変わらずチンピラしかいないが数人のみで、銃撃戦が起こる気配は無い。

 

「それにしても、会社を立ち上げたのに未だ酒場でも働いている物好きはお前くらいしかいないだろうよ」

「バオが言ったのだろう。 『頼むから辞めないでくれ』と」

「てっきり断られると思っていたんだがな。 お前がいなきゃあ何度流れ弾で身体を撃ち抜かれていたことか」

 

 青い顔をしながら過去を思い出すバオに、男は笑いながら接する。

 男はこの街に来て暫くの生活費をこの店で働くことで得ていたが、かつて教団の支部や協力組織の経営に携わっていた経験を活かしてこの街に商会を設立した。

 当然店の方は辞めるつもりでいたが、バオの必死の説得で出勤頻度は減ったものの男はこの店の従業員で在り続けている。

 

「お前が来てから店が破壊される回数が減った。 感謝してるぜ、修理代も馬鹿にならないしな」

 

 そう言いながら棚に陳列されている酒瓶の1つを開け、グラスに注ぐバオ。

 それを男に差し出す。

 

「今夜は客の入りが悪い。 だがら別に飲んでも問題はねぇ」

「…ありがたい」

 

 誰一人客の座っていないカウンターで店主と従業員の酒盛りが始まった。

 

 果たして、男が酒に強くないのか、それとも酒の方が強いのか。

 バオから出された酒の三杯目を飲み終わったところで男は他人が見て分かる程顔が赤くなり、既に酔ったことが見て取れる。

 バオも酒が入り気分が上がったのだろう。

 みるみる饒舌になっていく2人。

 

 そんな2人を見た客の中には今なら料金を払わずともバレずに店を出れるのではと考えたものもいたが、例え酔っていたとしてもホール担当の観察力は健在。

 すぐさま見破られきっちりと料金を支払わされた。

 

 その後客は全てが退出したが、盛り上がった2人はその後も数時間に及んでペースは落ちつつも飲み続けた。

 そして会話の内容は世間話から日頃の愚痴へ変わっていく。

 ただし、喋っているのは殆どバオであり、男は聴き手に徹していたが。

 

 

「この店を始めて俺が何回死にかけたと思っていやがるんだあのクソ野郎共め!」

「まぁ落ち着けよ」

「店が全壊したのも片手じゃあ全く足りねぇ!」

 

 勢い良く酒をあおるバオ。

 その時男は営業時間外の来店者に気づいた。

 そして、その顔を見て意外に思いつつもバオに声をかける。

 

「客だ、バオ」

「あ? こんな時間に誰だ迷惑な野郎だ」

 

 そう言って入ってきた者の顔を見るバオ。

 そして一瞬にして顔を盛大に青ざめさせ、顔中の毛穴から汗が吹き出て酔いなどは一瞬で醒めた。

 

 後にバオは、これを人生で最も死を意識した瞬間の1つだと語る。

 

 入ってきた男は東洋人のような顔立ちをした、サングラスをかけ十数名の部下を引き連れた男だった。

 ホール担当も、彼の事は見覚えがある。

 いや、この街に住んでいれば誰だって知っているだろう。

 

「───俺達はお前に用があって来た」

 

 その日閉店後のBARイエローフラッグを訪れたのは、悪徳の都ロアナプラの有力者にして、チャイニーズマフィア三合会のタイ支部幹部という実力者。

 

 張維新その人であった。

 

 




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