原作突入する前に終わらせる予定ですがどうなるかはまだ分かりません。
少女レベッカ───通称レヴィは、ある日フライ商会に拾われた。
その日まで、悪党の蔓延るロアナプラに幼くして1人で暮らしていた彼女は死に物狂いで日々を生きており、当然心の休まる時間は無かった。
油断すれば、それが死に繋がるのだから。
まだ幼い子供には重すぎたストレスは、徐々に彼女の心を蝕んでいく。
そんな彼女は生きていくため、自分に対して手を差し伸べた男に残った力を振り絞り食らい付く。
全ては自分が生き残るため。
この男がどんな組織にいようと、そこでどんな命令を受けようと、そして何をされようとも命を繋ぐためには仕方の無いことだと、その歳に似合わない覚悟を背負って男の申し出を受け入れた。
そういった経緯でレヴィはフライ商会の一員になったのだ。
───こんな自分を拾うなんて、どうせロクでもない組織に決まっている
そう思っていたが、その商会の実態は彼女の想像していたものとは大きく異なっていた。
事務所はボスと思われる男が直々に掃除を行い、隅々まで綺麗に保たれている。
食事は1日3回食べられて、シャワーは使用自由。
夜は個室を与えられ柔らかいベッドが用意されていた。
社員は合計3人で、仕事内容は血生臭いものなど無くこの悪徳の都においては異常な程マトモな商会であったことも、彼女を更に驚かせる。
昨日まで文字通り泥水を啜って生きていた彼女にとって、そこは天国のように思えた。
最初こそ混乱し、何か裏が有るのだと警戒する彼女であったが、徐々にその生活にも慣れ、いつしか心には余裕が生まれるようにもなる。
そして彼女が商会での生活に完全に馴染み、体力が有り余るようになった頃、彼女は商会の責任者である男に言った。
『自分を強くしてくれ』と。
彼女はこれまでの人生で生きていくためにはもっと力が必要だと、その身を以て経験した。
弱ければ自分の生き方など選べない。
弱者は強者に蹂躙されるだけ。
特にこの街では、それは子供でも知っている常識である。
最初は、この街で生きていくにはこの商会は弱すぎると思うこともあったが、その考えはじきに消え失せた。
商会の責任者の男は自らが従業員であり、またお気に入りの酒場であるイエローフラッグに行く際、必ずカウンターに座る。
最初は理由を深くは考えていなかったレヴィであったが、すぐに彼女はそれを理解することになった。
突然銃を構えて店に押し入るこの街に暮らす悪党達。
そして酒場の中を銃弾が飛び交う戦闘が始まる。
それを察知した男はすぐさまレヴィとバオをカウンターの裏に投げ込み被弾を未然に回避する。
事実、商会の社員である3人は強かった。
ロシア人の2人は元ソ連軍らしく、ならば銃の扱いに慣れており殺気を感じとることに長けている理由は分かる。
だが、組織のボスであるこの男の経歴はその2人でも分からないらしい。
レヴィが聞いても『必要ない』と言って答えることはない。
当然彼らもレヴィも無理に聞き出そうとすることは無かった。
レヴィはそんな彼から生きていくために必要な最低限の教育と、戦闘訓練を受けることになる。
前者は、男が彼女には必要だと言って、反対する彼女にほぼ強制的に受けさせたもの。
後者は勿論、彼女が自ら望んだことだ。
「───闇に紛れる?」
「あぁそうだ」
フライ商会の事務所で昼食を食べながら、男はレヴィに言った。
これは、彼女に対する男からのアドバイスだ。
「銃の腕前も、身体能力もまだまだこれから充分伸びる」
だが、と男は付け加える。
「いかんせんお前は真っ向勝負をしたがる。 それでも駄目では無いが、生き残るという点においては逃げるという選択肢も持っておいた方が良い」
「でも逃げるったって、相手が追いかけて逃がしてくれなかったら?」
「こういうのはな、コツと経験だ。 暗闇は全てを飲み込んでくれる。 自らの気配、そして痕跡までも」
男は目の前の皿に盛ってある料理を平らげ、スプーンをテーブルに静かに置くと立ち上がる。
部屋に吊るしてあるハンガーから黒いスーツの上着を外すと、アタッシュケースに閉まった。
「もう仕事に行くのか?」
「あぁそうだ。 一月もかからず戻ってくる。 それまで3人で事務所を頼む」
「じゃあ戻ってきたらさ、あの屋根の上を跳びながら移動するやつ教えてくれよ」
「根性とやる気さえあればいくらでも。 あれは覚えておいて損はない」
男は拳銃に折り畳み式ナイフ、煙幕等の装備を身体に忍ばせ、最後にシャツの上からネクタイを締めた。
その後洗面台に移動し歯を磨き、鏡を見ながら髪を整えると入り口に向かう。
その時、レヴィは思い立った様に口を開いた。
「そういえばさ、これから何処に行くんだ?」
その質問に、男は答える。
「───極東の島国、日本だ」
それだけ言うと男は事務所を発った。
タイ南部の都市、ロアナプラの日差しはこの日も強く、男をじりじりと照りつけている。
◆◇◆◇◆◇◆
岡島緑郎はこの日、駅のホームにいた。
一浪した後入った国立大学の休みを利用して、実家に帰るためだ。
しかし、彼が切符売場に向かうその足取りは重く、気乗りでは無いことが伺える。
事実、彼は家族仲があまり良くない。
官僚という優秀な父と自分より遥かに出来の良い兄と比べられるのは彼にとって苦痛であり、それが彼の心の中に劣等感を生んでいた。
だが、そんな中でも少しは実家に顔を出さないと不味いだろうという考えのもと、彼は電車を利用して帰省することにしたのだ。
ホームの中を歩き進み、券売機に行こうと歩いていると、後ろから声をかけられた。
そこにいたのは黒いスーツの、髪型をオールバックで固めた男だった。
その風貌から、仕事の出来るキャリアマンの様な雰囲気を醸し出している。
スポーツでもしているのだろうか。男の肌は黒く日に焼けている。
そして彼の手元には緑郎のものであると思われる財布が握られていた。
「落としましたよ」
慌てて確認してみると、確かに後ろポケットに入れておいた財布が無くなっている。
どうやら何処かで財布を落としてしまっていたようだ。
「ありがとうございます。 確かに自分のです」
「どういたしまして」
男はそうにこやかに返すと、切符売場の方へと歩いて行った。
緑郎は、彼が財布の中身を盗った後に再び渡したということも有り得るので切符を買う際確認してみたが、何も取られた形跡は無かった。
彼は親切にしてもらったにも関わらず疑ってしまった事を心の中で先程の男に謝る。
その後、特に問題はなく彼は実家に到着した。
偶然駅で財布を落とした学生に遭遇した男が、持ち主にそれを渡した時から半日後。
男はアサシン教団日本支部の本拠地、大阪にいた。
男は迎えの人間が来るという連絡を受け指定された場所で待っていると、一台の車が向かってくるのに気が付く。
その車は男の近くに停車し、2人の男が下りた。
サングラスにスーツ、そして彼らの厳つい風貌はヤクザを連想させる。
「初めまして、これが証です」
そう言って男は懐から、この時代に飛ばされた後に関係者から入手した、教団の印が刻まれた指輪を見せる。
それを2人組が確かに本物であると見なした後に男は口を開く。
「間違いは無い筈です」
「えぇ、確かに教団の物です。 間違いありません」
「それは良かった」
「お待ちしていました、ミスター・フライ。 我々の同胞よ」
男は車に案内され、それに乗り込む。
2人のうち1人は運転手、もう1人は男の隣という配置で車に乗っている。
車の中で男は2人と何気無い世間話をしながら目的地に向かう。
今から気を張っていてもしょうがないということをこの3人は理解している。
この後支部で行われるのは教団の行方を左右する情報交換なのだから。
アサシン教団日本支部、その本拠地に男は足を踏み入れた。
男が案内されたのは整然とした部屋であり、その中には既に10名程の日本のアサシンが待機している。
その中から、1人のアサシンが男に歩み寄った。
「初めましてミスター・フライ。 私は教団の日本支部長を勤めている者だ」
「会えて光栄です、同胞よ」
握手の後に抱擁を交わす男と日本支部長。
その後先に口を開いたのは支部長であった。
「いやはや、話では聞いていたものの異国のアサシンが日本人というのは面白い」
「私も久しぶりに日本を訪れ感動をしていますよ」
「君の生まれは日本なのかい?」
「いえ、私はロンドンの生まれです」
そんな話を和やかに幾らか交わした後、本題に入る。
日本支部のアサシン達は各々が資料を用意し、男もアタッシュケースから封筒を出す。
男は今まで、ただロアナプラで商会を営んでいただけではない。
外のテンプル騎士団達から目をつけられない悪徳の都の闇の中で、彼らの情報を集めていたのだ。
現代は、男が戦闘の後死亡してから半世紀程経過している。
それだけ時が流れれば世界の情勢は大きく変わり、かつてのアサシン達にとって常識であったものが通用しなくなることもある。
男はロアナプラで目覚めてからの数年でこの時代の教団と接点を持ち、アブスターゴに対抗するための準備をしていた。
かつて男はこの時代より二十数年後の未来を生きていたこともあり、その頃の記憶は殆ど消えてしまったが幾らかは残っている。
これはアブスターゴに対抗するための切り札になるかもしれないと男は考えている。
よって既に男は自分が怪しまれない範囲で、この情報を数ある中の1つの可能性として交流を持つ各地の教団に伝えていた。
大阪に集ったアサシン達はこの日交流を深める。
日々勢力を増すアブスターゴに押し潰されないためには教団が組織的にならなければならない。
かつてのアメリカ植民地支部の様な轍を踏むことは許されない。
「それにしてもミスター・フライ、ソロとは思えない程素晴らしい成果だ。 教団のバックアップがあれば仕事もしやすくなりますし、我々の支部に編入しませんか?」
「申し訳無いですがまだロアナプラでやることがあるのです。 ただ、あと数年程経ったら何処かの支部に参加する予定ではありますが」
結局話し合いはその後数時間続き、終わった頃には夜になっていた。
男は教団によって繁華街まで送って貰い、夕食を摂った後に宿に入る。
男は一週間程教団と連絡を取りながら過ごした後日本を発って中国へ飛び、各地を移動しながら支部を回る生活が始まる予定だ。
「…久しぶりの日本だというのに感慨にふける暇もないな」
男は部屋で煙草を吸いながらそう呟くと、その煙草を灰皿に押し付け火を消した。
そして固定電話の元へと移動しロアナプラの事務所へと電話をかける。
電話に出たのはレヴィだった。
「───日本は一週間後にでも発って、その後中国へと行く。 何か欲しい土産はあるか?」
日本の夜は静かに更けていく。
銃声の鳴らない夜というのは久しぶりで、この日男はいつもよりも良く眠れた。
場所は変わって悪徳の都ロアナプラ。
三合会と並んでこの街の最大勢力の1つ、ホテル・モスクワ。
表向きは貿易会社であるが、その実態はロシアンマフィアである。
そんなホテル・モスクワの所有するビルの一室に、彼女はいた。
金髪をポニーテールで纏め、顔の半分をはじめとしていくつもの火傷跡を負っているキャリアウーマン風の女性。
彼女の名はバラライカ。
ホテル・モスクワのタイ支部幹部にしてアフガン戦争を戦った元ソ連軍兵士である。
「彼は今何処に?」
「現在ロアナプラを発っており、この街にはいません」
彼女は近くに立つ厳つい男の返答を聞くと、手に持っていた資料をデスクの上に置く。
「ふぅん、なら仕方無いわ。 帰って来るまで待つしかないわね」
「彼の経営する商会のメンバーならこの街にいますが」
「あら早まっては駄目よ。 私達は彼と仲良くしていくつもりなのだから」
そう言って妖艶に笑うバラライカ。
裏の世界の住人の狂気を孕んだその笑顔は、一般人が見れば恐怖で足が動かなくなる程のものだ。
この悪徳の都で夜は騒がしく更けていく。
誤字報告してくださる方々、本当にありがたいです。
感想、ブクマ、評価もありがとうございます。