暗殺者の旗を掲げよ   作:これこん

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ホテル・モスクワの接近

 中国は近年急速な経済発展を遂げており、その勢いは凄まじい。

 だか、その裏にはテンプル騎士団───つまりアブスターゴによる秘密裏での支援があり、それによって騎士団の息のかかった勢力が年々力を持つようになった。

 そしてそれに反比例するかのように、中国における教団の勢力は力を削られ始めている状況だ。

 かつての明帝国の時代、危機に瀕していた教団中国支部はイタリアのアサシン、エツィオ=アウディトーレによって鍛えられ力を付けたシャオ=ユンによって解放され勢力を盛り返したが、このままでは当時の状況に戻るのも時間の問題だろう。

 

 そんな状況に置かれた中国各地の教団支部を、かつてロンドンを解放した双子のアサシンによって育てられた男が回っていた時だった。

 

 広大な土地を持った中国にはその分支部も多く、それらを回る為に毎日列車や船に乗る生活に対して男が疲れを感じ始めた頃。

 教団の協力組織によって経営されているホテルに男は宿泊しており、その部屋には男以外にもう一人の人間がいた。

 

「さて、ミスター・フライ。 かの悪徳の都の様子は現在どんなものなんだい?」

 

 白い肌に金髪の、鍛えられた肉体を持つこの男はアサシンだ。

 彼は現在、ソ連崩壊による混乱に乗じてロシア国内における更なる勢力の拡大を目指すアブスターゴの情報を集めるためロシアの各都市に潜伏している。

 そして彼も中国支部を訪れ、偶然このホテルに宿泊していた所を悪徳の都に商会を構えているこの男に出会ったのだ。

 

「…ロアナプラにおける抗争は直に終息するだろう。 彼らの間でとある組織を立ち上げ、街の勢力の均衡を目指す動きがある。 三合会にイタリアンマフィア、コロンビアマフィア、そして───ホテル・モスクワ」

「あぁ…ホテル・モスクワ、彼らは良く判からない。 組織の起源こそテンプル騎士団側の勢力だが、勢力争いで邪魔になったマフィアはアブスターゴの傘下であろうと叩き潰しているのだから」

「だが確かなのはただ1つ、少なくとも味方では無いことだ」

 

 男はロアナプラの女傑を頭の中に思い浮かべる。

 彼女は確か、アフガン帰還兵を束ねていた筈だ。

 一人一人の能力が高く、一対一ならともかく束になってかかってくればかなりの苦戦を強いられるだろう。

 

「ミスター・フライ、彼らとの接触はしていないのかい?」

「一度話をしてみたいのだが、生憎彼らは近頃気を張っていてな。 彼らの経営する酒場の1つを訪れた時構成員の幾人かと世間話をしたのみだ」

「そうか。 確かに今は難しいだろう」

 

 ホテル・モスクワは世界中に支部を持つマフィアの一大勢力だ。

 それだけに様々な情報を持っており教団も狙ってはいるものの中々にガードが固い。

 先月はホテル・モスクワの本部に侵入した教団の諜報員が消息を絶った。

 

「まぁいずれにせよロアナプラを離れるまでには何らかの情報を教団に提供出来るよう俺も努力をするよ」

「それはありがたい。 私も彼らの本部が目と鼻の先にあるのに、先日の事があった為大胆な行動は出来ないのだ。 そういえば、君はロアナプラで数名部下を作ったのだろう。 教団に入れるつもりは無いのか?」

「いや、俺は彼らを教団に引き入れるつもりは無い。 そもそも彼らは私がアサシンであるという事を知らないのだよ。 俺が教団に戻る際は理由を付けて彼らに商会を引き渡すさ。 もし特に要らないと言うのであれば経営に幕を下ろすがな」

 

 そう言い終わった後に葉巻を咥え、懐から取り出したライターで火をつける男。

 それを見た白人の男も自らの懐から葉巻を取り出すと、同じように火をつける。

 

「私は明日ドイツの教団支部へと飛ぶ。 君はどうする予定だい、ミスター・フライ」

「あと一週間程で中国での仕事は終わる。 そしたらロアナプラに一旦戻るさ」

「そうか。 我々は君が早く教団に復帰する事を願っているよ」 

「そう急かすな。 部下の1人に裏社会で生きていけるだけの力と技を教えている最中なんだ。 それさえ終われば何処かの支部に加わるさ」

「あぁ、そうしてくれるとありがたい」

 

 2人のアサシンはその後も情報を交換し続けた。

 そして一週間後、男はようやく中国を発ちロアナプラへと帰還する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男はロアナプラに到着して先ず、違和感を覚えた。

 アサシンとして活動を始めてから幾度となく感じた、身体に纏わりつくような不快感。

 踏んだ場数が多かったからこそ、自分が監視をされているのだと気づくのに大して時間は関わらなかった。

 ただし、何処からか見張られているものの殺気は感じない。

 本当に自分を殺すつもりなら、先程のタイミングで撃つべきだった。

 監視されていることに男が気づいた以上、もう奇襲は成功しないだろう。

 

 男は悪徳の都の群衆に紛れながら自分達の事務所を目指す。

 そして場所を移動し続けているにも関わらず視られ続けていることで確信した。

 自分は尾行されているということに。

 男は自分を尾行している人間を逆に追いかけて捕らえようかと一時考えたものの、どんな勢力に属しているのかはっきりしない以上控えておいた方が良いと判断した。

 

 フライ商会の面々は無事なのかという不安が生まれる中、それらの感情を押し殺し事務所に着くまで、何故自分が尾行されているのかについて考える。

 少し前に三合会の依頼を受けたことで損害を被った連中か、秘密裏に行った教団の仕事の生き残りか。

 幾つか候補は出たものの、それならば自分に対して殺気を放たないことの説明がつかないため結局は判らない。

 そして男はようやく事務所に辿り着く。

 その時男は理解した。

 明らかに部下の3人とは違う人間が事務所の中にいる。その数は十数名。

 尾行をして来てきている連中の仲間とみて間違いないだろう。

 もし、自分が空けていた間に商会の彼らに手を出していた場合は、報復としてタダでは帰さないとの覚悟を持ちながら。

 

「───やぁ随分と遅かったじゃないか。 待ちくたびれたぞ色男」

 

 そこにはこの街の最大勢力の一角、ホテル・モスクワの大幹部にしてタイ支部の頭目の女傑、バラライカと彼女の私兵十数名の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、そんな顔をしないでくれたまえ。 貴方の部下はその部屋にちゃんといる。 勿論手を出してなどいないさ」

 

 バラライカが指を指したのは来客用の部屋だ。

 男がその部屋のドアを開けると中には3人の姿があった。

 男の姿を確認したレヴィが口を開く。

 

「ホテル・モスクワの連中が1時間位前に来たんだ。 『お前達のボスに用がある』ってな」

「…そうか。 とりあえずお前達が無事でいて良かったよ」

「そういう訳だミスター・フライ。 少し我々と話そうか」

 

 余裕な笑みを浮かべるバラライカ。

 そしてその背後に控える厳つい屈強な男達を見るに、彼女の提案に乗るしか男の選択肢は無いだろう。

 

「了解した。だが貴女が直接来たということはそれ程重要なことなのだろう? 此処で話して良いのか?」

「だからこそ我々の事務所に来て頂く。 その間は貴方の部下の護衛に私の兵を数名付けよう」

 

 早い話が人質である。

 男はホテル・モスクワの所有する車に乗り込み彼らの事務所に向かった。

 以前の三合会の時と似たような状況に男は、やはり話し合いを有利に進めるには自分達の陣地に連れてきてしまうのが一番なのだと改めて実感した。

 

 ホテル・モスクワの事務所に辿り着いた男は応接間に連れられ、周りをバラライカの兵で囲まれた。

 

「ところでミスター・フライ、先ず質問だ。貴方の商会にはロシア人が2人いるが彼らはどんな経歴が?」

「元々ソ連軍にいたこと、そしてとあるマフィアの構成員であったが仕事の失敗により命を狙われたとのことだ。 調べてみたらそのマフィアは既に潰されていたよ」

 

 ホテル・モスクワによって。

 男は最後の一言は口に出さなかったが、バラライカもそれを察したのだろう。

 愉快そうに笑うと葉巻を部下に取らせ、それに火を付けさせた。

 

「それにしてもミス・バラライカ、貴女の私兵は随分と鍛えられているようだが」

「褒めに預かり光栄だ」

 

 男はチラリとバラライカの兵達を見る。

 一人一人が歴戦の兵士であり、やはり間近で見るとより威圧感が増す。

 

「では余興はこのくらいにしておき、そろそろ本題へと入ろうか。 我々はミスター・フライ、貴方に依頼があって此処に呼んだ。 これはホテル・モスクワからの依頼ではなく、私個人からの依頼だ」

「依頼だと?」

 

 煙を口から吐いた後、男の目を見ながらバラライカは言い続ける。

 

「敵対勢力の排除などはこの街の住人に頼むさ。 私が欲するのは情報だ───アサシンよ」

 

 バラライカが、男の事をアサシンだと知っているのが判明した瞬間、男は身構える。

 

「そんなに警戒するなよ。 安心しろ、貴方の秘匿は完璧だった」

 

 だが、とバラライカは付け加える。

 

「私は教団の存在を知っていたのだよ。 そう、あれはアフガンだった。 ソ連軍は随分と教団の対応に手を焼いたが、我々のクソ上官共を始末してくれたことには感謝している。 そして、貴方は彼らと同じ気配、匂いを纏っているんだよ。 我々ソルジャーの火薬の匂いとは違う、独特の匂いだ」

「…それで何故俺に情報を要求する。 ファミリーの情報網を以てすればどんな情報でさえ膨大な量が集まるだろう」

 

 当然の疑問だ。

 それに対してバラライカは答える。

 

「この街の戦争は直に終結する。 そうすれば私は『外』との関わりを増やすつもりでいるのだが、その為には本部における序列を上げなければ制限が纏わりつく」

 

 バラライカは背後に控える部下から封筒を受け取るとそれを男に手渡す。

 そして男の目を見て、男も開けろというバラライカの意思を感じ取った。

 

「ミス・バラライカ、これは…」

「トゥーンにゴラン、セレーズ…、主だったのはここら辺か。 勿論貴方なら理解出来るでしょう?」

「あぁ」

 

 バラライカが渡した資料に書かれていたのは、現在教団が追っているロシア国内に住むアブスターゴの手先の人物であり、ホテル・モスクワの幹部達だ。

 つまり、バラライカは身内の人間の情報を目の前の男に渡したのだ。

 

「私がその情報の見返りとして要求するのは、貴方が持っているロシア国内のアブスターゴ系列組織の詳細よ。 勿論、交渉次第ではまだまだ渡せる情報は有る」

「…ミス・バラライカ、俺が直ぐ様『はいそうですか』と、言った通りにする人間だと思うか?」

「あら、罠だと疑うのは勝手だけど教団も彼らの始末に手間取っているのでしょう? それにアブスターゴの息のかかった連中は邪魔なのよ。 騎士団への貢献しか頭に無い腐った脳味噌の持ち主の癖に金と私兵は多い」

「その連中を潰す前に勘づかれ無いよう、組織の部外者から情報を集めようとしている訳か」

「早い話はそうね」

 

 それにね、とバラライカは言葉を続ける。

 

「確かにホテル・モスクワは起源こそアブスターゴだとはいえ、上層部全員が騎士団の思想に心酔している訳ではないわ。 事実、私は世界征服も、教団と騎士団の戦争も一切興味は無い。 頭に有るのは私自身と部下達の事だけよ」

「…確かに今までの中で嘘はついていないな」

 

 男は長年アサシンとして行動した経験により、目の前の人物の証言が事実かどうかは判断できる。

 そして、バラライカは嘘を言ってはいない事を理解した。

 

「だが、全ての考えは話していないだろう?」

「あら、後に何処で対立し殺し合うかも分からない相手に全てを教える無能がどこにいるというの?」

「…それもそうだな」

 

 男は考える。

 この女と手を結ぶのが果たして本当に正しいのか。

 

「貴女は俺が情報を教えたら何をするつもりだ、ミス・バラライカ」

「貴方が考えている様な事よ」

 

 そう言いながら微笑みを浮かべるバラライカ。彼女の笑顔を見て、男はぞっと感じる。

 全く以て、この女傑は恐ろしいと考える男。

 手を出しづらい幹部は教団に始末させるか、男が渡した情報を利用して失脚でもさせるつもりなのだろう。

 自らの目的の為に全てのものを利用する、理想的で素晴らしい軍人だ。

 

「自分で言うのは憚られるけれど、私は義理堅い部類の人間ではあるわよ。 その代わり、もし邪魔をするのなら踏み潰すけれど」

「流石だ、貴女が言うと説得力がある」

 

 バラライカの提案に乗るか、乗らないのか。

 どちらの方が教団にとって利益があるのかは、明らかだった。

 多少のリスクは有るが、もし謀られた場合は戦争だ。

 

 バラライカはソ連軍時代より連れている兵達にのみ絶大な信頼を置いており、それ以外は駒として考えている。

 これは、男が以前バラライカを調べた際に立てた考えだが、あながち間違いでは無いだろうと男は考えている。

 ならば戦争の際にはこれを利用するつもりだ。

 そしてバラライカも、もし契約を違えた場合はアフガンからの戦友達が無事では無いだろうと理解しており、今のところは友好的に済まそうと考えている。

 何より今彼女が考えているのは、本部で腐っている幹部共をお高い椅子から引きずり下ろすことだ。

 

 アブスターゴに敵対している男と、アブスターゴ側の人間をどうにか抹殺したいバラライカ。

 2人の利害は一致した。

 

 男はバラライカに近づくと口を開く。

 

「良いだろう、持ち合わせた情報を交換しようか。 そして、これは契約だ。 もし不当に破棄された場合は分かっているな?」

「えぇ、理解が早いと助かるわ」

 

 

 

 

 この日、ホテル・モスクワを介さない、バラライカと男の契約が交わされた。

 その後、ロシア国内に存在するアブスターゴ傘下の企業の機密情報が流出。

 その原因だとされたホテル・モスクワの幹部の数名が失脚、空いた席にバラライカが座ることになったと聞き、男は久方ぶりにその素早い仕事ぶりに背筋が震えた。

 男はというと、バラライカから受け取った情報を照らし合わせ、完全に事実だと確信した後に教団へ提出、それが基となり数年後、ロシア国内の騎士団勢力の力を削ぐことに成功することになる。

 

 

 

 

 

 

 ホテル・モスクワの接近から数週間、男はレヴィの訓練や、秘密裏での情報収集、商会の経営に明け暮れていた。

 そして彼が従業員ではなく客としてイエローフラッグを訪れていた時、その男は現れた。

 

 形の良いスキンヘッドに、鍛え上げられた肉体、そしてサングラス。

 イエローフラッグに客として現れたその黒人の男は、自らをダッチと名乗った。

 

 

 




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