「ねえシグルド君」
「どうした小林殿」
「・・・仕事、休めないかな」
「・・・小林殿がいなければ詰むプロジェクトが3件ほどあったはずだが」
「だよね~~~~~!!!」
まさかの雌竜だったイルルを撃退というか追い返してからはや数日、今日も元気にパソコンとにらめっこしてカタカタとプログラムを打っている最中、小林さんが唐突に休みたいといいなすった。気持ちはわからなくもないんだけど時期がね、よろしくないよね。月に何度かあるデスマーチの最中らしいし今。俺は体力に自信があるから余裕だけど。ドラゴンと戦うとか戦争とか日中とか夜とか関係ないし、寝たら死ぬし(重要)まあ最悪不眠のルーンでも刻めばいいし。
めずらしく会社の中でぐでんと突っ伏した小林さん。んー、これはただただ疲れて帰りたいわけじゃないと見た。トールさんかカンナかな?何かあったんだろうか。
「珍しいね小林さん、会社の中でそんな風になるなんて。どしたの?」
「滝谷君。う~~ん、いやぁ…ね?実はさ・・・カンナちゃんの学校で授業参観があるらしくて、来てほしいってお願いされたんだ」
「行くべきだ」
「即答!?シグルド君今この状況わかって言ってる?」
「わかっている、が!そういうのは気づいたら行けなくなっているものだ。この世界ではないとわかっているが、その当たり前をやりたくてもできない者たちを当方は山と見てきた。有給休暇とはこういうときのためにあるのだろう?」
「いや重いよ!授業参観だよ!?結婚式じゃないんだからさ!」
「シグルド君って案外闇が深いよね・・・」
ひどい言われようだ。うーん、そりゃさあ…俺が竜討伐とかに駆り出されるのってほとんど被害出た後なんだよ。被災地には当然、親を失った子供もその逆もいるわけ、それこそ当たり前のように。できるだけそういうのには支援をするようにしていたけど俺は一人しかいない。できるのはせいぜい屠竜派が要らないからくれてやるって言ってよこした広いだけで何もない土地に私財で建てた町に受け入れてやることくらいだもん。それに、取りこぼしたものだって山ほどある。子供が甘えてきたのなら甘えさせてやるべきだと俺は思う。いつどっちが、できなくなるかわからないから。その後悔のしこりは残すべきじゃないっていうのが持論。まあカンナ竜なんだけど。
「うーん、でもそうだね。私にも覚えがあるからちょっとわかるかも。じゃあ、私有休使うけど、大丈夫?」
「当方ができるものは片づけておこう」
「プロジェクトのほうは僕が引き継ぐよ」
「ありがとう二人とも・・・シグルド君どうしたの?」
「いや、何でもない。気のせいだ」
ピクリ、と俺が若干何かに反応したのを小林さんに聞かれたのでごまかす。言うべきじゃないから言わなかったが今、イルルが近くに来ていたな。撃退したときに仕込んだルーン魔術の中に探索のルーンを混ぜておいたのが功を奏した。まあ、もう小林さんには手を出せないんだけど。彼女に敵意をもって何かしようとしたらもう一度ぐるぐる巻きになるからな!即死のルーンじゃないだけ優しいな俺!まあ正直イルルって根はカンナちゃん寄りっぽいし、もしかしたら俺のように混沌勢の中でも利用されてる立場なのかもしれない。この世界で、もう何もしないなら俺も何もしない。元の世界に戻って繰り返すなら・・・その時は確実に狩る。線引きはこの程度でいいだろう。
小林さんが上司に有給の話をするのを見ながら、遠ざかってくイルルの気配を感じて胸をなでおろすのだった。おっと、仕事仕事。
休日である。用事もなかったので俺は珍しく帯同者を連れて河原に散歩に来ていた。まあ帯同者って言っても人間じゃないんだけど。カッポカッポという蹄が奏でる音がとても心地いい。久しぶりの感覚だ。え?連れているのは誰だって?馬ですが?俺の愛馬のグラニちゃん(牝馬)である。ちなみにゴリッゴリの神馬です。スレイプニルの子供だしね、しょうがないね。見よこの立派な馬体を。そこらのサラブレッドがかすむだろう?この世界の神様が破竹の勢いで町から町に移動して竜を狩る俺に「その馬じゃきついやろ」(意訳)という感じで与えてくれました。サンキューカッミ。一生大事にする。神馬だけあって蹄で空を踏んで空中戦もできる最高の相棒です。
周りの目線が痛いけど通報されても大丈夫。法律上馬は軽車両なので、法律違反は犯してないのだ!ちなみに乗ってようが下りて引いてようが軽車両扱いなので車道を通るんだゾ。異世界の部下に世話を丸投げしてたんだけど定期報告の際に「シグルド様がいないせいで餌の食いが悪くなった」と言われてしまい、罪悪感にかられた俺が最後の手段ということでこの世界に連れてくることにしたのだ。まさか近くに観光牧場があるとは…受け入れてくれそうでよかったー!
呼び出したとき、完全に拗ねていたので困ったけど「あたしもう必要ないんでしょ、ぐすん」みたいな。動物の瞳は雄弁ですね。なのでご機嫌を取るためにこうして散歩に来ている次第です。天気がいいなあとちょっと小休止にベンチに座ると彼女も止まってベンチの横の土の上にゴロンと寝転がり、膝の上に頭を置いてきた。「撫でれ」ということかな?というわけで鼻面あたりをさわさわ撫でてやるとブルルッと満足げな息を漏らした。元の世界での最大の癒しがこの世界に来てくれて俺は嬉しいよ・・・!
「あー!お馬さんだわ!ねえカンナさん!」
「あ、シグルド」
「知り合いなの?」
「お隣さん」
そうしてグラニと戯れていると見覚えのある小さな人影が。カンナとそのお友達の才川さんである。カンナがこっちに近づいてきているので一緒に近づく才川さんを顔を起こして見つめるグラニと迎える。グラニは「これ竜だけどええのん?」と視線で尋ねてくるがカンナは対象外なのでオッケーである。スックと立ち上がったグラニを見た才川さんが思わず感嘆の息を漏らす。
「おっきい~~」
「シグルド、なんで連れてきた?」
「構わなくて拗ねてしまってな。ご機嫌取りだ」
「馬、かわいそう」
「返す言葉もない。グラニ、挨拶してやれ」
カッポカッポと蹄を鳴らしながら才川さんに近づいたグラニが頭を下げる。ちなみに軍馬なのでサイズはサラブレッドより大きい重種サイズである。小学校低学年なら見上げないといけないので首も痛いだろう。鼻でふんふんと匂いを嗅ぐグラニに才川さんはくすぐったそうだ。ぺちぺちと首を叩くカンナを鼻で押してみたりと人好きなグラニは楽しそうである。一人ドラゴンだけど。グラニちゃんは大変頭がよろしいので人を蹴ったりなどは攻撃でもされない限り大丈夫です。唐突に尻を撫でても許してくれるよ!ふっさふさの尻尾がとってもキューティーだね!
「すごいわー…えっと…シグルドさん?このお馬さんって」
「ん?そうだな・・・まあ当方の馬であるが・・・今日は散歩だ。よかったら乗ってみるか?」
「いいのかしら!?」
「まあ裸馬だから少々きついが・・・乗りたいというのであれば」
「乗りたいわ!カンナさんも!」
「おー、才川と馬に乗る」
「じゃあ、失礼であるが当方が抱き上げよう。グラニ、こっちへ」
ヒヒィンと一声嘶いたグラニが俺の横につく。俺は二人をそれぞれ抱き上げてグラニに乗っける。高いとはしゃいで感想を漏らす才川さんにおー、と楽しそうなカンナ。俺がグラニを引いて蹄のいい音を立てながら歩いていく。当然馬なので特有の揺れがあるわけだがグラニが気を使って揺れを抑えるように歩いているので裸馬でも乗りやすいだろう。どうよ俺の愛馬は。個人的に世界一だよ!
「すごいわ!馬に乗るの初めてだったけどこんなに楽しいのね!」
「才川あぶない」
ぎゅっ
「ぼ、ぼへえええええええ!!!」
身を乗り出そうとする才川さんを心配したカンナがぎゅっと抱き着いて止める。するとその瞬間、妙な奇声を発した才川さん鼻血を出してのけぞった。びっくりしたグラニが止まり、何事かと首を曲げて自分の背中を見ようとするのをなだめて才川さんを見るとすでに平静を取り戻していた。なんというか、その・・・おじさんちょっと君の将来が心配だよ。
「ばいばーい!楽しかったわ!グラニ!シグルドさん!ありがとう!」
「おー、シグルド、さよなら」
「ああ、気を付けて帰るといい」
そうして二人と別れた俺はその足で受け入れてくれるという観光牧場まで歩いて行った。なんでもオーナーの趣味で開いている牧場らしく、従業員もみな動物が好きなのだそうだ。近くに越してきて馬を受け入れてくれる場所を探していると話したら二つ返事で飼育料を払えば受け入れると太鼓判をくれた。幸い地獄巡商社は結構高給なので飼育料は普通に出せる。最悪もらった宝石とか質に入れてもいいし、いつでも会いに来て連れ出していいっていう破格の条件だ。飛びつかないわけがない。
優しそうなオーナー夫妻と何人かの従業員が迎えてくれてグラニをみると感嘆の息を漏らした。どや?俺の愛馬立派やろ?かわいいやろ?これで人懐っこいし頭いいんやで。血統も保証されとるで(ガチ神馬)レースになんか出られないけどな!出すつもりもないし!
「こりゃまた立派なのが来たな・・・ここまで歩いて?」
「ああ、見ての通り人が好きでな。運動がてら歩きで連れてきた。どうか、よろしく頼む」
「ええ、ええ。もちろんです」
従業員に手綱を渡すとグラニはオーナー夫妻のほうまで歩いてすり寄った。夫妻が顔を綻ばせてグラニを撫でると次は従業員へ。全員とあいさつを済ませたグラニは素直にひかれて厩舎の中に入って行った。オーナー夫妻からは厩舎のカギを渡されていつでも来てくださいと言われた。いい人すぎて心配になるな・・・後で幸運のルーンをどっかに刻んでおこう。グラニにはこれでいつでも会えるようになったし、癒しも確保したし、これで明日からも頑張れる!
というわけで翌日、牧場に朝6時にジョギングがてら行って一通りグラニを構ったあとルーンで部屋に空間転移して戻り、普通に出社した。そういえば昨日の夜、イルルの気配を感じたが特に何もしなかったようなのでほおっておいていいだろうと思ったのだが小林さんを会社で見た瞬間その考えは吹っ飛んだ。・・・んんん?性転換してらっしゃらない?思わず小林さんを手招きして周りに防音の結界を張って話しかける。
「なに?シグルド君」
「その、小林殿・・・当方の間違いであったら嬉しいのだが・・・そういう趣味なのであるか?」
「・・・趣味ぃ?なんの?」
「当方、小林殿は女性だったと記憶しているのだが…今の小林殿はどうも・・・男性、であるように見えるのだ」
「へあっ!?違う違う違う!!!これはイルルが…あっ!?」
「やはりイルルか…あれでは足りなかったと見える」
「あーだから言いたくなかったのに・・・何もしないでよ?先に言っておくけど」
小林さんは性転換させられたのにあくまでイルルをかばうつもりのようだ。う~~~んイルルが無事だったってことは・・・もしかして今は敵意を持ってない?トラップは敵意をもった状態での魔法行使で発動するようになってるから…イルルではアレをどうやっても解除できないはず・・・つまりまだ安全・・・か?トール殿の傷がこんな短時間で完治するはずもないしそれが妥当か。
「小林殿がそういうならば・・・でもなぜだ?確かに戦闘なぞこの世界では程遠いのはわかる。だがイルルは別だ。放っておけば被害が出る可能性は高いのはわかるであろう?」
「う~~~ん、そうだな…あの子、そう教えられたんじゃないかなって思うんだ」
「ドラゴン、混沌勢の教育が?」
「やられたときね、イルルは人間とは相いれない、とか種が違えばいずれ苦しみを生むとか…なんか、自分に言い聞かせてるみたいだった。それに、対話を求めてきた時点でもう、戦闘なんてしないでしょ」
「・・・そうか」
イルルの背景、か。考えたこともなかったな。俺からしたらあいつは邪竜だ。人を殺し、街を壊し、悲劇をたくさん産んで喜んでるヤツ。そんな認識。俺自身が直接被害受けたわけじゃないから俺的にはなんとも思ってないけど、他のやつからしたら憎くて憎くて仕方がないだろう。それが、そう教わったからそうしてるだけかもしれないなんてな・・・俺と一緒だね。あいつは邪竜だ、悪竜だ。殺される前に殺してくれ、と願いを受けて竜を狩っている俺と、人間は相容れない、下等生物だ。殺したって問題ないと教わったイルルと何が違うんだろう。結局人間も竜も感情で殺し合いしてるのに。同じ穴の狢だよ、全く。
「ところでシグルド君」
「なんであろうか」
「気づいてくれたから言うけどさあ・・・これ戻せない?」
「術式がめちゃくちゃすぎる。まるで知恵の輪を100個つなげたようだ。これを解くくらいなら自然に戻るのを待ったほうがいい」
ドラゴン特有の滅茶苦茶な術式を読み取った俺が小林さんにそう告げると、彼女、彼?はがっくりと肩を落とすのだった。