短編集   作:二ベル

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福音(ゴスペル)職人アルフィア

その女は、鐘楼(おと)の言霊を紡ぎ出す。

 

幾百、幾千―――いったいどれほど彼女の唇から[[rb:鐘楼 > おと]]の言霊が創出されたのか。

 

 

怒り、嘲笑、憐み・・・・たったひとつの言葉の中に、これほどの千変万化が存在することに誰もが驚嘆する。

 

 

 

【静寂】のアルフィア、??歳―――

 

 

 

今、世界で最も注目を集める新進気鋭の『福音(ゴスペル)職人』―――

 

 

 

 

「  【福音(ゴスペル)】・・・【サタナス・ヴェーリオン】」

 

 

 

 

 

 

これは、そんな彼女の1日に密着取材した記録文章である。

 

 

 

「朝一番の【福音(ゴスペル)】で喉の調子を探るのは、息子と出会って以来、欠かしたことはない」

 

 

早朝、日の光に朝露が照らされる頃。

福音(ゴスペル)】職人の朝は早い。

 

 

「習慣だとか、やるかやらないかなどという話ではない。私にとって呼吸をするくらいには当たり前だからだ」

 

 

朝一番の【福音(ゴスペル)】は特別。

アルフィアはそう言い放った。

現在、彼女と彼女の甥にあたるという息子・・・妹の忘れ形見であるところの少年とオラリオにて生活している。それ以前は地図にも載っていないような村で静かにくらしていたのだそうだが、それはもう毎日のように鐘楼の音が鳴り響いたのだという。

 

 

老神(ゼウス)のセクハラだの痴漢行為を撃退するたびに私はこの魔法を使っているし、その度に家はリニューアル。毎日が新築だった。 まあ建て直したのはザルドだが・・・そこはオフレコで頼む」

 

老神は、彼女が息子と入浴する際には

「ワシも一緒に入る!」と言って突入。

それを脇目も振らずに福音(ゴスペル)

 

彼女が息子とベッドに入って就寝しようとすれば、「ワシもベルと寝るぞい☆」と潜り込もうとしてくる。それを3つ向こうの山まで行くくらいの気持ちで福音(ゴスペル)。息子と一緒に天体観測をしながらの就寝をしていたのだという。

 

唯一、被害を被っていたとすればそれは【暴食】の二つ名を持つザルド氏なのだが、後日本人に取材を依頼したところ青白い顔をしながら、「許してくれ」と言われたため、恐らくはきっと、楽しい日々を送っていたのだろう。取材班は決して彼の視線―――つまり私達の背後に誰かがいたなどと言った不思議体験は記憶にないことをここに念のため記しておく。

 

 

「   【福音(ゴスペル)】   」

 

 

ありとあらゆる福音(ゴスペル)を否応なくに他者の耳朶に響かせる彼女にとって、この日毎訪れる早朝の瞬間だけはかけがえのないものらしい。

 

「ふぐっ!? ちょ、アルフィア、朝からやめて!? 死ぬ!」

 

この日、通算何度かも数え切れない『福音(ゴスペル)』を受けて部屋の主は目を覚ます。赤髪に普段はポニーテールにしている髪を下ろしている美女、アリーゼ・ローヴェル氏は酒を飲んでもいないのに二日酔いしているかのように項垂れては起こしにやってきたアルフィアに文句を垂れる。

 

「団長が一番に起きるのは当然のことだろうに」

 

「だからって朝一発目から、魔法はナシでしょ!? せめてゆするとかにしてよ! ベルならゆすって起こしてくれるのよ!?」

 

「拳よりも口の方が早い」

 

「手が滑った間隔で魔法を撃つなって言ってるのよ!? ベルならもっと優しいわよ? 私がまだ眠たくて、それでも起きて―って起こしてくれて、じゃあキスしてくれたら起きるわって言ったr―――」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「ぎゃふっ!?」

 

アリーゼ・ローヴェル氏、起床と共に就寝。

本日はもう、目覚めることはないらしい。決して乙女がしていい顔ではない顔を晒して、青空の下、心地よい風に撫でられながら、風穴の開いた本拠の一室で【アストレア・ファミリア】の団長は眠りについた。

 

 

 

 

 

この日、アルフィアが向かった先は『セオロの密林』。

彼女の見据える先には、ブラッドサウルスという恐竜型モンスターが生態系を形成している。どうやら彼女は、息子にブラッドサウルスの卵で作る『温泉卵』を食べさせてあげたいらしい。

 

 

「作るのはザルドだが、調達くらいは私がしてやらなくてはな・・・」

 

調達もザルド氏ではいけないのですか?

そう取材班が聞くと、アルフィア氏は少しだけ間を置いてからムッと唇をほんのり尖らせた。

 

「それだと”私が作った”という結果にできない。それではベルに、『おふくろの味』というものを提供できないだろう? ザルドは作るという工程であり、私は結果だけをあの子に与える・・・何の問題もない」

 

その発言そのものが問題だとは、思わないのだろうか。

取材班はメモを取りながらも、ゼウスとヘラとの力関係が如実にわかるような気がして、オラリオで飲食店『暴食の男主人』を営むザルド氏にいっそ憐みさえ感じていた。

 

「さて、回収が終わったから帰るぞ」

 

いつの間にか、彼女は巣から卵を複数回収し、用が終わったからと帰り支度を始めていた。取材班が振り返るとそこには、死屍累々に横たわっているブラッドサウルスがいたのだが、かのモンスター達の身に何が起きたのかなど、言うまでもないだろう。

 

それから数時間後。

完成した温泉卵を仲睦まじく食べる親子の姿があった。

 

 

 

 

 

「   【福音(ゴスペル)】    」

 

 

『才能の権化』『才禍の怪物』と恐れられていた彼女は現在、【アストレア・ファミリア】に所属している。ことオラリオにやってきたのは、ベル少年が10歳の頃。息子にオラリオに行ってみたいとキラキラした瞳で訴えられたアルフィアは根負けし、ゼウスを土に埋めてからやってきたのだという。

 

「くっ・・・もう一度、お願いします・・・!」

 

「ほう・・・小娘、【風】の流れで音を反らしたか。成長したな」

 

「! じゃ、じゃあ・・・!」

 

「しかしベルをそう簡単にやるつもりはない」

 

オラリオに訪れた当初は、治安もよくはなくアルフィアとしてはすぐさま帰りたいところではあったが、はぐれ、迷子になった息子と再会した際には、どういうわけか胡桃色の女神と手を仲良く繋いでお義母さんお義母さんとぴょんぴょん飛び跳ね、はしゃいでいたのだという。結果、女神にいたく気に入られ所属する羽目になったのだという。

 

アルフィアは他派閥の庭にて、金髪金眼の美少女剣士を土埃まみれにしながら彼女の成長に素直に関心を寄せる。アルフィアの妹同様に、ベル少年もまた愛され属性を持っていたようでしかしこと少年に限って言えば年上の女性に好かれやすいという面倒な属性持ちだったのだから母親としては頭が痛かった。ただでさえ女神に惚れるなどという頭に銀河が浮かび上がりそうな状況になったというのに、ハーレムなんてもってのほかなのだそう。

 

「最近、あの子は一緒に寝てもくれなくなった・・・昔は一緒に寝るのが当たり前だったというのに」

 

親離れ・・・でしょうか?

そう、取材班の誰かが口にするもアルフィアは表情こそ変わらないものの、「だといいんだがな」と零した後に続ける。

 

「女神アストレアと瞼を擦りながら、手を繋いでリビングに降りてきたとき・・・何故か私はショックを受けていた。別に、怒ってはいない。神との恋愛なぞ、この神時代においてありえないことではないからな。『精霊』との恋愛話もあるくらいだ、特段それについてどうこう言うつもりはないが、たまには一緒に寝ようとあの子に声をかけ、断られた時、私はそこで初めて『父親のものと一緒に洗濯しないでと怒る娘』を持つ父親の気持ちを理解した気がする」

 

何か違う気がしないでもないが、彼女がそうだと言うならばそうなのだろう。

どこか、彼女の背中は哀愁に満ちていた。

別に息子が誰を好きになろうが、誰と付き合おうが、存外に人を見る目はあるから一々口を挟むようなこともしない。アルフィア曰く、ベルが幸せになってくれれば母親としては嬉しいことこの上ないのだという。しかし、相手が冒険者ならば話は別で、徹底的に『嫁の作法』を教えるのだとか。

 

 

「嫁の作法とは何か、か? ふむ、そうだな・・・まずは、私よりも強いことだな」

 

スタート地点でハードルが雲の上だった。

 

「私が天に還った時・・・あの子はきっと悲しむ。その時、あの子を守ってやれる人間が必要だ」

 

女性に守られるのは、男性からするとあまりいい気分ではないのでは?

 

「誰もが『恩恵(ファルナ)』なんてものを授かることができる時代で、それは通用しないだろう? 【ロキ・ファミリア】を見て見ろ、男よりつよい女なぞうようよいるぞ?」

 

それは比率の問題では?

 

「比率など問題にもならん。女に守られるのは嫌、男こそが女を守るという道理を通すならば、その有象無象の女どもをねじ伏せるくらいはしてみせろ」

 

では、今のところ女神アストレアを除いて貴方のお眼鏡に適っている方はいるのですか?

 

「・・・・【剣姫】と【疾風】、実力だけを言えば【大和竜胆】だが・・・・品性がなさすぎる、教育的に良くないな、あの娘は。ベルの性癖で言うなら、【疾風】だが・・・」

 

あとで明日に響くくらいしごいておくか。

そう小さく呟いた彼女ではあるが、恐らくは彼女は、息子を取られるのが怖いのだろう。取材を淡々とこなしながらも【剣姫】ことアイズ・ヴァレンシュタインは手刀でぼっこぼこにされ芝生に沈んでいた。

 

 

 

 

 

 

「   【福音(ゴスペル)】    」

 

次に彼女が訪れたのは、『ダイダロス通り』の地下に存在する人造の迷宮。未だその全貌は明らかとされておらず、彼女とザルド、そして有志の冒険者達は定期的に嫌がらせもといカチコミを繰り返しているのだという。白装束達が血を吹き出しながら、倒れ伏し、気味の悪いモンスターが瞬時に灰に変えられていく中、彼女は口にする。

 

「以前の私なら、既に死んでいてもおかしくはなかった」

 

彼女は生まれながらに、不治の病を患っていたのだという。彼女の妹はベル少年を産んだ後に死去したのだが、アルフィアは現在も存命だ。それについては、『恩恵』を賜ったベル少年のおかげなのだという。

 

「メーテリアの元に行ってやりたいとも思うが、ベルを独りにすることも憚れる・・・そう思っていた頃に、あの子は『魔法』を、そして私は生命力を向上させ病を抑え込む『スキル』を発現させた。結果、今もこうして冒険者をやれている」

 

息子さんを溺愛しているんですね。

 

「メーテリアの忘れ形見だから当然だ。いや、過保護と言ってもいいかもしれん。何せ、私達と同じように病を患っていないとはいえ、あの子が体調を崩したときは世界が終わるのではと思うほどに私は狼狽えてしまうのだからな」

 

ただの風邪を引いただけでアルフィアはベルを抱きかかえて治療院に突撃したり、エルフの里に突撃しては村長を締め上げて大聖樹の枝を分けてもらうなどという珍事が発生、王族妖精ことリヴェリア・リヨス・アールヴと一悶着を起こしたこともあるのだという。それほどまでに、彼女は息子を過保護なまでに過保護だった。

だからこそ、食べ物にはこだわるし人間関係(特に女性関係)については口うるさいのだという。

 

「あの子は素直に私の言うことを聞いてくれるが、反抗期がきたら怖いな・・・『うるせぇババア』とどこかの狼人のようなことを言い出したら、私は思わず【ジェノス・アンジェラス】してしまうかもしれん」

 

そして、人知れず生娘のように泣くかもしれん。

そんなことをいう女王様は、それをすれば息子が泣いてしまうということに気づいていないのだろうか。

 

「まああの子に限って反抗期などあるはずもないか・・・何せあの子は、私の魔法が好きだと言ってくれたのだからな」

 

孤児院の子供達にも人気だと聞きましたよ。

 

「嗚呼、不思議なことにな。私のような存在、怖がられるだけだと思っていたというのにどういうわけかチビっ子共にやけに懐かれてしまう・・・謎だ」

 

 

 

 

 

「おかーさん、おかーさん!」

 

取材も終わりが近づいてきた夕刻。

件の少年がひょこひょこと白髪を揺らして、義母アルフィアの元に駆け寄ってくる。その様は主人の元に帰ってきたペットのようにまるで尻尾が千切れんばかりに振られている様さえ幻視するほどで、そんな息子を見てアルフィアは普段はほとんど変えない表情を柔らかく微笑ませて頭に手を置いて撫でまわしていた。

 

「お帰り、どうしたんだ?」

 

「見て見て! ウダイオスが剣をドロップしたよ!?」

 

「ほう・・・ウダイオスが剣を・・・ベル、お前が倒したわけじゃないんだろう? 誰に譲ってもらったんだ?」

 

「ぼ、僕じゃまだ無理だよ・・・えと、アイズさんが、あげるってくれた」

 

でもどうしてあんなにボロボロだったの? 

大事そうにドロップアイテムを抱きしめてホクホク顔をする少年は、アルフィアに小首を傾げてみせた。どうやら本日、【剣姫】はアルフィアに芝生に沈められた後悔しさに身を任せてウダイオスを倒しに行ったらしい。

 

「ちゃんと礼は言ったのか?」

 

「うん、言ったよ? それでそれで、後でヘファイストス様に『蛇腹剣(カリゴランテ)』作ってもらいにいこうと思って」

 

「ああ、いいんじゃないか? しかしお前、所謂ロマン武器に手を出すのか・・・」

 

「ダメ?」

 

「いや、お前がいいならいいが・・・」

 

「あと、エンブレムがあとちょっとで集まるから、【ヘファイストス・ファミリア】に行った後に輝夜さんと一緒に【イシュタル・ファミリア】に行ってくるね!」

 

ベル少年の中で今一番ホットな趣味。

それは派閥のエンブレム集め。瓶ビールの蓋を集めるような、そんな趣味。それを可愛らしく思ってか協力してくれる神々がいるおかげで徐々にゴールが目前となっている中、少年は義母の警戒レベルMAXの美の女神の一柱の派閥へと踏み込むという。

 

「・・・・何?」

 

 

 

 

 

 

 

【静寂】のアルフィア――――

無限の【福音(ゴスペル)】を操る女。

 

 

彼女はその日、1つの派閥を潰した。

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