URAファイナルに勝利したシンボリルドルフとトレーナーは祝勝会の後二人だけで互いをねぎらう小さな宴を開く。
ルドルフが口にしたケーキには魔法がかけられていて……

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ひとくちの魔法

「ふええええええええええええ」

 

 口から出るのは情けない泣き声。これがあの凛とした絶対の皇帝シンボリルドルフの口から出ているなど誰も信じないだろう。

 がっしりとシャツの裾をつかんだ彼女は上気した頬を隠しもせずに潤んだ瞳で僕を見ていた。

「なんでこうなった」

 一言のボヤキと共にわずか30分ほど前のことを回想するが、解決策は見だせそうになかった。

 

 

 URAファイナルズを見事勝利で飾ったまさにその夜のことだった。

 彼女のバックアップを勤めていたチームのみんなと祝勝会をした。彼女が解散を告げた後、こっそりと袖をつままれた。

 

「……トレーナー君。私がここまでこれたのは君の尽力によるところが大きい。それで、だな……」

「君の努力が実を結んだということだよ」

「それでも、だ。少しだけ君のこともねぎらいたいんだ。だから少しだけ、残ってくれないだろうか?」

「君の希望をかなえないという選択肢は僕にはないよ」

「あ、ありがとう」

 

 トレセン学園はうら若きウマ娘たちが集う場だ。故にトレーナーや職員たちだけのスペースであってもアルコールはご法度だった。

 ただ、調理室などで、風味付けなどでブランデーなどが使用されることはあった。

 そして、彼女と共に口にしたパウンドケーキにもそれは使われていたようだ。

 

「にゃははははははははははははははははは!」

 笑みを浮かべることはあれど、これほどまでに破顔した彼女は珍しい。様々なプレッシャーから解放され年頃の少女としてのふるまいなのだろうか?

 

「うふふふふー、とれえなあくうん」

 ろれつが回っていない。彼女が先ほど口にしたパウンドケーキを見る。レーズンがふんだんに練り込まれたそれからはかすかにアルコールの香りが漂っていた。

 

「えい!」

 驚愕にわずかに開いた口へ閃光のように翻ったルドルフの手がねじ込まれる。その繊手には彼女が食べかけているケーキがつままれていた。

「もごぉ!?」

「うふふふふふう、いい食べっぷりじゃないか」

 唐突にねじ込まれたケーキを何とか咀嚼し、飲み下す。

「お、おい、ルドルフ。君は酒をたしなんだことはあるのか?」

「ほえ? あるわけがないだろー。競技者としてなにより生徒会長として率先垂範をすべきなのだー」

 言っていることは普段のルドルフなのだが、なにやら言い回しが少しおかしい。

「うふふふー、マルゼンスキーがな。このケーキを食べたら素直になれるのよってくれたんだ」

「あのやろう……」

「にゃははははー、なんかぽかぽかしていいきぶんだー」

 その言葉を裏付けるかのように彼女の頬はピンクに染まり、少し目が潤んできている。ありていに言えばののっそい色っぽい。

 さらには先ほどまで一緒に談笑していたチームのスタッフや、祝いに駆け付けた理事長らも解散してここにはいない。

 

「にゅふー」

「1,2,3,5,7……」

「んー? とれーなーくん。1は素数じゃないぞー」

 必死に理性を保つために素数を数えようとしてルドルフにツッコミを喰らう。頼むからつつつっと指先で顎を撫でないでくれ。

 

「うふふふ、今日は最高の日だ。ありがとうとれーなーくん」

 満面の笑みを浮かべてルドルフががバッと抱き着いてきた。さすがにこれはまずいと彼女の肩をつかんで引きはがす。

 それほど強い力をこめていたわけではなく、簡単に二人の間に隙間ができた。

 ただ、ルドルフの目がさらに潤んで行く。

 

「ふええええええええええええ」

 

 ここで冒頭に戻るわけだ。

 

「こんな、わたしじゃ。だめ、かなあ?」

 うまぴょい伝説か! とツッコミを入れつつ、普段の凛として自信に満ちたルドルフと真逆の、今にもどこかに消えてしまいそうなはかなげな表情でこちらを見上げてくる。

「……ルナ」

「うん!」

「僕は……君のことを……」

「うん!」

 

「かいちょー!」

 唐突に窓を蹴り破って侵入してきた人影がいた。

 なぜか勝負服に身を包んだトウカイテイオーだ。

 

「テイオー、何をしている?」

 ゴゴゴゴゴとレース時以上の威圧感がルドルフの身体から感じられた。

「え、だってトレーナーがカイチョーを酔わせてうまぴょい(隠語)しようとしてるって」

「ほう、それを誰に聞いた?」

「マルゼンスキー先輩」

「トレーナー君。ちょっと急用ができた。すぐに戻るのでここで少し待っていてほしい」

 表情の抜け落ちた顔でるn……ルドルフは素晴らしいスタートダッシュを決めた。左手はテイオーの耳を引っ掴んでいる。

 

「ちょ、カイチョー、やめてちぎれるいただだだだだだだだだだだだだーーーーーー!!!」

「ふん、ちぎられたくなかったら死ぬ気で付いてこい」

「むり、むり、むり、むり!」

「そんなことで皇帝の後を継げるか」

「いや、それ、素で聞いたらうれしい言葉だけどさあ! この体勢無理いいいいいい!!」

 

 その晩トレセン学園は眠れなかった。素晴らしい逃げを披露するマルゼンスキーをその差し脚で追い詰めるシンボリルドルフ。

 耳をつかまれたまま、極度の前傾姿勢で二人についていくトウカイテイオー。

 

「悪夢、だ」

 

 なお、とっ捕まったマルゼンスキーは生徒会室で正座させられていた。隠しカメラによって録画された皇帝の痴態はアグネスデジタルとアグネスタキオンによって構内のモニターをジャックされて放映された。

 会長室のモニターでそれを見たルドルフは、「責任取ってくれとれーなーくん!」とあの晩のような甘えた口調で迫ってきた。

 

「作戦成功よん!」

 マルゼンスキーは快哉を叫び、なんなら三女神像の前で責任をとれと迫るルドルフの姿に、アグネスデジタルの噴いた二筋の鮮血は3バ身にも届いたという。


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