無惨様でも敵わない   作: ノーリ

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中編です。では、どうぞ。


中 産屋敷邸にて ~先輩の貫禄を見せるのこと~

産屋敷邸。鬼殺隊の棟梁であるお屋形様…産屋敷一族の住居である。そしてここに今、集合している人物たちの姿があった。柱…鬼殺隊の中でも最も位の高い剣士に許される称号を持つ、鬼殺隊の最高戦力であった。

過日に上弦の参『猗窩座』との戦いで炎柱である煉獄杏寿郎を失い、また上弦の陸である『妓夫太郎・堕姫』との戦いで音柱の宇随天元が、死には至らなかったものの柱として戦線復帰することすらかなわぬ重症を負って引退した。

が、鬼殺隊としても刀鍛冶の里において恋柱…甘露寺蜜璃と霞柱…時透無一郎をはじめとする鬼殺隊士の活躍で、上弦の肆『半天狗』と同じく上弦の伍『玉壺』を仕留めるに至っていた。数勘定でいえば鬼殺隊の方が白星が多い形になっている。とはいえ、失った生命は戻ってこないので何の慰めにもならないのではあるが。

そして柱が一堂に会した今日この日、産屋敷邸では柱たちの会議…通称『柱合会議』が開かれようとしていた。

 

「大変お待たせいたしました」

 

そこに一人の人物が現れる。本来であれば現お屋形様である当主の産屋敷耀哉が現れるはずであるが、とある事情があってそこに姿を現したのはその妻である産屋敷あまねであった。

 

「本日の柱合会議、産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせていただきます。そして当主の耀哉が病状の悪化により、今後皆様の前へ出ることが不可能となった旨、心よりお詫び申し上げます」

「承知」

 

あまねの挨拶の後、岩柱の悲鳴嶼行冥が一堂を代表して答え、頭を伏せる。それに倣うように、他の柱たちも頭を伏せた。鬼殺隊の中でも一番の年長者であり、また他の柱たちとは違い何年も柱の重責を担っている、まさに重鎮である。そんな彼が代表役を務めるのはある意味当然かもしれない。

 

「お屋形様が一日でも長くその生命の灯…」

 

そこまで行冥が言葉を述べた時だった。

 

「お、お屋形様!」

 

最初にそれに気づいたの水柱の冨岡義勇だった。その言葉に、柱だけでなくあまねまでも慌ててその方向に顔を向ける。そこには、全身が痣に侵された青息吐息の当主の産屋敷耀哉が、ヨロヨロとした足取りで壁に寄りかかっていたのだった。

 

『お屋形様!』

「耀哉様!」

 

急いであまねが耀哉のもとに駆け寄って支えた。

 

「すまない…あまね」

「どうしたのです!? もう立つこともままならないのに…」

「わかっている。だが、どうしてもやらなければいけないことができたらしい…。すまない…とりあえず、私をいつもの場所に…」

「は、はい」

 

耀哉の指示に従ったあまねが、その望み通りいつも耀哉がいる場所…上座へと耀哉をなんとか座らせた。

 

「お屋形様、一体…」

 

息も絶え絶えといった感じで座に着いた耀哉に申し訳ないと思いながらも、直後に真っ先に口を開いたのは蛇柱の伊黒小芭内である。

 

「小芭内、それから皆もすまない」

「いえ…しかしお屋形様、伊黒の言ったとおりです。何があったのです?」

 

次に口を開いたのは風柱の不死川実称だった。

 

「見えたのだ」

「? 何がでしょう?」

 

今度の発言の主は蟲柱である胡蝶しのぶである。

 

「まもなくここに客人がいらっしゃる。そしてその客人は、我々の運命を大きく変える客人だということが」

「お客様…ですか?」

 

説明を受けたしのぶだったが、その内容には懐疑的だった。ここは鬼殺隊の本拠地といえる場所。それゆえに鬼たちに狙われるわけにはいかないので刀鍛冶の里よりも厳重に隠されている。そんなこの場所に、気軽に客人が現れるとは思えなかったのだ。またもし現れたとしたらどうやってここを突き止めたのか、であれば警戒をさらに厳重にする必要もあるし、そして一番重要なのが何をしにここにその客人が来るのかということだ。耀哉の…というより、産屋敷家の当主の先見の明は柱の中では知られていることではあるが、それが当たれば当たったで厄介な状況であることを証明してしまうことになってしまうわけでもあった。と、

 

『ち、父上!』

 

耀哉を呼ぶ声が聞こえた。耀哉の五人の子のうちのひなきとにちかだった。

 

「その声は…ひなきとにちかだね?」

『はい!』

「どうしたのです? 二人とも」

 

主人の身を案じてだろうか、あまねが耀哉の後を継ぐ。そこで返ってきた返答というのは、

 

『お、お客様がお見えです!』

 

という、耀哉の先見の明を裏付ける発言だった。その言葉に柱たちとあまねが驚き、同時に気づかれない程度に表情をしかめる。

 

「どのような御方かな?」

 

唯一それを意に介しない耀哉が尋ねる。が、

 

「あの…」

「えっと…」

 

何故か二人の口は重い。

 

「ひなき? にちか?」

 

耀哉が不思議そうな表情になって首をかしげる。その横で、

 

「二人とも、お父様が尋ねていらっしゃるのですよ。はっきりとお伝えしなさい」

「あまね」

「……」

 

少し詰問口調だったあまねだが、耀哉が名を呼ぶと軽く頭を下げて口を噤んだ。

 

「ひなき、にちか」

「はい」

「どういう意見でも構わない。二人が思った通りの、そのお客人の感想というか特徴を伝えなさい」

「は、はい」

 

そこまで言われてようやく決心したのか、ひなきとにちかが口を開いたのだった。

 

「み、身の丈はとても小さいです。私たちより頭一つぐらい大きい程度でしょうか」

「うん、それから?」

「あと、頭はお坊様のような頭をしています」

「うん」

「それと、手の形が特徴的で…」

「手の形?」

「はい。招き猫のような形をしています」

「!」

「それと、これが一番の特徴なのですが、顔が…その…」

「顔がどうしました?」

 

手の形のことを聞いたところで耀哉が黙ってしまったため、あまねが口を開いて先を続けるように促した。が、

 

「その…」

 

それでもハッキリと言おうとはしない。

 

「ひなき、にちか」

「は、はい」

「先ほどのお父様のお言葉を忘れましたか? お伝えしなさい」

「は、はい」

 

それでも数瞬口ごもっていたひなきとにちかだったが、意を決して再び口を開いた。

 

「その…物凄くおかしな顔です」

「おかしい?」

「はい…失礼を承知で言えば、間抜け面というか、アホ面というか…」

「! ひなき! にちか!」

 

まだ誰かもわからない客人に対する暴言にあまねが思わず語気を強くし、ひなきとにちかもビクッと身体をすくませる。

 

((だから嫌だったのに…))

 

二人がそう思ったのも無理からぬことだろう。だがその中でただ一人、

 

「…!」

 

産屋敷家の当主、耀哉が身体を震わせていた。恐怖…? いや、その表情に浮かんでいたのは驚き、そして喜色だった。

 

「間違いない、その御方は…」

「耀哉様?」

 

耀哉の様子がおかしいことにあまねが尋ねる。柱たちもどうしたのだろうと心配そうな表情で耀哉を見ていた。と、

 

「ひなき、にちか」

 

耀哉が娘たちの名を呼ぶ。

 

「は、はい」

「その御方をこちらへお通ししなさい」

「えっ?」

「か、耀哉様、よろしいのですか!?」

「ああ」

 

言葉に出したのはあまねだけだったが、柱たちもその想いは一緒だった。

 

「お、お屋形様!」

「まだ誰かもわからないのに、通すのは危険では…」

 

恋柱の甘露寺蜜璃と霞柱の時透無一郎が諫言する。が、

 

「ありがとう、蜜璃、無一郎」

 

耀哉はそう返しただけだった。そして重ねて、

 

「ひなき、にちか、その御方をこちらにお通ししなさい。くれぐれも失礼のないように。いいね?」

「は、はい!」

 

と命じる。父であり当主である耀哉にそうと言われては断ることはできず、ひなきとにちかは下がったのだった。

 

「耀哉様…」

 

そんな耀哉をあまねが案じる。

 

「本当によろしいのですか?」

「心配ないよ、あまね。ひなきとにちかの言った通りの御方なら私のよくご存じの方だ。そして私が見た、我々の運命を大きく変える客人で間違いない」

「それは、一体どういう…」

 

あまねが尋ねたが耀哉は軽く首を左右に振るだけだった。

 

「わからない。だがあの御方ならば必ずや事態は好転する。必ずね」

「そうですか…」

 

まだあまねは半信半疑だ。それは柱たちも同じなのだが、それでも産屋敷家の当主であり鬼殺隊の長である耀哉が決めたことならば異論は許されない。

 

「それより、私を下座に連れて行ってくれ。上座はこれから来る御方に使ってもらわねばならない」

「わかりました」

 

片側をあまねに、そしてもう片側を行冥に抱えらて耀哉が下座に移動した。苦しそうなその姿に全員の心が痛むが、それでも主がそう言った以上はこれ以上差し出がましいことが言えずに皆押し黙る。その沈黙は、

 

「やあ、産屋敷くん」

 

その第三者の声が聞こえてくるまで続いたのだった。直後、その声のした方向に全員の視線が集まり、

 

「ブフッ…」

 

噴き出したのは蜜璃だった。慌てて顔をそむけると俯いてそれ以上噴き出すのをなんとかこらえようとする。それが思いのほか困難だったのだろう、その顔は真っ赤だったが。が、これは蜜璃が人一倍感情豊かだからこうなっているだけで、目の見えない行冥以外は皆、同じ状態だった。しのぶや義勇はなんとかポーカーフェイスに徹し、無一郎は“わー、面白い顔”と、いつもの感じで思っている。ベクトルが違うのは小芭内と実称で、

 

(怪しい…)

(なんだァ、このハゲェ…)

 

と、口には出さないものの警戒心バリバリだった。しかし、

 

「おお、そのお声はやはり…」

 

耀哉は一人感極まっていた。そしてゆっくりと居住まいを糺すと深々と頭を下げる。その姿に驚くあまねと柱一同だったが、それ以上に驚いたのは、

 

「お久しぶりでございます、“先生”」

 

耀哉のその一言だった。

 

 

 

 

 

数刻後、産屋敷邸の上座には座布団の上に座っている人物がいた。本来ならばこの屋敷の現在の主である産屋敷耀哉がいるべき場所だが今は違う。そこには客人の姿があった。そう、間抜作である。

抜作は心づくしとして用意された茶菓子を綺麗に平らげ、今は食後のお茶を楽しんでいた。その様子を、耀哉自身は半分視力を失ってしまった目でニコニコと見ているものの、他の面々は皆一様に不機嫌そうな表情をしていた。何故なら、

 

『態度が大きい(デカい)(デケェ)』

 

からである。抜作は上座に通された後その場で遠慮会釈なく寛ぎ、まるで自分がこの屋敷の主人だとでもいうような振る舞いで飲食をしたのだった。その態度に業を煮やしつつも、一方で嬉しそうにしている耀哉の姿に面と向かって咎められもせず、柱の面々は悶々としていたのである。と、

 

「いやあ、ご馳走様でした」

 

お茶菓子のみならずお茶まで綺麗に平らげた抜作が湯呑みをその場に置いた。

 

「お口に合いましたでしょうか」

「ええ、何せ物を食べるのも久しぶりなもので」

 

今まで寝ていたのだから嘘は言ってはいない。

 

「そうですか。では、お菓子よりも本格的なお食事の方がよかったでしょうか」

「いえいえ、お構いなく」

 

もう十分に食い散らかしているのだから、そりゃあ満足でしょうよと耀哉以外の面々が思う中、

 

「何年になりますかね」

 

不意に、抜作が耀哉に話しかけてきた。

 

「…およそ十年ほどになりましょうか」

「そーですか。もうそんなになりますか」

「はい。…今まで多くの方にご教授いただきましたが、先生以上の方には終ぞ巡り合えませんでした」

「はっはっはっ、照れますねぇ」

 

その言葉通り、頬を赤らめて照れる抜作。その姿に、

 

(キモィ)

 

柱の感想は一致していた。だがそれと同時に、

 

(本当にこんな人物が…)

(お屋形様の先生なのかしら?)

(でも、こんなお屋形様は初めて見ますね)

(人は見かけによらないというが)

(そんなすごい人には見えないんだけどなー…)

(今のところ怪しさしか感じないが…)

(一体、何しに来やがったァ)

 

そう、警戒してもいたのだった。

 

「ところで先生、本日はなぜここに?」

 

柱たちのその思いが通じたのでもなかろうが、耀哉がそう話を切り出す。

 

「ええ、実は先ほど私の古巣を読んでましてね。そこに君の姿があったもので」

「は?」

 

言っている意味が何一つ分からずに耀哉が首を捻った。だがそれは、あまねも柱も同じことだった。皆、どういう意味なのかさっぱり分からないといった表情で首をかしげている。

 

「ああ、気にしないでください。説明してもわからないでしょうから」

「はぁ…」

 

煙に巻かれた気がしないでもないが、思えば自分が教わっていたときも抜作はよく自分には理解のできないことを言っていたのを思い出し、クスッと思い出し笑いをした。そして“気にしないで”というその言葉に従うことにする。

 

「しかし…」

 

抜作が話を戻した。そして、

 

「酷い姿ですねぇ」

 

その一言を言ってしまった。抜作としては耀哉の見た目をそのまま表現しただけだろう。だが、

 

「!」

 

柱がそれを許さない。その“暴言”に柱たちの気配が瞬時として切り替わった。が、

 

「皆」

 

それを耀哉の一言が制する。

 

『お屋形様』

「いいんだよ、ありがとう」

『…はっ』

 

これ以上は主人である耀哉に背くことであることを理解した柱たちが、不承不承ではあるが気配を収めた。

 

「…失礼いたしました」

 

柱たち全員の気配が収まったのを感じ取ると、耀哉が再度頭を下げた。

 

「え? 何かあったんですか?」

 

しかし、抜作はそれに気づいた様子もなく脳天気にそんな返答を返す。その態度に、また柱たちの抜作に対する印象は下がったのだった。

 

「…いえ、なんでもありません」

 

一人、この中で抜作をよく知る耀哉だけはそんなことを気にも留めていなかったが。

 

「御見苦しい姿でお恥ずかしい限りです」

「いえいえ、気にしないでください。なんでそんな姿になってるのかは予習済みなので」

「予習?」

 

また意味が分からないが、先ほど抜作が言ったようにどうせ聞いても自分には理解できないのだろうと耀哉が結論付け、それ以上深く突っ込まなかった。

 

「じゃ、そろそろ本題に入りましょうか」

「本題…ですか?」

「ええ」

 

頷く抜作。そして次の一言が、まさしく先ほど耀哉が言った、自分たちの運命を変えるということになっていくのだった。

 

「治してあげましょうか?」

 

そして抜作はこともなげに、耀哉に向かってそう言ったのだった。

 

「は?」

 

一瞬止まる耀哉。だがそれは耀哉だけでなく、あまねも柱たちもそうであった。

 

(治す…?)

(治す…って)

(確かにそう言いましたよね)

(この場で治すというのはつまり)

(…お屋形様を?)

 

義勇、蜜璃、しのぶ、行冥、無一郎の五人は何とか言葉に出さずに心中でそう考えるにとどめることができた。しかし、

 

「な、治すって!?」

「出来るのか?」

 

実称、小芭内の二人は思わず声に出してしまったのだった。

 

『あ』

 

そして言ってしまった後、自分たちの失態を理解した二人は申し訳なさそうに口を噤んでかしこまる。

 

「実称、小芭内」

『申し訳ありません…』

 

口をそろえて反省の弁を述べた二人に、やれやれといった表情で耀哉がため息をついた。そして、

 

「失礼いたしました」

 

またも深々と抜作に対して頭を下げる。

 

「やあ、気にしないでください。それよりも、慕われてるんですねぇ」

「先生のご指導の賜物です」

「はっはっはっ」

 

懐から扇子を取り出し、それで自分を扇ぎながら一頻り抜作が笑った。その笑いが途絶えたところで耀哉が再び口を開く。

 

「先生」

「はい」

「治すというのは、その…」

「勿論、その身体ですよ」

「なんと…」

 

ハッキリと聞いて耀哉が絶句する。この身体が治ることなどありえないと思っていたからだ。あの男が、鬼舞辻無惨がいる限り。

 

「先生のお言葉を疑うわけではありませんが…」

「はい」

「その…出来るのでしょうか? そのようなこと」

「わかりません」

 

その一言に耀哉を除く全員が心中でズッコケていた。ここまで言っておいてそれはないだろうというわけである。

 

「ですがこのままでは、近いうちに死んでしまうのでしょう?」

「それは間違いなく」

「なら、ダメで元々、治れば儲けものぐらいのつもりでいてください。…で、どうしますか?」

 

抜作が耀哉に判断を委ねる。あまねをはじめ、全員の視線が耀哉に集中した。

 

「…他の者の言葉であれば即座に無理と断じましょう。ですが先生、あなたの言われる言葉でしたら本当に叶ってしまうと思われるゆえに不思議です」

 

そしてまた、耀哉が深々と頭を下げた。

 

「お願いできますでしょうか」

「わかりました。それではそのために必要なものがあります。用意してください」

「はい」

「まずは手ぬぐいを一枚。それに、墨と筆。後、これが一番重要なのですが、子供が鞠つきをする鞠がありますよね」

「はい」

「その鞠と同じくらいの大きさ、形の石を七つほど用意してください。出来ますか?」

「ただちに」

 

そして耀哉はあまねに顔を向けた。

 

「あまね、手ぬぐいと墨と筆の用意を」

「はい」

 

そそくさと立ち上がると、あまねが急いでこの場を後にする。

 

「柱の皆には石の調達をお願いしたい。この屋敷の庭石でもいいし、外でもいい。頼めるかな?」

『御意!』

 

主からの命を受け、柱も直ちにその場を後にしたのだった。その場には抜作と、そして耀哉だけが取り残される。

 

「いやぁ、本当に大したものですねぇ」

「先ほども申し上げましたが、先生のご指導の賜物です」

「はっはっはっ、もっと言ってください♪」

 

そして用意が整うまでの間、かつての師弟は久しぶりに他愛もない話を交わしたのであった。

 

 

 

 

 

『お屋形様!』

 

一刻ほど過ぎたところで柱たちから声がかかった。あまねは物が物だったので簡単にそろえることが出来たため、すでに用意済みである。

 

「どうやら用意が整ったようです」

「そのようですね」

 

そこで抜作がうーんと伸びをすると上座から立ち上がった。

 

「さて、それじゃあやりますか」

 

そうつぶやいた抜作がまずは手拭いを手に取った。そして、集められた石のうちの一つを手に取ると、その手拭いで石をゴシゴシと磨きだした。と言っても、丹念に磨くというよりは、とりあえず汚れを拭い去るという類のものであったが。

 

(???)

 

あまねをはじめ、柱の面々も何のためにそんな真似をするか皆目見当がつかず、只々見守るのみである。先ほどの実称や小芭内の一件もあり、口に出すのは憚られたのだ。

 

(一体何を…)

(あれをどうするつもりなんでしょう?)

(何が起きるのかしら…?)

(面妖な…)

(とりあえず、見てるしかないかな)

(何を考えているのか…)

(サッパリわからねェ…)

 

戸惑う柱たち。しかしそれは、あまねとて同じだった。

 

(耀哉様があそこまで心酔していらっしゃる方だから、間違いない方だとは思うけど…)

 

この、娘たちを叱ってはしまったものの確かに間抜け面というかアホ面としか言いようのない顔と、先ほどまでの主人をないがしろにした大きな態度がどうにも引っかかって懐疑的な心情になってしまうあまねだった。と、

 

「ああ、そうそう」

 

思い出したように抜作が振り返った。それがまた、あまねと柱たちがこんなことを考えていたタイミングだけに、内心を見透かされたかと思って当事者がビクッと身体を震わせる。

 

「どうなさいました、先生」

「忘れてました。実はもう少し必要なものがあるんです」

「そうですか、それは?」

「大き目の鍋にお湯を沸かしてください。それから、それを掬うように柄杓を一本。墨なんかと一緒に用意してもらってもよかったんですけど、ちょっとこちらの準備に時間がかかるので、その間に蒸発するか冷めてしまいかねませんのでねえ」

「かしこまりました。…あまね」

「はい」

 

ここから離れるいい口実ができたことに内心でホッとしながらあまねが中座した。その間も、抜作は次々に石の汚れを拭っていく。そして七つすべての石の汚れを拭い終わった後、今度は筆を取った。

 

「……」

 

興味津々という表情で耀哉と柱たちが抜作の行動を見守る。そして抜作は筆に墨を付けると、石の一つに★を一つ書き込んだ。二つ目の石には★を二つ、三つ目の石には★を三つと次の石に移るごとに★を一つずつ増やしながら繰り返していく。

 

(???)

 

その行動の意味が分からない柱たちは内心で首を捻るばかりだった。耀哉も同じ気持ちではあるのだが、かつて抜作に師事した身として、抜作のやることであれば何が起こってもおかしくないことはわかっていたので黙って見守っている。と、

 

「耀哉様」

 

五つ目の石に同じことをし終えたとき、あまねが戻ってきた。

 

「お申しつけのもの、用意できました」

「そうか。こちらももうすぐ先生の準備も終わるようだ」

 

あまねが先ほどまで自分が着座していたところに腰を下ろすと、抜作は六つ目の石に取り掛かっていた。そしてほどなく、七つすべての石に★が書き込まれる。

 

「ふーっ…」

 

書き込みが終わったところで抜作が筆を置いた。そして耀哉へと振り返る。

 

「産屋敷くん」

「はい、先生」

「君の後ろの人たちを借りてもいいですか?」

「いかがなさいましたか?」

「いやー、大したことじゃないです。この石を庭先まで運んでほしいんですけど」

「かしこまりました。皆」

『はっ!』

 

耀哉の言葉に従い、柱たちが石を庭先へと運んでいく。と言っても、しのぶ、小芭内、無一郎といった腕力のない者は行わず、実際は残りの柱で分担したのだが。そしてほどなく、全ての石が庭先へと運ばれた。

 

「お屋形様、万端、用意整いました」

「ありがとう、行冥」

 

代表して報告した行冥に礼を言うと、耀哉はその顔を抜作に向ける。

 

「先生」

「はい」

 

立ち上がると抜作はいつもの小走りで庭先へと向かった。その姿に柱たちがまた吹き出しそうになったのは内緒の話。

 

「お湯と柄杓もこっちに持ってきてくれますか?」

「…承知」

 

抜作に頼まれ、行冥がお湯の入った鍋と柄杓を同じく庭先まで運ぶ。行冥がそうしている間に耀哉はあまねに支えられながら縁側まで来て着座し、他の柱たちは皆その後ろに控えた。

 

「さてと…」

 

何をするのかと興味津々でギャラリーが見守る中、抜作が柄杓を手に取るとお湯を掬った。そして、柱たちが庭先に移動させた先ほどの石にめがけて何回かそのお湯を振りかける。

 

(???)

 

ギャラリーにはその行為に何の意味があるかわからないが、とりあえず見守ることにした。そして何回かその行為を繰り返し、全ての石にたっぷりとお湯がかかったところで、

 

「これでいいでしょう」

 

抜作はそう言うと、鍋に柄杓を投げ入れて縁側に戻った。

 

「用意はできました。後は三分待ちます」

「はぁ…」

 

何が起きるのかわからない他の面々にとってはそう返答することしかできない。抜作はそんな周囲の様子など気にすることもなく、再度縁側に腰掛けた。

 

「あ、すみません。もう一杯お茶もらえますか?」

「は、はい」

 

あまねが慌てて腰を浮かせて奥へと引っ込んだ。新たなお茶を待ちつつ、抜作は変わらぬ様子のまま縁側で、暇を持て余すかのように足をプラプラさせたのだった。

 

 

 

そして、三分後。

 

 

 

石が不意に白煙を上げた。そして擬音にすれば、ボンっ! という音が聞こえ、その白煙が晴れたとき、そこには先ほどの石はどこにもなかった。代わりに石は、黄金色に輝く水晶玉のようなものへと変貌していた。

 

『!?!?!?』

 

その、妖術のような光景に耀哉以外の面々が目を丸くする。そして抜作と多少なりとも付き合いのある耀哉ですら、

 

「何と…」

 

と、驚きを隠せなかった。そんな中、

 

「やあ、できたみたいですね」

 

抜作が湯呑みをすぐ側に置くと、いつもの小走りでそれに近寄った。そしてコンコンと叩いたり、表面の状態を確認する。

 

「ま、インスタントですからねぇ。これで十分でしょう」

 

その状態を確認してうんうんと頷いた後、抜作は両手を天に向けた。そして、

 

「ホンダララッタ、フンダララッタ、ヘンダララッタ、ホイホイ…ホンダララッタ、フンダララッタ、ヘンダララッタ、ホイホイ…」

 

と、某半熟な英雄がモンスターを召喚するときの口上を口ずさみながら奇妙な踊りを踊り出し、先ほどまで石だったものの周囲をグルグルと周回し始めた。その光景に、耀哉と目が見えない行冥以外の全員が噴き出すか目をそらし、必死に笑いをこらえている。

当の抜作は柱たちを笑い死に一歩手前にしているなどとは思うわけもなく、相変わらず口上を述べながらグールグルとその周囲を回っていた。そして、

 

「いでよ、シェ〇ロン!」

 

とあるタイミングでピタッと止まり、こちらも某一万年に一人現れるという、とある少年が仲間を呼び出すときのポーズをとってそう叫んだ。すると直後、快晴だった空が突然真っ暗になる。

 

『!?!?!?』

 

またも起こった自分たちの理解を超える現象に、今度は耀哉ですら戸惑いを隠せなかった。が、本当の本番はこれからである。水晶のような物体へと変化を遂げた石が光り出すと、そこから光が駆け上がったのだ。その眩しさに抜作以外の面々が思わず目を閉じる。そしてその光が収まったのを瞼の裏で感じて目を開けたそこに、とんでもないものを見たのであった。そこには、自分たちの身の丈をはるかに凌駕する龍の姿があったからだ。ただ、龍と言っても浮世絵などで目にすることのある、いわゆる自分たちの認識の龍とは少し違う姿であった。

 

「な!?」

「ええっ!?」

「龍!?」

「……」

「バカな…」

「お、おいおい…」

 

柱たちも目の前の光景に驚きを隠せない。行冥は目が見えないので他の柱たちの言葉を聞いて何が起こっているのかようやく理解していたし、無一郎に至っては理解の範疇を超えてしまったのか、固まったまま気絶していたりしている。

 

「か、耀哉様…」

 

あまねも理解が追い付かず、オロオロしながら耀哉に話しかける。だが当の耀哉も、

 

「これは…流石に私も予想できなかったな…」

 

と、呆然としていた。一方で、

 

「やあ、これはこれは…」

 

その姿に抜作も思わず言葉が漏れる。但し、それは勿論他の面々とは違う意味合いを持っていた。

 

(本場ナメック星のポル〇ガと、地球のシェ〇ロンを足して二で割ったような姿ですねぇ。まあ、私の自作なわけですし、何よりインスタントですからねぇ。こうにもなりますか)

 

その姿をほけーっと抜作が見ていると、

 

『さあ、願いを言え。どんな願いでも二つだけ叶えてやろう…』

 

と、お決まりのセリフをそのシェ〇ロン…言うなればインスタントシェ〇ロンが口にしたのだった。

 

「しゃ、しゃ、喋りやがったァ!?」

「お、落ち着け不死川!」

「…あれ、今夜だったっけ?」

「む、無一郎くん、そこ!?」

「…胡蝶、頬を抓ってくれないか?」

「そんなことで私を使わないでください、冨岡さん」

「南無…」

 

それがまた、柱たちが更に混乱する要因にもなっていた。あまねと耀哉は周囲が混乱しているせいで逆に冷静になっている。そして抜作はというと、

 

(二つですか…これも本家のポル〇ガと地球のシェ〇ロンの叶える願い事の数を足して二で割った数ですねぇ。ま、いいでしょう)

 

そんなことを考えていた。そして振り返ると、

 

「産屋敷くん」

 

と、耀哉を呼んだ。

 

「はい、先生」

「こっちへ」

「はい」

 

抜作に手招きをされ、耀哉がゆっくりと立ち上がった。その姿に、混乱していた柱たちも己を取り戻し、慌ててその左右を支える。

 

「お屋形様」

「ご無理はなさらず」

「ありがとう、行冥、あまね」

 

左右を支えてくれた二人に礼を言うと、耀哉は二人に肩を貸されながらゆっくりと抜作の許へ歩いていった。その周囲を、残りの柱が固める。程なく、抜作から少し離れたところまで辿り着くと、耀哉はそこに膝を着いた。

 

『さあ、願いを言え。どんな願いでも二つだけ叶えてやろう…』

 

直後、再度インスタントシェ〇ロンが同じ言葉を口にする。近づいたことでその威容と迫力に押され、流石の柱たちも息を呑んだり冷や汗をかいたりしていた。と、抜作がビシッと耀哉を指差す。

 

「彼と、彼の一族にかけられた呪いを解いてくれませんか?」

 

そして、そう頼んだ。すると、

 

『たやすいことだ…』

 

インスタントシェ〇ロンはそう答える。そして直後、その赤い目が光った。すると、耀哉の身体が薄い光に包まれる。

 

「耀哉様!」

『お屋形様!』

 

周囲の人間はそのことに驚いたが、すぐにもっと驚くことになる。耀哉の身体を蝕んでいた痣が、身体の末端から消え始めたのだ。そして、本来の瑞々しい肌へと戻っていく。その変化は末端から中心部へと伝わっていき、そして、

 

「…見える」

 

光が収まったとき耀哉の目は再び光を取り戻し、愛する妻と大事な子供たちの姿を再びハッキリと捉えることができたのだった。

 

「見えるよ、みんな」

「耀哉様!」

『お屋形様!』

 

耀哉のその告白と、それが嘘でも何でもなく、痣がきれいさっぱり消えたのを目にした耀哉以外の面々が満面の笑みを浮かべて耀哉の周りに集まった。中にはその姿に涙を流している柱の姿もある。

 

(いやぁ、本当に慕われてますねぇ…)

 

かつての教え子のその姿に、抜作が腕を組んでうんうんと頷いていた。と、

 

『さあ、願いを言え。どんな願いでも一つだけ叶えてやろう…』

 

インスタントシェ〇ロンが再び口を開いたのだった。

 

「産屋敷くん」

 

その言葉を聞いた抜作が再び耀哉を呼ぶ。

 

「はい、先生」

 

耀哉が答えた。その瞬間、柱たちは当然のように主人の後ろに控える。見事なものですねぇと感心しながら、

 

「何か希望ありますか?」

 

と、聞いてみたのだった。

 

「え…」

 

その質問に耀哉が思わず口ごもってしまった。

 

「ええと…」

 

顔を伏せて考える。とはいえ、こんなことを急に振られてもホイホイ名案が出てくるはずもない。周囲のあまねや柱たちは耀哉の意見に従うつもりなのか、何も言葉を発してくることはなかった。

 

(困ったな…)

 

どうしたらいいものかと更に考える。と、

 

「お屋形様ーっ!」

 

不意にここにはいない、しかし聞きなれた声がその耳に届いたのだった。

 

(今の声は…)

 

気付いて顔を上げると、そこには予想通りの人物の姿があった。

 

「天元」

「はい!」

 

上弦の陸との戦いで重傷を負い、柱を引退した元音柱、宇随天元の姿だった。

 

「何故ここに?」

 

気になった耀哉が尋ねる。

 

「先ほど、急に空が真っ黒になったと思ったら、ここにあんなものが現れたのを見つけましたので、何かあったのかと思って駆け付けた次第です!」

 

天元の言うあんなものとは当然、インスタントシェ〇ロンのことである。

 

「そうか、ありがとう」

 

今もそう言ってくれる天元の姿に耀哉が微笑む。

 

「で、ですがお屋形様、それよりも…」

「うん?」

「失礼を承知で窺います。そのお姿は…?」

「…ああ」

 

自分が無惨の呪いから解き放たれたのを知らないから当然の反応かと思った耀哉。そしてそのことに思い至った直後、不意に耀哉の動きが止まった。

 

「? お屋形様?」

 

耀哉の様子が変わったことに気付いた天元が不審げな表情になった。他の柱たちもどうしたのだろうといった表情で耀哉を見上げる。と、

 

「天元」

 

不意に、耀哉が口を開いた。

 

「はっ!」

「覚悟を聞かせてもらってもいいかい?」

「は?」

 

耀哉の言葉の意味が今一つ分からず、天元が首を捻った。が、そんな天元を気にすることなく耀哉が先を続ける。

 

「もしその身体が元に戻ったとしたら、もう一度我々と共に戦ってくれるかい?」

「? お屋形様、それはどういう…」

 

質問の意図がわからずに天元が首を捻った。が、他の柱たちにはその一言で耀哉が何を考えているのかわかった。

 

「どうかな?」

 

天元の質問には答えず、更に念を押す耀哉。自分の質問に答えてくれないことに少しだけ戸惑った天元だったが、答えは決まっていた。

 

「無論です。そのようなことがあるのでしたら、喜んで復帰しましょう」

「ありがとう。その言葉が聞けて嬉しいよ」

 

天元の覚悟を聞いた耀哉がニッコリと微笑むと、抜作へと振り返った。

 

「先生」

「はい」

(な、なんだありゃあ…)

 

そこで初めて抜作に意識がいった天元は他の柱と同様、その風貌に思わず吹き出しそうになる。が、こちらも他の柱と同様に、主君の手前そうすることはしなかった。元々は忍びということで、喜怒哀楽を制御する訓練も受けていればのこともあるのだろう。そんな天元の思惑を無視して話は進んでいく。

 

「今のこの天元の言葉、聞いていていただけましたか?」

「ええ」

「では、そのようにお願いできますでしょうか」

「わかりました」

 

抜作が頷くと、再びインスタントシェ〇ロンを見上げた。そして、今度はビシッと天元に指をさす。

 

「あの人の身体を元に戻してください」

『たやすいことだ…』

 

そして再び、その赤い目が光った。直後、

 

「ぐっ、ぐおぉ…」

 

天元が悶え始めた。

 

『宇随!』

『宇随さん!』

 

柱たちが一斉に天元の許に近寄る。悶えている天元は右手で自分の左腕を抑えていた。その先端は、引退を決意させるに至った先の上弦の陸との戦いで失っている。だがそこに光が集まっていた。先ほどの耀哉と同じように。そしてそれは左目も同じである。但しこちらは眼帯が押さえ込んでいるので見ることはできなかったが。

その光はゆっくりと本来そこにあるべきものを象る。そしてその光が消えたとき、

 

「おいおい…」

 

天元は自分の身に起こったことが信じられなかった。

 

「こりゃあ…」

 

左腕の先端が復活している。そして眼帯を取ると、視界が倍以上に広くなった。

 

「どうなってんだよ…」

 

失い、二度と復活しないはずの欠損した左手と左目が復活したことに、天元が呆然と呟いていた。と、

 

「よくも今までサボっていてくれたな…」

 

口火を切って話しかけてきたのは小芭内だった。

 

「伊黒?」

「少しの間とはいえ、楽をしていたんだ。これからはタップリ働いてもらうぞ。とりあえず、その腑抜けた衣装をさっさと着替えてこい」

「いや、着替えろってお前…」

「まァ、今すぐってわけじゃねえよ」

 

継いだのは実称である。

 

「けど残念だったなァ? 楽隠居ができなくなっちまってよ」

「へっ、ぬかしやがれ」

 

同僚と丁々発止にやりあっているうちに、だんだんと『音柱』が復活してくる。

 

「あらあら、宇随さん楽しそう」

「そうね! それととっても嬉しそうだわ!」

「あぁん?」

 

睨まれたしのぶと蜜璃が楽しそうに義勇の後ろに引っ込んだ。

 

「助けてください、冨岡さん♪」

「冨岡さ~ん、お願~い♪」

「胡蝶…甘露寺…」

 

後ろに引っ込んだ二人に呆れながら義勇が溜め息をつく。その様子に小芭内が青筋を立てていたりするのだが、それはまた別の話。

 

「だが宇随、実際のところ戦線に復帰できるのか?」

「いけるの?」

「ああ、やってやるさ。派手にな」

 

行冥と無一郎の心配するような言葉に、天元はニカッと笑って親指を立てたのだった。その様子を眩しい表情で耀哉とあまねが見ている。そしてそのもう少し後ろでは、

 

(いやあ、仲がいいですねぇ…)

 

いつものアホ面から変化はないが、抜作がその光景をボンヤリと見ていた。

 

(礼院棒中学や美楽留高校のときを思い出しますねぇ。東風くん、甘子ちゃん、珍平くん…。みんな元気でしょうか)

 

ガラにもなくそんなことを考えてしまった。と、

 

『願いはかなえてやった』

 

頭上から声がする。見上げると、そこにはインスタントシェ〇ロンの姿があった。今まで空気を読んで口を開かないでいてくれたのだろうか。何とも気配りのできる龍である。と、

 

『では、さらばだ!』

 

インスタントシェ〇ロンの姿が光へと変化し、それと同時に七つの…インスタントドラゴ〇ボールが同じく発光しながら浮上した。本来ならばこの後は七方向に飛んでいくのだがこれはそうはならず、空中で砕けて粉々になってしまったのだった。と同時に、真っ黒な空は瞬時に青空へと戻る。

 

「あー、壊れちゃいましたね。まあ、私の自作ですし、今回限り使えればよかったから大した問題はないでしょう」

 

寧ろ、この世界にドラゴ〇ボールが実在されたらそれはそれで非常に面倒なことになるのは間違いないので願ったり叶ったりの結果ではあるのだが。と、

 

「先生」

 

不意に、背後から耀哉に声を掛けられた。

 

「はい?」

 

抜作が振り向く。そこには、耀哉、あまねだけでなく、柱の全員が平伏している姿があった。

 

「何とお礼を申し上げればよいのか…」

 

そして耀哉が深々と頭を下げた。それに倣うようにあまね、そして柱たちも次々に頭を下げる。最初はなんだこの礼儀知らずで胡散臭いアホ面はと思っていたが、こんな奇跡を見せられてはもう心服するしかなかった。さすが耀哉があれだけ言うだけのことはあると、耀哉以外の面々が思っていた。

 

「いえいえ、もしかしたらダメだった可能性もありましたからねぇ。まあ、運が良かったと思ってください」

「いえ、先生ならば必ずどうにかしてくれると思っていました」

「はっはっはっ、照れますねぇ。もっとお願いします」

 

また表情を赤らめて気色悪く身体をくねらせたが、今だけはそれも笑って対応できるあまねと柱たちだった。と、

 

「では産屋敷くん」

 

気色の悪い恍惚を終えた抜作が、耀哉に話しかける。

 

「はい、先生」

「交換条件として、一つ頼みを聞いてくれませんか?」

「私は先生と違い出来ることには限りがありますが、私に出来る範囲のことであれば何なりと」

 

その耀哉の返答を聞いた抜作がうんうんと頷く。そしてクルッと振り返って耀哉たちに背を向けると同時に口元に手を添え、

 

「天地く~ん、天地く~ん」

 

と、その名を呼んだ。すると直後、

 

「はーい、先生」

 

何処からともなく声がする。新たな登場人物に柱たちがキョロキョロと周囲を見渡す中、その人物はどこからともなく颯爽と現れた。

 

(これはまた…)

(負けず劣らず…)

(何とも…)

(アホっぽい顔してるな…)

(というかこの男…)

(一体何処から…)

(現れやがったんだァ…?)

(不思議だぜ…)

 

そんな感想を抱きながらその人物、『天地無用』をほけーっと見ている柱たち。と、

 

「はい」

 

天地くんは何かを持っており、それを抜作に手渡した。

 

「どーもご苦労様」

 

それを受け取った抜作が労いの言葉をかける。

 

「いーえー。それじゃあ、僕はこれで失礼しますね」

「はい。気をつけてくださいね」

「はーい」

 

元気よく手を挙げると天地はいつものように両手をズボンの中に突っ込み、そしてこれもいつものように小走りして何処かへ走り去ったのだった。

 

『……』

 

台風一過のようなその状況に呆然としている耀哉たち。と、

 

「はい」

 

抜作が耀哉に近寄ると、天地から受け取ったその何かを耀哉に渡したのだった。

 

「これは…赤子?」

 

それを受け取り、目にした耀哉が思わず声を上げた。抜作から渡されたのは、二人の赤子だった。

 

「はい」

 

抜作が頷く。

 

「その子たちの養育をお願いします」

「養育…ですか。わかりました、それならば私にもできます。先生のお申しつけ通りに」

「やあ、よかった」

 

抜作がホッと胸を撫で下ろす。

 

「幸せにしてあげてくださいね。その子たち、産屋敷くんたちに関わりがない子じゃないので」

「は?」

 

どういうことだろうと首を捻る耀哉。赤子の顔を見ながら、他の面々も同じように頭上に?を浮かべる。そんな中、

 

(! こいつは…)

 

一人だけ、その言葉の意味が何となく察せた人物がいた。音柱として復活した宇随天元である。その赤子の顔に…正確に言えば赤子の顔にある、あるものに見覚えがあったからだ。

赤子は男と女だった。まだ赤子故に成長してからの美醜はどうなるかはわからない。だが少なくとも、女の赤子は美しく成長することが約束されているように思えた。そして…男の方の赤子には顔面に赤い痣があったのだ。その姿があの二人を思い出す。だからこそ、天元は赤子たちと抜作の間で何度も視線を往復させたのだった。

 

(…いや、考えてみりゃあ俺の左手と左目…それに恐らくこの人はお屋形様の身体も直してくれたんだろう。それを考えりゃ、別に不思議でもねえのか。派手にあり得ねえことではあるんだけどな)

 

とはいえ、そのあり得ないことが起こったのもまた事実。であれば、この二人があの二人の生まれ変わりかもしれないこともまたあり得ることではある。天元はそう考え、この事実は自分の胸にしまっておくことにした。この二人は限りなくあの二人の生まれ変わりだと思えるが絶対にそうだとは言い切れないのもまた事実であり、何より赤子を目の敵にするような真似はできなかったからだ。と、

 

「さて、それじゃあ用も済んだことですし、そろそろお暇しましょうかね」

 

うーんと伸びをすると、抜作はそう耀哉に伝えたのだった。

 

「いえ、先生。ここまでしていただいて何の返礼もしないわけにはいきません。是非もう少し滞在いただけませんでしょうか」

「いやぁ、気持ちは嬉しいんですけどねぇ」

 

赤子をあまねに手渡した耀哉が引き留めたが、抜作は首を縦に振らない。

 

「他にもちょっと様子を見てきたい人たちがいるんで」

「しかし…!」

 

耀哉が食い下がる。耀哉にしては珍しい光景だったがそれでも抜作は首を縦に振らない。

 

「まあ、そのうち暇ができればまた来ますから」

「そうですか…」

 

変わらない抜作の返答に、耀哉が残念そうに溜め息をついた。

 

「せっかく先生にお訪ねいただき、このような奇跡を施していただいたのですから、もう少しゆるりと言葉を交わしたかったのですが…」

「まあ、それはまた次の機会にということで」

「…かしこまりました」

 

残念ではあるのだが、ここまで言っても意見が変わらない以上、もうどうすることもできない。仕方なく耀哉は諦めることにした。

 

「ああ、そうそう」

 

そんな耀哉を見ていてあることを思い出した抜作がポンと手を叩く。

 

「肝心なことを言うのを忘れていました」

「肝心なこと…なんでしょうか?」

 

耀哉が首を捻った。が、その表情は次の抜作の言葉によって驚愕に彩られることになる。

 

「ええ。ここに来る前に産屋敷くんたちが戦っている連中の本拠地へと寄ってきました」

「な!」

『ええっ!?』

 

その一言に、耀哉だけでなく柱たちも驚きを隠せない。だがすぐに更なる驚きに上書きされることになる。

 

「四番目と五番目は単行本を読んでこの時点で退場してることがわかってたんで適当にあしらっておきましたけど、三から上の方たちとはちょっと遊んできました。みんな誰かしらに因縁があるから排除はしなかったですけど、程度の差はあれ心はへし折っておきましたんで、実際に戦うときには少しは楽になるはずですよ」

「なんと…」

 

耀哉は茫然とした表情で呟いた。自分たちの総力を挙げても杳として掴めない鬼たちの本拠地に行っただけではなく、有形無形の形とはいえ上弦の参以上の戦力を削いだと言うのだ。呆然となるのは当然のことだった。そしてそれは、柱たちもまた同じことである。

 

「では、そろそろ失礼しますね」

 

そんな耀哉をはじめとする面々の様子などお構いなしに抜作はいつもの高笑いをした。そしてそのまま、生身で空を飛んで消えていったのだった。

 

 

 

「お屋形様…」

 

空を飛んで去っていった抜作を唖然として見送っていた耀哉以下の面々。その中で一早く復活したのは行冥だった。

 

「行冥、どうしたのかな?」

 

声を掛けられて己を取り戻した耀哉が尋ねる。その声はまた他の柱やあまねも再起動させることになり、全員の視線が行冥に注がれる。

 

「真偽のほどはわかりませぬが、先ほどのお屋形様の先生からのお言葉。誠のことならば今はまたとない好機なのでは…」

「うん。そうだね。そのことも含めて、これからもう一度会議を行いたい。いいね?」

「御意」

『ははっ!』

 

他の柱たちも同意する。そして三々五々、屋敷へと向かい始めた。耀哉も柱たちの後を追って屋敷に向かい始める。が、少し進んだところでその歩みを止めた。そして振り返ると、抜作が消えていった彼方を見つめる。

 

(ありがとうございました、先生。我らが本懐、必ずや果たしてみせます)

 

そう決意を新たにすると、耀哉は柱たちの後を追ったのだった。

 

 

 

 

 

「先生、お帰りなさい」

 

一方その頃、抜作が久しぶりに目を覚ました際に寝ていたときと同じ、何処ともつかない空間でその抜作を出迎えた人物がいた。言わずと知れた天地である。

 

「やあ、天地くん」

 

いつものように抜作が手を挙げて答える。

 

「待たせましたか?」

「いーえー、そんなことないですよ」

「そうですか。じゃあ、行きますか」

「そーですね」

 

そして二人は肩を並べてその異次元空間を歩き出した。

 

「でも先生、よくあの二人をこっちの世界に戻せましたね」

 

その道すがら、天地がしゃべり始めた。

 

「こう見えても、閻魔大王は知り合いですからねぇ。地獄まで直談判に行ったら、快く応じてくれましたよ」

「さすが先生」

「はっはっはっ、照れますねぇ」

 

また抜作が顔を赤らめ、後頭部をポリポリと掻いたのだった。

 

「それにあの二人は先の人生では悲惨でしたからねぇ。次はせめていい目を見てほしいじゃないですか。お兄さんの方も戦いのときに言ってましたしね、『禍福は糾える縄の如し』って。先の人生が悲惨だった分、次は幸せになるべきですよ」

「そーですね」

 

普段の言動からでは予想もつかない抜作のセリフだが、これでもやはり教育者のはしくれなのである。どれだけ普段の言動がアホで変態で常識など一切通用しなくても、やはり教育者なのであった。

 

「でも先生、僕もう一つ気になってることがあるんですけど」

 

再び天地が質問をする。

 

「何でしょう?」

「あの人どうして二つ目の願いに、『鬼に殺された人を生き返らせてくれって』言わなかったんでしょうか。そうすれば、死んじゃった皆さんにも再会できるのに」

「そーですねぇ…わかりませんけど、たぶんそれは無理だと思ったからなんじゃないですか?」

 

耀哉の心中などわかるはずもないが、抜作はそう推論した。

 

「どんな願いもとは言ってましたけど、流石に死んだ人を生き返らせるのできっこないと判断したのかもしれません」

「もったいないですねー。言うだけ言ってみればよかったのに」

「まーそーですけど、それがかなってしまったら、それはそれで変な方向に話が進んじゃうじゃないですか。ですから、大いなる意志という名の作者の意向が産屋敷くんに働いたんじゃないですかねぇ」

「成る程ぉ…さすが先生」

 

存分にメタいことを言っているが、相手が抜作先生ということでご容赦。そうしている間にも、二人はヒタヒタとその空間を進む。

 

「ところで先生、これからどうしますか?」

「そうですねぇ…」

 

歩きながら抜作が顎に手を当てて考えた。が、直後、

 

「爆霊地獄 ( ベノン )」

 

の音と共にその頭が爆発した。が、そのまた直後に何事もなかったかのように復活する。

 

「いやあ、久しぶりに爆霊地獄 ( ベノン )を披露してしまいました」

 

何事もなかったかのように復活するが、その頭部はフランケンシュタインの身体のように継ぎ接ぎになっていることをここに記しておく。

 

「大丈夫ですか? 先生」

「はっはっはっ、なんのなんの」

 

そう言って呵々大笑する抜作。その頭はもう既に綺麗に元の形に戻っていることも同様に記しておく。

 

「とりあえず、懐かしい人たちの顔を見に行きましょうか。私が連載していた当時のジャンプの掲載作品の中で、今の時代にも再び復活、あるいは派生という形で活動している方々が結構いるみたいですからねぇ」

「わかりました」

 

頷いた天地を引き連れ、抜作は目的地へと進む。

 

「最初は誰にしましょうかねえ…。やはり、直接の復活を遂げたキン肉族の王子のところにしましょうか…それとも今もちょこちょこ復活する両津巡査長にしましょうか…男塾に行くのも聖域に行くのも面白いですし、ジョースター家の血縁に会いに行くのも捨てがたいですしねぇ…それとも、勝手にドラゴ〇ボールを造ったことを謝りに行きましょうか…。悩みますねぇ…」

 

悩みは尽きない。そうしながら、二人は何処かへと去っていったのだった。

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