アゼルバイジャンのバクー研究所は世界をを構成するコードを解析することによって過去に失われた書物を修復することを目的とした「第22次サルベーション作戦」を行ったが、その中で彼らは思いがけない物語に遭遇する。

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第22次サルベーションにおける《マリアによる福音書》についての簡易的な報告書

報告者:バクー研究所所長 サフラ・エフェンディエフ

日付 :8月8日、2021年

 

 1969年ジュン・シブサワによって提唱された世界の最小単位はプログラミング言語のような記述体系だとする《記述性世界説》を基に、人為的ないし自然的要因によって過去に失われた書物の発掘および回復を目的とした《サルベーション作戦》、その22回目がバクー研究所の我々研究チームによって行われ、その過程で我々は1125年クタイシ帯、ゲラティ修道院にて謎の物語を解析した。例によって思いもよらぬ書物のサルベージは別段珍しくもないのだが、今回ばかりは前例を見ぬ事態だった。

 

 というのも、言うまでもないことだが、書物がサルベージされるアドレス空間では本来その書物が置かれていた状況が記述(コーディング)されている。著者自身が書いている瞬間、誰かが寝る前にベッドの上で読んでいる情景、書架の中で眠っている状態、といった具合に。本が映った写真から、その本の内容を解読していく。それが我々の仕事だ。しかしながら今回はそういった周辺の状況ではなく、ただ物語それ自体のみが時空連続体構成言語(コード)に刻み込まれるようにして存在していたという。これはコードに何者かが直接的に干渉したことを示している。にわかには信じ難いことだ。

 今回のように単独で存在する物語のサルベージだけでも大発見だが、解析された物語――我々はこの物語を『マリアによる福音書』と呼ぶことにした――は多くの情報を与えてくれる。

 

************

 

 わたしは世界の色というものを見たことがない。もちろん、聖体礼儀に使うブドウ酒が赤いことやマルタの瞳が薄い青色だってことは認識している。わたしの知る世界は、言葉で構成されていた。教会堂に描かれたイコン、修道院から見える山々や村々すべてが言葉――それはわたしが知るものではなかったけど、理解することはできた――で記述され、わたしにとって世界は見るものではなく読むものだった。わたしが彼らと同じように世界を美しいと感じても、皆が見ている世界がどんなものなのか、わたしは知らない。

 

「わたしは病気なの?」ずっと昔、ゲラティ修道院長にして《特異点計画》の指導者マルタに一度だけ訊いたことがある。

「違うよ、マリア」実験体S-2。それがわたしの名前で、イカルトリエのアルセン様のような科学者や修道士の皆はそう呼んでいたのに、マルタだけがわたしのことをマリアと呼ぶ。わたしたちは姉妹だって。「お前は特異点といって、世界の真実に迫ることのできる数少ない人間の一人なんだよ」

「世界の真実って?」

「ヨハネによる福音書第一章、一節から三節まで暗唱できるかな?」

元始(はじめ)(みことば)()りき。言は神の御許(みもと)に在り、言は神にてありたり。これ元始に神の御許に在りたるものにして、万物これに()りて成れり、成りしものの(ひとつ)も、これに由らずして成りたるはあらず」

「よくできたね」そう言って彼女は微笑みながらわたしの頭を撫でる。彼女の手からはブドウ酒の香りがした。彼女には修道院のブドウ酒を盗んで飲む癖があったから、また内緒で飲んでいたに違いない。「世界は言葉で構成されている。お前が見ているものは、その言葉そのものなんだよ。この言葉を読めた人間は、かのイエス・キリストだけとされている。お前は特別なのさ、マリア。我が妹よ」

 

「かつて光は目からの放射物が物体に反射されて目に戻ってくることによって知覚されると考えられていたが、イブン・アル=ハイサムは太陽や祭壇の火のような光が直接的、あるいは物体に反射して間接的に、目の水晶体へと垂直落下することによって知覚されると示した」

 常にわたしの興味は光や色についてであって、マルタの関心もわたしのそれらに対する知覚と認識にあったから、彼女はよくわたしに光や色のことをいろいろと教えてくれたけど、彼女は物事を分かりやすく説明する能力に欠けていたから、理解するのにずいぶんと時間を要することが多々あった。

 

「光には有限の速度があって、つまり目に見える色というのは――限りなく現在に近い場合もあるけれど――過去からやってくるんだよ」

「じゃあ、未来から色が届くことはないのかな?」

 うぅん、と彼女は少し悩んで口を開く。

「我また見たるに、別に天より下る(ひとつ)の強き天使ありて、身には雲を纏い、頭には虹あり、その顏は......いや、これは例として不相応か?」

「それは?」

「ヨハネの黙示録だ。異端の書ではあるが、預言としての意味を含んでいる。つまり、(みことば)の中にある未来の事象が神よりイエスを通してわたしたちの使う自然言葉に翻訳され語られたものだ。例が例だったが、過去に色彩を送ることも可能かもしれん」

「わたしにもできる?」

 マルタは少し驚いた顔をしていたが、すぐにいつものような穏やかな顔に戻って、わたしの頭を撫でる。この日もまた、ブドウ酒の香りがした。わたしの知る限り、彼女が盗み飲みしなかった日は一日しかない。遠方からやって来た客人を(もてな)した分、控えたのだとか。

「今はまだ無理かもね。でも、お前はまだ成長段階にあるから、いずれ、いずれできるようになるさ。お前は......わたしの妹だからな」

 

 わたしは彼女の顔のように穏やかな時を過ごしていた。きっと、彼女の微笑みがわたしの日々をそうしてくれたのだろう。ただ、繰り返される実験とわたし自身の成長はわたしにいくつかの変化をもたらした。それも大きな変化を。

 

 視覚だけでなく、その他の感覚も言葉として記述されるようになり、それに伴って知覚がわたしの中から欠落した。例えば雷のような大きな音は音の形と大きさが記述され、わたしはそれをうるさいとまるで他人事かのように認識する。それが最初の変化だった。

 第二の変化は、マルタも知り得ぬことで、未来が視えたことだった。次の実験の内容や彼女がいつブドウ酒を盗んでいるのか、しばらく先の未来が視えた。だがその一方で、わたしは未来を知り得なかった。わたしは石に躓いて転ぶことが分かっていても、それを避けることができない。意識の働く場所(ワーク・スペース)は隔てられ、自分が二人いるかのように。

 そして、少し面白い三番目の変化が起きた。わたしは万物を支配した。病を癒し、水の上を歩いて、水をブドウ酒に変えた。しかし、むやみやたらにそんなことをできる訳ではなかった。未来に抗えないという制約がわたしにそうさせたのだ。

 こうして、わたしはイエス・キリストのように(みことば)を読み書きできる権能を得た。

 そして最後に、わたしは言と一体化した。あらゆる場所と時に普遍的に存在したが、誰にも知覚されなくなった。わたしは確かに世界に存在するのに、人々の認識できる世界の範囲の中に、わたしはいなかった。

 修道院のほとんどの人が慌てふためいていたが、マルタだけはいつものようにブドウ酒を飲んで、穏やかな顔をしていた。

 

 お姉ちゃん。

 

 彼女の横に座り、そう呟いてみる。それは音にならない呟き、伝わらない言葉。でも、それで良かった。

あなたの勝利を祝して(ガウマルゾス)。マリア、我が妹よ」彼女は(くう)に向かって酒杯(カンツィ)を掲げると、ブドウ酒の香りが虹のように広がる。

 その中に、わたしは過去へ送るための色彩を作り出す未来の自分を見た。その色彩はイコンやこの国の風景のように荘厳なものではなく、例えば顔料を溶かしたいくつもの水を石の上にばらまいたような、単なる色の羅列でしかなかったけれど、それに意味を与える必要はなかった。大事なのは、過去にいる誰かがこの未来からの色彩を受け取ることなのだから。

 青、赤、白、黒。

 わたしは色を記述し始める。そのときのわたしは、姉のように微笑んでいた。

 

************

 

 この物語はジュン・シブサワが提唱した《記述性世界説》の証明と言っていい。世界が言語体系で構成されていること、その記述は始まりから終わりまでが既に記述してある運命論的であること、そしてコードを操れる特異点が存在すること。その総てをこの物語に見ることができる。

 

 第1次サルベージのデータによれば、西洋社会において教会権利の肥大化によって科学の神学からの分離が必須と考えられるようになるまで、言語が世界の構成因子であるという考え方は科学技術の発展に大きく貢献していた。この『マリアによる福音書』から察するに、グルジア連合王国では西洋文化とイスラーム文化の両方を融合させることで、近代以前で最もコードという存在に近づいた国家だったのだろう。

 おそらく、この時代のグルジアには我々にとってより有益な情報が眠っているに違いない。

 しかし、それは早急に調査すべきものではなく、むしろ次のことのほうが大事だと思われる。つまり、今から1000年前のゲラティ修道院はシブサワによって理論上存在し得ると示唆された特異点の製造にも成功し、その特異点がコードへの直接干渉を可能としていたことを鑑みれば、技術水準不足のためにかつて凍結された《アーカイブ計画》、物語を直接コードに書き込むことによって今後起こりうるかもしれない書物の大量破壊に備える計画が、この特異点の製造をもって再び稼働させられるということである。しかし、製造過程や特異点の性質に関する詳細は記述されていない。我々はより深い知見を得る必要がある。

 我々は現在、ゲラティ修道院および付属学院が建設された当初の1106年クタイシ帯にてサルベージを実行している最中である。

 

 また、これは我々の関心事ではないにしても、《未来からの色彩》はいまだ確認されていない。

 

報告確認署名

 

欧州評議会

   アナマリア・ヴェイユ  

 

 

 アンソニー・ホフスタッター 

 

 

               


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