大詠師の記憶   作:TATAL

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アライズが楽しいので初投稿です

投稿ペースについてですが、展開が思いつき次第文字起こししてるようなものなので非常に不安定です。妄想力が続く限りは週刊ペース以上をキープするつもりです。

拙作に感想を頂いて手が震えながらも書いていきます。頂いた感想については全て読ませて頂いているのですが、一つ返信するのに時間が恐ろしくかかる遅筆のため、感想に対しては本編の更新で応えようというストロングスタイルです。申し訳ございません。

それと誤字報告をしてくださる方に感謝を。推敲しているつもりでも書いてるうちに脳が溶けているので見落としてしまっています。

今後ともよろしくお願いいたします。

日課の日刊ランキング漁りをしていたら拙作を発見して仰天しました。アビスは根強いファンがいるのだと嬉しくなりました。


光の都と私

「遂に来ましたか……」

 

 いつも通りの朝。いつも通りの執務室。だが椅子に座る私は、表情には出さないものの激しい動悸を感じていた。

 きっかけはキムラスカからもたらされた一通の書簡。

 

 バチカルにて公爵家嫡男、ルーク・フォン・ファブレが謎の襲撃者に襲われ、行方不明。

 

 書簡の中の一文が指し示すのは旅の始まり。ティアがファブレ邸を訪れ、ヴァンを襲ったのだろう。そしてルークがそれを防ぎ、二人の間に起きた超振動が彼らをタタル渓谷に飛ばしてしまった。

 キムラスカとしてはたまったものではないだろう。何せ預言(スコア)に示された年に、その要となる青年が行方不明になってしまったのだから。キムラスカは預言(スコア)に約束された繁栄のために、彼にはその時まで生きていてもらわなければいけない。だから私を呼ぶのだ。預言(スコア)によってルークがその時まで生き長らえていることを確認し、安心するために。

 

「ハイマン君に詠師オーレルを呼んでもらわなければいけませんね」

 

 以前の約束通りに彼はバチカルに連れて行かねばなるまい。私がバチカルに赴く目的の半分は彼のせいで達成できないかもしれないが、もう半分の目的はこの機に是が非でも達成しておかなくてはならない。

 

 ルークの父親、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレの真意、それを確かめるという目的を。

 

 


 

 

「いやはや、相も変わらず雅な都市ですなぁ」

 

 バチカルという都市は縦に広がる世界でも類を見ない都市であり、人々は街の各所に設置された空中ゴンドラに乗って行き来する。バチカルの港から街へと昇る空中ゴンドラに揺られながら、詠師オーレルは上機嫌に街を見渡していた。彼と交流の無い人間であっても、今の彼が浮かれているのは一目で分かることだろう。

 

「モース様も座っていないで景色を眺めませんか? 何度見ても素晴らしい」

 

「遠慮しておきます。あなたは随分と楽しそうですね」

 

「それはそうでしょうとも。始祖ユリアの遺志を継ぐ者としては無理もありますまい。むしろモース様はよくご自身を律していらっしゃる」

 

 大袈裟に両手を左右に広げて語る彼は根っからのアジテーターなのだろう。今このゴンドラに乗っているのが私と彼、教団の預言士(スコアラー)、護衛の神託の盾騎士団員数名と、身内しかいないというのに彼はここが演台と言わんばかりに身振り手振りを交えて話す。

 

「こうしてキムラスカに請われて預言(スコア)を詠む度に私は始祖ユリアの偉大さを噛み締めるのですよ。彼女の遺志を継いだ教団で詠師となった私自身が誇らしくて仕方ない。始祖ユリアの威光はかの大国をもひれ伏さざるを得ない、とね」

 

「あくまで我々はこの世界で迷う人々が少しでも良い選択が出来るように預言(スコア)を詠むことが生業です。ユリア・ジュエの威光を笠に着ることがローレライ教団のすることではありませんよ」

 

「もちろんです。始祖ユリアの教えの通り、人々が従うべき預言(スコア)を授けることが我らの使命。忘れたことはありませんとも」

 

 違う、と言いたい。ユリア・ジュエが彼のような思想で人々に預言(スコア)を遺したのではないと私は信じている。かつて終わらぬ戦争の中で、ローレライと契約を交わした彼女が望んだのは、隣を歩く人が笑っていられるような、そんな些細な幸せが踏みにじられないような世界だったと信じたい。少なくとも、今目の前で口を大きく歪めて笑い、ぎらつくような権力欲を目に漲らせている男とは異なる思想であったと思いたいのだ。

 

 ゴンドラを乗り換え、昇降機によって辿り着いた先はこの国の最高府。グランコクマの王宮が見るものの目を奪う美しさを持っているのに対し、バチカルの王城は見るものに圧し掛かるような威圧感を与える。重苦しい扉を潜り抜け、謁見の間に待っていたのはインゴベルト六世を始めとするキムラスカの重鎮達であった。

 

「ローレライ教団、大詠師モース、詠師オーレル。キムラスカ・ランバルディア王国の要請を受け馳せ参じました。インゴベルト六世陛下にお目通り叶いまして光栄の至りでございます」

 

 護衛の騎士団員は謁見の間に立ち入ることを許されていない。この場にいるのは私と詠師オーレル、そして教団から連れてきた預言士(スコアラー)の三人である。私の言葉に合わせ、私を含めた三人は玉座に腰かけるインゴベルト陛下に対して膝をついた。

 

「よい、面を上げよ。よく召喚に応じた。此度の召喚の理由については把握しているな? 早速頼む」

 

 陛下の言葉に、私たちは揃って顔を上げる。私が預言士(スコアラー)に目をやって促すと、預言士(スコアラー)は一歩前に進み出てから第七音素(セブンスフォニム)を励起させた。

 

 

 朗々と預言(スコア)を詠みあげる声が止むと、謁見の間にはどこか弛緩したような空気が漂っていた。

 

「ふむ、此度の失踪によるルークの死は預言(スコア)には無いようだな」

 

 インゴベルト陛下は、そう呟いて安堵のため息を漏らした。死ぬべき時に死ぬために今生きていることを安堵する。どこまで残酷なことだろう。ましてやルークは生まれてからまだ7年しか生きていないというのに。

 

預言(スコア)には聖なる焔の光の死は詠まれておりません。ですので彼の捜索を積極的に推し進めるべきかと愚考いたします」

 

「既に始めておる。だがルークが飛び去ったのはマルクトの方角という。流石に国境を越えて軍を動かすわけにもいかん。その場に立ち会っていたヴァンに旅券を持たせてマルクトへと送るのが精一杯だ」

 

 やはりそうなったか。私は舌打ちしたくなるのを何とか抑えた。ここで文句を言っても仕方がない。キムラスカからしてもマルクトとの緊張が高まっている段階で不用意にキムラスカの軍人をマルクト領に入れたくはないだろう。それにヴァンは導師イオンの捜索という名目でキムラスカとマルクトを自由に行き来することが出来る上に、ルークが最も信用している人間だ。彼にルークの捜索を任せるのはキムラスカにとっては極々自然なことだ。とはいえ、そうやってルークを連れ戻させてヴァンは拘束してしまうあたり、為政者としての狡猾さもしっかりと見せているから陛下は食えない男だ。

 そしてこの一手によって、ルークがヴァンに取り込まれてしまうことが確実なものとなってしまった。慣れぬ環境に惑い、見た目にそぐわぬ幼さを見せる彼は導師イオン以外の仲間から不興を買い、その傷にヴァンが付け入ってしまう。アクゼリュスの悲劇は、この時点で決まってしまっていたのかもしれない。

 

「……そうですか、ではそちらはヴァンに任せるしかありませんな」

 

「インゴベルト陛下、大詠師モース。差し出がましいとは存じますが、私にも発言の機会を与えて頂けますかな?」

 

 私の言葉尻に被せるようにして、問題の男が口を開いた。ここまでついて来た以上口を挟まないわけがないとは思っていたが、予想以上に積極的だ。

 

「詠師オーレル、控えなさい」

 

「よい、モース。オーレルと言ったか、申してみよ」

 

 制しようとした私をインゴベルト陛下が遮り、オーレルを促した。預言(スコア)を重視し過ぎるきらいがあるとはいえ、基本的に陛下は善性の人間だ。だからこそ本来なら無礼なこの振る舞いも一度は許容する。

 それを知ってか知らずか、もしかしたらその嗅覚で嗅ぎ付けたのかもしれないが、オーレルは笑みを深めると、歩を進めた。

 

「ではお言葉に甘えまして。この場にいる方はご存知の通り、現在のキムラスカとマルクトの緊張状態は過去最高といっても過言ではありますまい。民たちはそれを敏感に感じ取り、日夜不安を感じていることでしょう。民の不安を和らげるためにも、兵たちを動かすべきではと愚考する次第であります」

 

 表面上は民を慮った発言。だが、その裏にある意図はおぞましいものだ。

 

 戦争の準備をせよ。国境の兵を厚くし、宣戦に備えよ。

 

 彼の発言は、私にはこのように聞こえた。

 

「キムラスカ、マルクトを問わずダアトには不安を感じた民たちが日夜押し寄せております。今は大詠師モースの取り計らいによってダアト周辺に何とか住まわせることも出来ていますが、それもいつまで続くことやら……、ローレライ教団としても、ダアトに住む一市民としても民たちが安心して暮らせるようになることを願うばかりでございます」

 

 彼の演説は聞くものを惹き込む力を持っている。時に感情的に、時に冷徹に、発する言葉に巧みに自らの感情を織り込み、聞くものの心に働きかける。更に言っていることが大袈裟であるものの嘘とまでは言えないこともまた彼の言葉が力を持つ理由の一つだ。

 腹を揺らし、両手を広げ、言葉を紡ぐ彼を止めるものは誰もいない。

 

「ダアトを発ち、バチカルへと至った私めはバチカルの荘厳な街並み、そこに住まう人々の笑顔にインゴベルト陛下の治世の素晴らしさを目の当たりにした思いです。その陛下のご威光が国中に広がれば、今の不安に怯える国境の民も安心して夜を眠れることでしょう」

 

 最後は大袈裟にお辞儀をして締めくくった彼は、舞台をやり切った演者のように息を切らしていた。

 

「……ふむ、オーレルとやら。お主の言いたいことは分かった。確かに国境近くに住まう民が不安を覚えていることは私も感じている」

 

 陛下はそう言ってオーレルの言を認めつつも、だが、と言葉を続けた。

 

「この緊張状態はマルクトも同様。今ここで私がゴールドバーグ将軍に命じて兵を動かせば、それこそが引き金となって戦乱を巻き起こしかねん。ルークも戻っておらぬ今、そのような危ない橋を渡る必要は感じられんのだよ」

 

 こう返されることは私にとって当たり前であったし、詠師オーレルにとっても想定内のはずだ。それでも彼が今ここで進言した意図は何か。彼は陛下の言葉を受けても自信に満ちた笑みを崩すことはなかった。

 

「そうです。懸念点はルーク様が戻っておられぬということ。ですが陛下、ルーク様の出奔についてどうにも私は疑わねばならぬ人物がいると言わざるを得ないのです」

 

「ほう? ファブレ家の使用人はルークはヴァンを狙う謎の刺客からヴァンを庇い、爆発のようなもので飛ばされたと申しておったが」

 

「そこですよ。何故、神託の盾騎士団の主席総長ともあろうヴァンが、彼の教え子であるルークに庇われるのでしょう。刺客など、ヴァン一人で対応出来たはずではありませんか」

 

「屋敷に潜り込んだのは第七音譜術士(セブンスフォニマー)であり、謎の術で身動きが取れなかったとヴァンは言っておった」

 

「ではルーク様だけが動くことが出来たと? 何とも不思議な話ですな」

 

 その疑いについては陛下も考えていることだろう。だからこそルークを連れて戻った際にヴァンが拘束されたのだから。まさか記憶の中では私がこの進言をしてヴァンを拘束させたのだろうか。

 

「……何が言いたい、詠師オーレル」

 

「ヴァンとその刺客は繋がっていたかもしれませんぞ。ルーク様を出奔させるためにヴァンが一芝居打ったとは考えられませぬか? ……そしてその裏に糸を引いた者がいるとも」

 

 彼が付け足すように呟いた一言に、私は何故か背筋に怖気が走った。思わず顔を上げて彼を見据えると、彼もまたこちらを見ていた。その目にいつか見た権力欲をぎらつかせながら。

 

「ヴァンは神託の盾騎士団の主席総長として、ローレライ教団の大詠師モースと日頃から密に連絡を取り合っておりました。ヴァンがルーク様の出奔に関わったとするなら、大詠師モースがそれを知らぬとは私にはどうしても思えませぬ。お二人は教団内でも普段から秘密の会合を行っているようでしたからな」

 

 その言葉に私は今更ながらに彼の意図を察した。彼はルークの失踪を最大限に利用して自らの権力を拡大する気だ。ヴァンと私、神託の盾騎士団とローレライ教団の実質的な2トップを追い落とせば、次にお鉢が回ってくるのは教団内の最大派閥である大詠師派で急速に力をつけた自身だ。

 彼は望んでいたのは預言(スコア)の成就だけではなかった。それを成し遂げたのが自分であるという名誉。教団の歴史に名を刻み、揺るがぬことのない地位すらも、彼は求めていた。

 

「私はこの大詠師モースこそがルーク様の出奔の糸を引いていたと進言いたしますぞ! ヴァンと共謀してルーク様を掌中に収め、預言(スコア)を盾に偉大なる陛下の治める王国を支配せしめんと!」

 

 私に振り返った彼の顔は、まるで記憶の中の私のような、欲に溺れた醜悪な笑みを浮かべていた。


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