大詠師の記憶   作:TATAL

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●三人の強敵と私

 ケセドニアでの会談を終えた私達は、この場で略式ながら調印式まで済ませることが出来た。両国のトップと導師イオン、そしてアスターの署名が記された原本はケセドニアにてキムラスカ、マルクト両国の厳重な警備の下で管理される。そしてその写しをインゴベルト、ピオニー両陛下と私がそれぞれ所持することになる。両陛下はそれを持ってバチカルとグランコクマに戻り、私もルーク達と共にダアトに一旦帰ることになった。

 

「ルーク達について行くなら僕達だけじゃなくて他にも説得すべき人がいますよね?」

 

 とは導師イオンの言だ。彼の表情こそ笑顔だったが、そこに妙な迫力を伴っていたことから、まだこの子は私がルーク達と共に行くことを心の底では納得していないことがよく分かる。しかし、導師イオンの言う通り、私が説得すべきはルーク達や導師イオンだけではない。もしかしたらそれ以上の難敵がダアトには待っている。

 

「なあモース」

 

 そして空の上、アルビオールの艇内で、私の隣に立つルークが声を掛けてきた。

 

「おや、どうしましたか、ルーク」

 

 声につられ、ルークへと視線を向ける私。彼の表情はどこか気まずそうで、私に声を掛けたものの次の言葉を探しあぐねているように思えた。

 

「その、なんていうか……。言いにくいんだけどさ、大丈夫なのかなって」

 

 暫しの逡巡を挟んで放たれた言葉は要領を得ないもので、私は首を傾げて彼を見つめる。

 

「大丈夫、とはどういう意味です?」

 

「……あー、くそ! ディストから聞いたんだけどよ、モースにはもう、記憶が無いんだろ? 預言(スコア)とは違う、この世界の未来の」

 

 ルークの言葉に、こちらに視線を向けてはいないものの、アニスや導師イオン、ティアの肩がピクリと震えたのが見えた。

 

「そうですね。私はフェレス島で疑似超振動を起こし、この身に起こった異変と引き換えに私の原点とも言うべき記憶を失いました」

 

「その、さ、不安じゃないか? 記憶が無いって」

 

 その言葉で、私はようやくルークが何を気にかけていたのかに思い至った。

 

「そうですね、記憶が無いことの心細さ、辛さをあなたほど知っている人はいません。気を遣わせてしまいましたか?」

 

「いや、別にそんなことは……まあ、そうなんだけどよ」

 

 照れくさいのか私から目を逸らしながら、彼は頬を掻いていた。その姿がいじらしく、私は顔が緩むのを抑えられなかった。

 

「あー! 何笑ってんだよ! こっちが心配してんのに!」

 

「いえいえ、馬鹿にしているわけでは無いんです。ええ、大丈夫ですよ。記憶を失ってしまったとはいえ、私は私ですから」

 

 ルークはいきなりある程度成長した姿で生み出され、存在しない記憶と、過去のルークを知る周囲からの認識とのギャップにずっと苦しめられてきた。そして本人も自分という存在の価値を、疑い、自分の居場所を見つけられないまま迷ってきたのだ。まっさらな状態から積み上げてきたルークだからこそ、自分だけが持つ記憶というものがどれだけ大きいのか、価値を持つのかを人よりも知っている。だから聞きたいのだろう、私が私をどう受け止めているのか、同じく迷っているルークだからこそ。

 

「不安になったりしないのか?」

 

「不安、そうですね。以前の私ならば知っていたことが分からない。ヴァンの企みについても最早私の考えが及ぶところにはありません。それが不安では無いと言えば嘘になるでしょう。ですが、私が失った記憶は既に導師イオンも、ジェイドも、ディストも、そしてあなた達も少なからず知っていることです。私自身には記憶はありませんが、それを受け継いでくれる人がいる。だから、不安があってもそれ以上に頼もしくてならないのですよ」

 

 私一人で背負っていたままでは、私は再びあのような暴走を起こしていただろう。だが、今は少なくともあの時ようなことはしない。この子達が私のために泣いてくれると知っているから。

 

「それにね、私は私の存在を()()()()()()()()()()()()で見失ったりしませんよ」

 

「た、たかだかって……」

 

「私にとってはたかだかな出来事なのですよ。私は私一人で今ここに立っているわけでは無いのですから」

 

「? どういうことだよ」

 

 私の言葉の意味を図りかねるのか、ルークは首を傾げている。他の面々も、耳をそばだてているようだが、そちらには気が付かないフリをしたまま私は言葉を続けた。

 

「私が私を知らなくとも、自身の価値を見出せなくなったとしても、あなた達のように私を大切だと言ってくれる人がいる、私の居場所はここだと言ってくれる。自分のしたことにありがとうと言ってくれる、案外そんなことで人って生きていけるんですよ。生きる意味なんて、そんな簡単なことで良いんです。出口が見えないまま彷徨っているように思えるときほど、答えは手元にあるものだと、私は思っていますよ」

 

「彷徨っているときほど答えは手元にある、か」

 

「ええ、だからあなたもアッシュと自分を比べて自分の生きる意味は何なのか、だなんて考え込む必要は無いのですよ」

 

「うぇっ!? そんなに分かりやすかったか……?」

 

「これでもローレライ教団の大詠師ですよ? 人の悩みや迷いを聞いてきた経験値でしたら、中々のものだと自負しています」

 

 先ほどのルークの言葉には、私を気遣う気持ちがあったことは間違いない。だが、それと同じくらいに私が見慣れた色がその瞳に滲んでいた。教団で働いていれば、必ず目にする色だ。それは人生の答えを、預言(スコア)を求めてくる人々の眼に宿っている色。預言(スコア)から外れた存在として生み出されながら、最も預言(スコア)に縛られたルークは、預言(スコア)から解き放たれた世界の中で誰もが抱えるであろう迷いに、最初に直面しているのがルークだ。そして、その悩みに答えるのが、これからのローレライ教団の使命になるのだ。

 

「ルーク。あなたの周りに居る人が、そのままあなたの居場所であり、あなたの生きる意味になっているのだと私は言いますよ」

 

「……そっか、何か変な感じだな、俺が気遣ってたのに、気付いたら逆に気遣われてるなんてさ」

 

「何を言いますか。あなたの気遣いのおかげで、私はまた一つ、生きる意味を見出せたのです。悩んでいる人と一緒に悩めるというのは貴重な才能だと私は思いますよ。どうですか、もしファブレ家に居辛さを感じるのでしたら、全てが解決したらダアトに来ますか? あなたの実力ならば神託の盾騎士団でも、私のように詠師を目指しても成功出来ると思いますよ」

 

「モース様!?」

「ちょ、何を言ってるんだよモース!?」

 

 私がニヤリと笑いながら発した言葉にルーク以上に過敏に反応したのはティアだった。こちらの会話を気に掛けているのは分かっていたが、聞いていないポーズをすることも忘れ、こちらに振り向いて身を乗り出している。

 

「おやおや、盗み聞きとは感心しないですね、ティア」

 

「こんな狭い室内で話してるんですから聞こえますよ!」

 

「おや、それは失敬」

 

「モース、流石に冗談だよな?」

 

「ま、冗談と言うことにしておきましょうか」

 

「モース!?」

「モース様!?」

 

 ルークの問いに私がはぐらかしたような答えを返せば、ルークとティアがそれはもう息ピッタリに反応を返してくれる。何とも仲が良いものだと結婚すらしていないのに親心が出てきてしまいそうだ。もちろん冗談ではあるのだが、

 

「ルークが本気で望めば、私は拒みませんよ。ルークがダアトに来れば、色々と障壁が無くなって嬉しい人もいるでしょうし? 私も楽が出来ますしね?」

 

「嬉しい人って……、いえ、やっぱり言わないでください」

 

「それはもちろんルークとあな」

「言わないで下さい!!」

 

 ティアが大声で私の声を掻き消した。耳まで赤くなっているのだからもはや語るに落ちていると思うのだが、知らぬは本人ばかりなり。ジェイドやアニス達が暖かい目でルーク達を眺めているのもむべなるかな。ケセドニアからダアトまでの空の旅は、終始どこか和やかな雰囲気で進んだのだった。

 

 


 

 

「「「ヤダー――!!」」」

 

 ダアトに戻り、事情を伝えた私に襲い掛かってきたのは翠の三重奏。腰、右手、左手にそれぞれ取り付いたツヴァイ、フローリアン、フィオをどうすることも出来ずに立ち尽くす私と、それを見て生暖かい目を向けているルーク達、そして他人事と思って大口を開けて笑うカンタビレ。誰も私に助け船を出してくれる人はいないらしい。ちなみにシンクはアッシュについて回り、フェムは私の頼み事で別の場所にいるためここには居ない。

 

「ディストからモースが死にかけたって聞いたんだからね! もう危ないことなんてゼッタイゼッタイダメ―ー!」

 

 フローリアンの言葉に腰と左手を拘束する二人も激しく頷いて同意を示す。

 

「イオンも何故許した。兄は悲しい」

 

「モースは口が回る。純粋な弟、騙された」

 

 そしてそのフィオとツヴァイの矛先は導師イオンにも向かう。イオンは二人の厳しい視線に苦笑いを返す。

 

「すみません。でも、兄さん達なら止めてくれると思っていましたから」

 

「もちろん! モースの口車には騙されないよ」

 

「詐欺とはとても人聞きの悪いことを言いますね、フローリアン」

 

 今のこの状態と普段の導師イオンの姿を鑑みれば、どちらかと言えば兄っぽいのは導師イオンの方なのだが、生まれた順番で言えば七番目の彼が兄弟達の中で末っ子に当たるためこの子達の言うことはあながち間違ってもいない。

 

「それにモースは僕達を放置しすぎ。遺憾の意」

 

「育児放棄、良くない」

 

「いえ、放棄しているわけでは……」

 

 ダアトにいるときは可能な限り顔を出して食事を一緒に摂るようにしているし、最近はディスト以外にも彼らの面倒を見てくれる仲間を増やして彼らが寂しい思いをしないように気を遣っているつもりなのだが。

 

「タトリン夫妻は皆さんの面倒をちゃんと見てくれているでしょうに」

 

「パパとママがこの子達の面倒見てるんですかー!?」

 

 アニスが後ろで驚いたように声を上げている。導師イオンについて回っているアニスは知らなかったようだが、外殻大地降下後から日々の仕事に追われた私は彼らに私が不在の間のフローリアン達の面倒を任せるようになっていた。私が肩代わりした借金を真面目に返すために奉仕活動を自粛していたタトリン夫妻にこの話を持ちかけると快諾してくれたために甘えている。もちろんただ働きはさせるつもりはない。彼らの世話にかかる費用は負担しているし、別途給金も支給している。夫妻には断られてしまったため、その分は私が肩代わりした借金の返済に充てるようにしている。

 私は身じろぎ一つ出来ない状態になっているため、首だけを動かして助けを求める。視線を向けた先はこの中で唯一私の味方をしてくれそうな人間。カンタビレだ。私の視線に気づいた彼女は、笑った顔のままで私に近づくと、私の身体にくっ付いている三人をひょいひょいと摘まみ上げてくれた。

 

「「「離せー!」」」

 

「はいはい、このままじゃモースが動けやしないからね」

 

「助かりましたよ、カンタビレ。もう少し早く助けてくれるともっと嬉しかったんですがね」

 

「言ったじゃないか、一人くらい肯定してくれる奴がいても良いってね。困る顔を見て楽しんでたってのは否定しないけどね」

 

 かつての言葉に嘘は無いと、彼女はそう言って笑った。

 

「さて、助けるのは助けたけど、説得はちゃんとしなよ?」

 

「ええ、もちろんそのつもりです」

 

 流石にそこまで彼女に甘えるつもりは無い。私はカンタビレに押さえられてブーブーと文句を言っている三人に歩み寄って腰を落とし、皆と視線を合わせた。

 

「ツヴァイ、フローリアン、フィオ。あなた達に寂しい思いをさせていることは大変申し訳なく思います。何度も辛抱を強いている私が何を言うのかと思われるかもしれませんが、私のワガママを許しては頂けませんか? きっと、これが最後の戦いになるはずです」

 

「……これで最後?」

 

「ええ、約束します」

 

 そう言って目に涙を溜めたフィオの頭を優しく撫でる。

 

「帰ってきたらもうどっかに行ったりしない?」

 

「はい。力不足ですが、私はあなた達の親でありたいと思っています。あなた達が私の下から巣立つときが来るまで、あなた達の止まり木であり続けますよ」

 

 フローリアンが私の肩に顔を埋める。その柔らかな翠の髪に手櫛を通せば、彼が震えていることが分かってしまって、私の弱い心が揺らいでしまいそうになる。

 

「本を読んで、知識を付ければモースの役に立つと思ってた」

 

「はい、あなたにはいつも助けられていますよ」

 

「でも、モースはいっつも僕達を置いて行く。僕達は、重荷?」

 

「あなた達は私の心を守ってくれているのです。重荷じゃないです。あなた達こそ、私の生きる意味ですから」

 

 結局、三人とも再び私に縋りついて最初の状態と変わらなくなってしまったが、それを振り解こうとは思わなかった。





スキット「モースの本気がトラウマ?」

「モースが仲間に加わってくれたら百人力だな」

「そうだな、なんせ俺達にアッシュやシンクが加わっても一蹴されちまったんだからな」

「……何だか期待が重いですね、ルーク、ガイ。ですがあの時のような力は流石に出せませんよ?」

「あら、どうしてですの?」

「あの時はモースの体内に取り込んだ第七音素が暴走状態にあったからですよ」

「暴走状態、とはどういうことですか大佐?」

「あの時のモースは急速に精神汚染が進み、身体が変異してもおかしくないくらいの第七音素を取り込んでいました。素養が無ければ普通ならば戦闘行動どころか意思疎通すら不可能ですよ」

「でもでも、モース様はピンピンしてますよ~?」

「ええ、今のモースは右目に変異が出た状態で第七音素の吸収も落ち着いています。出力が安定したと言えるでしょうね。であるからこそ、あの時のような爆発力は無いでしょう。そうでなくとも心強いのは間違いありませんが」

「よく観察していますね、ジェイド。その通りです。私はあの時のような感覚はもうありません。とはいえ、あなた達の足を引っ張るつもりはありませんよ?」

「その心配は誰もしてないと思うぜ?」

「おや、信頼されてますね。その期待に応えられるように頑張りますよ、ガイ。今まで本気を出していなかったわけではないですが、全力を尽くすつもりです」

「大詠師モースの全力か……俺達いらないんじゃないか?」

「言うな、ルーク。前衛はモース一人で良いんじゃないかとか言うんじゃない……」

「おやおや~、情けないですねぇ、若者達は」

「大佐は余裕そうですわね?」

「私は役割が違うと分かっていますから」

「近接組が要らない子扱いされる~?」

「やめろ! やめてくれ!」

「俺は、俺は……!」

「……どうして私が仲間に加わるだけでこのようなことに?」

「それだけあなたが彼らに与えたトラウマが深いということですよ、反省して下さいよ?」

「耳が痛いことを、もうあんなことはしませんよ。あなた達には」

「「ああ! 光が、光がぁ!」」

「男二人の取り乱しようを見てると、何だろうね~」

「そうですわね……」

「敵よりも味方に与えるダメージの方が大きそうだわ……」

「……私はついて行かない方が良かったのでしょうか?」

「ハッハッハ、いやぁ、愉快ですねぇ」
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