大詠師の記憶   作:TATAL

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●欲望の果てと私

 私達の前にあったのは上等な詠師服をズタボロにされ、血の流れていないところを探す方が難しいと思えるほどに無残な姿にされてしまった詠師オーレルの姿だった。

 

「あ"ぁ"……わ、ヴぁたしの、目が……」

 

 喉に血が絡み、ごぼごぼと音を立てる彼の口から漏れ出す言葉に釣られて視線を上げれば、ほんの短時間で彼がリグレットにどれだけ悍ましい仕打ちを受けたのかがありありと見て取れた。

 

「物理的に譜陣を身体に刻むなど、正気の沙汰ではありませんね。どれだけ残酷な拷問官でもやらない所業ですね」

 

「目が……引き裂かれて……!」

 

 オーレルに為された行いを正しく理解したジェイドがリグレットを鋭く睨みつけ、意味するところは分からずとも、表面に現れた残酷な行いに呻きを漏らしたティア。私は、ジェイドと同じくそれが引き起こす事象を知識として知っているために、リグレットではなく凄惨な姿を晒すオーレルにこそ警戒を強めていた。

 

「この男が望んだことをしてやったまでだ。モースが憎くて仕方がないのなら、自分の手で殺せる力を与えてやった」

 

「リグレットォォ! ギザマァァ!」

 

 冷たく言い放ったリグレットの声にオーレルが激昂するも、最早その目は何も映していないのか、彼の腕はあらぬ方向に振りぬかれる。

 

「何を怒ることがある? すぐに貴様はモースを殺す力を得られるというのに」

 

「この、ごの力、わだじにはあづがえな……ぐぎっ、ぎぃいいい!」

 

 何も見えないだろうに、声だけを頼りに滅茶苦茶に腕を振り回していたオーレルだったが、突如頭を押さえて苦しみ始める。そして誰の目にも明らかに異常と分かるほどの第七音素(セブンスフォニム)が彼の周囲に集まり始めた。そうだ、ここはアブソーブゲート。オールドラントを巡るプラネットストームの終着点であるここには他のセフィロトをも凌ぐ量の第七音素(セブンスフォニム)が集まっているはずだ。そんなところで全身にくまなく譜陣を刻まれ、己の意に反して大量の第七音素(セブンスフォニム)を取り込むことになってしまったオーレルが辿る結末を予想するのは難しくない。

 

「マズい!」

 

「させない!」

 

 ジェイドがその様子に慌てて譜術を起動するが、リグレットの譜業銃による牽制で阻まれる。睨み合いによる膠着が発生し、その間にもオーレルに起こる変化は進行していく。

 

「わ、わだじは……預言(スコア)でせか、いをみぢびぐ……選ばれし、にんげ、ンンンン!?」

 

 まず変化が現れたのは腹。まるで空気を入れて無理矢理膨らませたように、オーレルの腹が歪に膨張していく。それに伴ってその肌は正常な色から鬱血したような紫色へ。更にその変化は腹に留まらず手足へも及んだ。

 

「やべろぉ! わだしの、あだまに、入ってぐるなぁ!」

 

 元の2倍の太さにまで膨れ上がってしまった両腕で頭を掻き毟るオーレル。頭の中にいる何かを追い出そうとしているかのように、それによってそぎ落とされた皮膚の下からは、腹や腕と同じく変色した新たな皮膚が覗き、そして醜く膨れ上がっていく。蛹から羽化するように、されど生まれ出でるのは蝶とは程遠い悍ましいナニかだ。

 

「オイオイ、こいつはかなりマズいんじゃないか?」

 

「何が起こってるんですかモース様ぁ……」

 

 そう言って剣を構えるガイと巨大化させたトクナガに跨るアニス。それに答える間も惜しみ、私は変異を続けるオーレルへと走り寄っていた。ああなってしまった彼を元に戻すことはジェイドであっても不可能だ。精神が汚染され、身体も変わり果ててしまう。ならばそんな彼に出来ることはもう一つだけだ。

 

「させんと言った!」

 

 リグレットが素早く反応して足下に譜業銃を撃ち込むが、足を止めなければならないのは私一人ではない。

 

「今です、ルーク!」

 

「っ! おう!」

 

 ジェイドの声にルークも私に続いて床を蹴る。リグレットが二丁の譜業銃それぞれで私とルークに狙いを定めるが、そうすれば最も自由にしてはならない男を自由にすることになる。

 

「私から目を離しましたね? 喰らいなさい、サンダーブレード!」

 

 歴戦の猛者であるリグレットはジェイドに対して警戒を緩めたわけではなかった。だが、ほんのわずかの隙であっても、この天才が事を起こすには十二分であったというだけだ。ジェイドの行使した譜術によって生み出された雷雲は、目も眩むような閃光を放ち、轟音と共に歪に膨らんだオーレルを紫電が貫く。

 

「ぎぃああああああ!」

 

 オーレルの絶叫と共に音素(フォニム)の嵐が吹き荒れ、目を焼く閃光も相まって私もルーク達も目を庇い、足を止める。目を閉じているにもかかわらず、瞼越しに感じる光は強烈で、視界に焼き付いた光が暫く瞼の裏に明滅するのを感じた。普通ならば、ジェイドの上級譜術を喰らって生き残る人間などいない。六神将やヴァンとて、まともに喰らえばただでは済まない。戦闘の心得も無いオーレルはひとたまりも無いはずだ。

 だというのに、

 

「ぐぅ、ぎ、ぁぁああ! 許さん……ゆるざんぞぉぉ!」

 

 オーレルの怨嗟の声が耳朶を打つ。目を開いてみれば、目の前にいるのは人間としての面影を完全になくしてしまった化外の姿。紫色に膨れ上がった胴体に首は埋もれ、歪な玉から四つの腕が生え、虫を思わせる短く小さな足が四本生えたその姿はおよそ常識的な生き物の姿ではない。

 

「ユリア"ぁぁぁ! わだじこぞが、ユリアにぐぁわり世界をぁぁ!」

 

「錯乱して無秩序に暴れています。皆さん戦闘準備を!」

 

「くそっ、行くぞ皆!」

 

 ルークの言葉に従い、赤く染まった目から血涙を流すかつてオーレルであったモノに向かって武器を向ける。彼の憎悪に染まった目は、先ほどまでの失われていた視力を回復したのだろうか、今は私に向かって注がれていた。

 

「モ"ォォォス! はいぎょうしゃめぇぇぇ! きざまさえいなければぁぁぁ!」

 

「そこまで私が憎いですか。何がそこまであなたを狂わせてしまったのか……」

 

 オーレルはその肉体からは想像もつかない速度で私めがけて突っ込んでくる。その足は床についていないことから、身体に溜め込んだ第七音素(セブンスフォニム)を推力として飛んでいるのだろうか。原理は分からないが、何もせず正面から受け止めることは愚策だろう。メイスを身体の前に翳し、音素(フォニム)を励起させる。

 

「守護氷槍陣」

 

 私の眼前に幾重にも張り巡らされる氷壁。オーレルの巨体はその壁を歯牙にもかけず破って来るが、何重もの壁によってその速度は減ずることになった。

 

「行きますよ、グランドダッシャー!」

 

「ネガティブゲイト!」

 

 そして僅かでも足が鈍れば優秀な後衛の譜術が援護してくれる。アニスの譜術によって発生した漆黒の球体がオーレルの身体を超重力によってその場に縛り付け、その隙を足下から突き上げる大地の棘が襲う。

 

「ぎぃはぁ!」

 

 全身を容易く押し潰してしまう重圧と、身体を貫く棘を喰らったにもかかわらず、オーレルは僅かに怯んだだけ。腕の一振りで譜術を発生させると、彼を中心として暴風が吹き荒れ、私達を吹き飛ばした。

 

「くっ、吸収した大量の音素(フォニム)に任せて滅茶苦茶に譜術を発動しています。何が飛んでくるか分かりませんよ!」

 

「なら警戒してたって仕方ない! いくぞ、ルーク!」

 

「おう!」

 

 開いた距離を素早く詰めたガイとルークが、巨体の両脇から鏡合わせのように剣を振るう。赤黒い血が散るが、その傷跡は次の瞬間には塞がっている。

 

「私の時と同じ、超速再生ですか!」

 

「これでは埒が明きませんわ!」

 

 ルークに向かって振るわれた反撃の巨腕をメイスで受け止め、ナタリアの援護に合わせて再び距離をとる。

 

「問題は彼の体内に取り込まれた大量の第七音素(セブンスフォニム)です。これを何とかしなければどれだけダメージを与えてもすぐさま回復されてしまいます!」

 

 ジェイドが顔を顰めて呟く。その言葉に、隣に立っていたティアが何かに気付いたように目を見開いた。

 

第七音素(セブンスフォニム)……! ルーク、ローレライの宝珠よ! 第七音素(セブンスフォニム)を拡散させる宝珠の力なら!」

 

「……! 分かった、やってみる!」

 

「ではそこに至るまでの援護は任せてもらいましょう!」

 

 私はそう言って宝珠を携えたルークにオーレルの注意が向かないよう、低威力の下級譜術をオーレルにぶつけながら彼の目の前に躍り出る。

 

「さあ、私が憎ければ来なさい。私はあなたの目の前にいますよ!」

 

「モォォォス!」

 

 私の譜術か、それとも言葉か、どちらに反応したかは定かでは無いが、彼の注意を惹くことには成功した。オーレルは激昂しながら次々に譜術を発動させ、私には火球や氷槍、暴風が矢継ぎ早に襲い掛かって来る。

 

「モース! 一人じゃ無茶だ!」

 

「私は良いからルークの援護をしなさい!」

 

 こちらに走り寄ろうとするガイにそう言いつけ、私は向かってくる譜術に真っ向から相対した。既に私の変質した右目を覆う眼帯は取り払われている。オーレルのものと同じく、赤く変化した私の右目は第七音素(セブンスフォニム)を私の身体に取り込む性質を持っている。私はメイスを正面に構えると、意識を自身の内側に向け、音素(フォニム)を励起させる。

 

「私とて、一人の戦士。この程度の攻撃を凌げなくてどうします。極光壁!」

 

 私の言葉と共に私を囲むように第七音素(セブンスフォニム)の暴風が立ち昇り、私に殺到した譜術を全て吹き飛ばす。かつてルーク達と対峙したときほどの威力は望むべくも無いが、それでも譜術を相殺する程度ならば訳は無い。譜術を凌ぎ切った私は、そのままオーレルへと走り寄り、メイスを振りかぶる。

 

「さあ、まだ私に付き合ってもらいますよ。流影打!」

 

 昆虫のような節足めがけた一撃、胴体にめり込ませる二撃、巨大な腕を狙った三撃。それぞれがオーレルの肉にめり込み、内部の骨を砕く威力を秘めている。そしてそれで終わるつもりもない。

 

「獅子戦吼! スプラッシュ!」

 

 獅子の顔を象った闘気がオーレルの胴体に喰い付き、その勢いにさしもの巨体もよろめく。そしてすかさず追撃の譜術による濁流が殺到し、彼の体勢を大きく崩すことに成功した。

 

「その音素(フォニム)、使わせて頂きますよ。レイジングミスト!」

 

 そして、私が使った譜術によって生じた名残。第四音素の残滓を利用してジェイドが更なる攻撃を重ねる。大地が灼熱に溶けてオーレルの足を捕らえ、頭上から水柱が落として押し潰す。最後には焼けた地面と接触した水柱が水蒸気となって体積を膨張させ、爆発となってオーレルを吹き飛ばした。

 

「ぐぎぃぃいいい!」

 

 苦悶の声を上げて吹き飛ばされるオーレルだが、その目は依然として爛々とした憎しみを湛えて私を睨みつけている。

 

(何故、何故貴様のような者が大詠師に! 私こそ、私こそがその地位に相応しいというのに!)

 

 それと目が合った瞬間、私の頭にオーレルの声が響いたような気がした。変質してしまった私の右目と彼の目が共鳴したような、不思議な感覚が私の脳内を満たす。

 

「オーレル、あなたは……」

 

「ぎぃやはぁ!」

 

 それ故に、彼が放った反撃に対して反応が数瞬遅れてしまった。

 

「モース様ぁ!」

 

「ぐっ、がはっ!?」

 

 私の腹にめり込んだ火球が、勢いをそのままに私を後方へ大きく吹き飛ばした。少し距離を置いて見ていたアニスがそれに素早く反応し、トクナガで私を抱き留めてくれていなければ、私は背中から壁に激突して重傷を負っていたことだろう。

 

「今だ、ルーク!」

 

「うおおお! これでも、喰らえぇっ!」

 

 だが私にそこまで執着していたということは、ルークとガイが彼の懐に潜り込むのに十分な隙を作ることになるということでもある。オーレルが吹き飛んだ地点に先回りしていたルークが、ローレライの宝珠を携えて彼の持つ特異な力、超振動をオーレルに向かって解き放つ。

 

「ぎ、ぎぃうヴぁああああああ!!!」

 

 あらゆるものを分解・再構築する超振動と、自らの力の源となっていた第七音素(セブンスフォニム)を拡散させるローレライの宝珠の力を喰らったオーレル。今の彼にとって最も痛みを伴う攻撃を受けては、崩壊する自身の身体を回復させることも出来ず、名状しがたい悲鳴を上げて地面に倒れ伏すしかなかった。

 

「い、いやだ……、わたしは……」

 

 地面に転がったオーレルは、崩壊していく自分の身体を認識しているのか否か、うわ言のように呟き続ける。

 

「この、セがいを……導く……えらばれじ……」

 

 彼の口から洩れるのは否定、拒絶の言葉。預言(スコア)を自らの力としようとした男の成れの果てがそこにはあった。

 

「わだじこぞが……この世界の、ただじぎ王……にぃ……!」

 

「正しき王などいませんわ。王とは、民に望まれてそうあるもの。自分一人で名乗るものではありませんわ」

 

 オーレルのうわ言に返したのはナタリア。王女として、例え王族の血が流れていなくとも民を一番に想う彼女だからこそ、オーレルの言葉を受け入れることが出来なかったのだろう。

 

「あなたが為したいことは預言(スコア)で世界を導くことじゃありません。預言(スコア)を利用して意のままに世界を操りたかっただけでしょう」

 

「わだ、じは……!」

 

 ジェイドの言葉にオーレルは何を返そうとしたのだろうか。それを言い終わる前に彼の身体は音素(フォニム)に乖離し、この世界を巡るプラネットストームに溶けていった。

 

「……終わりましたね、リグレットには逃げられてしまったようですが。今はプラネットストームを閉じることが先決です。行けますか、ルーク?」

 

「ああ……、大丈夫だ」

 

 オーレルは預言(スコア)を遵守した先で、何を求めたのだろう。ルークが、私がいなければ、彼は自らの言う正しき王になれていたのだろうか。私にはそれを予想することは出来ないが、不思議と彼が辿った末路は、私が辿っていたかもしれないもののようにも思えてしまったのだった。




スキット「オーレルとモース」

「…………」

「浮かない顔をしていますね、モース」

「ああ、ジェイドですか。いえ、益体も無いことを考えてしまいましてね」

「オーレルの死に様に何か思うところでも?」

「……不思議な感覚なのですがね、彼の末路が他人事に思えませんでした。何かのボタンの掛け違えで、ああなっていたのは私の方かもしれなかったと思うのですよ」

「そうでしょうか? 例えそうであったとしても、彼とあなたとでは色々と違っていたでしょう」

「何故そう言い切れるのです?」

「あなたは良くも悪くも滅私奉公の人だからですよ。ルーク達を助けようとしてくれるあなたを見ていれば、例え預言を遵守すべきだという考えのままだったとしても、オーレルとはその動機が全く違う」

「……過去の私から話を聞いていたんでしたね。記憶の中の私はどんな人間でしたか?」

「今と根っこの部分は変わりませんよ。ルークの為にという動機が、預言の先にある未曽有の繁栄の為にとなっているだけで。どこまでもこの世界の人々のことを想っているという点では、今も、以前にあなたから聞いた記憶のあなたも変わりはしませんでした」

「……どちらにしろ、自分が正しいと思い込んだ道にのめり込むのは今と変わらないみたいですね」

「そういう意味では、あなたの名前は正しくあなたのことを表していますね」

「殉ずる者、皮肉な名です」

「あなたはオーレルとは違う。それがハッキリと分かる良い名だと、私は思いますがね」

「違ったとしても、辿る結末が同じであれば何の救いにもなりませんよ。善意でやっている私の方が迷惑まであります」

「相変わらず自己評価が低い方ですね。もう少し、あなたの足跡をあなた自身で評価してあげればいかがです?」

「あなたにしては随分と優しいことですね、ジェイド。あなたならば結果が伴わない過程に意味は無いと言いそうですが」

「……どこぞのお節介な大人の影響を受けてしまいましたからね。その人は今、小さなことでお悩みのようですが」

「小さなって……」

「小さなことですよ。過去が、記憶の中でどうであれ、あなたは今は間違った道に立っているわけでは無い。それどころかあなたの行いで救われた人もたくさんいる。そこに目を向けず、自罰に走るのは逃げではありませんか? 功罪を正しく捉える、それが私の知るローレライ教団の大詠師だと思いますが」

「……あなたにこのように叱咤される時が来るとは」

「不快でしたか?」

「いえ、ありがとうございます。歳を取ると、こうして叱ってくれる人も少なくなってしまいますからね」

「常に大人として正しくあらねばというのも疲れますからね。少しは息抜き出来るときがあっても良いでしょう。それに、こんな弱音を吐いてられる時間ももう終わりですからね」

「? それはどういう……」

「モース様ぁ~!」

「ほらね?」

「……ふふ、ですが存外、正しくあろうと気を張っている私も好きになれそうですよ。こうして慕ってくれている子達がいるのですから」
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