大詠師の記憶   作:TATAL

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番外編を投稿したら本編も進めねば不作法というもの


戻ってきた彼と私

 セフィロトの更に下に位置する場所。そこは人の身で行ける場所の中で、最も地核の傍になる場所だ。そこには、床一面に描かれた譜陣が我々を出迎えてくれた。この譜陣は創生暦時代から我々に無尽蔵のエネルギーを与えてくれる源となっていた。それを私達は今日、この手で消し去るのだ。

 

「この譜陣の中心で宝珠に第七音素(セブンスフォニム)を籠めてください。この陣はローレライの剣で描かれたもの。相反する性質を持つ宝珠の力で消し去ることが可能です」

 

 ジェイドの案内に従ってルークが譜陣の中心に移動し、その手に宝珠を構えた。彼が目を閉じると彼の周囲に第七音素(セブンスフォニム)が集まり、仄かな光が彼を包む。それに呼応するように宝珠も赤く輝きを増していき、眺めているだけの私達の間にも不思議と緊張が走る。そして宝珠が一際強く光を放ったかと思えば、目に見える程の第七音素(セブンスフォニム)が吹き荒れ、私は思わず顔を覆う。

 

「うぉ、何だ何だ!?」

 

「宝珠の力による第七音素(セブンスフォニム)の拡散ですよ。譜陣を維持していたのはこの周囲に満ちる第七音素(セブンスフォニム)そのものです。宝珠の力でそれを一時的にでも吹き飛ばしてしまえば、譜陣は掻き消えてしまう。よく出来た仕組みですよ。プラネットストームの終着点であるここには宝珠の力を以てせねば吹き飛ばしきれない第七音素(セブンスフォニム)が満ちている。まさしく、剣と宝珠が一体となってローレライの鍵となるわけです」

 

「ローレライの剣がプラネットストームを開くための鍵であり、宝珠は閉じるための鍵であるということですか」

 

 音素(フォニム)が吹き荒れる中、平然とした様子で語るジェイドの言葉にそう返す。剣と宝珠を指して鍵と称したユリアの名づけに、いつか彼女はこうなることも知っていたのではないかと考えてしまう。破滅の預言(スコア)を知った後世の誰かがそれを食い止めることを願って。

 音素(フォニム)の嵐が収まり、辺りを見渡してみれば、先ほどまで床一面に刻まれていた譜陣はきれいさっぱりと消えていた。更には先ほどまで地核に流れ込んでいた記憶粒子(セルパーティクル)も今は静かに辺りを漂うだけだ。この事象が指し示すことはつまりルークの行動が私達の予想通りの効果を引き起こしたということ。私達は陣の中心に立っていたルークのもとへと歩み寄ったが、そこで彼の様子がおかしいことに気付いた。

 

「ルーク……。ルーク? なにボーッとしてるんだ」

 

 ガイが呼びかけるもルークは何ら反応を示さず、虚空に視線を彷徨わせていた。その様子にただならぬものを感じた皆がルークに呼びかけたり、肩を叩くもそれにも反応することは無かった。

 

「一体どうしちゃったんだろ……」

 

「分からないわ。目は開いたままで意識を失っているような……」

 

 アニスとティアが首を捻る。あまりにも反応を示さないルークに、後ろから見守っていた私も不安に駆られた。

 

「ルーク、大丈夫ですか?」

 

 そう言って彼の肩に手をかける。その瞬間に起こった変化は劇的だった。

 

「熱っ!?」

 

 右目に感じる突然の熱。反射的に目を閉じたはずなのに、私の瞼の裏には鮮明に映像が浮かび上がってきた。

 

「これは……一体……?」

 

 まるでオーロラの中にいると錯覚してしまいそうなほど、辺りは極彩色で埋め尽くされていた。だからだろうか、私の傍らにいる見慣れた朱赤にいつも以上に安心感を覚えたのは。

 

「ルーク!」

 

「え、も、モース!? どうしてモースまで……、って今はそんなことより、あれを!」

 

 私の声に振り返ったルークは、しかし焦ったように何かを指差す。その先を辿ってみれば、私は更に頭が混乱と疑問で埋め尽くされた。

 

「アッシュ? ……それにアッシュと対峙しているのは、ヴァン!?」

 

 私が目にしたのは、苦痛に顔を歪めて片膝をつくアッシュと、その前に悠然と佇むヴァンの姿だった。どういうことだ。ラジエイトゲートにヴァンが現れたとアッシュは言った。だとすればこれは今まさにアッシュの身に起こっていることなのか? ルークとアッシュの間にある繋がりに、何故か私が入り込んでしまっているのか?

 

「アッシュ! 今すぐ逃げるんだ!」

 

「うるせぇ! それが出来たらとっくにやっている!」

 

 ルークの懸命な声掛けに、アッシュが苛立たし気に返す。言葉の節々で辛そうに息継ぎをしているのを聞くに、ヴァンとの戦闘でかなりのダメージを負ってしまっているらしい。

 これが今起こっている出来事なのだとすれば、アッシュとヴァンはラジエイトゲートにいる。アブソーブゲートにいる私達では何も手出しが出来ない。このまま眺めていれば、最悪の事態が起こってもおかしくない。

 

「アッシュ、退きな!」

 

 そこに私にとって聞きなれた声が響く。翠色の稲妻の如く疾駆する彼は、必殺の威力を秘めた拳をヴァンに向かって振りぬいた。だが、その拳はヴァンの手によって容易く阻まれる。

 

「シンク、哀れな人形よ。モースに媚びて得られた偽りの幸福がよほど気に入ったようだな」

 

「相変わらず口が達者だね、ヴァン。ローレライを取り込んでまで生き延びるなんて生き汚い、ね!」

 

 シンクの拳を掴んだまま冷たく見下ろすヴァンに向かって、挑発を返しながらシンクは回し蹴りを放つ。その脚が自身の顔に触れる前に、ヴァンは無造作にシンクの拳を掴んだ腕を振るうと、彼の小柄な身体をアッシュへと投げ飛ばす。子どもが枯れ枝を放り投げるように易々と宙を舞ったシンクの身体は、その後ろで息を整えていたアッシュに直撃した。

 

「ぐぉ!? テメェ、俺の足を引っ張るんじゃねえ!」

 

「時間稼ぎをしてやったのにいつまで息が上がってるんだよ! さっさと動きなよ」

 

「ああもう! 二人ともこんな時に喧嘩してる場合かよ!」

 

「二人とも早く退きなさい! アルビオールまで行けば何とかなるでしょう!」

 

 いがみ合うアッシュとシンクを見てルークが頭を掻き毟り、私も届くか分からない言葉を二人にかける。しかしその言葉に反応したのは、アッシュとシンクでは無かった。

 

「……む、この感覚は。そうか、見ているのか、ルーク。ルークだけでは無いな、モースも見ているだろう」

 

 何を感じ取ったのか、ヴァンはこめかみに指を当てて目を閉じると、そう言った。私とルークはヴァンのその言葉に背筋に氷柱を差し込まれたような心地となり、互いに顔を見合わせる。何故だ、この繋がりはルークとアッシュの間だけにあるもののはず。どんな理由かは知らないが私も混線してしまっているが、それにしたってヴァンがそこに割り込んでくることが出来るなど……。

 

「アッシュとルークの間にある繋がりは完全同位体同士のチャネリング。であれば同じ完全同位体であるローレライを取り込んだ私もそこに少しは入り込むことが出来てもおかしくはあるまい?」

 

 私の心を読んだように呟いたヴァンは、ゆっくりと目を開いて辺りを見回す。そして私が立っている場所、ヴァン達からすれば何も無いはずの虚空でピタリと視線を止めた。

 

「そうか、今はそこから見ているのだな、モース。直接お前に会うことを楽しみにしている」

 

 ヴァンの目はピタリと私の目と合わされている。その左目は蒼く、音叉のような模様が浮かび上がったそれは……。

 

「お前と同じ地平に立つために、私はお前の知る私を一つ越えた。どうだ、モース? 今の私はお前にとって価値の無い石ころでも、意のままに踊る操り人形でも無くなった。さあ、どちらがよりこの世界を導くに相応しいか決めようではないか」

 

 ヴァンは最早アッシュもシンクも目に入っていないかのように私だけを見つめていた。楽し気な笑みまで浮かべているその目には、一目見てそうと分かる狂気の光が宿っている。

 

「ッ、アッシュ! ヴァン師匠がモースに気を取られているうちに早く!」

 

 ルークがヴァンの放つ異様な雰囲気に気圧されながらも、アッシュ達に叫ぶ。その声に弾かれるように、アッシュとシンクはヴァンに背を向けて走り去る。アッシュとヴァンの距離が離れていくにつれて、私の視界も歪み始めた。恐らくルークとアッシュの繋がりが切れ始めたからなのだろう。それでもヴァンの視線は、去り行くアッシュやシンクを一瞥することも無く、私に向かってのみ注がれていた。

 

「モース、楽しみだ。お前の生の感情をこの身に受けるにはどうすれば良い? あのレプリカ共を殺せば、お前は私に怒りを向けてくれるだろうか?」

 

「なっ!? 何をするつもりですかヴァン! あの子達に、フローリアン達に手を出すなど絶対に許しませんよ!」

 

 視界が闇に覆われる直前に聞こえたヴァンの言葉に、私は今まで感じていたヴァンからのプレッシャーも忘れて声を上げたが、それがヴァンに届いたかどうかは定かではない。最後に目にしたのは不気味に微笑むヴァンの表情だけだった。

 

「……ス! モース!」

 

「ッは!」

 

 そして私の意識は私の身体に舞い戻る。最初に目に入ったのは心配そうな表情で私の肩を揺らすジェイドの顔だった。

 

「ああ、ようやく気が付いたのですね。ルークに触れるなり気を失ってしまうものですから、ヒヤヒヤしましたよ。ルークも今こちらの呼びかけに答えられるようになりましたし。一体何があったのですか?」

 

「す、すみません……。っ、そんなことより!」

 

「ヴァン師匠がダアトに! フローリアン達が危ない!」

 

 私が何かを言う前にルークが叫ぶ。それを聞いた他の面々は困惑の表情を隠そうともしない。

 

「ルーク? 一体何を……」

 

「聞いてくれ、ティア! さっきまで俺とモースはラジエイトゲートにいたんだ。そしたらヴァン師匠がモースを見て、フローリアン達を殺すって!」

 

「ちょ、待て待てルーク。落ち着けって、ラジエイトゲートにいたって、お前達はずっとここに」

 

「違うんだよガイ! 俺とアッシュの繋がりで……!」

 

「はいストップストップ~!」

 

 ガイに宥められても尚言い募ろうとするルークを、アニスが間に入って止める。

 

「まずは深呼吸だよ、ルーク。何かマズいことが起きてるのは分かったから、それでもきちんと説明してくれないと皆分からないんだから」

 

「お、おう……、ごめん」

 

 アニスの言葉に冷静さを取り戻せたのか、ルークは一度大きく息を吸って吐いた。その間に私が前に出る。

 

「ルークは恐らくアッシュとの繋がりを通じてラジエイトゲートでの出来事を目にしていました。何故か私も同じものを見ていたようですが。そこでヴァンが私に向かって言ったのです、フローリアン達を手にかけることを」

 

「あなたがルークとアッシュの繋がりに割り込めたのに加えてヴァンまで……。それにしてもどうしてヴァンがフローリアン達を?」

 

 ジェイドの疑問に私は目を伏せる。

 

「……私のせいです」

 

「? どういうことですの、モース」

 

「ヴァンは何故か私に並々ならぬ執着を抱いています。ヴァンはフローリアン達を手にかければ私が彼を憎むかもしれないと」

 

 その言葉にルーク以外の面々が先ほどまでの困惑に満ちた表情からギョッとした表情に変わる。

 

「な、なんて滅茶苦茶なことを考えますの!」

 

「フローリアン達は無関係なのに!」

 

「そこまで堕ちたんだな、ヴァンの奴は」

 

「取り敢えず、ここにこうして居る訳にはいかないわ!」

 

「皆、早くダアトに戻ろう!」

 

 ルークの言葉を皮切りに、私達はアブソーブゲートの入り口を目指して走る。何としてもヴァンよりも先にダアトに辿り着く必要がある。カンタビレがいるとしても、今のヴァンはそれを歯牙にもかけないだろう。それほどまでの力を、アッシュとの繋がり越しに私は感じていた。

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