大詠師の記憶   作:TATAL

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燃えるダアトと私

「急ごう、もしヴァン師匠がフローリアン達を狙うとするならダアトに向かうはずだ!」

 

アルビオールに転がり込むように戻り、操縦士であるノエルが目を白黒させるのも構わずアブソーブゲートを発った私達。空を駆ける機体は尋常でない速度でダアトに近付いているはずなのに、胸の内に募る焦燥は収まるどころか勢いを増していた。

 

「ヴァンの目的は一体何なんだ? もう奴がフローリアン達を狙う理由は無いはずだろ」

 

ガイが腕を組んで頭をひねっている。確かに、普通に考えればヴァンが導師イオンのレプリカであるフローリアン達を狙う理由はないのだ。だが、ヴァンがラジエイトゲートで私に向かって発した言葉。それを聞いたとき、私は何故ヴァンが私にこれほどまでに執着するのかが理解できてしまった。

 

「師匠はモースの記憶を越えたって言ってたんだ」

 

「......ということはヴァンはモースの記憶を、この先起こり得ることを既に知っているということですか。タイミングはやはり」

 

「私が拐われた時でしょうね」

 

そう言ってジェイドの言葉を引き継ぐ。薬を盛られた私から記憶について聞き出したのだろう。

 

「ヴァンにとってモースの記憶は預言(スコア)以上におぞましいものに感じられたはずです。預言(スコア)を滅ぼすための己の行動そのものが則ちローレライの視た星の記憶に沿ったものであったのですから」

 

「モースに執着するのはその記憶を覆すことこそを目的にしてるから、ってことか?」

 

「断定は出来ませんが、恐らくは」

 

ガイの言葉にジェイドは首肯する。

 

「ですが、それがどうしてフローリアン達を害することに繋がりますの?」

 

ナタリアがそう言って首を傾げた。その疑問には私が答えるべきだろう。

 

「ヴァンが私に歪んだ執着心を向けているからですよ」

 

「執着心、ですの?」

 

「ええ。ヴァンにとって私はユリア以上にローレライと繋がった存在です。彼女が遺した預言(スコア)を覆した未来をしっていたのですから。ですからヴァンは私の記憶の中のヴァンを超え、私を打ち倒すことにこそ預言(スコア)を打ち破る未来を見出だした、のだと考えています。ヴァンに語った記憶を他ならぬ私が失ってしまっている以上、ただの推測に過ぎませんが」

 

「いずれにせよモース様とその周囲が危険に晒されることに変わりはないわ」

 

「絶対にフローリアン達に手を出させたりなんてしないんだから!」

 

ティアとアニスがそう言って決意を漲らせ、ルーク達も頷いて同意を示す。

「見えてきました、ダアトです! ですが、あれは......!?」

 

そんな私達の間に、操縦士であるノエルの声が届く。だが、その声に滲んでいた不吉な色に、私達は嫌な予感を拭えないまま、窓から外に視線を向けた。

 

「おいおいおい、あれはシャレにならないぞ!」

 

「まさか、もうこんなところまで......!?」

 

「我々よりも速かったというのですか」

 

「あのようなことを、ヴァンは人の心を失ったのですか」

 

「パパ、ママ......!」

 

「ダアトが......」

 

「燃えてる......」

 

私達の眼下に広がっていたのは、街のあちこちが黒い煙と共に赤く燃え上がっているダアト。私の守るべき場所が、人々が、他ならぬ私のせいで傷つき、苦しんでいる光景であった。

 

 


 

 

「住民の避難を最優先に! 術士はまずは消火を! 無理そうなら延焼を防ぐために燃えている家屋の周囲を譜術で崩しなさい!」

 

ダアト市街を駆けずり回りながら、私の副官は自らも拙いながらに譜術を行使して混乱の収拾にあたっていた。街の広場に降り立ったアルビオールから飛び出した私はそんなハイマン君に走り寄って彼を引き留めた。

 

「一体何が起こっているのですか!」

 

「モース様! ヴァンです、奴が教団本部に襲撃を! カンタビレ様が引き受けて下さっていますがこのままでは......!」

 

私の顔を見たハイマン君は、ほんの一瞬安堵した表情を見せたかと思えば、すぐにその顔を焦燥に歪めて私に状況を伝えてくれる。私は彼の言葉を聞くや否やルーク達がついてきているかも確認せず、教団本部に向かって走っていた。今のヴァンを相手にカンタビレ一人でどれだけ持ちこたえることができるのか、嫌な予感ほど当たるものだ。地面を蹴る足の勢いが自然と強くなる。

 

教団本部に近付くにつれて火の手が上がっている建物が増え、比例するようにパニックに陥った人々も増える。焦る気持ちとは裏腹に、街の外に向かおうとする人々の波を掻き分けねばならない私の歩みは遅くなってしまう。それでも何とか人混みをすり抜け、教団本部の前までたどり着くと、そこに広がっている光景はまさしく私の嫌な予感を具現化した景色であった。

 

「ハッ、しばらく見ない間に、随分と腕を、上げたじゃないか」

 

「この状況でもまだそのような口が利けるか。大したものだな、カンタビレ」

 

身体のあちこちから血を流し、地面に片膝を着いて息も絶え絶えながら、尚も戦意を絶やすこと無くぎらついた目でヴァンを睨み付けるカンタビレ。

 

「これくらいで私が死ぬとでも思ったか? この程度、ピンチの内に入りゃしないね」

 

強がりであるのはすぐ分かる。けれども心を折ることは無い。今のダアトでヴァンに僅かなりとも対抗できる可能性があるのは彼女だけだからだ。私は彼女の姿を見た瞬間に得物をローブから抜いてヴァンに躍りかかっていた。

 

「そこまで堕ちたかヴァン!」

 

「おお、モース。お前が来るのを今か今かと心待ちにしていた」

 

総身に力を籠め、頭に振り下ろしたメイスは、しかしヴァンの左手であっさりと受け止められた。私の姿を見たカンタビレが驚きからか目を丸くしている。

 

「モース!? なんだって戻ってきたんだ!」

「この状況で言うことではないで、しょう!」

 

受け止められたメイスを力任せに振り抜く。余裕の表情を崩さないヴァンだが、手負いとはいえカンタビレが背後にいる状況で私と力比べをして足を止める愚を嫌ったのか、メイスの力に逆らわず一飛びで私とカンタビレの両方から距離をとった。

 

「立てますか、カンタビレ」

 

「安心しな、こんな怪我で倒れるほど柔じゃないよ」

 

ヴァンから視線を外さないで、私の横にいるカンタビレに声をかければ、彼女は自分の剣を支えに身体を起こした。今の神託の盾騎士団で恐らくトップの実力を持つ彼女がここまで追い詰められるとは。私が加勢に来たとはいえどこまでもたせられるかは心許ない。

頭の中でこの状況を打破する方法を探してぐるぐると考えを巡らせ、顔を強張らせている私とは対照的に、ヴァンはいかにも楽しそうにその顔に笑みを浮かべて私を見つめていた。

 

「どうだ、今の私のこの姿は。ローレライをただこの身に封じただけではない。その力を凝縮し、より私の意のままに操れるように形を変えた」

 

そう語るヴァンの目は蒼く光を放ち、中心に刻まれた音叉を模した紋様もそれに呼応して妖しく輝いている。やはり、あの目は私と同じ。

私も右目の眼帯を外し、ヴァンの目を正面から見据える。まるで対になっているかのように、私の右目は赤い光を放っていることだろう。それを見たヴァンの笑みがさらに深くなる。

 

「やはりそうだ。私が出来たことなのだから、お前にも出来るに決まっている。だからこそ嬉しいぞモース。私のこの力は正しくお前とローレライに抗する力になることが分かったのだから」

 

恐ろしいことにヴァンの目に浮かぶのは喜色だった。その理由が何一つ分からず、私の背筋には怖気が走る。その気配を感じ取ったのか、ヴァンは先程まで浮かべていた笑みを潜め、怪訝な表情を見せた。

 

「どうしたモース。何故そのような理解が及ばぬものを見る目で私を見つめている? 今こそ私とお前は互いに鏡写しの存在となれたのだというのに......」

 

そこまで言って言葉を区切ったヴァンは、何かに気付いたように目を見開いた。

 

「いや待て。どうしてモースがそのような目で私を見る? かつての超越した視座は、私ですら箱庭の住人として見ていたお前はどこに消えた?」

 

そのときヴァンの顔に浮かんだのはどのような内心を表したものだったのだろうか。私にはそれを悠長に考える時間は与えられなかった。何故なら視界からヴァンの姿が消えたかと思えば、次の瞬間には私は首を掴まれ、ヴァンによって吊り上げられていたからだ。

 

「ガッ、あっ」

 

「どこに消えたのだ、モース。私と相対するのはお前でしか無いというのに」

 

「て、めぇヴァン! モースを離しな!」

 

喉を締め上げられ、呼吸も儘ならない私を見てカンタビレが血相を変える。未だにダメージが残っている身体に鞭打ってまで剣を振り抜くが、それを一瞥もせずにヴァンは受け止めた。

 

「邪魔をするなカンタビレ。動くのも辛いだろうに」

 

「邪魔者はお前だよヴァン! さっさとモースを離して消えなってんだ」

 

ヴァンの目がすっと細められ、カンタビレを見据える。ダメだ、今のヴァンに手負いの彼女では太刀打ちが出来ない。私は酸欠で遠退く意識を舌を噛んでどうにか繋ぎ止めると、少しでも身体を捻って拘束から逃れようとする。だがヴァンの手はびくともせず、むしろ喉に食い込む指の力は増すばかり。遂には痛みだけでは意識を保つことも難しくなり、視界が端から白く濁り始める。

と、その時、どこからか飛んできた火球がヴァンに直撃し、その身体を揺らした。その攻撃自体はヴァンに大したダメージを与えることは叶わなかったものの、注意を僅かに逸らすことに成功する。

 

「っ! そこ!」

 

そしてその隙を逃すカンタビレではない。彼女が振るった剣は、私の首をつかみ上げるヴァンの左腕を強かに打ち付け、流石にそれに怯んだのかヴァンの拘束が緩んだ。それに合わせて私は満身の力を込めてヴァンの手から抜け出し、地面に情けなく崩れ落ちて荒く息を繰り返す。

 

「ハッ、ハッ、ハッ! 助かりましたよ、カンタビレ」

 

「私だけじゃないさ」

 

私のお礼に、カンタビレはそう返して視線だけを肩越しに背後に向けた。それに釣られて私もそちらに目を向ければ、

 

「あまり私のパトロンに手を出されては困りますよ、ヴァン」

 

「久しいな、ディスト。もう私との協力関係は終わりということか?」

 

いつもの不敵な笑みは鳴りを潜め、丸眼鏡の奥に鋭い眼光を宿した天才の姿。トレードマークとも言える譜業椅子も今はなく、一本の針が地面に突き立っているかのようにも見える痩身一つで、ヴァンと退治していた。

 

「お前の恩師を甦らせるのに必要なレプリカ情報は私の頭の中にしか無いぞ?」

 

「フン、その程度の情報が無いくらいで躓くようなちんけな才能ではありませんよ」

 

何より、とディストは言葉を続ける。

 

「モース以外は有象無象と見るあなたが気に入りません。その目にとくと焼きつけなさい、この薔薇の......いえ、業腹ですがあえて名乗りましょう。死神ディスト様の力をねぇ!」

 

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