私の好みが多大に反映されております故何卒ご容赦を(今更)
「そらそらそらぁ! 行きますよぉ!」
「……なるほど、かの
威勢の良いディストの声と、大きなダメージこそ負っていないもの、その場に釘付けにされているヴァン。私とカンタビレは、目の前で繰り広げられている攻防を俄かには信じられなかった。
「あのディストがヴァンを押してるだって……?」
「私も信じられませんが、今は何よりも心強いのは確かですね」
ディスト特製の譜業――カイザーディストと言っただろうか?――がヴァンを囲むように計4機展開され、中空に浮かんで絶え間なく譜術を浴びせていた。
「まだまだ行くズラ! 完全耐性なんてあり得ないズラ! 波状攻撃で動かさないズラ!」
そしてそんな4機の譜業の更に上空に、見慣れた譜業椅子が鎮座しており、そこには私の膝丈程度の可愛らしいサイズの譜業人形が音頭を取るように、あるいは指揮者のように眼下の譜業へと指示を下していた。
「4機のカイザーディストXXによる攻撃は壮観なものでしょう?」
私とカンタビレの隣に立つディストはそう言ってニヤリと笑う。
「譜業が自律的に譜術を使うのはあり得ない? この天才にはそんな陳腐な常識なんて通用しませんよ。各々のカイザーディストはあくまで端末。肝は上のタルロウXです。あれが戦場を俯瞰し、各機体の譜術の発動にかかる時間を私にフィードバックする。時には自身で選択して各機を制御もしています。術者である私と端末を繋ぐ現場指揮官と言えるでしょうね」
ディストが語る間にも、ヴァンを囲む譜術は更に激しさを増している。恐るべきはヴァンに繰り出されている譜術が全て互いを阻害しない、尚且つ攻撃の切れ目を生じない絶妙なタイミングに調整されていることだ。暴風の刃が収まったかと思えば地の顎が足下から食い破らんと突き立ち、氷塊が頭上の逃げ場を塞ぐ。そこに時折ディスト自身が発動した譜術の超重力によって敵の動きを更に封じ込めている。
今のディストは、自ら行使する分も含めて5種の譜術を同時発動出来るような状態だ。一見するとただ便利なだけに思えてしまうその薄皮一枚下には、ディストという人間の恐ろしい天才性が秘められている。言ってしまえば5つの身体を同時に操っているようなものだ。一人の人間が処理するにはあまりに多すぎる情報量を、この男は涼しい顔をして処理してしまう。私達に解説する余裕さえ見せながら。
「さて、モースはカンタビレを連れて下がりなさい」
「ディスト!? しかしそれでは……!」
「聞き分けなさい。私とてあのヴァンをいつまでも押し留められると自惚れてません。こんな子供騙しにヴァンが警戒して動き出さないうちにさっさとフローリアン達を連れてダアトを脱出しなさい。バチカルのファブレ公爵家にまた転がり込みなさいな。あの男なら不義理はしないでしょうし」
譜術の暴威の真っただ中に晒されているヴァンを油断なく見据えながら、ディストは私に向かって言う。私が反論しようとしてもそれを上から押し潰すように言葉を重ねて。ディストの言葉はこの上なく合理的だ。だが、その合理性は少なくとも私には受け入れがたいものだった。
この男と協力関係を築き、少なくない時間話したのだから知っている。この男が人でなしであったのは事実だ。過去の恩師を蘇らせるために、最初は私を利用するだけのつもりだったことも分かっている。だが、それだけでは無いのだ。尊大な振る舞いは自信の無さの裏返し。その天才性故に誰からも理解されず、孤独であった折にアニスの優しさに触れ、身体が小さな彼女が神託の盾騎士団の一員として戦えるようにとトクナガを作ってやる人間味も持ち合わせている。そしてフローリアン達と接するうちに、臆病な優しさが表に出てくるようになった。いつしか私にとってただの協力者ではなく、私の全てを託しても良い同志となっていた。
そんな彼をここに残して行く。フローリアン達ももちろん大事だが、それでもその選択を採るには私の中でこの男の存在が大きくなり過ぎてしまった。
「……カンタビレ、もう動けるのでしょう? 早くモースを連れて行ってくださいな」
「普段からそんな感じなら、趣味の悪い服装も少しはマシに見えるんだけどね」
「このファッションの素晴らしさを理解出来ない凡愚はお黙りなさい! まったく、いつまでも怪我人が近くにいたらこっちも気を遣うじゃありませんか。ほら、早くそこの筋肉ダルマを引っ張っていってください。私の! 華麗なる! カイザーディストXXが! 本領を発揮してヴァンを倒せないでしょう?」
ついさっきはヴァンを押し留められないなどと言っていたのに、ディストは自信満々な表情を見せた。虚勢であることなど一目で分かる。その針金のように細い身体が、どうしてここまで頼もしく思えるのか。そして、どうしてこんなにも不安になるのか。かつてフェレス島へ行く私を見送った彼も、こんな気持ちになったのだろうか。だとすれば私はよく彼に許してもらえたものだ。
カンタビレが立ち上がり、私の腕を掴んで引っ張る。それに引きずられるようにして、私は教団本部の建物へと歩を進める。
「約束してください! 必ず、生き残ると」
「誰に言っているのですか。この天才、薔薇のディスト様に不可能は無いのですよ? ハァーッハッハッハ!」
肩越しに振り返って投げかけた言葉に、いつもの調子っ外れな高笑いが返ってきた。
「それで、お前の隠し玉はこれで終わりか?」
「あれだけやってかすり傷程度とは、たいがい人間辞めてますねぇ、ヴァン」
「私を止めることが出来るのはモースだけだ」
「もはや気持ち悪いくらいですね、モースのこと好き過ぎません? あなた」
「愛か、言い得て妙だな。モースに対するこの執着は、確かに愛と呼んでも良いかもしれん」
「おおやだやだ。そういうインモラルなことは止めて頂きたいですねぇ」
「さて、お前の手がこれだけというのなら、これ以上様子を見る必要は無いな」
「フン、天才たる私が二の矢三の矢を持っていないとでも? 付き合って頂きますよ、ヴァン。この天才ディスト様の悪足掻きに」
教団本部は万が一ダアトにどこかの勢力が攻め込んできたときのことを考慮し、神託の盾騎士団本部と合わせて籠城拠点としての機能を果たすことも出来るように設計されている。それはつまり、表面的な破壊が内部に伝播しないような造りになっているということだ。それが功を奏したのか、教団本部の建物は外観こそ崩れている部分があり、燃えているところもあったものの、内部にまでその破壊は及んでいない。市街から避難してきたダアト市民の姿もチラホラと目に入る。
「モース様!」
カンタビレに引っ張られた私に声を掛けてきたのは、怪我をした市民に包帯や薬を運んだりと忙しなさそうなオリバー・タトリンだった。
「オリバー、ちょうど良いところに来てくれました」
「ちょうど良いとは? それよりカンタビレ様、そのお怪我は!?」
「気にするな。ちょっとヴァンとやり合っただけだ。フローリアン達は?」
「フローリアン様達であれば導師イオンと共にパメラが部屋で面倒を見ています。混乱を招かないように外に出すのは控えようと……」
オリバーの手の中にあったタオルを受け取り、顔についた血を拭いながらカンタビレが問えば、オリバーは訳が分からないと言いたげであるものの、きちんと答えてくれた。どうやらフローリアン達は無事のようだ。こんな状況で導師イオンと同じ顔をした人間が衆目に晒されれば更なる混乱を招くことになるのは目に見えている。
「なら話は早いね。さっさとフローリアン達を連れてバチカルに脱出するよ」
「ですが、ヴァンを放ってダアトを離れるなど……」
「ヴァンの狙いはお前だよモース。お前がヴァンと対峙した時点で、奴の目的は殆ど達成されてるだろうさ。あんまりグズグズしていてルーク達と戦うってのも、復活直後の奴としちゃあんまりやりたくないことだろうしね」
「そう、かもしれませんが……」
カンタビレの言葉に私の頭の中で様々な可能性が浮かんでは消える。脱出か、あるいはここで残ってヴァンを撃退出来る可能性に賭けるか。フローリアン達を確実に救って罪も無いダアト市民を危険に晒すのか、ダアト市民を守り、フローリアン達に危害が及ぶ可能性を受け入れるのか。何を選んでも何かが犠牲になるような板挟みに、口の中が渇き、喉に言葉が張り付いてしまう。
「……その、私には何が何やら分かりませんが」
と、そんな私を眺めていたオリバーがおずおずと口を開く。
「モース様が何に悩まれているのかは分かりません。きっと私などでは及びもつかない大きなことを考えていらっしゃるのだとは思います」
ですが、と。優し気だったオリバーの目が一瞬だけ鋭く光る。
「モース様、かつてあなたが私に仰った言葉を返しましょう」
善意を一番に向ける相手を間違えてはいけない。
その言葉は、かつて借金の取り立てに悩むアニスを助けようと、私がタトリン夫妻に向かって言い放ったものだった。私はハッとして彼の目を見る。
「あなたがダアトをこの上なく大切に想っていらっしゃるのは重々承知しております。でも、人がその両手で掬えるものはあまりに少ない。だからこそその優しさを向ける先を間違えてはいけないのです。ダアトももちろん大事でしょう。ですが、あなたの一番はそれではない。導師イオン、フローリアン様達ではありませんか? 子と呼んでも差し支えない彼らにこそ、あなたの情が一番注がれるべきなのです」
全てを一人で救うなど、あまりに傲慢な考えだと思いませんか?
私だけではない。隣にいるカンタビレまでもが、呆気に取られてオリバーを見ていた。
「それに、一人では出来ることに限りがあるからこそ、私達は手を取り合う。そう教えて下さったのはあなたですよ、モース様。モース様で足りぬ分は、ここにいる皆で助け合いましょう。かつてあなたが私達に手を差し伸べてくれたように、私達にもあなたを助けさせて下さい」
最後は私に向かって頭を下げるオリバー。私は、彼の言葉に頭をガツンと殴られたような気分だった。傲慢な考え、その通りだ。私はいつから、ダアト市民をただ庇護すべき存在としか見ていなかったのだろう。彼らが自分達で考え、歩んでいる一人の人間であると言うことを、そうあることを求めた私自身が忘れていた。ただ守らねばならないと、私がやらねばならないとずっと考えてばかりだった。それが少しはマシになり、ルーク達にも頼ることを覚え始めてきたが、それではまだ足りないのだと、オリバーは優しく叱ってくれる。
「一本取られたね、モース」
カンタビレはそう言って嬉しそうに笑う。
「ヴァンの奴を止められる保証なんてない。犠牲が出るかもしれない。だけどね、それはモースに命令されたからじゃない、他ならぬ私達でそうすることを選んだ結果なのさ。その選択の重さを、お前一人で抱え込む必要なんか無いしその義務も無い。誰かに言われるがままに従うんじゃなく、自分達で選択し、その結果を皆で受け止めるのさ。それが、お前の言った未来を自分の意思で選ぶってことだろう?」
「……私は、あなた達にとっくに支えられているのに、この上更に助けてくれなどと恥知らずなことを言って良いのですか?」
情けなくも視界が滲むのを抑えられず、だが声だけは震えないようにと堪えながら、言葉を絞り出した。
「それに否やを唱える人間は少なくともダアトにはおりませんよ、モース様」
「恥知らず上等さ。頼りな、モース。お前が築き上げたダアトは、繋いだ人間は、たかが大詠師一人くらい軽々と受け止められるくらい強いのさ」
ディストも、カンタビレも、オリバーも。ダアトの人々は私に優しすぎる。どうしようもなくなってしまった私を、カンタビレとオリバーが確かに受け止めてくれた。
私は選んだ。選ばせてもらった。ハイマン君やディスト、カンタビレ、オリバー、ダアトの強さに甘えて選択した。それは大詠師としては無責任だと罵られても仕方がない選択だ。私情に塗れた選択、私のエゴでしかない。けれどそれで良いのだと、それでも味方だと言ってくれる人がいる。ならば私は、その選択に恥じない男でなくてはならない。私は確かに弱くなったのだろう。