リグレットと私達の間に壁となるように降り立った彼女は、種族の壁を超えて家族となった兄弟達と共にリグレットに対峙する。彼女を守るように、両脇には彼女がいつも連れている四足の魔物であるライガと鳥獣型の大型魔物であるフレスベルグが控えていた。
「アリエッタ、お前も閣下を裏切るのね......」
そう呟くリグレットの声に、先程の私やカンタビレに向けていたような力強さは無い。どこか悲しそうな顔でアリエッタを見つめていた。
「お前の故郷は
「アリエッタの故郷も、本当のパパとママも沈んじゃった。でもそれをしたのはモース様じゃないもん! それにモース様は
アリエッタの情緒は魔物に育てられた故か歳の割には幼く、また直情的になりがちだ。しかしそれが故に彼女の意見は時折大人達も舌を巻くほど物事の本質を抉り出してくることがある。今のリグレットへの返しもそうだ。現に私やカンタビレに何を言われても表情を崩さなかったリグレットの顔が苦々しく歪んでいた。
「それは......。モース達のやり方は手緩いからよ。彼らのやり方では真に
「モース様はママと新しく生まれてくる兄弟達の為にダアトの近くにママ達を住まわせてくれた。アリエッタの本当の家族はもういなくても、アリエッタにはママ達も、モース様も、イオン様もいる。だから皆がいなくなっちゃうようなことを考えてるリグレット達には味方できない!」
「あのイオンはアリエッタの知っているイオンではないのだぞ!」
「それでもアリエッタのイオン様に頼まれたんだもん! 今のイオン様も、フローリアン達も守ってあげてって! アリエッタはイオン様の
アリエッタがそう言い切ったのを合図に、彼女と共に降りてきた他の個体よりも立派な体格をしたライガがリグレットに飛びかかる。更にフレスベルグが中空からライガを援護するようにリグレットに襲い掛かり、高さというアドバンテージを活かしてリグレットの注意を惹き付ける。異種族の魔物が同士討ちもせず、なおかつこのような連携を取るなど常識で考えればまずありえない事象だ。それを明確な指示もなく、魔物達と築き上げた絆によって成立させてしまえる能力こそ、彼女がその幼さというハンデを物ともせずに六神将に名を連ねることになった理由の一つ。そして更に、
「リミテッド!」
アリエッタのその声と共に、リグレット目掛けて幾筋もの光柱が降り注ぐ。上級譜術を容易く行使する本人の戦闘力。魔物を使役する能力だけでなく、譜術士としての才もまた、彼女が六神将と呼ばれるに相応しい。譜術に限って言えば、彼女の才能は同年代のアニスをも上回るのだから。
「モース様! ここはアリエッタが守るから、行って!」
アリエッタが背後の私達に向かって言う。確かに彼女ならば一人でもリグレットと渡り合える。魔物との言葉も必要としない連携と、本人の譜術による援護。こちらが心配することも烏滸がましい。だが、それを容易く受け止めることが躊躇われたのもまた事実。そんな私を我に返らせたのは、右手の裾を強く引く感触だった。
「行きましょう、モース」
「導師イオン......」
アリエッタの乱入によって集中力が途切れ、解除されてしまった氷壁から出てきた導師イオンが、私の腕を取っていた。
「アリエッタを信じましょう。アリエッタは強い、そうでしょう?」
私の目を覗き込みながら言う導師イオンの目の奥には微かにアリエッタを心配する色が残っている。それでも、彼は優先順位を間違えるなと、あくまでも冷静だ。本来その役割は私が担うはずであるのに。また彼に嫌な役目を背負わせてしまった。私は右手に添えられた導師イオンの手を取り、力無く笑みを浮かべた。
「ええ、そうですね。すみません、嫌なことを言わせてしまいました」
「話しは終わったかい? 行くよ!」
カンタビレの声に弾かれるように、私達はリグレットによって塞がれていた扉へと走る。リグレットは私達を止めたくとも、ライガとフレスベルグ、アリエッタの譜術に追い立てられていては流石にその余裕も無い。先程までの苦戦が嘘のように、あっさりと私達は扉を越えることが出来たのだった。
ローレライ教団本部にいくつもある書庫。そこにはそれぞれに異なる場所へと繋がる転移用の譜陣が隠されている。私が選んだのはその中でも比較的近距離、ダアトの郊外に位置する巡礼碑に繋がる譜陣だった。
光が収まり、目を開ければ鬱蒼とした森の中。少し歩けば巡礼碑が見えてくるだろう。その証拠に、ダアトから避難してきたと思われるダアト市民の声が聞こえてくる。
「怪我をしている人はこっちに!」
「この辺りは安全だから安心してくれ! 神託の盾騎士団が巡回しているからな」
そのざわめきの中に、聞き慣れた声が聞こえて私はようやく張りつめていた緊張が解けていくのを感じた。今この場においてもっとも安心できる声だったからだ。
「ルーク、ガイ!」
「モース!? 無事だったのか!」
声をかけながら開けた場所に出てみれば、目を丸くしたルークが慌てて駆け寄ってくる。そして後ろに続くカンタビレが視界に入ると、振り返ってガイにティアを呼んでくるように指示を飛ばす。
「一体何があったんだよ! ヴァン
「すみません。導師イオンやその他の皆さんをダアトから連れ出さねばなりませんでしたから」
そう謝って経緯を説明する。ガイが連れてきてくれたティア達他のメンバーにも同様に事情を説明し、勝手な行動を取ってしまったことを謝罪した。
「すみませんでした。軽率に一人で行動したばかりに取り返しのつかないことになるところでした」
「まったくです。ヴァンが来ているなら尚更我々が固まって行動するべきでした。一人で対峙するなど、無謀を通り越して自殺行為でしかありません」
頭を下げた私に、ジェイドの厳しい言葉が降ってくる。彼の語調こそ平時と変わらず平坦なものの、そこに秘められた怒りは私にひしひしと伝わってくる。
「ま、その先走りのおかげでカンタビレが助かったのだとすれば、責めるばかりも出来ませんがね。とはいえ、独断専行は慎んでください。今のあなたはヴァンに付け狙われている。あなたがあの男の手に落ちてしまえば、ヴァンが何をしでかすか分かったものではありません」
「......肝に銘じます」
ジェイドの言葉に、私はダアトで対峙したヴァンの姿を思い出す。私を見るあの男の目は、何かに取り憑かれたかのような異様な光を宿していた。アブソーブゲートでルークとアッシュの繋がりを通してヴァンと接触し、その狂気の一端に触れていたにも拘わらず、私はあの男の危険性を本当に理解していたわけではなかったことを思い知らされた。
「......それで、導師イオンや他の兄弟達をどこに連れていくんですの? まさか連れ歩くわけにもいきませんわよ」
重苦しい沈黙が漂いそうになったのを敏感に察知したナタリアが助け船を出してくれた。
「そのことですが、面倒をかけてしまいますがファブレ公爵家の力を借りられれば、と」
「父上の?」
ファブレの名を出せば、ルークがきょとんとした顔をして聞き返してきた。
「ええ。バチカルはそもそも要塞都市ですからヴァン達に攻め込まれるとしても耐えられるでしょうし。何よりも導師イオンの事情をあまり大っぴらにするのもマズイですからね。いくらレプリカが大衆に認知されたからとて、逆に認知されたからこそ、容易に受け入れられるとは思っていません」
そういった意味でも、すでにこちらの事情を知っており、なおかつ協力してくれる人物の選択肢はあまり多くない。その中で最も助けてくれる可能性が高く、フローリアン達の面倒を見ることが負担になりにくい人物といえばファブレ公爵になる。
「バチカルに向かうのは良いとしても、ここの人達はどうすればいいかしら?」
「流石に神託の盾騎士団だけに任せるわけにはいかないよぅ。またレプリカが紛れ込んでてもすぐに区別出来ないし......」
ティアとアニスが発した言葉に、他の面々も顔を曇らせる。確かに、巡礼碑の周りは普段から騎士団が魔物を掃討し、今も巡回してくれているとは言え、魔物の脅威はゼロではない。加えて、万が一レプリカ兵が紛れ込んだときの混乱を考えれば、すぐにここを離れる判断がしにくくなるのも無理はない。
「それなら俺がここに残る」
妙案が思い浮かばず、黙り込んでしまった私達に投げ掛けられたぶっきらぼうな言葉。
「アッシュ!? 無事だったのか!」
弾かれるように顔を上げたルークが声の主に駆け寄ると、彼は顔をこれ見よがしにしかめてルークを押し留めた。
「近付くんじゃねえ、鬱陶しい! 俺もシンクも大した怪我はしてない。ヴァンの野郎、俺達に何も興味を示さずダアトに飛んでいっちまったからな。それで、ここに残って市民を護衛する人間が必要なんだろう?」
どこから話を聞いていたのか、私達の状況を正確に把握している彼は、そう言って後ろに控えているシンクに目配せをする。
「......ハイハイ、分かったよ。とりあえずアッシュの元部下を集めてくるよ。どれだけここにいるかは分からないけどね。そいつらを頭に部隊を分けて互いに符丁を決めて照合させる。照合出来ない人間がいたらそいつはレプリカ。人数にもよるけど5班くらい作って2班は巡回、2班は野営地警邏、1班が休憩でローテーションさせればまあ何とか保つと思うよ」
あの目配せだけで何が伝わったのか、シンクはすらすらと方針を諳じると「これで満足?」とでも問いたげに仮面越しにアッシュへと視線を返す。
「ほぇ~、シンクって実は仕事出来る人だったり?」
「これでもヴァンの下で参謀みたいなこともやってたんだ。人を動かしたりもしてたんだからこれくらい出来て当然だろ」
感心したように声を漏らしたアニスに、シンクがあらぬ方向を向いて素っ気なく返す。微かに耳が赤くなっているのを見るに照れているのだろう。そしてそれを見逃すアニスではない。彼女はシンクの様子にニマニマといやらしい笑みを浮かべると、近寄って肘でシンクの脇腹をつつく。
「な~に? もしかして照れてる~?」
「そ、そんなわけあるか! そんなわけあるかッ! ~っ、さっさとバチカルにそいつらを連れていきなよ!」
アニスにからかわれて更に耳の赤みを増したシンクは、そう言うとずんずんと人混みの中へと歩き去っていってしまった。
「ふふ、頼りになりますね、シンクは」
その様子を微笑ましく見つめる導師イオン。ルーク達も、温かい目で人混みの中へ消えていくシンクを見送った。
「俺とシンクが残って指揮を採る。ヴァンがここを離れたのを確認したら俺達はグランコクマに行って作戦の最終打合せだ。それまでにお前達はラジエイトゲートに行ってプラネットストームを停止させておけ」
「分かった。ここは頼んだ、アッシュ」
ルーク達に向き直って言ったアッシュに対し、ルークはそう返して右手を差し出す。
「何のつもりだ?」
そう言って差し出された右手を睨み付け、眉間の皺を深くするアッシュにもルークの微笑みは崩れない。
「ここを頼むっていう握手だよ。思えばアッシュとこうして協力することって今まで無かったなって思ってさ」
「......馴れ合うつもりは無い」
「馴れ合いじゃなくていいさ。互いにやり易いように互いを利用する。そんな関係でも、こうやって表向きは手を取り合うもんじゃないか?」
「......ッチ、しばらく見ねえ間に」
その後に続く言葉は無かった。アッシュの心の中にだけしまわれたであろう言葉が何なのか、それを知る術は無い。しかし躊躇いがちとはいえ、差し出されたルークの右手を苦々しく握り返したことが、何よりも雄弁にアッシュの内心を物語っているように見えたのだった。