大詠師の記憶   作:TATAL

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閑話回です


●カンタビレと私

「なるほど、ダアトの状況は理解した。良いだろう、あの子らはこちらで預かる。カンタビレ殿もこちらで身体を休めると良いだろう。既に白光騎士団は互いの顔と名前、識別術式で照合可能だからな。レプリカ兵が入り込む隙は与えん」

 

「すみませんが頼らせて頂きます。面目ない」

 

「気にするな。バチカルもそうなっていた可能性は十分にあったのだから」

 

 バチカルの最上層。王城と同じ階層に建てられたファブレ公爵邸にて。私達は応接室でクリムゾンと向かい合っていた。私から事の次第を聞いたクリムゾンは眉間に皺を寄せて思案に耽っている。

 

「にしても、ヴァンが意図していたかはともかくとして、開戦前に機先を制されたな。プラネットストームの停止も出来ていない中、一方的にこちらが被害を被った」

 

「その通りです。ピオニー陛下には既に鳩を飛ばしていますが、キムラスカも警戒を厳とすべきでしょう。いつヴァン達が両国に進軍してくるか分かりません」

 

「助言感謝する、死霊使い。しかし備えたとしても空から来られてはバチカルも無力だな。下からの侵攻には強くとも上からの侵攻に対する備えは乏しい」

 

 クリムゾンの言葉に、私の頭にバチカルの構造が思い起こされる。かつて巨大な譜石が落下した跡地に築き上げられたらしいこの都市は、縦に長い構造をしている。上層に行くほど高級住宅街となり、最上層は王城とファブレ公爵邸を構えた階層構造だ。それぞれの階層は昇降機か天空滑車を用いる仕組みとなっており、地上や海上から進攻しようとすればそれらの昇降装置を用いなければ難しい。縦に長い構造は大兵力を展開するにも不向きだ。一方で守る側からすれば兵力を集中させるべき場所が絞られており、尚且つ敵の進攻ルートも分かりやすいとなればこれほど守りやすいことは無い。かつてキムラスカとマルクト以外にも数多の国が興り、相争っていた時代でもなおこのバチカルが陥落したことは無かったのだから、その堅牢さは歴史が証明していた。しかし、今度の敵は空中に浮かぶ島。下からは攻めにくくとも、上から見れば最も狙うべき相手が目の前にいる状態だ。これまでの常識が通用しない戦いになるだろう。

 私の頭でも考えられる懸念は、歴戦の将であるクリムゾンであれば当たり前に考え付くことだろう。そしてそんな常識の埒外にいる相手に対し、防衛策を講じなければならない彼の重圧は私如きには計り知れない。

 クリムゾンは暫し黙って眉間を人差し指と親指で揉んでいたが、一つため息をつくと、顔の険を和らげて私達を、ルークを見つめた。

 

「防衛に関してはゴールドバーグ将軍とも相談することにしよう。それより、ルークもよくやった。ダアトから市民を避難させ、急拵えの野営地まで準備するとはな」

 

「え、お、俺はそんな……、大したことはやって、ないし」

 

 突然話を振られたルークはクリムゾンの褒め言葉にしどろもどろに返し、どんな顔をすれば良いのか分からないように頬を掻いて視線を下に向ける。その様子が微笑ましくて、私やジェイド、他の面々も頬を緩め、先ほどまで漂っていた緊張感が霧散していくのを感じていた。

 

「何を言う。貴族として、他国であろうと民を守り、導く姿勢。キムラスカの、ファブレの名に恥じぬ行いだ。貴族たるものの責務を果たした息子を褒めなければそれこそ私がシュザンヌに叱られてしまう」

 

「それを言うならアッシュの方がよっぽど俺なんかよりしっかりと貴族らしかったよ、父上」

 

 ルークの肩に手を置いて微笑むクリムゾンに、褒められた当の本人は逆にどんどんと居心地悪そうに縮こまっていく。クリムゾンが父として接しているのに対し、ルークはまだどこか心の隅でアッシュのレプリカという事実が引っ掛かっているようだ。そんなルークに向かってやれやれと呆れながら、歩み寄り、力強くその背を叩いたのはルークが最も信頼する友人。

 

「なーにうじうじしてんだよ、ルーク。こういう時は胸張っときゃ良いんだ。他人の方が出来てようが何だろうが、お前だって十分以上に働いてたことは事実じゃねえか」

 

「そうよ、ルーク。あなたはちゃんと変われている。ずっと見てきた私が言うんだもの、間違いないわ」

 

 そう言ってガイに続くのは優しい微笑みを浮かべたティア。ガイと共にルークを挟むように立ち、彼と視線を合わせた。

 

「ガイ、ティア……」

 

「そういうことだ。私が褒めることなどあまり無いのだから、素直に受け取っておきなさい」

 

「……はい。ありがとう、ございます」

 

 ガイとティアに諭され、ルークはようやくクリムゾンの言葉を受け止めると、そう言ってはにかむのだった。そして応接室内には、どこかむず痒い空気が漂うことになるのだが、ジェイドの「そろそろ感動の親子対面シーンは終えても構わないですかね」という身も蓋もない言葉でそんな空気もあっさり消え去るのだった。

 

 


 

 

 バチカルはファブレ公爵邸のもとに身を寄せて二日は何事もなく日々が過ぎていった。ヴァンとの戦いでダメージを負ったカンタビレと私の回復を待つためにルーク達を足止めしてしまう形になったが、彼らからは気にするなと言われるだけだった。

 とはいえ、もちろんその言葉に甘えて休み続けていたわけでは無い。ヴァンと直接対峙した人間として、今の彼の強さ、状態をルーク達に伝え、クリムゾンと共にバチカル防衛網構築にも無い知恵を絞って協力していた。

 

「休むという言葉の意味が分かってるのかい、お前は」

 

「藪から棒になんです、カンタビレ」

 

 そして今日はといえば、ティアとナタリアの譜術によってダメージが多少癒えてきたカンタビレの看病を朝からしていた。その最中に半眼のカンタビレに投げかけられた言葉がこれだ。

 

「きちんと睡眠は摂れていますし、目立った外傷もありません。十分に休めましたよ、私は」

 

「そういうことじゃないんだがね……。まあいい、さっさと包帯を巻いてくれ」

 

 私の返答に呆れたように大きなため息を零したカンタビレは、そう言って私に左腕を差し出す。ティア達の譜術で回復させたとは言え、ヴァンとの戦いで深く傷ついたのか、彼女の二の腕から肘にかけては大きな傷がついてしまい、まだ治り切っていない。恐らくは傷跡が残るだろう。

 

「なんだい、じっと見つめたりなんかして」

 

「……いえ」

 

「傷のことなら気にすることは無いよ。どうせ既にこの服の下は細かい傷がたくさんあるんだ。今更一つ二つ増えても変わらないさ」

 

 カンタビレはそう言って豪快に笑うが、私はピクリと口の端を引き攣らせるだけで上手く笑えなかった。カンタビレもそうだが、私の為に傷ついた人たちが沢山いる。今目の前にある彼女の傷が、私に語り掛けてくるようだった。自身(モース)がどれほど無力な存在であるか。導師イオンを、ルークを、子ども達を守ろうと思っているのに、結局は彼らを矢面に立たせざるを得ない己の身が如何に滑稽か。そしてそんな無力な己の為に傷つく人を癒すことすら出来ない。

 

「何を考えてるのかは分からないけど、あんまり女の肌をじろじろ見るってのは感心しないね」

 

「ああ、すみませんでした。すぐに包帯を巻きますね」

 

 カンタビレにそう言われて私は慌てて彼女の左腕に包帯を巻いて行く。真新しい白い包帯が傷を覆い隠していき、私の目から傷が見えなくなってしまうまで、私は目に焼き付けるように彼女の傷を見つめていた。忘れるな、これが私の為に傷ついた人の傷だ。私がどれほど多くの人に支えられているのか、オリバーにも言われたように、彼ら自身が選んだ結果なのだとしても、その協力に、献身に報いる気持ちを忘れてはならない。

 

「さ、これで良いと思いますが、きつくはありませんか?」

 

「ああ、ちょうど良い」

 

 包帯を巻き終えた左腕を動かしながら、カンタビレは満足気に笑う。

 

「それで、あんなに熱心に私の傷を見て何を考えてたんだい?」

 

「ただありがとう、と。あなたのお陰でヴァンの足止めが叶い、こうしてバチカルまで逃げることが出来ました。これまでもあなたには散々助けられてきましたからね、どう報いたものか考えあぐねていました」

 

 これも事実だ。カンタビレとは大詠師となる前からの付き合いであり、最も古くからの協力関係だ。これまで助けられてきた恩に対し、それに値するものを私が返せているとは思っていない。かつてそのことを正直に伝えたときに返ってきたのは、彼女の代名詞とも言える豪快な笑いと気にするなという言葉だった。

 

「報いねぇ。傷を見てナーバスにでもなったかい? 傷物になったって?」

 

 私はそんなタマじゃないよと、相も変わらない豪快な笑いを私に返してくれる。

 

「元より棒振りしか能が無い人間。傷なんて数え切れないほどついてるさ」

 

「それでも、あなたには返しきれない借りがありますから。いつか借りを返しますよ」

 

「そりゃいい。ならこの傷をつけた責任でも取ってもらおうかね」

 

「先ほど数え切れないほどついてると言いませんでしたか?」

 

「だから取らなきゃいけない責任も大変なことになってるかもしれないねぇ?」

 

 カンタビレはそう言って悪戯っぽく笑う。それに釣られて私も肩を落として笑うしかなかった。

 

「こんな情けない老人に何をさせるおつもりですか」

 

「何が老人だ、老人があんなに身体張ってたまるか」

 




スキット「女三人寄れば……?」

「ムッフッフ~」

「うふふ」

「な、なにかしら、アニス、ナタリア。そんな妙に笑って」

「いえいえ、べっつにぃ? ねえ、ナタリア~?」

「ええ、ルークの理解者が増えて喜ばしいと思っているだけですわ」

「絶対にそれだけじゃないでしょう、その笑いは」

「だって~、ルークのことずっと見てきたってなんだかや~らし~」

「!? そ、そんな変な意味無いわよ! ルークが大人になってることを分かってるって意味で……」

「ええ、ええ、そうですわね」

「アニスちゃんも分かってま~す」

「絶対に分かってないじゃない!」

「そんなことないよぉ? 全部終わったらルークはモース様に挨拶に行かなきゃね~」

「ですわね。モースのお眼鏡に適うのは中々厳しそうですが」

「なんでモース様に挨拶することになるのよ! モース様も困るじゃない」

「モースなら案外普通に受け入れそうですけれど」

「娘はやらん!って言ってるモース様?」

「プフッ、ちょっとアニス、やめてくださいまし」

「ま、どっちかというと穏やかに談笑してるイメージだけどねぇ。それでいて変な男だったら諭して改心させてそう」

「まあ、ルークは変な男では無いのですから安心ですわよ?」

「だ~か~ら~!」

「あら、これ以上揶揄っては本当に怒っちゃいそうですわね」

「でも顔真っ赤だからあんまり恐くないね」

「……もう、知らないっ!」

「行ってしまいましたわね」

「揶揄いすぎちゃったかなぁ、アニスちゃんはんせー」

「あの、ティアが顔を真っ赤にしてこっちに来たのですが。何を言ったのです?」

「怒ってすぐに頼るのがモース様ってだけで結構さっきの話が割と現実味を帯びちゃうよねぇ?」

「ですがアニスならガイやジェイドにこのような話をしますの?」

「……しないねぇ。ガイも大佐もこんな話にいっちばん向いてない人間だよ」

「何の話をしてるのですか……」

「モース様が頼りになるなぁって話ですよ」

「ええ、その通りですわ」

「……素直に喜べないですね」

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