大詠師の記憶   作:TATAL

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ラルゴと私

 結局、ナタリアはルーク達について行くことに決めたらしい。あの後しばらくしてルークが中庭まで私を呼びに来てくれた時にそう教えてくれた。彼女の決意は固く、それは陛下の言葉であっても覆ることの無いものだったらしい。彼女がそうと決めたのならばこれ以上は私に言えることは無い。これまで以上に強い意志を秘めた彼女の目を見た私は、後ろで諦めたように笑う陛下と同じ顔をしていたことだろう。

 そして今日、真正ローレライ教団から使者が訪れるという先触れがあったため、私達は玉座の間、ファブレ公爵やゴールドバーグ将軍と並んで陛下の側に控え、その使者を迎えた。

 

「真正ローレライ教団の使者、黒獅子ラルゴ。過日そちらに寄越した要求に対する返答を聞きに参った」

 

 我々に対するのは黒髪の偉丈夫。使者とは彼のことだったか。私は視線をインゴベルト陛下の横に立つナタリアに向けた。彼女の顔は強張っているものの、取り乱すことは無かった。ラルゴを、敵として立ちはだかる実の父親を前にしても彼女は毅然とした態度を崩すことは無かった。

 

「キムラスカ=ランバルディア王国は真正ローレライ教団を認めない。その創始を宣言した首魁たるオーレルは既におらん。我々が貴殿らに屈することは無いと思ってもらおう」

 

「……なるほど、それがそちらの答えか」

 

 陛下の言い放った言葉を瞑目して聞き届けたラルゴは、静かにそう呟いた。そこに感情の乱れは無い。彼もそうなることが分かっていたからだろう。

 

「お前達は星の記憶に縛られ続ける未来を選んだというわけだ」

 

預言(スコア)には頼らない。キムラスカはマルクトと手を結び、預言(スコア)に頼らず繁栄を手にして見せよう」

 

「ハッ、今まで散々預言(スコア)に頼り続けてきた分際で笑わせるものだ」

 

 陛下の言葉をラルゴは一笑に付す。口元に微かに笑みを浮かべてはいるものの、その言葉の端々に滲むのは確かな怒り。

 

「その言葉、嘘では無いのならば示して見せろ。ラジエイトゲートで待つ」

 

 その言葉と共に身を翻し、ラルゴは玉座の間を去ろうとする。

 

「少し待ってはくれんかラルゴ、いやバダックよ」

 

 だがそれを呼び止めたのは陛下の言葉。バダックと呼ばれた瞬間にラルゴの身体から目に見えて分かるほどの怒気が発され、先ほどまで冷静だった表情は明確に怒りで歪められていた。

 

「その名は捨てた。よりにもよって貴様が俺をその名で呼ぶとはな。この場で縊り殺してやろうか?」

 

「それを我らが許すとでも?」

 

 ドスンと床を大きく鳴らして踏み出したラルゴとインゴベルト王の間にクリムゾンが割って入る。ルーク達と私も警戒態勢に入るが、陛下が片手を上げてそれを制した。

 

「かつても貴様の率いる白光騎士団に阻まれたのだったのか。だが今は目の前に落とすべき首がある」

 

「バダック、お主が儂を恨んでいるのは重々承知している。だが、ナタリアまで、お主の娘まで巻き込むことを良しとするのか」

 

「……俺の娘は死んだ! 妻も、娘も、他ならぬ貴様らの手によって奪われた。そんな貴様らが俺を諭すだと? どこまで傲慢で、人を馬鹿にすれば気が済む!」

 

 ラルゴの怒りは凄まじく。絨毯が敷かれているにもかかわらずその下にある大理石がミシミシと音を立てる。直接向けられていないはずの私の背中にとめどなく汗が流れていた。

 

「確信したよ。その傲慢さこそ、人が星の記憶から脱却出来ないことを示す何よりの証左だ。何度でも同じ過ちを繰り返す。……覚えておけ、二度と貴様らと俺の道が交わることは無い」

 

 言いながらラルゴは左腕の裾を捲り上げると、私達に見せつけるように掲げた。そこに刻まれているものを一目で理解出来たのは、身をもってそれを経験した私とジェイド、そしてそれを受けたものを目の当たりにしたことがあるルーク達だ。

 

「ラルゴ、その腕は……」

 

「副作用が分からないはずが無いでしょう……!」

 

「フン、元よりこの身は既に果てたものと考えているわ。今更何を躊躇う必要がある」

 

 彼の腕に刻まれていたのは譜陣。それも私やジェイドのものと同じく、周囲から特定の音素(フォニム)を吸収する効果を持つものだ。第七音素(セブンスフォニム)を吸収するものでは無いようだが、その他の音素(フォニム)であっても、過剰に吸収してしまえば体内の音素(フォニム)バランスが崩れ、致命的な事態を引き起こしてしまう。そんな効果を持つ劇物を、彼は左腕にびっしりと刻みつけていた。

 

「もう一度言う、ラジエイトゲートで待つ。そこでお前達の覚悟を見せてもらおう。本気でこの世界を守りたいのなら、俺を殺して前に進め」

 

「……本当に、止まることは出来ませんの?」

 

「止まらん、止まれんところまで俺達は来ているんだよ、お姫様」

 

 そう言ってラルゴはナタリアを一瞥すると、今後こそ振り向いて玉座の間を後にする。

 

「……すまなかった。儂の気が逸った」

 

 ラルゴが居なくなり、静かになった部屋の中で、陛下がぽつりと零した。

 

「確かにあまり良い交渉ではありませんでしたな。あの場でラルゴが激昂していれば、例え私とルークらが居ても陛下の身に危険が及んだことでしょう」

 

 陛下の謝罪に率直に苦言を呈したのはクリムゾンだ。彼に返す言葉も無く、陛下は顔に手を当てるとため息を吐く。

 

「すまぬな。昨夜ナタリアと話し、覚悟を決めたのは分かっていたのだ。だが、それでも聞かずにはおれなかった。怒らせると分かっていてなお、一縷の望みを捨てきれんかった」

 

「親である以上、娘を案じるのは当然のことです。ですからこれ以上責めることは致しません。それよりも、先ほどラルゴが見せた腕の入れ墨、あれの意味をルーク達は知っているのか?」

 

「あれは……」

 

 クリムゾンに問われ、説明しようと口を開いたルークを手で制したのはジェイドだった。

 

「あれは特定の音素(フォニム)を吸収する効果を持った譜陣です。身体に刻めば、フォンスロットを通して対応する属性の音素(フォニム)を体内に吸収し、譜術の威力や身体能力を向上させる効果を持ちます」

 

「なんと、そのような技術があったのだな。だが、あの口ぶりからするに良いことばかりではあるまい?」

 

「ええ、その通り。特定の音素(フォニム)を身体に取り込み過ぎると、体内で構成音素(フォニム)のバランスが崩れ、深刻な音素乖離症状を引き起こします。パッと見た印象ですが、ラルゴの腕に刻まれていたものはかなりの密度でした。恐らく後先考えない量の音素(フォニム)を取り込んでいるはずです。身体能力の向上は凄まじいものでしょうが、それに付随する音素乖離の進行も著しいでしょう」

 

 死ねば死体も残らない。

 

 ジェイドの言葉に、その場にいた全員が目を見開く。私の脳裏に過るのは強制的に第七音素(セブンスフォニム)を吸収させられ、音素に溶けていった詠師オーレルの最期。ラルゴはラジエイトゲートで待つと言っていたが、そこでの戦いに勝とうが負けようがラルゴは生き残るつもりは無いのだろう。

 

「止まれない、とはそういう意味か。儂はもう、あの者に謝罪することすら出来ぬのだな」

 

「我々に出来ることは、ラルゴを踏み越えてでも目的を達成することだけです」

 

「……行こう、ラジエイトゲートへ」

 

 


 

 

 創生暦時代にユリアがプラネットストームの起点としてオールドラントに刻んだ最初のセフィロト。生き物の気配が希薄で荘厳な印象を受けたアブソーブゲートとは対照的に、ラジエイトゲートはかつてそこを根城にしていたであろう巨大な竜の魔物の骨が遺構に巻き付き、地核から噴き出す記憶粒子(セルパーティクル)が暴風となって吹き荒れていた。

 

「これほど大きな魔物が創生暦時代には存在していたとは」

 

「気を付けましょう。ここを住処にしている魔物は他とは一線を画す強さでしょうから」

 

 竜の遺骨を見上げて呟いた私に、ジェイドが注意を促す。その後ろでは、ノエルに言づけ済ませたルーク達がこちらに歩いて来ているのが見えた。

 

「それで、入り口は?」

 

 ルークに問われ、私とジェイドは揃ってある方向を指差した。そちらを覗き込んだアニスがあからさまにげんなりとした顔をする。

 

「……思いっきり崩れちゃってるけどぉ?」

 

「崩れ方から見て昨日今日に崩れたのではなさそうね」

 

「だがこれじゃあどこから入ったもんか」

 

 瓦礫で塞がれた遺跡への入り口を前に、アニスとティア、ガイが腕を組んで唸っているが、私とジェイド、ルークは別の方向を見ていた。

 

「なあジェイド、やっぱり……」

 

「それしか無いでしょう」

 

「……流石に肝が冷えますね」

 

「三人とも崖下を覗き込んで、何を見ていますの?」

 

 口々に呟く私達を見かねたナタリアが隣に立って同じように崖下を覗き込んだ。そして顔を少し蒼褪めさせてこちらを見る。

 

「まさか……」

 

「そういうことです」

 

 そうであって欲しくないというナタリアの望みをそう言って絶つ。入り口が塞がれているのならばこうするしか他は無いだろう。

 

「皆、こっちから入れると思う!」

 

 ルークが振り返ってティア達を呼ぶ。彼女らもナタリアと同じように崖下を覗き込むと、顔色が悪くなった。

 

「あのあの~、アニスちゃんには遥か下に中に入れそうな入り口っぽいのがあるように見えるんだけどぉ……」

 

「この高さから落ちたらただじゃ済まないのでは」

 

「まさかとは思うが壁に突き刺さった骨に飛び乗るとか言わないよな……?」

 

「よく分かりましたねぇ、ガイ。流石です」

 

「こんなの分かりたくなかった……」

 

 これから起こることを理解したガイが、にこやかなジェイドに肩を落としながら返す。そう、正規の入り口が塞がっている以上、壁に突き刺さった巨大な竜の骨を飛び移り、中に入れそうなところまで降りていくしかない。とはいえ、足を踏み外せば地核まで真っ逆さまと思われそうなそこを命綱も無しに降りていくのは非常に肝が冷えるが。

 

「ここ以外に道が無いのも事実です。諦めていきましょう」

 

「ほらほら、この中で最年長のモースがそう言っているのですから、ガイもいつまで情けないことを言っているのです」

 

「……モースみたいな覚悟決まり過ぎた人間と一緒にするのは止めて欲しいね」

 

 

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