大詠師の記憶   作:TATAL

111 / 137
始原の地、激突と私

「存外、早く来たものだな。もう少しかかると思っていたが」

 

 私達を出迎えたのは予想通りの人物。その手に握られているのは、大の男の上半身程の大きさはあろうかと思える黒鉄の刀身の大刀。更に身体中を覆う銅色の鎧と、顔を保護する同色の仮面。まさしく決戦仕様と呼ぶに相応しい装いだ。それでも最も目を惹くのは大刀だろう。その威容はそこにあるだけでラルゴの武人としての雰囲気と相まって押し潰すような威圧感を与えてくる。私の視線に気が付いたのかラルゴは手に持った大刀を掲げてみせた。

 

「この武器が気になるか、モース。これはかつて、俺が(ラルゴ)になる前に使っていた武器だ。どれだけ他の武器を使おうが、最も手に馴染むのはこの武器だった。皮肉なものだな、過去を捨てたはずの俺が、最も過去に縋っているとは」

 

「過去を捨てることなど出来ません。いつまでも過去は私達の背に張り付き、時を経るごとにその重みを増していくだけです」

 

「ハッ、おセンチなことを言うのだな死霊使い(ネクロマンサー)。それともお前にも何か消してしまいたい過去があるということか」

 

「ご想像にお任せしますよ」

 

「そんな人間味がお前にあるとはな、面白い」

 

 ラルゴはそう言って私に顔を向ける。仮面越しのため目元は伺い知れないが、私には彼の視線が物理的な重さを伴っているように感じられた。

 

「大詠師モース。思えばバチカルでは何一つ言葉を発していなかったな。この際だから聞かせてもらうが、お前は本当に星の記憶から人が脱却できるなどと信じているのか? 大詠師であればこそ、最も人の愚かしさをその目で見てきたというのに」

 

「唐突な問い掛けですね、ラルゴ。答えは変わりません、人は預言(スコア)に、星の記憶に負けることなど無いと、私は信じています」

 

「……そうか。あるいは貴様ならば俺やヴァンの想いを知り、共感してくれるかもしれんと期待していた」

 

「何を……」

 

「そうではないか。世界を預言(スコア)から解放せんとするその志は俺達と変わらない」

 

「違いますよ。私はあなた達のようにこの世界を滅ぼそうなどと考えてはいません。何より、あなた達のしていることは世界に対する復讐です。その気持ちを否定することは私には出来ませんが、その行いを許すことはありません」

 

 ラルゴの言葉を頭を振って否定し、メイスを彼に向ける。私の返答をラルゴは笑って受け取った。私の隣に立つナタリアが何かを言おうと口を開くも、何も言わないまま口を閉じて弓に矢を番えた。

 

「俺の気持ちは否定しないが、行動は否定する、か。良いだろう、その返答や良し。ならば後は己の得物でこのエゴを貫き通すのみ!」

 

「来るぞ、皆構えろ!」

 

 その言葉を皮切りに、その場の空気が重く、息苦しいものへと一変する。ここからは言葉でどうすることも出来ない領域だ。ラルゴの放つ威圧感が更に膨れ上がり、私は無意識に止めていた呼吸を何とか繋げる。

 

「日が暮れるまで突っ立っているつもりかぁ!」

 

「くっ、重ッ!?」

 

 怒号と共に突っ込んできたラルゴが大刀を横薙ぎに振るい、それをルークが受け止める。だがその予想以上の重さに、ルークは床を横滑りし、ラルゴに道を開けてしまう。

 後衛が無防備になるのを嫌ったガイがその隙間に入ると、決して小さくは無いその身を猫のようにしならせ、大刀の脅威範囲の内側、刃の無い柄本まで入り込んだ。

 

「ちょこまかと目障りだ!」

 

「生憎とそれが持ち味なものでね! 虎牙破斬!」

 

 振り切った後の大刀を左手のみで支え、懐に入り込まんとしたガイに裏拳を振るうも、ガイはそれを跳躍して避けると重力を味方につけて刃をラルゴへと叩き付ける。

 

「軽い!」

 

 だがその斬撃はラルゴの腕を覆う籠手に僅かな傷をつけるのみに終わり、力任せに振るわれた腕の勢いを利用してガイは距離を取る。そしてそれまでの攻防を黙って見ているだけの素人は今この場にはいない。

 

「そこでじっとしてなさい、セイントバブル!」

 

「ネガティブゲイト!」

 

「合わせます、エクレールラルム!」

 

 高密度に圧縮された水球がラルゴの周囲に浮き上がり、破裂してラルゴを濁流に呑み込まんとする。そこに合わせて放たれたアニスの譜術は超重力の黒玉を発生させ、その場にラルゴを釘付けに、そしてトドメとばかりにラルゴの足下に十字が走り、その身を切り刻む苛烈な光刃がさく裂した。

 

「ぐおぉ!」

 

 物理的な衝撃には滅法強いだろうラルゴの鎧も、熟練の譜術士の三連撃を叩きこまれては流石にダメージを抑えるのは出来ないのだろう。苦悶の声が暴威の中心から響く。私は彼らほど譜術に長けておらず、彼らの攻撃に参加しても足しになるどころか加減を間違えて連携を乱しかねないこと、そして今ラルゴと後衛の間にはルークもガイもおらず、壁役がいないことからラルゴとジェイド達の中間地点に立ち、専守防衛の構えで暴威の中のラルゴを見据えていた。間違いなくダメージは与えられているが、この程度で倒れるような男でないことは重々承知している。

 そして私のその警戒が無駄では無かったことはすぐに証明される。譜術によって発生した霧を突き破ってラルゴがこちらに向かって雄叫びをあげながら突進してきたからだ。

 その突進をそのまま受け止めては私もルークと同じように吹き飛ばされてしまう。私はかつてタタル渓谷でユニセロスを受け止めたときと同様に、地面と足を氷で繋ぎ止めてメイスを構える。

 

「バリアー!」

 

 そんな私に向けてナタリアが援護として補助譜術をかけてくれた。対象の物理的強度を高めるそれは、私がラルゴの突進を受け止めるのに十二分に役に立つ。

 

「モォォォス!」

 

「ここを通すわけには!」

 

 そして咆哮と共に突き出される大刀をメイスで受け止める。ラルゴという巨大な質量がその身に取り込んだ音素(フォニム)で強化された身体能力で人外の加速を以て私にぶつかり、およそ人体がぶつかったとは思えない衝突音が響く。床面と足を繋ぎ止めた氷は呆気なく砕かれ、私の身体はズルズルと後退させられた。ナタリアの補助が無ければメイスを支える私の腕どころか、身体ごと消し飛ばされていたかもしれない。だが、ラルゴに吹き飛ばされることなく、鍔迫り合いの状態に持ち込むことは出来た。

 

「甘っちょろい理想に甘っちょろいやり方! それで何が変えられる! 何が良くなる!」

 

「あなたの言う甘いやり方でも、人々は預言(スコア)から離れる意志を見せた!」

 

「意志だけではなぁ!」

 

 私を払い除けようとするラルゴの大刀をメイスと全身を使って押さえ込む。逃さない、逃してなるものか。彼の足をここに釘付けにするのだ。彼らが態勢を整えてこちらに向かってくるまで。

 

「くっ、放せモース!」

 

「させません!」

 

 私の左目が熱をもつのを感じる。ラルゴを抑えるため、無意識に力を引き出そうと周囲の第七音素(セブンスフォニム)を取り込んでいるのだ。少しずつ、私のメイスがラルゴの大刀を押し返し始めた。そのことにラルゴは数瞬驚き、だがその動揺は続かず、ラルゴの鎧の隙間から紅い光が漏れる。ラルゴも私と同じように音素(フォニム)を盛んに取り込み、力を増そうとしている。事実、鍔迫り合いは膠着状態に戻りつつある。後数刻でこの拮抗は破れるだろう。

 

「そこだぁ!」

 

 そんなラルゴの背後にルークが迫り、裂帛の気合と共にその背に刃を振り下ろす。

 

「甘いわ!」

 

 だがその刃はラルゴの鎧に傷を刻んだものの、その身に到達することは無く、更なる剛力を発揮したラルゴによって私とルークは呆気なく吹き飛ばされた。

 

「なら同じところに攻撃を受け続ければどうだ!」

 

 ガイがそう言いながらラルゴに迫り、ルークによって付けられた傷に目にも止まらぬ連撃を加える。その攻撃は遂に鎧を突き破り、鎧の破片が飛ぶ。

 

「持ってけもういっぱぁつ!!」

 

 そうして出来た突破口に、アニスがトクナガを駆って重たい一撃を放つ。

 

「ぐぅお!?」

 

 その一撃はさすがの剛体を持つラルゴと言えど堪えたようで、苦悶の声と共に体勢を崩した。

 

「畳みかけます、サンダーブレード!」

 

「ホーリーランス!」

 

 そこに殺到するジェイドの雷槍とティアの光矢。それらは容赦なくラルゴの身体を貫いた。

 

「ぐああ! ……っぁぁあああ!」

 

 その場の全てを震わせるほどの悲鳴を上げたかと思えば、与えられたダメージなど無いかのように怒号と共に大刀をこちらに投げつけてきた。

 

「そんな苦し紛れの攻撃!」

 

 目の前に迫る大刀をメイスで弾き飛ばし、視線をラルゴに戻すと、そこには私の眼前に迫り拳を振り上げる巨躯があった。

 

「苦し紛れかはその身で確かめるが良い!」

 

 その言葉と共に振りぬかれた拳は、私の腹に深々と突き刺さる。ナタリアにかけられた補助の効果がまだ僅かに残ってはいたが、そんな守りを物ともせず拳は私の身体を蹂躙し、内臓がひっくり返るような衝撃が私を襲う。

 私は枯れ葉のように吹き飛ばされ、床に転がった。腹の中身が喉元までせり上がってきたのをなんとか堪えるも、うまく息が吸い込めずに酸欠になったようで頭がくらくらとする。呼吸の代わりに咳き込んでいると、視界の端に誰かが屈み込んでいるのが映った。

 

「モース! 今回復を!」

 

「な、ナタリア、助かります……」

 

 ナタリアの掌から暖かな光が湧きだし、腹の痛みがマシになり、酸欠でぼうっとした頭がスッキリとする。ナタリアがここまですぐにそばに駆け寄ってこれたということは、後衛のところまで吹き飛ばされたということだ。私は前線に意識を戻す。

 

「紅蓮旋衝嵐!」

 

「があああ!」

「ぐっ、あああ!」

 

「ルーク! ガイ!」

 

 大刀を手にしたラルゴが、その巨大な刃を目で追うのも難しい速度で振るってルークとガイに攻めかかっている。数合は凌いだ二人だったが、その絶技に呑まれ、私同様に吹き飛ばされてしまっていた。そうなると今近接戦闘要員としてラルゴを足止めできるのは、

 

「このアニスちゃんだけってね! 殺劇舞荒拳!」

 

 トクナガが縦横無尽に拳を振るい、ラルゴへと殴打を叩きこむ。

 

「そんな程度で!」

 

 ラルゴは大刀とだけでなく、手足も駆使してトクナガの打撃をいなすが、避けきれなかった拳が何発かラルゴの身体に沈み込む。

 

「タフ過ぎるでしょー!」

 

「ですが良くやりましたアニス、いい加減沈みなさい! エクスプロード!」

 

「私は回復を、ハートレスサークル!」

 

 近接戦闘におけるアニスの最大火力と言って良い攻撃を叩きこまれて尚立ち続けるラルゴに、アニスが我慢ならないと叫ぶ。だが十分に時間は稼げたらしく、ジェイドの譜術が発動する。ラルゴの足下が赤熱し、彼を中心に急激な温度の上昇と空気の膨張、すなわち爆発が起こる。それはジェイドの操る譜術の中で、単発では一、二を争う威力を秘めた譜術だ。本来は多数の敵に対して用いるものとされている対群術式。それがラルゴ唯一人を戦闘不能にするために放たれた。

 

「私がいること忘れてるでしょ大佐ぁ!?」

 

「味方識別術式は組み込んであるので安心しなさい!」

 

 アニスが焦ったように爆心地から飛び退いて距離を取る。爆発によって巻き上がった粉塵でラルゴの姿が私達の視界から消えた。この爆発をまともに受けてはラルゴとて無事ではいられないだろうが、それでも油断は出来ない。

 私は目を凝らして灰塵の向こう側を見通そうとする。そのお陰か、僅かにそれが揺らめくのを見逃さなかった。私は半ば反射的にジェイドの前に走ると、右半身を前に出して右腕全体を硬い氷で覆い、メイスを右手で構え、最上部の板金で覆われた殴打部に左手を添えて衝撃に備える。

 迎撃の準備を整えた瞬間に、身体が千々に千切れ飛んでしまいそうな衝撃が私を襲った。

 

「こんな程度で私の覚悟を止めさせてなるものか!」

 

 服はあちこちが焼けこげ、そこから覗く皮膚も焼けただれている。顔の上半分を覆っていた面は吹き飛んでしまったのか、今はラルゴの顔が全て見えるようになっているが、その顔の右頬は黒く焦げていた。それでもその目は戦意を失っておらず、それどころか爛々とこちらへの敵意を滾らせていた。

 

「止まらんよ、止めたくば俺の首を落として見せるがいい!」

 

 その声と共に更にラルゴの身体は紅い光を強め、負傷に見合わぬ力を発揮させる。普通の人間ならば戦うべくもない傷を負いながらも、ラルゴの威圧感と剛力は増す一方だ。周囲の音素(フォニム)を取り込み、半ば暴走状態のようになっている。最早彼自身でも止まることが出来なくなっている様子だ。

 メイスが押し込まれ、鼻先まで迫る大刀に片膝をつく。身体を守る氷はとうに砕け、大刀が上からラルゴの体重も加わって私の身体を両断しようと迫って来る。

 

「くっ、う、ぐぅ……」

 

「せめて貴様一人でも連れて行くぞ!」

 

 ラルゴの地の底から響くような声が私の身体を震わせた。これ以上は、もたない。

 

「死ね、モース。俺の命と引き換えに貴様を殺せるのならば本望だ」

 

 大刀が私の左肩に食い込み、服を切り裂いて肉に埋まる。

 

「ぐあっ!」

 

 じわりと血が滲み、力を籠めたくとも抵抗は弱くなる。肩により深く刃が食い込み、血が滴る。左腕から力が徐々に抜け、押し留めることが出来なくなる。このままいけば私の左腕は呆気なく落とされるだろう。

 

「があぁ!?」

 

 だが、次の瞬間上がった悲鳴は、私のものでは無かった。痛みに悶えたのは、大刀に籠める力が抜けて私の前で背を反らしたラルゴだった。

 

「こんな、矢ごときに……」

 

 ラルゴの苦悶の原因はその背中に突き立った矢。ルークが開け、ガイが広げたラルゴの背中を守る鎧の急所。放たれた矢は、唯一ラルゴの肉体を穿つことが出来るそこを正確無比に射抜いていた。

 さらに続けざまに二本の矢がラルゴに突き刺さる。その矢が放たれた元を見れば、震えた手で弓を構えたナタリアが立っていた。

 

「……ナタリア」

 

「こんな、こんなことにならない未来もあったはずですわ。そうでしょう……?」

 

 細く紡がれたラルゴの声に、ナタリアが泣きそうな声で問いかける。

 

「そんなものは、とっくの昔に消えていたさ。お前が奪われた日、妻が死んだ日から、俺の時は止まったままだ。俺にとってメリルはいつまでも小さな赤ん坊でしかなかった……」

 

 ラルゴが大刀を取り落とし、膝をつく。先ほどまでの闘志が嘘のように、彼は戦意を失い、虚ろな目でナタリアを見やった。

 

「……そうか、そこまで大きくなっていたのだな、メリル」

 

「っ!? お父様……!」

 

 ナタリアはついに弓を落とした。その目からは涙がはらはらと零れ落ちている。

 

「心しろ。ヴァンは俺のように生温くは無い。……ああ、シルヴィア」

 

 その言葉を最後にラルゴは目を閉じ、地面に倒れ込んだ。そして手足の末端からその身体が輝く粒子となって音素(フォニム)に溶けていく。私達はその様を目に焼き付けるように瞬き一つせずに見ていることしか出来なかった。その身体が完全に溶け、世界を巡る音素(フォニム)と混ざり合っていくまで、

 

「ラルゴ、いえバダック。どうか安らかに」

 

 誰にも聞こえないようにそう呟き、私は目を閉じる。また私は救えず、この手から取り零した。その望みが我が身を超えた大願と知って尚、それを諦めきれなかった私自身に嫌悪が湧き起こる。

 

 だが今は私などよりも、両手を組んで祈っているナタリアに寄り添うことが大事だろう。私もナタリアの隣に並ぶと、左肩の痛みを無視して同じように両手を組み、目を閉じる。そこにラルゴがいたという証は、彼が振るっていた大刀しかない。それを墓標とするように、私とナタリアは祈りを捧げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。