大詠師の記憶   作:TATAL

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●終曲への足音と私

 ラジエイトゲートの譜陣を封印することで起きた変化は劇的だった。暴風のように吹き荒れていた記憶粒子(セルパーティクル)の流れが停止し、轟轟と鳴っていた音も今は止んでいる。

 ラルゴの大刀を回収し、プラネットストームの停止の報告を行うためにグランコクマを訪れた私達は、街の入り口まで出迎えに来てくれたゼーゼマン将軍に案内されてマルクト軍本部、作戦会議室に通された。

 

「よくやってくれた、ルーク。エルドラントの周囲を守っていたプラネットストームは停止した。これで俺達の砲撃も向こうに届くようになった」

 

 部屋の中央に置かれた卓に地図を広げ、ピオニー陛下はこちらに視線を向けてそう言った。

 

「キムラスカ軍もマルクト軍も既にケセドニアに兵力を集めている。ダアトからもシンク謡士、アリエッタ響士が師団を率いて合流しておる。ダアトの混乱は一先ずは収まった。教団本部に収容しきれなかった避難民はセントビナーやカイツールに受け入れが完了した」

 

 ピオニー陛下の隣に座るインゴベルト陛下がピオニー陛下の言葉を引き継いだ。彼の言葉に、私は肩からどっと力が抜けるのを感じた。心に引っ掛かっていた棘が抜けたように思えたからだ。

 

「そうですか、このような緊急の事態に対応いただいて、何とお礼を申して良いやら……」

 

「気にするな。ヴァンらによる急襲を受けたのだから」

 

「これでダアトに恩を売れたと思えば安いものだな」

 

 頭を下げた私に構うなと手を振るインゴベルト陛下と、意地悪い笑みを浮かべるピオニー陛下。二人の気遣いを受け、一層腰を深く曲げると、私はルーク達の後ろに下がった。

 

「よし、それじゃあ作戦会議だ。とはいえ、これ以上大した話は出来ないがな。俺達はケセドニアから出立し、エルドラントに向けて全力で攻勢をしかける。お前達はそれを見てアルビオールでエルドラントに突入する。後はお前達に任せるしかない、不甲斐ないことだがな」

 

「援護するとは言え熾烈な抵抗が予想されるだろう。くれぐれも気を付けてくれ」

 

 両陛下はそれだけ言うと、突入に備えて休むようにとルーク達に告げた。グランコクマで最高の宿を用意をしたというピオニー陛下の言葉に、ルーク達の表情も少しは和らいだ。ラルゴとの戦いは身体的にだけでなく、精神的にも彼らに大きな負担になっていたに違いない。頭を下げて出ていこうとすると、ピオニー陛下からは私だけ残れと言われてしまった。ジェイドの目配せに小さく頷くと、私は足を止める。口を開くのはルーク達が出ていき、扉が閉まってからだ。

 

「……それで、如何されましたか」

 

「ダアトからの避難民についてだ」

 

 ピオニー陛下の口から出たのは、私が半ば予想していた問題でもあった。ダアトにはヴァンが無秩序に生み出したレプリカ達が保護されていた。今回のヴァンによる襲撃で帰る場所を失ったのは元々ダアトに住んでいた民達だけではない。ダアトにはレプリカ達を受け入れても食い繋がせていくだけの食料を以前から溜め込んでおり、それを吐き出して何とか賄ってきた。それがヴァンの襲撃によって市民達がキムラスカとマルクトに散り、そしてレプリカ達も同様に散った。その負担は両国に重くのしかかっている。

 

「モース、お前の博愛精神は尊敬する。ルーク達の手前、受け入れることに否やは無い。だがこのままではヴァンに勝てても早晩俺達が飢え死にしちまうかもしれない。急に増えたレプリカを受け入れられる程、俺達は強くない」

 

 はっきりと告げられる。両陛下はルーク達と話していた時の温かみを失い、冷たい為政者としての顔になっていた。

 

「正直に言っちまうとだ。今回の突入作戦の援護部隊にいくつかレプリカだけで構成された隊を混ぜることも真剣に議論されている」

 

「陛下!? それは……!」

 

「捨て石作戦、そなたの考えている通りよ。前線をレプリカ部隊で固め、後衛から砲撃を行う。前衛艦ははりぼてでも構わんから懐もあまり痛まん」

 

 ピオニー陛下の言葉に言葉を失った私に代わり、インゴベルト陛下が言葉を続けた。

 

「我が国の民を守ることも出来るし、今後の憂いも無くすことが出来る」

 

「あまりにも非人道的な行いですよ……!」

 

「人道的な行いで俺の国の宝が苦しむくらいなら、非人道的な行いで回避する。それが王と呼ばれる人間のすべきことだ」

 

 我慢しきれず零れた言葉に、ピオニー陛下が冷たく言い放った。頭では分かっている。元より彼らにレプリカを受け入れる理由は存在しない。それを曲がりなりにも保護してくれているだけでも破格の厚遇だということも。

 

「それでも、そんなことをすれば我らはヴァンと何一つ変わらないではありませんか」

 

 レプリカを道具としてしか見ず、己の欲望の為だけに使い捨てる。預言(スコア)を、この星を憎み、そのためならばどんな非道にも手を染めるヴァンと同じ手段を採ることになるのは、私にとって許容しかねることだった。

 

「だが現実問題としてどうする? 食料は一日二日で急激に増えたりはしない。俺達も備蓄はあるがそれはあくまで不作時の備えだ。それを今ここで吐き出して、万が一来年が不作になったらどうする? それもプラネットストームが停止して一寸先も見えなくなっちまうってのに、不確定要素ばっかり抱えてたんじゃ俺達はまさに預言(スコア)に詠まれた通り醜く争って共倒れになるだろうよ。食料を巡った争いだ、そうなったら止まらん」

 

 誰も、家族が飢え死にするのを目の前にして隣人を慈しむことなんか出来ないぞ。

 

 そう言われてしまえば、私は黙ることしか出来なくなってしまう。爪が食い込み、皮膚が破れて血が滲むほど手を握りこんでも、私の愚鈍な頭からはピオニー陛下の言葉を崩す論理を生み出すことが出来なかった。

 

「ダアトから逃れてくる民に加えてレプリカも保護したのは導師イオンの要請があったからだけじゃない。マルクトもキムラスカもそれだけお前を重く見ているからだ」

 

「……それは、理解しています。どれほど身に余る光栄かということも」

 

「そうか、それを理解してくれているからこそ何も言わない。お前はやはり賢い男だよモース」

 

 レプリカは何も知らない。生きる術を持たず、生まれたての赤ん坊のように真っ新な状態で放り出されてしまった。ダアトでの保護期間中に教育を施してはいたが、そもそも数が多すぎるためまだまだ足りていない。そんな彼らが明日にでも働くことが出来るだろうか。答えは聞くまでもなく否だ。少なくとも一年以上は彼らは何も生み出せず、ただ人々の負担となる。

 

「ダアトで全て受け入れようとしていたのもそういう理由だというのは分かっている。我がキムラスカとマルクトに負担を掛けまいとしていたのもな。その献身に敬意を表してそなたに黙ってこの非道を行わなかった」

 

 インゴベルト陛下の言葉が私の耳に入るも、その意味が頭の中で形を成す前に滑り落ちていくように感じる。どれだけ頭を巡らせても、二人の言葉に理が、利があるのだから。重荷にしかならないレプリカを盾とすれば、オリジナルは無事に帰れる可能性が高くなる。口減らしも、国民の護りも同時にこなせる妙案だ。それはどこまでも甘美な毒だ。一度口にすれば、その考えは二度と頭を離れない。だが実行してしまえば、私は二度と人々の前に顔を出せなくなってしまうことだろう。そんなことのためにレプリカを保護してきたわけでは無い。誰かの都合で生み出されてしまった彼らを、誰かの都合で死なせるなど許されるわけが無い、許されていいわけが無いのだ。

 考えろ、キムラスカが、マルクトがレプリカを保護し、国庫を圧迫してでも生かす利を説かねばならない。今まで大詠師として踏んできた交渉の場数はこの時にこそ活かすべきだ。

 

「……両陛下のお言葉は、なるほどその通りだと言わざるを得ません」

 

「分かってくれるか、モース」

 

「すまないな、お前にとって辛いことだろうが。だが為政者として、清いことだけを口にすることが出来るわけじゃないというのは分かっているはずだ。濁りすらも飲み下し、非道に手を染めなければ守れないものもある。既にマルクトもキムラスカも多くの兵の血の上に成り立っている。何もお前だけが気に病むことじゃない」

 

 俯き、歯の隙間から絞り出した私の言葉に、両陛下はほっとした表情をすると、立ち上がって歩み寄り、私の肩に手を置いてそう言ってくれた。私はそこで顔を上げると、近くに寄った二人の顔を正面から見つめた。

 

「ですが、今一度お考え直して頂けないでしょうか!」

 

「モース、そなたの気持ちも分かるが」

 

「待て、インゴベルト王。話だけでも聞いてみようじゃないか。俺達を納得させるだけのメリットをモースが出せるかどうか」

 

 困ったように眉尻を下げたインゴベルト陛下をピオニー陛下がそう言って制止、目で私に続きを促してきた。

 

「確かにレプリカ達は今はただの重荷にしかならないでしょう。ですが、今回の作戦で捨て石とすること、それもまた愚策であると私は進言いたします」

 

 そう言うものの、今の私の頭の中に何かまとまった策があるわけでは無い。そのことは両陛下も見抜いているはずだ。だからこそインゴベルト陛下は悲しそうな目で、ピオニー陛下は冷たい目で私を見ている。だがその程度で退くわけにはいかない。これまでもダアトの代表として交渉をしてきた中で、苦しかった場面などいくらでもあった。そんなときも私は何とか切り抜けてきたのだから。諦めるな、考え続けろ、言葉を紡ぎながら、

 

「レプリカ達を盾とする、なるほど合理的な作戦です。しかし、それで全てのレプリカを死なせることが出来る訳ではありますまい。残ったレプリカ達は我々の行いを目にし、我々に反感を持つ。それはいずれ大きな災厄の芽となりましょうぞ」

 

「死なせる利ではなく不利を説くか、だがその程度当然織り込み済みだ。レプリカは大した武器も持たず、戦闘技能も無い。鎮圧は容易いから問題は無い」

 

「レプリカはそうでしょう。ですが、自らの親族友人と同じ顔をした人間を、兵は殺せますか? よしんばそれが出来たとして、彼らはその後も兵士としてあり続けられますか」

 

「……そうならぬようにこちらが手を回せば良い」

 

「ピオニー陛下、市井に紛れたレプリカをどう見分けますか。逃げ延びて国境を越えてしまえばもう分かりませんぞ。それはせっかく距離の縮まった二国に要らぬ緊張を呼び込むことになりましょう」

 

「レプリカにそこまでの知恵が回ると?」

 

「ダアトにて基礎的な教育を施された者も一部おります故、万が一を考えるに越したことはないと愚考します、インゴベルト陛下」

 

 論になっていない論。薄い可能性を重ね続けた最悪の想定。よくもまあここまで適当なことを言えたものだと我ながら自らの口の回りに笑ってしまいそうになる。とはいえ、賢王たる二人は私が語った可能性を絶無と切り捨てることはしなかった。もしかしたらそんな未来もあり得るかもしれない、そう思わせられたなら良しだ。次はレプリカを保護することの利を説く。

 

「だからこそ今はレプリカを保護いたしましょう。何も不利益のみでは無いと私は考えております」

 

「ほう……、ではその利とやらを語ってみろ」

 

 私の言葉にピオニー陛下が目を細めた。先ほどまでの冷たさは依然残っているものの、ただ切って捨てることは無さそうだ。

 

「先ほど陛下御自身が仰られていました、プラネットストームの停止による未来を見据えてですよ」

 

「プラネットストームの停止がレプリカ達を生かす利になる? 何を言っておるのだモース」

 

「プラネットストームが停止すれば、我々は今まで享受できていた無限のエネルギーを失い、譜業、譜術文明は後退を余儀なくされるでしょう。数年は大丈夫でしょうが、それでも将来的に、今まで通りの譜術、譜業の使用は出来なくなるはずです。そしてそれは食料生産にも大きく響く。農機具も譜業なのですから。そして不作になったとき、民が飢えることを憂うのは為政者として当然のことです」

 

 ですが、と私は言葉を続ける。話していくうちに頭の中に浮かび上がってきた悪魔のような策。だがこれで時間稼ぎが出来るのなら、私は躊躇わない。

 

「食料は一日二日で増えることは無い。それは確かにそうです、普通ならば。ですがレプリカを生かすことでそれを覆すことが出来るとすれば如何ですか?」

 

「食料をすぐに増やす……、フォミクリーか!?」

 

「そうです。フォミクリーならば食料を一日二日で大量に増やせます。ですがプラネットストームの停止で第七音素(セブンスフォニム)の供給はか細くなる。おや、都合の良いことに構成音素(フォニム)が全て第七音素(セブンスフォニム)で出来た、まさしく第七音素(セブンスフォニム)の貯蔵庫とでも言うべき存在があるではありませんか」

 

 私が言うのはレプリカを原料としてレプリカを作成する悪魔の策。食料飢饉が起こったならば、今のレプリカを第七音素(セブンスフォニム)に音素乖離させ、新たなレプリカの材料としてしまえということだ。そう考えれば、レプリカ達を戦場ですり潰してしまう以上の価値が彼らに生まれる。何せ兵士は死ねばそこまでだが、レプリカは死ねば他の人間を生き長らえさせることになるのだから。

 

「……そういうことか。そうやってレプリカを生かしておき、いざという時が来たとして、その時にレプリカ達が死なせるには惜しい程度に別の価値をお前が与える。そうだな?」

 

 ピオニー陛下は私の言いたいことをすぐに看破したようで、薄っすらと口元に笑みを浮かべて私にそう言ってくる。私は頬に一筋の汗が伝うのを感じながら頷いた。

 

「その通り。レプリカ達が己の身を己の力で立てることが出来れば、彼らを殺す必要性は無くなるはずです。その為の時間を頂きたい。減っていく第七音素(セブンスフォニム)を一時的にも補填出来ること。与えられた時間に見合う利は、あるはずです」

 

「なるほど……、言われてみればそういう見方も出来るかもしれないな。だが、その時までに本当にレプリカ達が己の価値を示せると本当に思うか?」

 

「出来るかどうかではありません。そうして見せます。私は彼らを死なせるために生かしたわけでは無いのですから」

 

 ピオニー陛下の目を見据えて私はそう言い切る。茨の道だということは百も承知だ。それでも、私は退いてはいけない。現実に膝を屈した瞬間に、私はヴァンと変わらぬ、ヴァンよりも醜い怪物になってしまう。レプリカ達の命を勝手に天秤に載せた以上、私は諦めることは許されなくなった。

 

「……良いだろう、その覚悟確かに受け取った。今回の作戦にレプリカを参加させることは止めだ。備蓄を切り崩してでも皆を生かしてやる。王として出来るのはそこまでだ。お前の覚悟に俺個人からの敬意を」

 

「ありがとうございます……、寛大なる陛下に感謝を」

 

「儂からもそなたの献身に改めて敬意を払おう。王としては何も出来ぬが、私人としては儂はお主を心の底から尊敬しておること、忘れてくれるな」

 

「はっ、過分な評価ですが、ありがたく」

 

 両陛下にそう言われ、私は深々と頭を下げる。私が見据えるべきはヴァンとの戦いだけではない。その後も世界は続いていくのだから。

 

 ルーク達の、子ども達が素直に喜べる未来を築くために、この身を捧げよう。





スキット「珍しくお疲れ?」

「……ハァ」

「モース、様子を見るに、ピオニー陛下によほど詰められましたね?」

「ああ、ジェイド。見ての通りですよ。あまり子ども達に情けない姿を見せる訳にはいかないのですが、少しね」

「仕方ないでしょう。何を言ったかは大体想像がつきますが。相変わらず王としては厳しい方だ」

「マルクトにとってはそれは喜ばしいことではありませんか」

「マルクト軍人としては喜ばしいですが、あなたの友人としては素直に喜べないというのが複雑なところです。あなたも言い難いことを口にする羽目になったでしょう」

「流石はジェイドですね。お見通しですか」

「私すらも追い出して話をしたのですから、フォミクリーやレプリカが話題に挙がることは予想出来ましたよ。それからダアトの今の状況を考えれば、おのずと答えは一つです」

「……ピオニー陛下もインゴベルト陛下も、為政者として時には非情にならねばならぬと言っていました。そういう意味では私は人の上に立つべき人間では無いのでしょう」

「……私はそうは思いませんがね。両陛下に挟まれて、逆に説き伏せることが出来る人間がどれだけいますか。それもルークのように情だけでない、理も説いて」

「そう言って頂けると救われます」

「必要なこととはいえ、決戦を前にして大切な戦力を動揺させるのは止めて頂きたいものですね」

「この程度に動揺しているうちはまだまだだという両陛下のご指導と受け取っていますよ」

「謙虚に過ぎるのもあまり良くないですよ?」

「そうですね……、でしたら今夜は一杯お付き合い頂けますか?」

「ええ、望むところです。どうせ陛下の懐から出るのですから、普段は飲めないようなお高いものを頂きましょう」

「ははっ、それは良いですね」

「モースの奴、帰ってからすげえぐったりしちまってるけど、一体どうしたんだ?」

「さあな、だがモースの旦那が普段は絶対に見せないだろう姿を俺達に見せるくらいにはクタクタなんだろうし、ジェイドの旦那が傍についてるんだ。今はそっとしておいてやろうぜルーク」

「……そうだな」

「あれほどモースが疲れているだなんて。これは私が何か差し入れを用意して差し上げませんと!」

「「よせナタリア!」」
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