年末進行の足音が迫ってきているのでどうしても投稿頻度が落ちてしまいますが、エタることは絶対にありませんのでご容赦ください。
「良かったのですか、あの二人の戦いを見届けなくて」
グランコクマが面する広大な海を臨む橋の上で、隣に立つジェイドは私にそう問うた。
「良いのですよ。彼らの戦いは、近しい者らだけが見る資格がある。私には見る資格はありません。ヴァンに協力し、彼らが生まれる理由となった私には。あなたもそう思ったからここにいるのでは?」
その問いに返しながらジェイドに目をやれば、彼は僅かに目を細めて目の前の海を眺めていた。それは傷の痛みに耐えているようにも見える表情だった。
「お見通しでしたか」
「お互いに脛どころかあちこちに傷を持った人間ですからね」
オリジナルとレプリカが互いの存在を掛けて戦う。昨夜アッシュに告げられていた彼らの戦い。私とジェイドはその場に居ることを辞退した。戦いの中で彼らが交わす剣を、言葉を、私が耳にする資格は無い。そう思い、戦いの見届け人は彼らの仲間に任せて私はこうして黄昏れていたのだった。ジェイドも同じように考えたから私の隣にいるのだということは彼の目を見れば分かる。
「あなたはどう思いますか、ジェイド。アッシュとルーク、どちらがローレライの鍵を持ってヴァンに対峙するに相応しいか」
昨夜答えを出せなかった問いをジェイドに投げかける。
「……
その答えは冷徹だが正しい。昨夜私の頭に過ったものと変わりは無かった。私はどうしてもルークに肩入れをしてしまう。だからその答えを口に出すことは出来なかった。実利的にも、
「ですが、ルークもまたローレライの鍵を持つ資格があるのも確かでしょう」
だからこそ続くジェイドの言葉に私は目を見開いた。
「そうでなければ何故ローレライは剣と宝珠をアッシュとルークそれぞれに送ったのか分かりません。ローレライの考えを伺い知ることなど出来ませんが、少なくともどちらかだけがローレライの鍵を使う資格があるというのなら、最初からローレライはルークなど眼中にも入れなかったでしょう」
「そうですか、そう言ってくれますか」
「私とてルークをそれなりに見てきました。情を持たないでいるには少々長すぎる程度には」
そう言って眼鏡を押し上げるジェイドに私は微笑ましい気持ちになる。ジェイドも私も、この問いに択一の答えを出すことは出来ないだろう。けれどもそれで良いのだと、ジェイドを見ていると思えるのだ。彼を通して私自身を見直すことが出来たからかもしれない。アッシュは昨夜、どちらが相応しいかと問うたが、案外答えはもっと単純なものだった。
「ローレライの鍵を別々に送り付けたのは、アッシュとルークどちらかではなく、アッシュとルーク両方が手を取り合うことを他ならぬローレライが願ったからなのかもしれませんね」
「だとすれば、ローレライもルークとアッシュが生きることを望んでいると?」
「さあ、人の理解を超えた存在ですからね。そうあって欲しいという私の願望でしかありません」
けれどあまり間違っていないのではないかと思う。根拠も何もないというのに、そう信じている私がいる。言葉通り、救いを求める私の願望でしかないのかもしれないが。
「あなたの願望、予測は案外馬鹿に出来たものじゃありませんからねぇ」
「そうでしょうか? 私の思い付きなど、あなたやディストの力が無ければ素人の絵空事で終わってしまうことばかりですよ。アッシュとルークの身体のことも、あなた達に任せきりです」
「その思い付きで私やディストを度々驚かせてくれましたからね」
「あれは未来の知識を知っていたというズルをしていたからですよ。今となってはそれも出来ません」
「……ま、そういうことにしておきましょう」
私の言葉にどこか釈然としない答えを返してくるジェイドから視線を外し、空に浮かぶ譜石帯に目を向ける。創生暦時代、ユリアがこのオールドラントの行く末を詠んだ
「ルーク達を救う。大人の醜い都合で生み出された他のレプリカ達も、救います。誰に笑われようが構いません、この世界の誰をも」
私が何を求めていたのか、何故訳も分からない焦燥が常に私の心に渦巻いていたのか。改めて言葉にすると、この大言壮語は驚くほど私の胸の内に馴染んだ。
「……そうですね、救いましょう。皆で」
「ヴァンを止められるのはローレライの分身ともいえるルークとアッシュしかいません。彼らを何としてでもヴァンのもとまで送り届けないと……」
言い終わらない内に視界が揺れ、足下が覚束ない感覚に襲われた。橋の欄干に掴まって身体を支えようとするが、足から力が抜けて崩れ落ちそうになってしまう。
「モース!?」
しかし、横にいたジェイドが慌てたように肩を掴んで支えてくれたおかげで、地面にへたり込む無様を晒すことは防がれた。
「す、すみません。一体どうしたんでしょうか。身体は休められているはずなのですが」
「それでもこれまでの旅は相当に辛いものでした。身体的にも、精神的にも」
労わるように背中を撫でながら、ジェイドは私に深呼吸を促す。ジェイドの呼吸に合わせて深く息を吸い、そして吐く。幾度か繰り返せば先ほど感じていた眩暈は収まった。だが、頭に響く痛みは残っていた。
「……すみません、もう大丈夫です。私としたことが、情けない」
「モース、今までこのような症状が出たことは?」
ジェイドに礼を言い、手を離そうとするが彼は真剣な表情で私の顔を覗き込んでそう問うてきた。
「どうでしょう、過労で倒れたこともありますが、その時とは少し違うように思います……」
「まさか……」
答えれば、一言呟いてジェイドは黙り込んでしまった。何が何だか分からず、彼の言葉を待つが何も返ってくることはなかった。
「あの、ジェイド、何か?」
「いえ、何でもありません。私の思い違いだと、考え過ぎだと思いますので。それよりも戻りましょう。そろそろルーク達の戦いも終わるころです」
そう言って踵を返すジェイドに従って宿への道を歩く。私の眩暈に彼が何を見出したのか、気にはなるが彼を問い詰めるほどでも無いと考えた私は大人しく彼について行くだけだった。
宿に帰れば、ルークとアッシュは既に戻ってきていた。彼らの間に言葉は無かったが、ルークの腰に佩かれたローレライの鍵を見れば、つまりはそういうことなのだろう。
「エルドラントに突入するときは二手に分かれる。お前達はアルビオール二号機。俺は三号機でだ」
ナタリアの治療を受け、体力を回復したアッシュはそう言って席を立った。
「一緒に行くのはダメなのか?」
それを引き留めようと動いたルークだが、アッシュのひと睨みでその場に縫い付けられたように足を止めた。
「俺とお前が一緒に動いてヴァンの野郎に辿り着く前に一網打尽にされたらどうする。例え俺だけがヴァンのもとに辿り着くことになったとしても、全滅するよりははるかにマシだ。それに、俺とお前のどっちがローレライの鍵を持ってるかなんて奴らには分かりようが無いんだからな。連中の手を分けられるだけでも良い。なんせ向こうにはもうリグレットしかいないんだからな」
そう言ってちらりとアッシュは自分の手に視線を落とした。ローレライの鍵を持たず、単身エルドラントに乗り込むこと、彼の昨夜の告白。彼はルーク達に及ぶ敵の手を惹き付ける囮となろうとしている。そのことのメリットを分かっているから察しているであろうジェイドとガイは何も言わない。ルーク達他の面々も薄っすらと感じてはいるだろうが何を言おうが受け入れてはもらえないだろうと言葉を掛けることが出来ない。
「そういうことであれば、私もあなたに同行しますよ」
「なんだと!?」
だからこそここで私が彼に声を掛けなければいけない。彼を一人で行かせてはならないと誰かが私の背中を強く押しているような気すらしてくる。
「ヴァンの目を逸らすというのなら私も同行する方が良いでしょう。アッシュだけでなく、ヴァンに何故か執着されている私も一緒にいればより敵の目を晦ませることが出来る」
「ふざけたこと抜かすんじゃねえ! お前はコイツらのお守りで来てるんだろうが!」
私の言葉に怒りも露わにアッシュは振り向き、私を睨みつける。だが彼のその剣幕は私を退かせるには到底足りない。
「単純な戦力としても、あなた一人よりも私が加わることで敵にとってより脅威になります。頑なに私の同行を拒むのは何故です?」
「当たり前だろう! ローレライの鍵を守る人間は多い方が良いに決まってる」
「ならヴァンらもそう考えているでしょう。敵の目を欺くというあなたの作戦を強化することになります」
「ぐっ……!」
自身が言ったこと故に有効な反論が出来ず、アッシュは私を鋭く睨むことしか出来なくなった。私はこれで話は決まりとばかりに歩を進めてアッシュの隣に立ち、ルーク達に振り返った。
「そういうわけです。アッシュは私がついて行きますから、ヴァンとの決戦前に合流しましょう」
「モース……、アッシュを頼みましたわ」
そう言って胸の前で手を組んでいるナタリアに安心させるように微笑む。
「もちろん。アッシュも、私も道半ばで倒れることなどしませんよ。それに我々がエルドラントに突入した後に続いてアリエッタやシンクも来てくれることになっています」
「モース様、絶対に無茶しないでくださいね! ……って言っても無駄だろうし、アッシュがちゃんと見ててよね!」
「どうして俺が勝手についてくる奴の面倒まで見なきゃならないんだ!」
「安心してください、足手まといにならぬようにしますから」
私に駆け寄って心配そうに見上げるアニスの頭に手を乗せる。私はジェイドに言ったようにルークも、アッシュも、全員を救おうなどと宣う強欲者だ。簡単に倒れてやるつもりはない。
「さあ、行きましょうかアッシュ。どうせ既にアルビオールは出発できるように待機させているのでしょう?」
「……チッ、足手まといになると判断したら置いていくからな」
抵抗することを諦めたのか、アッシュはそれだけ言うと今度こそ扉に手を掛けて外へと歩いていく。私は後ろでこちらをじっと見据えていたジェイドに目をやれば、彼は仕方がないと呆れたように笑って私を見送ってくれていた。それに目礼だけ返し、アッシュに続いて宿を後にする。
キムラスカとマルクトの陽動作戦開始まで後僅か。ルーク達に先んじてアルビオールで突入することになる私は、海の上に浮かぶ純白の要塞に目を向ける。見えるはずも無いのに、そこで待つヴァンが私達を見据えているような心地がしてきて僅かに身震いがした。