大詠師の記憶   作:TATAL

115 / 137
栄光の大地と私

「この一戦は我々の未来を我々で掴み取るためのものである」

 

 アルビオール参号機の中、エルドラントに向けて発進する大艦隊に向けてピオニー陛下が語る演説をアッシュと共に聞いていた。

 

「我がマルクトとキムラスカ、ダアトが手を結ぶことなどこれまでは考えもしなかっただろう。だが、その瞬間は今ここに来た。誰もが、ユリアすらも予想だにしなかった偉業を我々は既に成し遂げている」

 

 操縦席に座る男。ルーク達が乗っているアルビオール弐号機のパイロット、ノエルの兄であるギンジが後ろに立つ私とアッシュに目配せをする。それに答えるように頷きを返せば、ギンジは計器を操作してアルビオールを起動させた。飛行譜石が内蔵された浮遊機関が唸りを上げ、弐号機とは異なる赤と黒のコントラストが厳めしいその機体を浮上させ始める。

 

「空を見よ、マルクトの誇る軍人であるジェイド・カーティス大佐とキムラスカの王族が共に乗り、我々の道に立ち塞がる敵を打ち砕かんとしている」

 

 参号機の浮上に合わせて隣り合っていた弐号機も同時に空へと浮かび上がる。甲板に立つ兵達がこちらを熱い眼差しで見ていることは改めて眼下を見渡すまでも無い。海上の彼らからは赤黒と青白の機体が番の鳥のように見えることだろう。

 

「これこそが我らに立ち塞がる敵、ヴァン・グランツを穿たんとする反逆の嚆矢。我らはそれを番える弓である」

 

 ピオニー陛下の語り口は聞く者の意志を否が応でも高揚させる。それに当てられたのか、私の肩にも自然と力が入る。横を見れば、いつもと変わらぬ様子で佇むアッシュが目を細めて私を睨みつける。今更浮ついてるんじゃねえとでも言いたげな表情だ。私とて大舞台は幾度も経験しているが、何せ今回の舞台はまさにこのオールドラントの命運を左右する戦いだ。緊張するなと言う方が無茶ではないだろうか。そう思ってアッシュを見つめ返してみれば、腕組みをした彼の右手が微かに震えているのに気付いた。流石に彼にとっても緊張するものであるらしい。私の視線に気付いたアッシュが、誤魔化すように目を逸らしたことでフッ、と私の顔も緩んでしまった。

 

「さあ、我が勇敢なる兵士達よ、今こそ満身の力を籠めて引き絞れ、我らの希望を空に浮かぶ要塞に到達させるため、出陣せよ!」

 

 彼の一声と共にアルビオールの機体そのものが震えていると錯覚せんほどの声が上がり、目の前に浮かぶ白色の浮遊大陸に向かって艦隊が一斉に動き始める。恐らくほぼ同時にキムラスカ側からも艦隊が出陣しているはずだ。エルドラントを挟み込むように艦隊が布陣し、牽制として砲撃を始める。私達はそれと同時にエルドラントに向けて突撃するというシンプルな作戦だ。

 

「ギンジ、よろしくお願いしますね。我々の命はあなたの腕に掛かっています」

 

「任せてください! オイラが絶対に皆さんをあそこに連れて行きますから!」

 

 頼もしい返事と共にギンジがアルビオールを前へと進め、隣の弐号機はその後ろに。洋上の艦隊と一列に並んだアルビオールはピオニー陛下の言葉通り、エルドラントに向けて放たれようとしている弓矢のようだった。

 

「もうすぐ艦隊の射程圏内にエルドラントが入ります」

 

 ギンジがそう言うとマルクト艦隊、そしてエルドラントを挟んで反対方向にあるキムラスカ艦隊が次々に巨大な譜陣を展開し、エルドラントに向けて砲撃を開始した。それに応戦するようにエルドラントからも無数の砲弾が海上に降り注ぐ。

 

「行きます!」

 

 同時にアルビオールが急加速し、身体が座席に押し付けられ、食い縛った歯の隙間から呻き声が漏れてしまう。だがそんなものに構ってはもらえない。エルドラントの壁面に備え付けられた砲台がアルビオールに向けられ、苛烈な砲撃を浴びせてきているからだ。それを避けるためにアルビオールは空を縦横無尽に駆ける。錐揉み回転や宙返りなど、内臓がひっくり返って口から飛び出してきそうな感覚をどうにかして押さえつける。

 海上の艦隊が囮となってくれているため、アルビオールに向けられる砲撃はほんの一部だ。だというのに私も、隣に座るアッシュもその顔を歪めて耐えねばならない曲芸飛行を強いられる程、敵の抵抗は激しい。

 

「敵の砲火が激しすぎて、これじゃ近づくどころか……!」

 

 ギンジの口から苦悶の声が漏れる。エルドラントの全周から隈なく放たれるそれはギンジの腕前が無ければ今頃バラバラにされてしまっている姿が容易く想像できる。だが彼らの腕をもってしても空に浮かぶ要塞との距離を詰めることは叶わない。こちらを叩き落とさんとするエルドラントを睨みつけてその砲火の隙間を探す。

 

「……っ! ギンジ、突っ込め!」

 

 突然、隣に座っていたはずのアッシュが操縦席に掴まってギンジにそう指示を出す。彼に見えているものが分からないがそれはギンジも同じらしい、ただアッシュの指差す方向に機首を向ける。砲弾が翼を掠め、表面を抉り取っていく度に機内に悲鳴のような音が響き渡り、ギンジの食いしばった歯の隙間から声にならない叫びが漏れるが、アッシュはそれでも進めと指示する。

 

「アッシュ! このままでは壁に激突してしまいます!」

 

「黙ってろ! このままだ、このまま真っ直ぐ!」

 

「っ、はい!」

 

 先ほどまで遠くに見えていた白い壁が近づいてくる。私の口から悲鳴交じりの声が漏れるが、アッシュに一喝されてしまい口を閉ざす。操縦席の背もたれにしがみついたアッシュはギンジの隣でまだだ、と押し殺した声で呟いている。そして白い壁が眼前にまで迫った瞬間。

 

「今だ! 機首を下げてそのまま突っ込め!」

 

「はい!」

 

 アッシュの合図と共にアルビオールがその頭を下に向け、真っ逆さまに落ちていくような浮遊感が私達を襲った。アルビオールの進む先にあるのはエルドラントに据え付けられた砲台の内の一つ。それは眼下のキムラスカ、マルクト艦隊への攻撃に使用され、私達に向いていないもの、連合軍の協力が生んだ敵の死角。

 

「衝撃に備えろ!」

 

 アッシュの声に私は両手で頭を庇い、姿勢を低く保つ。轟音と共に一際大きな衝撃がアルビオールを襲い、私の視界が黒く染まった。

 

 


 

 

「──い! ──きろ! 起きろ、モース!」

 

 ぼやけた視界に紅が映る。それと同時にアッシュの声が鼓膜を揺らし、意識を現実へと引き戻して行った。

 

「……ぅ、ここは?」

 

「エルドラントの中だ。砲台なら外壁よりも装甲が薄いと思ったが、予想通りだった。目が覚めたならさっさと立て」

 

 アッシュに支えてもらいながら立ち上がる。意識を失った私をアッシュがアルビオールから引っ張り出してくれたらしい。正面から砲台に突っ込んだアルビオールの操縦席は全面のガラスが割れ、翼も半ばから折れてしまっている。私の隣には肩を押さえたギンジが座り込んでいた。

 

「いっつつ……、相変わらず無茶させるんですから、アッシュさんは」

 

「あのまま飛び回っていてもいずれは撃ち落されて終わっていた。それに砲台を潰せたから後から来るアイツらも突破し易くなる。脱出は弐号機を使えばいい。シェリダンのジジイ達に煩く言われるだろうが浮遊機関だけ確保しておけば文句は無いだろう」

 

 アッシュの言葉にギンジは諦めたようにため息を吐く。これほどの無謀は無かっただろうが、似たような無茶ぶりは今までも散々あっただろうということが窺える反応だった。私はそれを横目に乱れた衣服を直しながら改めて周囲の様子を見渡す。私達が飛び込んだのはエルドラントの下層のようで、崩れた穴から差し込む光で辛うじて視界は確保できるが、見上げれば暗闇が頭上に広がっている。

 

「もう動けるようだな。ギンジはここに残って後から来るルーク達に先行したことを伝えろ。行くぞ、モース」

 

 そう言ってスタスタと歩いて行ってしまうアッシュを小走りで追いかける。

 

「アッシュ、あまり一人で先行してはいけませんよ。罠があるかもしれません」

 

「ならグズグズするな。アイツらが追い付いてきたら何のために二手に分かれたのか分からなくなるだろうが。俺達は過剰に暴れてヴァンの目を惹きつける。今の衝撃で奴らも俺達が来たことに勘付いてるだろうからな」

 

 上層へと繋がる階段を二人並んで駆け足で上る。外壁だけでなく、内部まで白一色で造られた無機質な空間に二人分の足音が木霊する。しばらく上を目指していると、照明で明るく照らされた広間に差し掛かった。

 

「さっきのが下層とすれば、ここは中層か」

 

「そのようです。それよりも、聞こえますか?」

 

 そう問いかければ、アッシュは鼻を鳴らして腰に佩いた剣に手を伸ばす。私とアッシュ以外の、それも重厚な足音がいくつも広間の奥から響いてきていたからだ。

 

「いけるな?」

 

「もちろん。背中は気にせず戦ってください」

 

 挑発するように笑ったアッシュに、私も努めて軽い口調で返す。目の前には神託の盾騎士団の鎧に身を包んだ兵士達。恐らくはフォミクリーによって生み出されたレプリカ兵達が私達に迫ってきている。アッシュという戦力もいるのだから、レプリカ兵くらいならば相手取ることに不安は無い。だというのに、私は頭の奥が疼くような感覚を覚えていた。右手の中にあるメイスの感触を確かめるように握り直す。

 

「ならそのお言葉通り、後ろは気にしねえからな!」

 

 レプリカ兵達が続々と広間に足を踏み入れたその時、アッシュはそう言うや否や剣を抜いて敵に躍りかかる。少し遅れて私も彼の背中を追いかける。頭の疼きは消えないまま、それでも目の前の戦闘に意識が切り替わっていく。

 

「たかがレプリカ兵如きが俺達の前に立ち塞がってんじゃねえ!」

 

 その声と共に振り払われた剣でアッシュの目の前にいた二人の兵が吹き飛ばされる。広間に雪崩れ込んできた大量の兵士達の真っただ中に飛び込んだアッシュの背後に別の兵士が斬りかかろうとするが、その前に私が起動した譜術によりアッシュの周りを囲むように濁流が発生し、周囲の兵士をまとめて押し流した。

 

「私もいることを忘れてもらっては困ります」

 

 アッシュに追いつき、彼と背中合わせに立ってメイスを構える。私達の周囲をぐるりと取り囲んだレプリカ兵達を見渡し、手足の先が冷たくなっていくのを感じる。

 

「アッシュ、私もあなたも回復術は使えません」

 

「そうだな」

 

「たった二人で囲まれているこの状況ですが、余裕ですね?」

 

 後ろにいるアッシュに問いかけてみれば、アッシュがくつくつと笑ったのが聞こえた。

 

「俺達を囲んでるのは精々十数人だ。治癒術が必要になると思うか?」

 

 自信に満ち溢れ、いっそ不遜とまで思えるその発言に思わず私も笑ってしまう。

 

「いえ、野暮なことを聞いてしまいましたね」

 

 その言葉を皮切りに、レプリカ兵達が一斉に斬りかかって来る。アッシュと二人でこうして共闘することなど初めてのはずだ。だというのに何故だろう、私も、そして恐らくはアッシュも、互いをここまで頼もしく思えるのは。

 

「さあ、精々暴れて目立ってやりましょうか!」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。