アッシュとモースを乗せたアルビオール参号機がエルドラントの対空砲火を掻い潜っていってからしばらく時間を置いて、ダアトから供出された神託の盾騎士団の援護艦隊の発進に合わせてルーク達を乗せたアルビオール弐号機がエルドラントと連合艦隊が砲火を交える戦場に飛び込んだ。
「うおわぁ!?」
機内のルークが思わず素っ頓狂な声を上げてしまうほどの曲芸飛行。先に突入したギンジに勝るとも劣らない操縦技術で敵味方の砲弾が入り乱れる海上を駆ける。目指すは参号機が捨て身の特攻でもって抉じ開けた突破口。連合艦隊の砲撃によってエルドラントの砲台はいくつか破壊されている。それによって手薄になった弾幕を掻い潜り、ノエルの駆るアルビオール弐号機は着実に空に浮かぶ白磁の要塞との距離を縮めていく。
「ルーク、しっかり掴まっとけ! 舌噛むぞ!」
「分かってるって!」
ひっくり返りそうになったルークをガイが支える。ルークが機内を見渡せば、キチンと座席に身体を固定している他の面々もあちこちに身体が振られる感覚に苦悶の表情を浮かべていた。あのジェイドですら顔を顰めていたほどだ。
「皆さん! もう少しです!」
そんな彼らを励ますように操縦席に座るノエルが声を張り上げる。その言葉と共に操縦桿を力の限り押し下げ、アルビオールが機首を海へ向け、エルドラントの外壁を舐めるように飛ぶ。機体の壁一枚を挟んだ外には要塞の砲台が構えており、アルビオールを撃ち落とそうとしてくる。それを躱しながら突入を目指すアルビオール。ついに操縦士であるノエルの視界にエルドラントの横っ腹に空いた大穴が映り、そこに向けて更に速度を上げていく。
「しっかり掴まって!」
ノエルの声に返答する余裕は無かったが、ルーク達全員が壁や座席にしがみついて衝撃に備える。アルビオールの機体全体を揺らす衝撃が襲ってきたのはその直後だった。参号機が空けた穴にねじ込むように突っ込んだ弐号機は、機体に少なくないダメージを受けながらも、先に突入した参号機よりも遥かに少ない被害で内部に着陸することに成功した。もうもうと舞う土埃が収まるのを待って機外に降り立ったルーク達は、まず目にした参号機の惨状に目を瞠った。最悪の事態を予想したルーク達は、多少の怪我こそあるものの機内で大破した機体から浮遊機関を取り外す作業をしていたギンジを見てほっと胸を撫で下ろす。
「アッシュさんとモースさんは既に上に行きました。オイラは大丈夫ですから皆さんは先へ!」
「ここは兄さんと私で大丈夫です。皆さんが戻ってこられるまでにアルビオールが飛べるようにしておきます!」
そうノエルとギンジに促され、ルーク達は先に行ったアッシュ達の後を追って上層を目指す。そうして階段を駆け上がった彼らは、アッシュとモースの二人も足を踏み入れた広間へと辿り着く。しかし、そこは二人が突入したときとは大きく様相を変えていた。
ルーク達の前にはレプリカ兵が倒れ伏していた。その数は数人程度の可愛いものではなく、数十人もの兵達が広間で折り重なるようにして積み上げられていた。
「これは、また……」
「アッシュとモース、二人だけ、なんだよな……?」
想像以上の光景にガイとルークが頬をひくつかせる。ジェイドすら表情こそ崩してはいないものの冷や汗が一筋横顔を伝っていた。
「何はともあれ、これほどまで派手に暴れてくれているのです。敵の目は殆どが二人に向いているはず。我々も敵がこちらに集まってくる前に可能な限り進みましょう」
思わず足を止めてしまった己と他の面々にそう言うと、彼らは気を取り直して再び上層へ向けて足を動かす。その道中にも敵兵が転がされていたが、もうそれを見て足を止めることは無い。
「にしても、たった二人だけでこれとは末恐ろしいな。アッシュもモースも強いのは分かっちゃいたが」
横目に倒れた敵兵を見ながら、ガイはそう呟く。
「あの二人が強いことは否定しませんが、恐らくは敵もそこまで強くは無かったのだと思いますよ」
「えっと、それは……?」
「どういうことですの、大佐?」
頭上にはてなマークが幻視出来る程分かりやすく困惑したティアとナタリアがジェイドに問いかけた。
「いくらヴァンに付き従う神託の盾兵がいたとしても、このエルドラントにまでついて来ている者はここまで多くは無い。大半はレプリカ兵のはずです。それもここで生み出されたばかりのね」
「そうか、最低限の戦闘技能だけを叩きこまれたから数を頼りにするしかないってことか」
「その通りです、ルーク。とはいえ、それでもこの数を二人だけで相手にしていては消耗して当然なのですがね。そこはあの二人の異常さがよく分かるところでしょう」
ジェイドの脳裏に浮かぶのは深紅の剣士と老練な譜術士が並び立って戦う姿。敵陣に果敢に突入し、敵の鎧ごと斬り潰すような剛剣を振るうアッシュ。それと対照的に途切れることの無い杖術と詠唱も無く縦横に放たれる譜術を振るってアッシュの背中を守るモース。その様子が目の前に立ち上ってくるかにも思える戦いの跡がそこかしこに残されていた。
「俺達は助かるんだが……」
「つくづくあの二人が味方で良かったと思いますわ」
「早く合流しないと、二人とも消耗はしているはずよ。このままのペースで戦い続けられるわけが無いわ」
ガイとナタリア、ティアがそう言って足を速める。一行の最後尾でそれを眺めながら、ジェイドはふと視線を倒れているレプリカ兵、兜に覆われたその頭部に向けた。何故かは彼自身にも分からない。ただ、言い知れぬ不安を感じたからとしか言えなかった。
「……まさか、ね」
自らの頭に浮かび上がった嫌な想像を振り払うように、彼は視線を前へと戻した。
中層から上層に上がるためには一度外壁に沿った長い階段を昇る必要があった。海上で強風が吹き荒ぶ中、ルーク達は足下を確かめながら更に上を目指していた。
「くっ、皆気を付けろ! 足を踏み外したら終わりだ!」
後ろに続く仲間達に声を掛けながら、自分も壁に手をついて歩を進める。先を行くアッシュとモースの背はまだ見えない。敵と戦いながらだというのに、彼らはどこまで先に進んでいるのか。あるいは途中で自分達には見つけられなかった分かれ道でもあったのだろうか。この辺りには戦闘の痕跡も無く、先行した二人がここを通ったのかすら定かでは無かった。
暫く昇った先、踊り場になっている場所で休憩を取ることにした一行。ルークは遠くに伸びた白亜の端の先に視線を向ける。それはエルドラントが自分達の住むオールドラントに伸ばした侵略の手。大地に突き立ち、そのレプリカ情報を吸い上げては莫大な
「焦ってはいけませんよ」
「っ!? ジェイド、急に驚かすなよ……」
突然背後からかけられた声に肩を跳ねさせながら振り返れば、こちらを見つめる紅の瞳と目が合った。
「急がなければいけないのは確かです。ヴァンは大地のレプリカを作成し、巨大な同位体同士の間で生まれる超振動はオリジナルの大地を消し飛ばしてしまいますからね。ですが、それで先を急ぎ過ぎて疲労困憊になっては肝心のヴァンを止めることが出来なくなってしまいます」
「……分かってるよ。でもさ」
続けようとした言葉は止められた。ルークの肩に青い手袋に覆われた手が載せられることによって。
「エルドラントの手を止めるために下ではキムラスカとマルクトが戦ってくれているのです。彼らを、大人達をもう少し信じても良いのですよ。それとも、モース程でないと頼りにはなりませんか?」
最後におどけた口調で付け加えられた内容に、ルークは噴き出して肩から力が抜けるのを感じた。
「ぷっ、はは。確かに、モースが残ってくれてたらこの上なく頼もしかったよ」
「そうでしょう。ま、あのネジが二、三本どころか十本単位で抜けているふっ飛んだ人間がそう何人もいてたまるか、という話ですがね」
「おいおい、そこまで言うか……」
「あの大詠師は私でも予想がつかないことを度々やらかしていますからね。この評価は妥当だと思いますよ?」
呆れ顔のルークにジェイドはいつもの惚けた口調で返す。本人のいないところで頭がおかしい扱いをされているが、それを否定してくれる者は少なくともこの場にはいないようだ。
「さて、良い感じに肩の力も抜けたようですし、行きましょうか。もうすぐ階段も終わりです」
「ああ、そうだな!」
ジェイドに促されて立ち上がったルークは、右手のひらに左拳を打ち付けて気合を入れると、再び上を目指し始めるのだった。
階段を昇り切った先にあったのは大きな邸宅がいくつも並ぶ通り。あちこちが崩れ、中には基礎しか残っていないような有様だったが、それでも立ち並ぶ家々はそこに住んでいた者達の地位の高さを伺わせる造りをしていた。
「ここは……?」
「この家……、まさかっ!?」
「おい、ガイ!?」
あちこちをに視線を巡らせながら歩いていたルークだが、何かに気付いて顔を強張らせたガイが走り出したのに釣られて慌てて後を追いかける。ジェイド達他の面々もその後ろに続いた。
「ここも……、ここもそうだ! ……この家も!」
走りながら周囲に目を向け、ぶつぶつと呟くガイ。彼の足はいくつも並んだ邸宅のうちの一つを前にして止まった。そこは他の建物と比べても一回り大きく、かつて荘厳な門があっただろう場所には顔の欠けた獅子を象った支柱が立っていた。
「ガイ、急に、走り出して、一体どうしたんだよ?」
ようやく追いついたルークは膝に手をついて切れた息を整えつつ、ガイに問いかける。
「見覚えがあると思ったんだ、この場所に」
自らの目の前に佇む廃墟から視線を逸らさず、ガイは答えた。
「そりゃそうさ。考えるまでも無い。俺はこの場所を知っているんだからな」
「どういうことだよ、ガイ」
要領を得ない答えにルークが質問を重ねる。ティアとナタリア、アニスもようやく追いつき、ガイに問うような視線を投げかけていた。一番後ろにいたジェイドは既に何かを察したような表情で自分達に背中を向けるガイに気遣わしげな表情を向けていた。
「ガイ、やはりここは……」
「ああ、その通りだよ旦那。ここは、エルドラントは俺の故郷、ホドのレプリカだ」
ガイの言葉にルーク達が目を見開いた。
キムラスカとマルクトのかつての戦争の舞台となった島。ヴァンとティア、そしてガイの故郷であり、フォミクリー装置に繋がれたヴァンの起こした超振動によって海へと沈んだ島。それが今レプリカとして蘇り、オールドラントを食いつくさんとする要塞となった。
ガイに何か言葉を掛けようと他の面々が口を開きかけるが、それより先に目の前の廃墟から物音がしたことで彼らの頭は即座に緊張状態となった。各々が自身の得物に手をかけ、いつでも応戦できるように体勢を整える。
「……その声、追い付いてきやがったか」
「っ、アッシュ!?」
だが、聞こえてきた声に彼らは戦闘態勢を解いて廃墟へと走り出した。朽ちた邸宅の中から聞こえてきたのは自分達よりも先行していた者の声だったからだ。
崩れ落ちた玄関口に踏み入り、一番奥の部屋を目指す。廊下の先、蝶番が外れかけた扉を開けば、天井が崩れて光が差し込んでいる部屋の真ん中にアッシュとモースが座り込んでいるのが目に入った。
「二人とも無事だったんだな!」
一見すると目に見える怪我も無い二人にルークは顔を輝かせたが、彼らの前に横たわっているものを見て足を止める。
「アッシュ、モース様、それは一体……?」
「格好から察するにレプリカ兵の一人?」
後に続いたティアとアニスが首を傾げながら二人のもとへ歩を進める。
「ああ、レプリカ兵だよ。ヴァンの野郎も趣味が悪いことしやがる」
「いつの間に、というのは愚問ですね」
「二人とも一体何を……。っ!?」
「ティア……? って、ちょっとこれって……!」
アッシュとモースの姿で遮られて見えなかったもの。それを彼らの背中から覗き込んで見たティアとアニスは二人とも口元を押さえて後退った。
「ティア、アニス?」
「……どうしてこう当たって欲しくない予感ばかりが当たってしまうのか」
何が起きているのか理解出来ていないルークとガイ。それと反対に二人の反応でジェイドは全てを察してしまった。
「悪趣味、というだけではないでしょう。何か狙いがあってやったことだと、私は考えます」
「一体どうしたんだ、旦那? そこに倒れてるレプリカ兵に何かあるのか?」
ジェイドの言葉に首を傾げながら、遂にルークとガイも床に座り込む二人へと近づく。アッシュとモースの視線の先にあるものの正体を目にするために。
そのレプリカ兵は既に息絶えていた。恐らくはアッシュとモースに襲い掛かり、返り討ちにされたのだ。そしてどういうわけか、その身体をアッシュとモースはここまで運び込んだ。それは一体いかなる理由によるものだろうか。その答えは、二人の見つめる先にある。
「ッ! そんな、これは!?」
「おいおい、コイツは」
ルークはそれを目にした瞬間に驚愕で口を開いた。ガイは眉間に深く皺を刻み、その青い瞳に怒りの炎を宿した。
「どうやら道中で襲って来たレプリカ兵は皆、これのようです」
モースはそう言ってレプリカ兵の顔に手を翳すと、見開かれたままだった目を閉じさせた。彼と全く同じ顔をしている、神託の盾兵の鎧に身を包んだそれの。