大詠師の記憶   作:TATAL

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虚ろのレプリカと私

 自分の前に横たわるレプリカ兵をじっと見下ろす。自身と同じ顔をした存在を手にかけたことに言い知れない気持ち悪さが腹の底から立ち昇ってくるが、奥歯を噛み締めてそれを堪えた。気を紛らわすように周囲に視線をやれば、ルーク達が気遣わしげにこちらを見つめているのに気付いた。

 

「モース、大丈夫ですか?」

 

 ジェイドがそう言って私の前に膝をつき、顔を覗き込んでくる。

 

「……ええ、良い気分とは言えませんが」

 

「……ひどい顔色だ」

 

 目を合わせたジェイドが深刻な表情のまま、私の頬に手を添える。手袋越しに感じた温かさに、凍り付いていた心が少し解れたような心地がした。

 

「ヴァンの狙いはあなたの特異性を再現することでしょう。成功してはいないようですが」

 

「こんな老人一人によくもまあここまで執着したものですね」

 

 ジェイドの言葉にそう言って力無く笑う。あの男が私に並みならぬ執着を見せていたのは分かっていた。だが、ダアトで彼は私に執着していた理由である何かが私の中から抜け落ちたのを知ったはずだ。

 

「私はもうヴァンが求めるものを失っているのですがね」

 

「だからこそ、今になってヴァンはあなたのレプリカを作っているのでしょう。あなたの中にあった記憶、ローレライとの謎の繋がり、それはあなたという存在から抜け落ちましたが、あなたのレプリカにならば再び宿るかもしれない。そう考えたのかもしれません」

 

 怒りゆえか、ジェイドの眉間には珍しく皺が寄っている。

 

「あなたの尊厳を踏み躙る行為です。許される事ではありません」

 

「あのとき私が感じた立ち眩みは、レプリカ情報を抜かれたことによる副作用だったのですね」

 

 グランコクマでジェイドと二人で話していたときに視界が揺らぎ、立っていられなくなったのは疲労によるものではなかったということだ。

 

「私の考え過ぎでは無かった。こうまで勘が鈍っているとは、我ながら情けない」

 

「私がレプリカ情報を抜かれたのはヴァン達に捕らえられていた時のことでしょう。この事態は避けられなかった」

 

 悔やむように顔を歪めるジェイドを宥める。ふと、再び視線を下に戻してみれば、横たわっていた私のレプリカが音素乖離を起こし始めているのが目に映った。手先から小さな光の粒子となって輪郭を朧にし、空気に溶けるように消えていく。

 

「大量に、調整もままならずに作成されたレプリカは非常に不安定です。死んでしまえば、すぐに音素乖離を起こす」

 

 それを見つめていたジェイドが小さく零した。私は何を思うでもなく、消え始めている手に指先を触れさせる。すっかり冷たくなってしまった手を、儚い感触しか返してこないそれを自身の手で包み込み、握りしめた。

 自らを憐れんでいるようなものかもしれない。ほんの僅かな生しか許されなかった彼にとって、私が抱える感傷は無意味なだと言う者もいるだろう。それでも、彼とて()()()()()()()()()()の人として生きることも出来たかもしれない。それを忘れないように、自分に刻み込むように、その全身がすっかり消えてしまうまで、私は目を逸らさずに見つめ続けていた。

 

「……すみません、少し時間が掛かりましたが、行きましょうか」

 

 私はそう言って、ジェイドの手を借りて立ち上がった。ルーク達は、珍しいことにアッシュまで私を心配そうな表情で見つめていたが、私は心配をかけまいと口元に笑みを浮かべる。

 

「そんな顔をしないでください。ヴァンが私に何らかの執着を見せていることは分かっていました。私のレプリカを作ったところで大した戦力にはなりはしないというのに」

 

「モース様、冗談でもそのようなことを仰らないでください」

 

 私の言葉にティアが泣きそうな顔で詰め寄って来る。いけない、心配をかけるまいとすればするほど逆効果になりそうだ。このままでは本当にティアが泣き出してしまいそうに思えたため、私はいつもフローリアン達にしているように彼女の頭に手を乗せ、少し屈んで彼女と視線を合わせる。

 

「心配させて申し訳ないです。でも、本当に気にしないでください。私達がすべきことはここで立ち止まることでは無く、ヴァンを止めることでしょう? 私一人の為に、長く立ち止まるわけにはいきません」

 

「分かっては、います……」

 

 私は顔を上げて他の面々を見渡した。ルーク達は皆気遣わしげな色こそ抜けないものの、それでもその目は各々の決意を表すかのように輝いていた。

 

「行きましょう、ここからは私とアッシュも合流します。随分と上がってきましたからね、ヴァンとの対面ももうすぐ叶うことでしょう」

 

「ああ、行こう。頼りにしてるからな、モース、アッシュ!」

 

 ルークはそう言って力強く頷いた。私達は部屋に残された鎧と剣を一か所に固め、簡素な墓標とした後、レプリカとして蘇ったガイの生家ガルディオス邸を後にした。

 

 ──が──を

 

 朽ちかけた門扉を出ようとした瞬間、誰かに呼ばれた気がして、私は思わず振り返った。

 

「? ……今のは、一体」

 

「どうした、モース?」

 

「……いえ、何でもありませんよルーク」

 

 誰もいないはずの廃墟から声が聞こえた、だなんて言っても誰が信じるというのか。色々とストレスがかかったのかもしれないが、気を引き締めなければ。

 私は頭に湧いた疑念を振り払うと、前を行くルーク達を小走りで追いかけた。

 

 


 

 

 かつてマルクトによって海の底に沈められたホドは、沈む直前の崩れかけた状態を寸分違わずレプリカとして再現され、エルドラントに蘇っていた。この白亜の城を護る魔物もレプリカ兵も屋敷が立ち並ぶこの区画には姿が見えない。敵がここまで昇って来ることを想定していないのか、あるいは曲がりなりにもヴァンの故郷を想う気持ちの表れか。どちらにせよ私達にとっては都合よく、周囲を警戒しながらも順調に歩を進めていた。

 そして敵地といえど、ずっと黙り込んだまま歩いていては気が滅入る。会話は自然と、先行していた私とアッシュが主題となっていった。

 

「それにしても、二人は道中随分と大暴れしたんだな」

 

「ちょうど良い陽動になったでしょう、ガイ?」

 

「ですがたった二人であのような行動、あまりにも無謀すぎますわ」

 

「たかがレプリカ兵ごときで俺だけでも余裕だ」

 

 アッシュの言葉に、ガイは呆れたように笑い、ナタリアは無茶なことをするなと怒ったように腰に手を当てて詰め寄る。ナタリアにだけは弱いアッシュは、きまり悪そうに頬を掻いて目を逸らした。

 

「でもでも、本当に怪我は無いんですかぁ?」

 

「大丈夫ですよ、アニス。もちろん無傷とまではいきませんが応急処置もしていますし、体力を回復させるためのグミも十分な数を用意していました」

 

 隣を歩くアニスがジトっとした目で見上げてくるので、私も苦笑しながらそう言ってアニスを宥める。あの廃屋にいたのも、怪我をしたからではなく、レプリカの正体に気付いたことによるショックが主な理由なのだ。道中の戦闘は自分でも驚くほどに問題なく切り抜けられていた。アッシュも剣技と譜術を織り交ぜて戦うためか、敵陣に猪突猛進に突っ込んでいくだけでなく全体を俯瞰して私との連携もしっかりと熟していた。むしろ、私がフォローしてもらったことの方が多いのではないかと思うくらいだ。私は前を行くアッシュの背中を見つめる。

 

「アッシュには随分と助けられました。私も負けないようにしませんと」

 

「モース様も、私達をとっても助けてくれてますよ?」

 

「おや、そうでしたら嬉しいですね」

 

 嬉しいことを言ってくれるアニスを見下ろし、顔を綻ばせる。そこで、視界の端に何かが光ったような気がした。

 

「っ! アニス!」

 

「ふぇ? ぎゃん!?」

 

 私は反射的にアニスを後方に突き飛ばすと、最後尾のジェイドに合図を出す。それを素早く察したジェイドは足を止め、ルークとティアを手で制した。それと同時に私、アッシュ、ガイ、ナタリアを囲むように地面に譜陣が浮かび上がる。

 

「罠だ!」

 

「これは!?」

 

「回避を……」

 

「間に合いません!」

 

 私達四人が譜陣の範囲から逃れようとするよりも早く、罠は起動した。身体全体があらゆる方向から押し潰されるような重圧が襲い、たまらず膝をつく。重圧はどんどんと強くなり、身体がミシミシと悲鳴を上げていくのが分かる。これは敵の動きを止めるものじゃない。そのまま敵を圧殺するための罠だ。

 

「ルーク! 超振動を!」

 

「分かった!」

 

 罠を逃れたジェイドがルークに指示を出すと、ルークは地面で赤く光を放つ譜陣に向けて両手を向けた。手を合わせたところから音素(フォニム)の眩い光が放たれ、超振動によって譜陣が構成音素ごと削り取られていく。

 

「ぐっ、急げ……! このままじゃ」

 

「分かってる! もう少し!」

 

 アッシュが片膝をついて苦悶の声を上げ、それに応えるようにルークの両手の光が明るさを増す。そして、ガラスが割れるような音と共に譜陣が消え去り、私達の身体を押さえ付けていた重圧が嘘のように消え去った。

 

「はぁ……はぁ……、た、助かった」

 

「身体が折れてしまいそうでしたわ……」

 

 ガイとナタリアが地面にへたり込んで荒い息を整える。そこへルークとジェイド、アニス、ティアが走り寄ってきた。

 

「かなり巧妙に隠されていました。モースが気付いてくれなければ、我々全員が罠にかかり為す術はなかったでしょう」

 

 そう言いながらジェイドは私の手を引いて立ち上がらせる。時間にしてみればほんの僅かだったが、痛みと死を意識した緊張で全身から汗が噴き出していた。

 

「助かりましたよ、モース」

 

「それはこちらのセリフです。ルークが止めていてくれなければ、それこそ何も出来ずに死を待つのみでした」

 

 私は額の汗を拭いながらルークに礼を述べる。ガイとナタリアもそれに続いてルークに礼を言えば、それを受け取る本人は気恥ずかしそうに頬を掻いていた。

 

「……助けられちまったな。自分が情けねえ」

 

 アッシュは礼かどうか怪しいことを言っていたが、ルークが満足そうにしていたからそれで良いのだろう。罠を切り抜け、極度の緊張から解放された私達の間に少し緩い雰囲気が漂い始める。

 だが、その空気はすぐに凍り付くことになった。

 

「なんだ、第二超振動とやらは出さないのか」

 

 頭上から聞こえた声に私達全員が弾かれるように顔を上げる。私達の目の前にある真っ白な石の階段を昇った先、声の主はそこに立っていた。そしてゆっくりと階段を降りてくる。

 

「閣下の話ではここでアッシュの死を知ったレプリカが第二超振動で罠を無効化すると聞いていたが、アッシュも生きている上に第二超振動も無い。閣下の脅威が一つ消えたというわけだ」

 

 両手に携えた譜業銃、後頭部で一つにまとめられた色素の薄い髪、怜悧な光を放つエメラルド色の瞳。彼女は、私達の前に立つとその手に持った銃をこちらに向けた。

 

「だが第二超振動をレプリカが使えようとそうでなかろうと関係ない。お前達はここで私の手に掛かるのだからな」

 

「……リグレット、やはり出てきましたか」

 

 ヴァンの副官であり、右腕。そして六神将の中でも最優と名高い女傑、魔弾のリグレットが私達の前に立ちはだかった。

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