大詠師の記憶   作:TATAL

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PCの調子が悪いためサブのタブレットから投稿


リグレットと私

「久しく顔を合わせていなかったな、モース」

 

「今この場では会いたくなかったですがね、そこまでヴァンが大事ですか」

 

 リグレットが持つ譜業銃は小動もせずに私に向けられている。彼女が少し人差し指に力を籠めるだけでその銃口から私を貫く火が吹くことだろう。だというのに、私の心の内は不思議と凪いでいた。今の彼女は私をすぐには撃たないとどこかで確信しているように。事実、リグレットは銃を下ろし、再び口を開いた。

 

「それはこちらのセリフだ。そこまで、その愚かなレプリカが、この世界が大事だとでも言うのか」

 

 彼女の問いに私は何も答えず、目に力を籠めて彼女の瞳を見つめ返す。

 

「思えばこうしてお前とまともに言葉を交わしたことはダアトに居た頃もあまり無かったな」

 

 それを意にも介さず、リグレットは言葉を続けた。

 

「今更言葉を交わす意味は無いが、聞いておきたいこともあった」

 

「聞いておきたいこと?」

 

「モース、お前はいつから未来を知り得ていたのだ。生まれた時からか、それとも閣下と手を結んでからか」

 

 そう言った彼女の顔に張り付いていた薄い笑みは、傷ついて疲れ果てた女が意地で浮かべたものでしかなかった。

 

「どうしてお前はそのレプリカの為には動いて、私達の為には動いてくれなかったのだ。女々しいことだと分かっていても、問わずにはいられん」

 

 彼女の言葉に私は何と返そうとしたのだろうか。何かを言おうとはしたのかもしれないが、乾いた口内に言葉が張り付いて上手く出てきてくれなかった。

 

「私には弟がいた。両親を早くに亡くした私にとって唯一の肉親だ。私も弟も神託の盾騎士団に所属し、忠実に職務を果たし、そして弟が戦争に駆り出され、呆気なく死ぬことまでもが預言(スコア)に詠まれていた。お前ならば、私もラルゴも、閣下も苦しみを味わうことが無いように出来たかもしれない。お前はその時は動くことはなく、あまつさえ我々を欺いて協力するように見せかけた。滑稽だったか? 何も知らない人間が自身の掌の上で動き回るさまを眺めるのは。同じだよ、お前も。預言(スコア)のままに動く人間を腹の底では嘲笑っていた歴代のローレライ教団の老害共と何一つ変わらない」

 

 力無く笑う表情はそのままに、銃把を握りしめた彼女の手は力を籠めすぎて白くなっていた。そこには彼女の飲み下せない、御しきれない怒りが現れている。私はその姿にかける言葉を持たなかった。彼女の言葉は私の全てとまでは言わなくとも、少なくとも一側面は捉えていた言葉なのだから。私にとって動くことが出来ない理由があったとしても、それは彼女にとっては納得できる理由にはならない。リグレットだけではない、ラルゴも、それ以外のヴァンの思想に賛同した者達も、私がこの手から零した人々であり、彼らからすれば私は全てを知りながら見捨てた人間でしかないのだ。

 

「違います!」

 

 何も言えずに立ち尽くすままの私に代わって声を上げてくれたのは、ティアだった。

 

「モース様は誰にも言えないまま一人で苦しみ続けて、何とか一人でも多くを救おうと足掻き続けてきました! それは誰にも責められる謂れはありません。ましてや教官達がモース様にしたことは許されることじゃありません!」

 

「よく考えなさい、ティア。その男が多くを救おうと思っていたのならば、何故ホド戦争が起きて閣下とお前の故郷であるホドは滅びたのだ。お前も、そこにいるガルディオス家の生き残りも何故こちら側にいない」

 

「俺はお前達みたいに駄々をこねる子どもじゃないんでね。何でもかんでもモースのせいってか? 笑わせるね」

 

 水を向けられたガイは、眉間に皺を寄せてリグレットを睨み返すと、冷たく言い放った。

 

「あなた方が預言(スコア)の被害者だということを否定する気はありません。預言(スコア)に支配された世界をどうにかしたいという想いも。ですが致命的にやり方を間違えたのです。その正当化にモースを言い訳として使っているに過ぎません。私に言わせれば動かなかったのはモースでは無くあなたですよ、リグレット」

 

 ガイに続けてジェイドも醒めた表情でリグレットに言葉を返す。

 

「教官、何を言おうとあなた達のやり方は間違っています。この世界の全てをレプリカに置き換えるだなんて、それこそ預言(スコア)に詠まれたオールドラントの滅亡でしかありません。そんなことを許すわけにはいきません」

 

「……そうか。ティア、お前達の言い分は分かった。だが、私はまだ最も聞きたい者から答えを聞けていない」

 

 ティアの言葉に数瞬目を伏せたリグレットは、私と正面から視線を合わせた。その顔に先ほどまでの張り付けたような笑みは無い。さりとて、私に対する怒りも見えなかった。ただ純粋に答えが知りたいのだと、彼女の目は物語っていた。

 

「……リグレット、あなたの求める答えを私は持ち合わせていないことを予め断っておきます」

 

 私にはルーク達に伝えたこの世界の未来の記憶は今は無い。ただ私がこれまで重ねてきた行動が私の中にあるのみだ。それでも、ルーク達がこれまでの私も、今の私も変わらないと言ってくれるのなら、私がしてきた行動の動機は、今の私でも考えが及ぶところのはずだ。

 

「何もかも救うには私の手はあまりにも短く、力が足りなかった。私一人では何も出来ないのに、周囲を信用することも出来なかった。何より私は恐ろしかったのだと思います。未来を知っていたからこそ、そこから外れることで何が起こるのかを恐れた。そんな私が預言(スコア)から、未来の記憶から外れることを恐れなくなったのは皮肉にもヴァンが私を切り捨てたお陰だった」

 

 私の言葉を聞いたリグレットは今度は先ほどまでのような無理をして浮かべたものでは無く、自然な笑みを見せた。

 

「フッ、私達の行動が奇しくも私達自身の首を絞めていたということか」

 

「私にもう少しの勇気があれば、あなたと肩を並べることもあったのかもしれません」

 

 私が動くことを恐れず、リグレットやラルゴに協力を願い出ていたのなら、彼らが歪んでしまう原因となった出来事に私が介入出来ていればこうして向かい合うのではなく、同じ方向を向いていることも出来たかもしれない。

 

「どうだろうな。預言(スコア)などというものが無ければ、私が呪うべきものが無ければ、そうだったのかもしれない」

 

 リグレットはそう言うと下げていた譜業銃を再び掲げ、銃口を私へと向ける。それに合わせるように私や、ルーク達も武器を構えた。固い表情をしているルーク達とは対照的に、リグレットと私はどちらも口元が笑っていた。

 

「惜しいな、モース。お前も私も、目指すべき道は変わらなかった。どちらも預言(スコア)の無い世界をと願い、お前はそこのレプリカに希望を見出し、私は閣下に自らの信念を委ねた」

 

「今からでも協力してヴァンを止めることは出来ませんか?」

 

「それこそ愚問だな。私は自らの信念も、心も閣下に委ねた。預言(スコア)への怨嗟と愛する男への気持ち両方を押し殺すことなど出来るものかよ」

 

「ならば、これ以上の問答は不要ですね」

 

 私達が彼女へと向かって駆けると同時に、彼女は引き金を弾いた。

 

 


 

 

 剣が、矢が、譜術が、弾丸が飛び交う空間で、リグレットと私は互いに踊るようにステップを踏んでいた。

 

「しばらく見ない間にやるようになった!」

 

 そう言ってリグレットが右手の譜業銃をこちらに向けるのを顔を逸らして避ける。リグレットはどこか楽しそうにすら見える様子だが、こちらにはそれに答える余裕は無かった。体術と譜業銃を巧みに織り交ぜた彼女独特の戦闘術に翻弄され、打撃を逸らし、銃口から身を避けるので精一杯になっていた。そして一対一の戦いにおいて、私が彼女に優る点は無い。それを証明するように、リグレットの攻撃を凌ぐ過程で生まれた死角に飛び込んできた彼女の蹴りが私の横っ腹にめり込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 たまらずたたらを踏んで後退りをすれば、そこにすかさず追撃の弾丸が殺到する。それを地面に転がって無様に避けた私に更なる追撃を仕掛けようとしたリグレットだが、そうはさせまいとルークとガイが挟撃し、そちらへの対処にリグレットの注意が割かれた。

 

「狂乱せし地霊の宴よ、ロックブレイク!」

 

そしてその隙を見逃さず、ジェイドの譜術によってリグレットの足下から尖った岩の槍がせり上がる。

 

「甘い!」

 

だが軽業師もかくやと言わんばかりの身のこなしで術の範囲から飛び退いた彼女は、ジェイドとナタリア、ティアの後衛組に牽制弾を撃ち込む。それによってジェイドの譜術に続こうとしたティアとナタリアの動きを掣肘した。

 

「いい加減食らいやがれ!」

 

距離を取ったリグレットに向かって悪態と共に駆け出し、剣を振るったのはアッシュ。虎視眈々と機を窺い、リグレットが着地した瞬間を狙った一閃だったが、その剣は金属同士がぶつかる甲高い音と共に防がれた。

 

「狙いは良いな。だが、お前に戦い方を教えたのはヴァンだけではない」

 

「教官面しやがって......!」

 

銃把を握る手を守るためのナックルガード。リグレットの譜業銃に取り付けられたそれは外縁部が研がれ、そのまま殴り抜くだけで敵を切り裂く武器にもなるそれがアッシュの剣を防いでいた。両手で全体重をかけて振り下ろされたアッシュの剣は、どこからそんな力が出ているのか不思議になる細腕によって食い止められ、そしてリグレット本人はいたって涼しげな顔をしている。

 

「失望させてくれるなよ、ヴァンは私のように甘くはない」

 

「舐めるな!」

 

「氷爪襲落!」

剣を振り払ってリグレットから距離を取ったアッシュと入れ替わるように、体勢を整えた私が氷を纏った蹴りでリグレットの頭上から強襲をかける。

 

「アニス!」

 

「リミテッド!」

 

そしてリグレットが私の攻撃を受け止めたと同時に後ろに控えたアニスの名を叫ぶ。彼女は心得たとばかりに待機させていた譜術を発動させ、私とリグレットの足下に譜陣が浮かび上がった。

 

「特攻か、愚かな」

 

「それはどうですかね!」

 

つまらなさそうに私を見たリグレットにそう言い返すと、私自身も発動直前で止めていた譜術を起動させる。アニスの譜術で展開された譜陣に重なるように新たな譜陣が展開される。

 

「拙い術を重ねたところで......!?」

 

リグレットの言葉は驚愕の表情と共に途切れた。それは私の展開した譜陣が彼女の想像したものと様相をがらりと変えたためだ。

アニスの発動した譜術は光を司る音素(フォニム)を収束させ、敵に光の柱をぶつけるもの。つまり、彼女の譜術によって地面に展開された譜陣には光の音素(フォニム)が高濃度に集められている。譜陣は術者の音素(フォニム)を使って展開されると、周囲の音素(フォニム)を更に集束させて術を発動させる。そのときに譜陣が展開された環境に特定の属性の音素(フォニム)が偏っていると、本来起こしたいものとは異なる現象を引き起こすことが出来る。フィールドオブフォニムスと呼ばれる環境中の特定音素(フォニム)の偏りを利用したその戦術は、自身が狙いたい特定の音素(フォニム)が偏る環境を作り上げる難易度、そしてその音素(フォニム)が拡散する前に更に譜術を重ねる必要があることから狙って起こすものではないとジェイドをして言わしめる。だが、優秀な術者が味方にいれば話は別だ。

 

「貧者の戦術ですが、優秀なあなただからこそ慮外になるでしょう」

 

私が発動した譜術はセイントバブル。それは周囲の水属性の音素(フォニム)を収束させて超圧縮された水塊を生成して敵にぶつける譜術だが、周囲の環境中に風の音素(フォニム)が偏っていると全く異なる譜術に変化する。光の音素(フォニム)は使い手が限られる代わりに火および風の音素(フォニム)と互換性を持つため、セイントバブルを発動させる譜陣に吸収されたそれによって私とリグレットの周囲に落雷が発生する。

 

「喰らいなさい、ディバインセイバー!」

 

次々と発生した雷が私とリグレットを囲む牢獄となり、最後には収束して私達を灼く雷撃となった。

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