自ら放つ譜術によって過剰に傷付かないように防御用の譜術を展開していたにも拘らず、術者本人である私にも無視できないダメージが入るほどにフィールドオブフォニムスを利用した譜術の威力は凄まじいものだった。それだけに、この結果は予想外だ。
「このような曲芸を実戦の中で行う人間がいるとはな」
「かすり傷、で終わらせるつもりはなかったのですがね......」
激しい光が収まった中心には細かな傷をつけながらも、依然として悠然と佇むリグレットの姿。少し肩を上下させてはいるものの、戦闘には支障が無さそうに見える。どのようなからくりか、攻撃を仕掛けた側の私の方が消耗が大きいように思える程だ。
「普段の私ならば無視できないダメージを負っていただろうが、その程度で死んでやれる程安い命ではない」
「その言葉、あなたもラルゴと同じように.」
彼女もラルゴ同様に身体に譜陣を刻み込み、自らの能力を底上げしているらしい。譜術に対する耐性の高さもそれによるものだろう。
「曲芸を見せてくれた礼だ。私も見せてやろう」
リグレットのその言葉と共に私と彼女を囲むように広がる譜陣。先程の譜術でダメージを負っていた私ではその範囲から抜け出ることは叶わず、けれども防御姿勢をとり、身体へのあらゆるダメージを軽減する術式、粋護陣を展開する。
その刹那、私の身体を暴風のような殴打が襲った。吹き飛ばされてもおかしくない衝撃であるにもかかわらず、吹き飛ばされることすら出来ずにいるのは足下に展開された譜陣に捕らわれているからだろう。
「光の欠片よ、敵を討て!」
殴打が止んだかと思えばすぐさま視界一杯に広がる光の奔流に私の身体はあっさりと後方に吹き飛ばされてしまった。その攻撃自体にさほど攻撃力は無いが、それまでのダメージと衝撃によって満足に動くことが出来ない。そんな私に向けてリグレットの譜業銃が光を放つ。
「プリズムバレット!」
そして防御陣の上からでも身体に穴を空けるような威力を持った弾丸が私に降り注ぐ。私は残った自身の
「終わりだ!」
彼女がそう叫んだかと思えば、顔を庇うために交差させた腕の向こうに一際強い極彩色の光が見えた。彼女の放つ秘奥義の最後の一撃、極太のレイジビームが迫ってきていた。半ば意識が飛びかけている中で、なんとか防御姿勢を維持することに全霊を注ぐ。この恐ろしい強撃の数々が僅か数秒の間に叩き込まれるという事実が、彼女が神託の盾騎士団の中でも最優と称するに値する所以を示していた。
「......!」
歯を食い縛ったところに襲いかかる質量をもった光の柱が私に叩き付けられ、後方へと大きく吹き飛ばした。どこかの壁にぶつかったのか、背中に感じる衝撃と共に私の身体は地面へと崩れ落ちた。
「......囚われていたのはヴァンだけでなく、私もだったか」
「敵の注意を逸らせ、全ての攻撃を必殺としろ。あなたの教えです、リグレット教官」
倒れた私の視線の先で、リグレットが諦めたように笑っているのが見えた。その周囲を光輝く雲のような
「情をかけるな。心が弱いお前にはどれだけ言っても直らなかったが。ようやく克服できたな」
「私はいつも強いあなたに憧れていました、教官」
そう言うと共に頭上にメイスを掲げたティア。それに伴ってリグレットの頭上の光が大きくなり、眼下のリグレットに向かって裁きの光を降す。
「イノセント・シャイン!」
「......見事だ」
リグレットを光の滝が呑み込むのと同時に、私の意識は闇へと沈んでいく、
「あなたの、私達の理想は間違いなんかじゃない、ヴァン」
リグレットが最後に呟いたであろう言葉が闇に覆われた私の意識の中でいつまでも木霊していた。
闇の中で、私の意識は重い微睡みに沈んでいた。
──が声を、聞け
誰かに呼ばれたような気がして、一寸先も見えない闇の中に目を凝らす。
──囚われたものよ
誰かいるのか。口に出そうとしても唇が張り付いたように動かず、あちらこちらに視線を彷徨わせるが、相も変わらず自分の手すら見えない闇が広がるばかりだ。
──思い出せ
思い出せ。私の中から失われた記憶のことか。どこからか響く声を聞く度、私の頭が割れるように痛む。
──解放してくれ
解放。何から解放しろと言うのだ。頭の中で問い掛けるが答えが返ってくることはない。
──栄光を掴む者。その名が示す未来が来る
何者かの声は何を知っている。私に何をさせたいのだ。私は自身に出来ることを力の限りやって来た。これ以上何を望む?
痛む頭に顔が歪むのを感じながら、声にならない叫びを頭の中で返す。
その時、私の肩が何かに強く掴まれるのをかんじた。そのまま後ろに引っ張られ、身体ごと振り向かされる。
「
大音声で私の頭を揺さぶったのは、常は細い目を血走らせて見開き、長い髪を振り乱した男。その声、その目、その服装は。
「......私?」
体つきは異なって見えるが、私の肩を掴み、鼻と鼻がくっつかんばかりの距離で意味を汲み取れない叫びを上げていたのは、確かに私だった。
「レプリカを利用してキムラスカとマルクトの戦争を起こせば、ユリアの見た未曾有の繁栄が訪れるのだ!」
目の前の私は何を言っているのだ。キムラスカとマルクトの戦争などもはや起こり得ない。それに今手を取り合っている二国の関係を裂く以上の繁栄など望むべく無いだろう。この私が言っていることは既に破綻している。
「
──お前が見た未来を覆せ
どこからか響く声と目の前の私の声が重なる。それと同時に暗いだけだった視界の下方が明るく光り、足下に何かの映像が映し出されているのに気が付いた。
それは崩れ行く白亜の台地に一人佇む朱赤。両手に持ったローレライの鍵を地面に突き立てて辛うじて立っているという様相だ。その周囲にはユリアの子孫たる少女が、キムラスカ王女が、小さな導師守護役が、マルクトの天才と恐れられた軍人が、朱赤の忠実な付き人が、そして鮮血の異名を持つ青年が、いずれも無惨な姿で横たわっていた。そんな彼らと対面する位置には、剣を片手に佇む男。
剣を握る右手は全体が赤黒く染まり、腕全体を蜘蛛の巣のように覆う黒い筋には鼓動するように一定のリズムで青い光が走っていた。その様子はもはや人間の腕とは呼べない。そして左腕もまた拳が青い光を放っており、掲げられたその手の先には、他ならぬ私が吊り上げられていた。
──今のお前達では、こうなる
眼下に広がる無惨な光景に言葉を失っていると、無機質な声が再度響く。
──狂った過去と戦った先の未来
視線を上げれば、私に向かって叫ぼうと口を開いたところで固まっている私の顔。戦った未来が眼下の光景で、目の前の私がかつて狂った過去ということか。どちらにしても私が辿るのはろくでもない末路だ。
──お前は奴と戦ってはならない。互いに我を宿している故に
その言葉に、半信半疑であった声の正体を確信した。そうであるならば、私の身体に起きた不可思議な現象も、ルークとアッシュの繋がりに何故か私が割り込めたことも頷ける。
──だがお前は奴と相対しなければならない。互いに我を宿している故に
ならばどうすれば良いというのか。謎かけのようなローレライの言葉に途方に暮れる。戦ってはならない、だが相対する必要はある。私は戦場でただ置物になっていろということか。
──ルークとアッシュ。我の力を引き出す者
二人が鍵だと言うローレライ。その言葉を最後に、浮遊感が私を包む。待ってくれ、まだ何も分かっていない。私はどうすれば良い、ルークとアッシュに何を伝えれば良いのだ!
──最後に立つのはその身を捧げた者だけ
私の胸中の叫びも虚しく、眼下に広がっていた光景は小さな光の点となって消え、かつて死んだ私の姿も闇に溶けた。
次に意識を取り戻した時には、辺りにはリグレットがいた痕跡すら無く、ティアが私達に背を向けて何かに祈るように俯いている姿が目に入った。
視線を巡らせれば、先程まで私達が戦っていた場所ではなく、屋内、大広間にも見えるような場所なのだろう、頭上に高く広がる天井が目に映る。
「ここは......」
「先程戦っていたところから少し進んだ建物の中です。エルドラントの最深部ですよ」
私の問いに答えたのは傍らに立つジェイドだった。
「ヴァンはこの階段を昇った先。エルドラントの最上部で我々を待っているとのことです」
そう言うジェイドの視線を追えば、広間の奥には更に上層へと続く階段があり、そこから光が差し込んでいた。
「それよりも、魘されていたようですが、悪い夢でも見ましたか?」
「......夢、というにはあまりにも強烈な体験でしたが」
心配そうに私の顔を覗き込んでくるジェイドに、先ほど見ていた光景を説明する。話せば話すほど、自分でも悪い夢だと言いたくなるような体験だ。私にローレライが宿っているなど、普段ならば一笑に付すどころか酒の席の冗談にしても面白くない。けれど、見せられた未来のあまりにも鮮明なさまと、そう仮定してしまえば私に起きた現象を説明出来るだけに夢や冗談だと切って捨てることもできなかった。
「我々が全滅する未来、ですか」
私の話を聞き終えたジェイドはそう言うと顎に手を当てて黙り込んだ。
「ローレライが見せた未来なのであれば、確度は高いでしょう。そもそも、アブソーブゲートでヴァンに勝てたことも驚きだったのです。我々相手で油断していたということもあったでしょうが、それでもかなり手強かった。今度は最初から本気でしょうからね、勝率は高くない」
「だとしても退くという選択肢はありません。それよりも、私とヴァンが戦ってはならないという言葉です」
「考えられる可能性としてはヴァンが取り込んだローレライとあなたに宿っているローレライ、その二つが合わさるとマズイということでしょうかね。あなたが負けてあなたに宿っているローレライが取り込まれると今度こそ取り返しがつかないことになる、とか」
「そうすると最終決戦では私は戦力になりそうもありませんね」
そもそも私の実力ではヴァンとまともに渡り合うことなど出来ない。その上で私がヴァンに負けてしまうと取り返しがつかないことが起こるとするなら、戦闘どころではない。
「ですが相対せねばならないというのですから、あなたの存在そのものがヴァンに対するカウンターになるのは確かでしょう。その上で鍵はルークとアッシュの二人だという」
「......ここに来て二の足を踏ませるような情報を与えてくるとは。気遣いというものが出来ないようですね、ローレライは」
「ローレライがユリア所縁の者や完全同位体であるルークとアッシュ以外の人間を気にかけるだけでも驚くべきことですから。ルーク達と情報を共有するくらいはしておきましょう」
私とジェイドはそう言ってため息をつくと、こちらに歩いてくるルーク達に大丈夫だと言うように手を振った。