大詠師の記憶   作:TATAL

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約束の時

  アルビオールを持たない人類にとっては未経験となる白亜の浮遊大陸の頂点。吹き荒ぶ風の中、その男はまるで演劇の舞台のように平坦に整えられた地面に正座し、その横に剣を突き立てて私達を待っていた。

 

「この時を待ちわびていた」

 

  じっと目を閉じていたヴァンがそう言って目を開き、私達を順番に一人ずつ、ゆっくりと見渡す。

 

「今この場に至るまでは星の記憶の導き通り」

 

  ヴァンの視線が私のところでピタリと止まり、そしてゆったりとした動作で立ち上がって私達に向けて一歩踏み出した。

 

「もう止めにしましょう、兄さん。預言(スコア)は変えられる。預言(スコア)とも、モース様の記憶とも違う未来を私達は選べるのよ!」

 

「愚かなメシュティアリカ。預言(スコア)は何も変わっていない」

 

   泣きそうな声のティアの訴えを、ヴァンは冷たく突き放した。

 

「このような変化は大きな流れに一つの小石を投げ込んだようなものに過ぎない。この全てを星の記憶は飲み込むだろう」

 

   だからこそ、とヴァンは続ける。

 

「お前が、私の希望となったのだ、モース」

 

「私が希望? おかしな話をしますね。あなたが求めたのは預言(スコア)を狂わす存在としてのルークでしょうに」

 

「違う、違うぞモース。本来であれば素養を持たないお前の内に宿るローレライこそが人々をこの星の記憶から解放する希望となる」

 

  ヴァンの言葉の意味を汲み取れず、私は首をかしげる。そもそも私の中にローレライの片鱗がいることをどうしてヴァンは確信を持って話しているのか。

 

「この身にローレライを取り込んだことで分かるのだ。解放されようとするローレライが互いに引き寄せあっているのを。そも、ローレライとは第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体。第七音素(セブンスフォニム)の集まるところには自我の有無こそあれ、ローレライが宿ると言っても良い。人が預言(スコア)に従う訳ではない。その身体に、星に宿る第七音素(セブンスフォニム)、ローレライに意図せず操られていると言えるだろう」

 

「何をバカなことを。この世界には第七音素(セブンスフォニム)を扱えぬ人もいる。あなたの説はそこからして破綻していますよ」

 

「していないとも。現に第七音素(セブンスフォニム)の才を持たぬお前が後天的にその素養を獲得したことが何よりの証左だ。ローレライの意思によって、人の素養すら左右される。この星は巨大な箱庭にしか過ぎない」

 

  ヴァンは私に向けて手を差し伸べた。

 

「こちらへ来い、モース。今の私がお前の中のローレライを取り込めたならばローレライを完全に制御できる。エルドラントの炉心に封じ込めたローレライでこの星を完全にレプリカとし、星の記憶を完全に消滅させることが出来るのだ」

 

「断ります。何を言われようと、あなたと私の道が交わることはありません」

 

  そう言ってヴァンの誘いを一蹴すると、彼はいっそ不気味に思えるくらいに穏やかな笑みを浮かべた。

 

「やはりな、そう言うことは分かっていた。お前はローレライに選ばれたこの星の使徒。だからこそ、失った記憶が宿る可能性に託してレプリカを作ったが、それも無駄だった」

 

「どこまでも悪趣味だな、ヴァン。いつからお前はそこまで堕ちちまったんだ。結局、お前は誰よりも預言(スコア)通りに動いてるだけじゃないか。預言(スコア)憎しでここまでやって、それでも何も変わっていないんだからな」

 

   自らの非道をあっさりと語るヴァンに向けて、ガイが嫌悪を隠そうともせずに吐き捨てる。預言(スコア)に縛られている己を指摘されても、ヴァンの悠然とした笑みは消えることは無かった。

 

「ええ、そうなのでしょう。私は遂にモースの持つ記憶、真なる預言(スコア)を覆すことは能わなかった。アブソーブゲートで敗れ、ここに至るまでの道筋をなぞり直したに過ぎない」

 

「それが分かっていてどうしてなおモース様に執着するんですか。総長はそれ以外の道を選ぶことも出来たはずです」

 

「あなた程の人が易々と結果が分かりきっていることを続けるわけがない。だからこそ私には解せませんね、そこまでして預言(スコア)の消滅に拘るのであればこそ、モースの思想に共感すべきだったでしょうに」

 

   アニスが小さな身体に怒りを漲らせてヴァンを睨み付け、ジェイドも譜眼の影響で赤く染まった目を鋭く細めてヴァンに問い掛ける。

 

「モースの思想こそ、この星がそこに住む人間を飼い慣らそうとしていることの揺るがない証拠だ。聞こえの良い言葉に惰弱な民衆は従い、結果従うものが預言(スコア)からモースの言葉になる。ローレライの宿ったモースの言葉はすなわち星の記憶に定められた未来に他ならないだろう」

 

「モースが民を操るなんてことをするわけがありませんわ! 何もかも分かったように嘯くのはお止めなさい!」

 

「本人にそのつもりが無くとも、周囲はそうではない。結局、周囲から推されてモースは今の地位にいるのは変わらないのだから。縋るものがユリアの預言(スコア)からモースの預言(スコア)に変わるだけのこと。それこそ、これまでダアトを見てきたモース自身がそのことを過たず理解しているだろう?」

 

  ナタリアの激昂すら意に介さず、ヴァンは私から目を片時足りとも外さずにそう問い掛ける。そして私はそんなヴァンの言葉に思い当たる節があることを否定出来ない自分に気が付いた。預言(スコア)からの自立を促した結果、多くの人々から相談を求められると共に、こう言われ続けてきたのだ。「モース様が大詠師でいてくだされば安心だ」と。あるいはそれは、預言(スコア)を頼れない不安が次なる依存先に私を選んだことを示していたのかもしれない。

 

「ハッ、相変わらず尤もらしいことを言って煙に巻くのはお得意だな、ヴァン」

 

  だが、そんな私の葛藤をあっさりと吹き飛ばしてくれたのはアッシュの言葉だった。

 

「誰からも影響されないで何かを選べる人間なんて居やしない。お前が言っていることは生まれたばかりの赤ん坊に人生の選択をさせるような荒唐無稽な話でしかないんだよ!」

 

「誰かに教えられて、教えて、そうやって俺達は未来をつくっていくんだ。師匠(せんせい)の言うことは、結局俺達は何も選ぶなってことと変わらない!」

 

  アッシュの言葉をルークが引き取ってヴァンに叩き付ける。

 

「だからこそレプリカによってこの世界を新生させるのだ。アッシュ、ルーク、お前達も来い。私とモースのローレライの力と、ローレライの写し身であるお前達が共にあれば星の記憶を完全に消滅させ、新たな世界を作り上げることも容易い」

 

「「断る!」」

 

  ヴァンの誘いを二人は間髪をいれずに一蹴した。

 

「俺達はこの世界で生きていく!」

 

「お前の世界を巻き込んだ破滅願望に付き合わされてたまるか!」

 

「破滅願望、そう捉えるか。ならば当初の計画通り、モースの内に宿るローレライを取り込み、このエルドラントから新たに始めることにしよう」

 

そう言ってヴァンは傍らに突き立てていた剣の柄に手を掛ける。

 

「ならばこれ以上の問答は不要。今ここで、お前達を踏み越え、私は今度こそ預言(スコア)を越える」

 

その言葉と共に俄に増したヴァンの圧力に、私達はそれぞれの武器を構える。

 

「兄さん、今ここであなたを止める」

 

師匠(せんせい)......、いやヴァン、覚悟!」

 

ティアとルークの声に応えるように、ルークの手の中のローレライの鍵が仄かに光を放った。

 

 


 

 

戦いはたった一人の敵を相手に、私達全員が相対して尚拮抗していた。

 

「「瞬迅剣!」」

 

ルークとアッシュのピッタリと息が合った刺突がヴァンの前後から挟み込むように放たれる。

 

「閃空剣」

 

それに対し、周囲を剣で円を描くようになぎ払いながら飛び上がって躱したヴァン。その着地を狙って姿勢を低くしたガイが猫のような俊敏さで肉薄する。

 

「真空破斬!」

 

鋭い剣閃が鎌鼬を引き起こし、一太刀に何閃もの剣筋を発生させるシグムント流最速の剣技。着地直後という最も大きな隙に過たず叩き込まれたその剣は、ヴァンが鏡合わせに放った同じ技によって相殺された。

 

「あなたに剣を教えたのは誰か、お忘れですか」

 

「ッチ、思い出させてくれてどうも!」

 

舌打ちと共に追撃を受けないようにヴァンから距離を取るガイ。それを追おうとしたヴァンの前に巨体が躍り出る。

 

「させないよ! 臥龍撃」

 

気合いの声と共に地を這うようなアッパーがヴァンに迫り、それを避けてヴァンが後ろに飛びすさる。

 

「距離を空けましたわね。エンブレススター!」

 

「援護しますよ、グランドダッシャー!」

 

私達から距離が空いたところにすかさず放たれるナタリアの矢とジェイドの譜術。上空から迫るナタリアの矢とヴァンの足下から突き出す岩の刃は、先ほどのルークとアッシュの平面的な挟み撃ちに対して立体的なものとなってヴァンを追い立てる。

 

「その程度で!」

 

常人であれば為す術もなく穿たれる鋭い攻撃でも、ヴァンは頭上の矢を剣で打ち払い、大地の刃もその発生源を正確に見抜き、隙間に身体を潜り込ませて回避する。

一見すると、ヴァンが反撃することも出来ずにこちらが攻め立てているようにも見えるが、実態は異なる。むしろ、こうして隙間無く攻撃し続けなければヴァンの苛烈な攻撃がすぐにでもこちらを襲うのだ。

 

「破邪の天光煌く神々の歌声 クロア リョ クロア ネゥ トゥエ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ」

 

「アイシクルレイン!」

 

ティアが譜歌の詠唱を始めた隙を埋めるために私も譜術を放つ。ヴァンの頭上から鋭利な氷の刃が放射状に降り注ぎ、こちらに詰め寄ろうとしたヴァンの足を止めさせる。そしてその時間でティアの詠唱が完結し、ヴァンの足下に譜陣が展開される。

 

「破邪の祈りを込めた第六譜歌か、だが!」

 

ヴァンを灼き尽くさんとする光の十字架が譜陣から立ち上るのに対抗してヴァンの身体から膨大な音素(フォニム)が吹き出す。単純な音素(フォニム)の嵐がティアの譜歌とぶつかり、光の十字架を消し飛ばすほどの威力を発揮した。

 

「そこは既に私の間合いの中だ」

 

ヴァンのめちゃくちゃな戦法に目を奪われ、私達の攻撃に僅かな隙が生まれる。それを見逃してくれるほどヴァンは甘い男ではない。

 

「光龍槍」

 

「がっ!?」

 

ヴァンの剣先に収束した音素(フォニム)が輝く光の矢となって私に迫る。その速度は私に満足な防御姿勢を許さず、私の身体は後方へと大きく吹き飛ばされる。

 

「モース様! よくも!」

 

「いけない、アニス!」

 

それに激昂したアニスがトクナガを駆ってヴァンへと迫る。慌ててジェイドが制止するが、その声は彼女に届くことは無かった。

 

「荒れ狂う殺劇の宴!」

 

「耐えてみせろ。ネガティブゲイト!」

 

渾身の秘奥技を放とうとしたアニスに向けて、ヴァンは刹那の間に譜術を行使した。アニスの上からのし掛かるような超重力の黒球が彼女の動きを阻害し、そのまま押し潰そうとする。

 

「きゃあああ!」

 

「アニス!」

 

苦悶の声を上げるアニスを助けようとナタリアが矢を放つが、それはヴァンに届く前に黒球に引き寄せられるように軌道を変える。

 

「させるか!」

 

「合わせるぞ、ルーク!」

 

それを見たルークとガイがヴァンに駆け寄る。

 

「双牙斬!」

 

「虎牙破斬!」

 

振り下ろしから斬り上げと、斬り上げからの振り下ろし。互いに対を為す流派の技によってヴァンを空中と地上で挟撃する。

 

「守護氷槍陣」

 

だがそうして挟撃されたならば周囲全体を攻撃することで守れば良い。ヴァンの足下から鋭い氷の刃が槍衾のように生み出され、ルークとガイを弾き飛ばす。

 

「この程度か? お前達の力というものは」

 

攻めあぐねて攻撃の手を止めた私達に向けてヴァンは失望したように呟く。

 

「もしそうだというのならば、私の見込み違いだ。そのまま絶えてしまえ」

 

その言葉と共にヴァンの足下を起点に巨大な譜陣が展開され、私達全員を取り囲む。

 

「これは......!? 皆防御を!」

 

「もう遅い。星皇蒼破陣」

 

破壊の光が私達の視界を埋め尽くした。

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