暴力的な
ヴァンの攻撃に合わせてそれを相殺するように私も
「......お前ならば耐えると信じていた」
片膝をつき、息を切らす私に視線を合わせたヴァンは喜色を滲ませた笑みを浮かべた。
「この身に取り込んだローレライによって強化されたこの力、相殺できるとすれば同じくローレライを取り込んだお前か、あるいはローレライの完全同位体であるアッシュ、ルークしかいない。だが肝心の二人は合一を果たしておらず、かつてお前から聞き出した第二超振動も引き出せない」
剣を片手にゆっくりとこちらににじり寄るヴァンに対して私が出来ることは、ただ睨み付けることだけだった。易々と動けない程度には先ほどの無理が祟っている。
「まさしく今、この瞬間はこの星の記憶から我々二人が超越している!
朗々と語るヴァンは、今が戦いの最中であることを忘れているかのようだった。この場がまるで舞台であるかのように、ここにいない誰かに向けて示すように両手を広げてヴァンは語る。
「モース、お前の記憶のおかげで、私はこの世界の地平を越えられる」
「訳が、分からねえこと言ってんじゃねぇ!」
私と自分以外の存在が目に入っていないようなヴァンに向けて、いち早くダメージから回復したアッシュが迫る。その手にはルークの手から零れたものを拾ったのか、ローレライの鍵が握られている。背後から強襲する形になったにもかかわらず、ヴァンは焦ることもなくその剣をあろうことか自身の左腕で受け止めた。
そしてその行動の結果は誰もが予想し得ないものとなる。ガラスが割れるような甲高い音と共に、その服の下に隠されていた異形が露になる。
「その、姿は......!?」
「フフ、見覚えがあるだろう? だが、お前の知るものとは全く異なるということを教えておくぞ」
全体が赤黒く染まり、腕全体を蜘蛛の巣のように覆う黒い筋には鼓動するように一定のリズムで青い光が走るそれは、間違いなく私が意識を失っていたときに見た異形の腕。
「ローレライはどうにも非協力的だった。だが、所詮はユリアとの契約に縛られる存在。中途半端に人の形を保つことをしなければ、その力を行使することも容易い」
ヴァンの言葉と共にその異形は剣を握る右腕にも広がり、遂には首もとまで青く光る筋が埋め尽くすまでに至った。変貌した自身を見下ろしたヴァンは満足げに息をつく。
「これもまた星の記憶を越えた一つの証拠。だが、私が取り込んだローレライだけではまだ足りない。モース、お前が持つ最後の欠片が必要だ」
硬直したアッシュを容易く振り払ったヴァンは、遂に私の眼前に立つ。ローレライに幻視させられた脳裏に過る。戦ってはならないというローレライの言に従うべきだったか、だが相対せねばならないというのはどういう意味だったのだ。結局、ローレライが見た未来の通りになってしまうというのか。
「「さ、せるかぁ!」」
だがそこに待ったをかける声が二つ。まったく同じ声がヴァンの背後から迫る。
「無駄だと何度言えば......!」
ルークとアッシュが鏡合わせのような動きで迫るが、事も無げにヴァンが二人の剣を自身のそれで受け止める。鍔迫り合いの形となり、
「まだだ!」
「こんなところで!」
「「終わってたまるか!」」
面倒だと舌打ちすらしそうであったヴァンの顔が驚きに歪んだ。ルークの握るローレライの鍵が仄かな光を放ち、微かに音を発していたからだ。更にそれに共鳴するようにルークとアッシュの身体からも光が放たれる。それは彼らが超振動を起こすときと似たような現象でありながら、いつも目にするそれとは異なりとても静かな波動だった。
「バカな! それは、今のお前達には使えないはずの......!?」
最後まで言い切ることが出来ず、ヴァンは二人の剣に弾き飛ばされて大きく後退する。ローレライの力を取り込んで人間の枠を越えた力を持っているはずのヴァンが、だ。
「まさか、あれは第二超振動?」
驚きに目を丸くする私の背後で、ようやく起き上がったジェイドがそう漏らす。第二超振動。その言葉はリグレットも発していた。理論上、存在することは示唆されているものの、発生条件が非現実的であるため実際には起こり得ないとされている事象。完全同位体同士による超振動の共鳴で生じる静かな破壊。ありとあらゆる
「ぐっ、ローレライの力を取り込んだ弊害かっ! 身体が......」
見れば、ヴァンの左腕が焼け残った炭のように表面がボロボロと剥がれ、
ルークとアッシュによって生み出された絶好の好機、それを見逃すことなど出来るわけがない。すかさずティア達が追撃を試みる。
「穢れなき風、我に仇為す者を包み込まん」
「天光満つる処に我はあり、黄泉の門開く処に汝あり、出でよ神の雷」
「そのような鈍重な詠唱で......!」
ティアとジェイドの詠唱が重なる。それに気付いたヴァンが、痛む身体に鞭打って動こうとするが、二人が大技を放つ時間を稼ぐためにナタリアがつがえた矢を上空へ向かって放ち、ヴァンを囲むように陣を描く。
「私達から逃れられると思って? 降り注げ星光、アストラルレイン!」
矢で描かれた陣に閉じ込められ、さらにその上から流星のように降り注ぐ追撃の矢に、その場に釘付けにされるヴァン。そしてその時間でティアとジェイドの準備が整う。
「イノセントシャイン!」
「インディグネイション!」
光の軌跡がヴァンを包み込み、身体を拘束すると共にダメージを与える。その拘束はそのままジェイドの放つ最大級の火力を余すことなくぶつけるための檻となった。俄にヴァンの頭上に暗雲が立ち込め、幾重もの譜陣が照準を合わせるようにヴァンと暗雲との間に展開される。離れたところから見ていても髪が逆立つような感覚があるほどの雷光が、ヴァンの身体を貫いた。
「がっ、ぁぁあああ!」
私達を圧倒するばかりだったヴァンから、初めて苦悶の声をあげる。ルークとアッシュの攻撃によって崩れ始めた拮抗。私もいつまでも休んでいるわけにはいかない。今ここで、自分達の全てを叩き込む!
私は震える手に喝を入れてメイスを握ると、まだダメージから立ち直れていないヴァンへと肉薄する。
「モース様、私も!」
その後に続くようにトクナガを駆るアニス。彼女の言葉に視線だけを返すと、心得たとばかりに彼女はうなずき、私と自身でヴァンを挟むよう位置取りとする。
「準備は!」
「いつでもいっけまーす!」
開始の合図はそれだけ。トクナガの拳と私のメイスによる連続殴打がヴァンに襲い掛かる。
「荒れ狂う殺劇の宴!」
「「殺劇舞荒拳!」」
「とっどめー!」
私とアニスそれぞれが放つ十七連撃。その殴打の嵐を、防御する隙を与えずに叩き込んだ。いくら人外の力を持つヴァンと言えど、ティアとジェイドの最大火力をくらい、更にこの攻撃を重ねられては相当堪えたらしい。呻き声をあげながら吹き飛ばされる。そしてその着地点には、ヴァンのかつての主人であった男が待ち受けていた。
「ヴァン、従者の不始末をつけるのが主人の役目だ」
剣を鞘に納めた状態で力を溜めるように身を屈めたガイは、ヴァンをその射程に捉えた瞬間に目にも止まらぬ剣閃を繰り出す。
「神速の斬り、見切れるか。閃覇瞬連斬!」
一撃一撃の重さは軽い。だが、それを補って余りある超高速の連続切りがヴァンを切り刻み、その身体にダメージを蓄積させる。
「かっ、は......!?」
ついにヴァンが膝をつき、地面に突き立てた剣に身体を預けて大きく肩で息をした。私達はティアとナタリアの回復を受け、先ほどまでとは対照的な構図で彼と向かい合う。
「いくぞ、ルーク」
「ああ!」
そしてルークとアッシュが幕引きの一撃を繰り出そうと駆け出した瞬間。下を向いていたヴァンが、こちらにギラついた目を向けた。
「ぅううおおお!」
野生の獣のような雄叫びと共に放たれた重圧に、ルーク達は足を止められる。更に異変はそれだけに留まらなかった。
「な、何だコイツは!?」
最初に気付いたのはガイ。次いで私達も気付く。何か強烈な力の源に身体が、いや体内の
「これは、マズい! ローレライの力です。ダメージを回復するために周囲から無差別に
「そんな!?」
「なんとかならないの!?」
ジェイドの言葉にナタリアとアニスが悲鳴のような声で返す。
「先ほどのように第二超振動を使えば......。ルーク、アッシュ!」
「んなこと言ったって」
「どうやったか分からないもんを再現なんか出来るか!」
ジェイドに怒号を返すアッシュだが、ルークと目を合わせて何とかしようと考えは巡らせている。既にヴァンに向かって生じる引力は凄まじいものになっており、何とか足を踏ん張っているものの、ズルズルと引っ張られ始めているのだ。私もメイスを地面に突き刺して錨としながら、必死に考えを巡らせる。
ーーが声を聞け。
こんなときだというのに、私の頭の中に声が響く。
ーー戦ってはならない。相対せねばならぬ。
聞こえてくるのは夢の中でも聞いた謎かけのような言葉。
ーーお前達は共に我を宿すもの。相反する我が力を。
その言葉を最後に声は止む。私とヴァンの共通点。相反する力。ヴァンの放つ周囲全てを破壊して自身を癒す力と、私の仲間を癒して自身を破壊する力。
そこに思い至ったとき、私はローレライの言葉の意味を理解できた気がした。戦ってはならない、私ではヴァンと戦えない。私が出来るのは、ルーク達がヴァンと戦える場を設えるところまでだったのだ。
「ルーク、アッシュ!」
「なんだ! 言いたいことがあるなら手短にしろ!」
「今から私がヴァンの力を相殺します。その代わり、私はまともに動くことも出来なくなります。なので、後はお任せします!」
「ハァ!? 一体どういう意味だよモース!」
言いたいことを一方的に捲し立てると、意味を理解できていない皆を無視して全身から
「私とヴァンは共にローレライの欠片を宿す身。ヴァンの力に抗うことくらいなら出来るはず!」
そもそも、地核で直接ローレライを取り込んだヴァンと、いつから宿っていたか分からない、才能も無い私が渡り合えるなどと驕ることはない。私が出来るのは精々ルーク達が動けるようになるところまで。その証拠に、譜陣が刻まれた私の目は開いているのが辛いほどに熱を持っていた。それでも、眼前のヴァンをしっかと見据える。ヴァンも蒼く光る双眸でこちらを見つめていた。
「もう一度、あの時のようなちからを。極光壁!」
ヴァンが放つ圧力を真っ向から押し返すように、私を中心として
「動ける!」
「いくぞ!」
「私と対をなす力。どこまでも私を楽しませてくれるな、モース!」
周囲の