ヴァンは意図的にローレライの力を暴走させ、周囲の
「モース! このままではあなたの身体が!」
私の身体に治癒術をかけてくれているナタリアがそう言って私を止めようとするが、私はそれを振り切って術の維持に全力を傾ける。
「今ここで術を解いてしまえば、至近距離でヴァンと戦っているルーク達が飲み込まれてしまいます。そうなれば終わりです。ローレライの解放には二人と鍵が必要なのですから」
私の視線の先ではルークとアッシュ、ガイが三方からヴァンを囲み、斬り結んでいる。
「くらえ! 通牙連破斬!」
「斬影烈昂刺!」
ルークとアッシュの初撃はどちらも上段からの振り下ろし、そこから掌底で相手を吹き飛ばすか、切り上げへと繋がるかが異なる派生。後者の後隙を前者の吹き飛ばしでカバーする連携だ。あれほど普段はいがみ合っているのに、戦いとなると互いの弱点を知り尽くし、的確にカバーし合う連携を見せる二人。そしてそれを体捌きと剣による防御で巧みにいなし、更に僅かな隙に拳撃や剣を繰り出すヴァンに舌を巻く。
「ナタリア、私は放っておいて彼らの援護を。私が保っている間に決着を!」
「ですが、その傷では!」
ナタリアにルーク達の援護に戻るように指示するが、心優しい彼女は私を気にしてしまう。私の身体は術の反動でもはやあちらこちらの皮膚が裂け、服に血が滲み始めていた。そんな状態の私を放っておくことなど、ナタリアが出来るわけがないだろう。それでも、そうしてもらわねば困るのだ。
「私の身体を治療したとて、ヴァンを討たねば終わりません。私はこうして立っていることしか出来ない置物です。どうか、私は放っておいてあなたも加勢を」
「......っ、帰ったらこれも導師イオンに報告いたしますわ!」
私の説得にナタリアは恐ろしいことを言い残して戦いへと戻っていく。ヴァンと剣を交えているのはルークとアッシュからガイとアニスへと変わっていた。
「いい加減しつこいぜ、ヴァン!」
「そろそろ倒れちゃってよ~!」
「モースでも、ましてやルークやアッシュでもない者の攻撃程度!」
猫のようにヴァンの周囲を飛び回りながらあらゆる角度から攻撃をしかけるガイと、トクナガの頑丈さを全面に押し出して正面から拳の嵐を浴びせるアニス。どれほどの手練れといえど、無傷どころか手傷程度で済むとも思えない猛攻でさえ、ヴァンは何も堪えていないように捌いていく。
「業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ! イグニートプリズン」
そんなヴァンの動きを止めるために、ジェイドの譜術が発動した。ヴァンの足下に譜陣が展開され、赤熱する。その攻撃の気配を敏感に感じ取ったヴァンの対応も素早かった。
「守護氷槍陣」
ヴァンの対抗策は、譜陣から立ち上る炎の柱から自身を守るように周囲に氷の壁を展開すること。炎が氷を包み込み、内部を焼き尽くそうとするが、譜術が収まった後には焦げ一つついていないヴァンが立っていた。
「力任せかと思えば、巧みな防御もやってのける。厄介極まりないですねぇ!」
それを見たジェイドが忌々しそうに舌打ちをして追撃を仕掛けようとするが、それよりも早くヴァンが剣を脇に構え、その先端に収束させた光を槍のようにジェイドに向かって放った。
「堅き守りよ、バリアー!」
術の発動後で動きの鈍かったジェイドを守るようにナタリアの防御術が展開され、光の槍を防いだ。
「助かりました、ナタリア。ですが、これほどまで有効打が無いとは......」
「早くしませんとモースが!」
二人の気遣わしげな視線に言葉を返す余裕はもはや無かった。ヴァンがダメージを受ければ、それを回復しようと周囲から
「壮麗たる天使の歌声 ヴァ レイ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リョ トゥエ クロア」
見かねたティアの譜歌によって身体の傷が多少癒える。さらに身体が少し軽くなり、ルーク達の攻撃が苛烈さを増した。
「動きを止めるよ! ネガティブゲイト!」
アニスが必死の形相で譜術を繰り出し、少しでもヴァンの動きを止めようと試みる。その効果を確認する前にアッシュとガイがヴァンの懐まで潜り込み、ピッタリと息の合った剣閃がヴァンに迫る。
「いい加減倒れやがれ! 閃光墜刃牙」
「月華斬光閃!」
光を纏った強烈な突きと、ヴァンの逃げ道を塞ぐ幾重もの剣閃。そのうちのいくらかをまともに喰らいながらも、ヴァンはカウンターで強烈な拳をガイに突き立て、蹴りでアッシュを吹き飛ばす。
「倒れはせんよ。この星の記憶を凌駕するまでは!」
「そんなものの為に、これ以上皆を傷付けさせて堪るかぁ!」
ガイとアッシュに反攻したこと、アニスの譜術によって生じたヴァンの僅かな、隙とも呼べないような空白を穿つためにルークが肉薄する。もちろんそれだけならばヴァンは容易く対処しただろう。事実、ヴァンは既に異常とも言える反応速度でルークに向かって剣を振りかぶっていた。
「させませんわ! エンブレスブルー!」
だが、それをさせないとナタリアが中空に放った矢の先からいくつもの氷柱がヴァンに降り注ぐ。アニスが先に放った譜術、それによって残った
「そこだ! レイディアント・ハウル!」
「馬鹿な!?」
そしてついに生じた一瞬の隙。そこに向けて、ルークの渾身の攻撃が、全てを破壊する暴虐の力が指向性をもって解放される。ローレライによって再構成された身体を根刮ぎ破壊する超振動がヴァンに襲い掛かり、内部から凄まじい衝撃を与えた。そして、ヴァンから常に放たれていた圧力が消えていくのがわかる。ヴァンが行使していた周囲の
「圧力が和らいだ。ローレライを支配する力が弱くなっています。ティア、譜歌を!」
それに気付いたジェイドがティアに指示をとばす。ティアもそれに素早く応え、祈るように目を閉じる。
私はそこまで見届けてヴァンに対抗して行使していた術を解いた。緊張が僅かに緩んだのか、身体に蓄積したダメージが限界を越えたのか、私の膝からは力が抜け、血溜まりに膝をつく。譜陣が刻まれた目から溢れているのは堪えかねる痛みによる涙か、はたまた別の何かか。慌ててナタリアが駆け寄って治癒術をかけてくれたお陰で、多少は動くようになった身体を無理やり立ち上がらせる。
「モース、いけませんわ!」
「いえ、ナタリア。今です、今しかないのです。ローレライの支配が弱まり、ティアが譜歌を詠唱する。このときこそ、ヴァンを討つ最大にして最後の機会」
ここで倒れてなど、いられない。
トゥエ レィ ズェ クロア リュォ トゥエ ズェ
透き通るようなティアの歌声が響き渡り、その旋律合わせて周囲に巨大な譜陣が展開される。
クロア リュォ ズェ トゥエ リュォ レィ ネゥ リュォ ズェ
一節歌う度に先ほどまでの青空だった戦場に星空が広がる。
ヴァ レィ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リュォ トゥエ クロア
上空ゆえに吹き荒れていた風も止み、歌声だけが唯一耳を通して存在を主張する。
リュォ レィ クロア リュォ ズェ レィ ヴァ ズェ レイ
戦場は遂に大譜陣と譜歌によって掌握された。
ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レィ
その旋律を何とか止めようと、ボロボロの身体でティアに迫ろうとするヴァンを、ルーク達が全力で押し止める。
クロア リュォ クロア ネゥ トゥエ レィ クロア リュォ ズェ レィ ヴァ
剣戟の音すら耳には入ってこない。身体には衝撃こそ来れど痛みは無く。
レィ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レィ レィ
七番目、最後の譜歌と共に、どこからか荘厳なパイプオルガンの音が響いた気がした。
ヴァンの剣がガイを吹き飛ばし、アニスを彼女が乗ったトクナガごと押し倒す。続けて詠唱した譜術がジェイドとナタリアに襲い掛かり、その勢いで再びティアへと歩を進める。
「させるか!」
それを食い止めようとアッシュが割って入り、流れるような動きで剣閃と拳撃をヴァンに叩き込む。だが、それを意にも介さず、というよりは構う余裕も無く、ヴァンの足は止まらない。
「止めろ、メシュティアリカ! 今すぐ歌を止めろ!」
必死の形相で叫ぶヴァンだが、それをティアが聞き届けることはない。戦場を支配する旋律は、歌声に合わせてどこからか響く伴奏と共に二周目に入った。
「ティアのところへは行かせない! ここであなたを止める!」
「退け、レプリカ! オリジナルとの合一も果たしていないお前ごときに私が止められるとでも」
ルークの剣を受け止め、力任せに振り払おうとするが、大譜歌による援護を受けたルークはその場に留まり、ヴァンと拮抗する。
「そうやって誰もまともに見やしないから、あなたは負けるんだ!」
「モース以外が私を知ったように語るな!」
収束した
「私を止めるのはお前達ではない。このようなことがあるものか。星の記憶を越え、モースの記憶を越えた私が、その筋道通りの末路を辿るなど......!」
最後方で歌うティアを憎々しげに睨み付けるヴァン。
「自らの肉親を、そのような目で睨むものではありませんよ」
その視線を遮るように、私はティアとヴァンの間に割って入った。
「モース、モース! お前のローレライを、力を得られれば、私はこれすらも乗り越えることが出来る」
「ええ、そうでしょう。だから私はあなたに絶対に負けてやることは出来ません」
ルーク達とのこれまでの戦闘によるダメージが無視できず、僅かに足下がふらついているというのに、なおヴァンから感じられる脅威は恐るべきものだった。メイスを正眼に、専守防衛の構えを取る。
「私はあなたを倒すことは出来ない。それは私の役目ではない」
「違う、違うぞモース。私とお前だけが、この作られた舞台を認識し、同じ地平に立てるのだ。私達だけが互いを喰らい合える片割れなのだ」
喜色を浮かべて斬りかかるヴァンの剣を、メイスで何とかいなし続ける。ティアの譜歌によって私の身体の傷は癒え、それどころか活力が後から後から沸き上がり続けている状態だった。
「あなたは、ただ上を見上げて高い視座に立ったと勘違いしているだけです。そうして驕った者を討つのは、いつだってあなたが目にも留めなかった者達だ!」
ヴァンの剣を受け止め、カウンターでメイスによる殴打を繰り出す。その動きは、これまでの人生で数えるのも億劫になるほど繰り返したもの。無意識に刷り込まれたそれは、身体の動きに合わせて全身のフォンスロットを開き、詠唱という隙を挟むこと無く目的の譜術を発生させる。
「氷!? だが、この程度で!」
ヴァンの剣と鍔迫り合いをしているところから、私とヴァンを繋ぐように氷が覆う。ヴァンにとっては瞬きする間に抜け出せるような小細工だ。今さら警戒するまでもない弱者の工夫。
「言ったでしょう、あなたを討つのはあなたが目にも留めなかった者達だと」
だがそれで良い。私は所詮、ここまでしか出来ないのだから。ヴァンを討つのは、その役目を担うのは私ではない。二周目の旋律は、七番目に入った。
「響け!」
「集え!」
「これは、まさか!?」
ヴァンの背後から迫る二つの声。氷に封じられていない首を回して後ろに目をやったヴァンは、ローレライの剣を構えて迫るルークと、その隣に並走するアッシュが共に
「全てを滅する刃となれ!」
二人の剣が交互にヴァンを斬りつける。互いの超振動が共鳴し、その一閃一閃にはまさしく致命となるだけの威力が込められた斬撃がヴァンを襲う。
「「ロスト・フォン・ドライブ!」」
最後に二人が放った一撃は、あらゆる
そしてティアの歌う七番目の旋律が完結し、大譜歌が発動する。