大詠師の記憶   作:TATAL

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約束の時 4

「なるほど、私は侮っていただけだったか......」

 

地面に横たわったまま、ヴァンは呟いた。その手から剣は離れ、先ほどまでの覇気は感じられない。

 

「私達はどこまで行ってもこの世界に生きる人間です。何を知ろうと、何を為そうと、人を越えた地平に立てる道理など無いのですよ」

 

「......ハッ、星の記憶に誰よりも囚われたが故の、この結末か」

 

自嘲するようにヴァンは笑う。

 

「ヴァン、師匠」

 

「このような体たらくになってなお私を師と呼ぶか、愚か者め」

 

言い切れぬ感情が滲み出た表情をしているルークを、ヴァンは一喝する。だが、口調とは裏腹にその顔は優しいものだった。

 

「......いや、愚か者は私か。今になって、ようやくまっすぐと世界を見るようになるなど」

 

「兄さん......」

 

「メシュティアリカ、この世界は醜い。誰も彼もが星の記憶に縛られ、意識せずとも滅びへ向かおうとする。仕組まれたかのようにな。それでもこの世界は守る価値があると言えるか」

 

「確かに私達は間違ってしまうこともあるわ。でも、何度だってやり直せる。ルークが示してくれたように、モース様が教えてくれたように。預言(スコア)に頼らない未来を、そう思うことこそが一歩目だと私は信じているわ」

 

「そうか。優しいお前が、押し潰されてしまわぬよう願っている。......さらばだ、メシュティアリカ」

 

ヴァンの最期の言葉は、唯一の肉親であるティアを気遣うものだった。音素(フォニム)の塊として再構成されていたヴァンの肉体はルーク達の攻撃と大譜歌によって楔となっていたローレライの力を失い、ボロボロと崩れ、形を失っていく。そしてついに、風に浚われて最後の一片までが吹き消えてしまった。

 

「ヴァン......あなたの為したことは許されることではない。ですが、それに共感した人がいたことも事実。次なるあなたを生み出さぬことが、あなたに対する弔いになると心に留めます」

 

そこに彼がいたことが嘘であったように、ヴァンの痕跡は消え去ってしまった。私は空を見上げ、音譜帯に消えていったヴァンに向けて呟いた。戦場だった空間にしばしの沈黙が横たわる。

しかし、それを遮るように地面が、エルドラントが震え始めた。

 

「これは、動力源であったローレライを失ってエルドラントが崩壊しようとしています!」

 

現状をいち早く理解したジェイドがそう言って全員に向けて避難するように指示する。

 

「皆は早く避難を。ここからは」

 

「俺達の役目、だな」

 

その中でルークとアッシュは互いに見合わせて頷くと、そう言ってティア達に先に逃げるように促した。

 

「今ここでローレライを解放する」

 

「こんな崩れそうなところで!? 脱出してからでもいいじゃん!」

 

「そうですわ! ここに取り残されて無事に帰れる保証などありませんわ!」

 

アニスとナタリアが二人に食って掛かるが、ルークもアッシュも頑として動こうとはしなかった。

 

「今しかない。ヴァンによって地核から引き剥がされ、大譜歌の影響が残っている今しか」

 

「このまま放っておいたら、ユリアとの契約が力を発揮してまたローレライは地核に縛り付けられる......なんでか分からないけど、そう思うんだ」

 

アッシュとルークは根拠が分からないものの、それが事実だと確信している口調だった。全員が何も言えずに立ち尽くす中、私はそう言う二人に歩み寄ると、それぞれの肩に手を乗せる。

 

「二人が言うのならば間違いないのでしょう。私も残ります」

 

「「な!?」」

 

「なんでモースまで!?」

 

目を見開いたルーク達と、慌てて駆け寄って私の肩を掴むガイ。込められた力に逆らわずに振り返ると、私は穏やかな笑みを浮かべて見せた。

 

「私の中にもローレライがいる。ここで同時に解放しなくては。それに、ここが崩落したとしても死ぬとは限りませんよ。ローレライもそこまで薄情では無いでしょう?」

 

少しおどけて言って見せるが、皆の表情は優れない。だが、そうしている間にもエルドラントの震えは増し、崩落は進んでいく。最後の決め手となったのは、最も冷静なジェイドの判断だった。

 

「......行きましょう。ここは三人に任せます」

 

「大佐!? ですが......!」

 

「ただし、絶対に三人で帰ってくること。良いですね?」

 

抗議の声をあげたナタリアの言葉を塗り潰すように、ジェイドはそう言って私達を睨み付けた。それに対して私も、ルークとアッシュも頷いて返す。

 

「安心してください。何があっても、少なくともルーク達は無事に帰します」

 

「私は三人で、と言いました。それを破ることは許しませんからね」

 

「おっと、失礼しました」

 

「導師イオンに伝えなければならないあなたの無茶がまた一つ増えましたね」

 

「......それだけは勘弁していただきたいものです」

 

私の言葉に表情を険しくしたジェイドは、最後には呆れたようにやれやれとため息をつく。どこまでも締まらないが、その方が良いのかもしれない。他の皆も、ルーク、アッシュと思い思いに言葉を交わしてから階段を降りていく。最後まで名残惜しそうにこちらを振り返るものだから、私達も苦笑して手を振り返すしかなかった。

 

「さて、ではお任せしても?」

 

皆がいなくなった後、三人だけとなったエルドラントの最上部で、私達は互いに向かい合って立つ。

 

「ああ、アッシュ」

 

「分かっている」

 

ルークに促され、アッシュはローレライの鍵を掴むルークの手に自身のそれを添える。そして二人で地面に鍵を突き立てる。ローレライの鍵はその切っ先をあっさりと地面に沈め、突き刺さった周辺が碧色の光を放つ。そして扉の鍵を開けるように、剣を一回転捻ると、私達三人の足下に譜陣が展開され、薄く光る膜で全身を包み込み、崩落するエルドラントの下方へと沈み込み始めた。

「......壮観だな」

 

剣を構えた天使を象った巨大な彫刻、精巧な天井絵を支えていた支柱、それらが崩れ、瓦礫が降り注ぐが私達を包む膜を通り抜けることは出来ず、私達を避けるように下に落ちていく。

 

「終わり行くものの美とでも言うものでしょうか」

 

「はは、なんか暢気だな、俺達」

 

この世界で、ユリアが為したことと同じくらいの所業をこれから為そうというのに、私達はそんな気の抜けた会話をしていた。

 

「なあ、モース。どうして、お前だったんだろうな」

 

「どうしました、アッシュ? 質問の意味がよく分かりませんが」

 

「不思議だったんだ。第七音素(セブンスフォニム)の才能もないお前が、何故ローレライを宿して、未来の記憶なんてものまで持っていたのか」

 

アッシュは私と視線を合わせず、ぽつぽつと話し続ける。

 

「だが、ラルゴやリグレットを見て考えた。あいつらは音素(フォニム)を無理矢理取り込んで、最後は音素乖離を起こして死んでいった。お前がかつて語ったお前自身の末路のようにな」

 

「......私が音素乖離を起こしてかつて死んだことに、何か鍵があったと?」

 

「分からん。ただの俺の妄想だ。第七音素(セブンスフォニム)を無理矢理取り込んで、そして音素乖離を起こしたんだ。それも地核に最も近いラジエイトゲートでな。もしかしたら、そのことでお前の記憶か何かが星の記憶に組み込まれちまった、なんてな」

 

「面白い仮説ですね。帰ったらジェイドとディストに検証してもらいませんと」

 

アッシュの推論は面白いものだった。もしその説が正しいとするなら、どこかの世界には自身の末路を知り、レプリカ計画を諦めたヴァンもいるのかもしれない。あるいはナタリアと和解の道を選んだラルゴも。私のただの願望でしかない妄想だが、そうであればどれほど救われることだろうか。

 

「未来が見えるなんて訳の分からねえシロモノなんだ。どこかの世界で起こった出来事が違うようで似た世界の誰かに受け継がれるなんてこともあるかもしれないと思ってな」

 

「だとしたら、そんな偶然を引き起こしてくれたローレライには感謝しなくてはなりませんね。お陰で私は過ちを犯すこと無くこうしてここに立っていられるのですから」

 

「振り回されてばかりだから、文句の一つでも言ってやらなきゃ気が済まねえけどな」

 

そう言って私とアッシュは笑い合う。他愛もない戯言だ。それでも、あながち間違ってはいないように思えた。いつしか周囲の光景は様相を変え、オーロラのように七色に移り変わる幻想的な景色が広がっていた。それはかつてルーク達が語ってくれた地核に突入したときの光景によく似ていた。

 

「そろそろだ」

 

「ああ」

 

ルークの言葉に、アッシュもローレライの鍵を握る手に力を籠める。私達の足下に広がっていた譜陣の円周から焔のような光が立ち上り、それらは私達の前に浮かび上がるとその体積を増して揺らめく人形(ひとがた)の塊となった。

 

ーー我が写し身よ、契約の履行に感謝を

 

頭の中に直接響くような声。声に合わせて顔にあたるであろう部分がゆらゆらと様相を変えている。

 

ーー殉ずる者。我が見せた未来を覆し、自らの意志で選択した未来に敬意を

 

「フフ、伝説の存在にそう言われると照れてしまいますね」

 

目や鼻がついているわけではないため、ローレライがどこを向いているかは分からない。それでも、彼が私という一個人を認識し、私を見ているように感じた。

 

ーーかつて見た結末は覆され、再び見た結末は塗り替えられた。驚嘆、称賛に値する

 

その言葉と共にルーク達が握っていたローレライの鍵が光の粒となって消える。ユリアとの契約の証が消えるということは、その契約の終わりを意味する。これで、ローレライが地核に囚われることは無くなった。他の音素(フォニム)意識集合体と同様に音譜帯へと還ることが可能になった。

 

「ここまでやらせたんだ。少しは俺達の願いを聞いてくれてもバチは当たらないと思うが?」

 

腕組みをして物怖じもせずに言いはなったアッシュに顔を向けたローレライは、先を促すように首を傾げる。

 

ーー我が写し身。何を望む

 

「俺とルークの結末をより良いものに」

 

「俺達が互いにそれぞれの存在として生き続けられるように」

 

アッシュとルークがそう言ってローレライを見つめる。少しの間、沈黙を保ってただ揺らめいていたローレライだったが、二人の言葉の意味することを理解したのか、頷くような仕草を見せた。

 

ーー人の意志に称賛を。我が写し身に、より良い結末を

 

そしてローレライは私へと顔を向ける。

 

ーー殉ずる者。そなたの持つ我が欠片をもらう。そなたの望まぬ記憶を、魂を

 

「......ようやく、悩ましい頭痛ともお別れできるのですね」

 

ローレライの言葉は、私がもう第七音素(セブンスフォニム)を扱えなくなることを意味していた。意識してか無意識してかはともかく、私はローレライの力を借りて第七音素(セブンスフォニム)を行使することが出来ていた。ローレライの力を返すということは、それが出来なくなるということだ。とはいえ何も悔いはない。

 

「お返ししますよ、ローレライ。愚かな私がやり直す機会を与えてくれたことに感謝を」

 

ーー大詠師。我が言葉を詠む者。ユリアと異なり、なれど近しい者に感謝を

 

その言葉を最後に、ローレライの放つ光は強まり、揺らめく炎のような身体は大きさを増して天へと昇っていく。地核を突き抜け、エルドラントの瓦礫を越え、高く音譜帯まで。それは世界のあらゆるところから空に立ち上る光の柱として見えたことだろう。それを見届けた私達は、互いに穏やかな表情で顔を見合わせる。

 

「さて、かのローレライに感謝までされてしまいましたね」

 

「帰ったら皆に話さないとな」

 

「思った以上に話が通じる奴だったってな」

 

この場所からどのように出れば良いかについて、ローレライは何も言わなかった。だが、私達はなんとなく出方が分かっている気がしていた。

 

「それで、どこに出たい?」

 

「私はどこでも」

 

「なら俺が決めても良いか? ティアと約束したんだ」

 

私達を包む膜が光を増し、周囲に広がっていく。ローレライが解放され、静かになった地核の中で私達はルークが言った場所を頭に思い浮かべる。

 

ルークとティアの、約束の地を。





次回、エピローグ

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