大詠師の記憶   作:TATAL

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エピローグ 自ら選んだ明日へ

ダアト郊外、巡礼碑の立つ丘はダアトを一望できる高さにある。かつてはローレライ教団総本山であるダアトに参拝する者が多く往来していたそこは、世界が預言(スコア)から独り立ちを始めた今日この頃といっても以前と変わらぬ賑わいを見せていた。かつてヴァン一派から受けた破壊も、今となっては元通り。それどころか、期せずして増えた人口を養うため、以前以上の規模となっていると言っても過言ではない。そんなダアトを見下ろしながら、道行く人に紛れる翠が二人。

 

「久しぶりだよねぇ、ダアトに戻ってくるのも!」

 

「そもそも今回の任務は僕一人で十分だったんだよ。どうしてお前までついてきたんだ」

 

ニコニコ顔で歩く一人と、それに対して苦言を呈すもう一人。瓜二つな二人は、今となっては当たり前に受け入れられている光景だ。最も、顔は瓜二つと言えど、ニコニコ顔の方はその活発さを前面に押し出すようにさっぱりと肩口までで碧の髪を切り揃えており、仏頂面の方はと言えば背中の中ほどまで伸ばした髪を一つに括ってまとめているのだから、慣れていない人間でも彼らの区別は容易だろう。

 

「そんな連れないこと言わないでよフェム。僕達って今までずぅっとダアトかファブレ公爵家で過ごしてきたんだもん。外に出られる機会があったら逃さないに決まってるじゃない。それに、今回は無愛想なフェムだけじゃなくてたすかったでしょ?」

 

「......はいはい、僕が悪かったよフローリアン。確かに今回は君がいて助かった」

 

フローリアンがニマニマと笑って覗き込んでくるものだから、フェムも降参降参と手を上げる。年々、兄弟達に口で勝てなくなっていっていることに危機感を覚えるが、それはそれとして、彼だって兄弟達と何も気負うこと無く外を歩けることは楽しいに違いないのだ。

 

「それにしても、結構ギリギリになっちゃったね。もう皆揃ってるかな?」

 

「どうだろうな。ツヴァイなんかは本部に閉じ籠りきりだから間違いなくいるだろうが、シンクあたりはまた護衛だって言ってデートしてるかもね」

 

「フフフ、そんなところ見かけたらまたからかってあげなきゃ!」

 

フローリアンがフェムの言葉に顔を綻ばせる。あの素直じゃない弟が最近は随分と丸くなった。フローリアンは顎に指を当ててうんうんと考えを巡らせる。

 

「からかうのも良いけど、それよりも先にすることがあるだろ?」

 

「......うん、そうだね」

 

窘めるように口にしたフェムに、フローリアンも真面目な表情に戻って同意する。彼らがここに戻ってきた理由はいくつもあるが、そのうちの一つはどうしても帰ってすぐに行う必要があることだった。

 

「まずはお墓参りからだね」

 

 


 

 

ダアトのローレライ教団本部。真正ローレライ教団を名乗るヴァン一派との戦いが終わった後のダアトはまさしく大混乱に陥った。ヴァンの思想に理解を示し、教団を離れるものもいた。モースの思想に共感し、残ってくれるものもいたが、突然ダアトの人口が一万人も増えたのだから、いくら組織運営を担っていた幹部が残ってくれていようと絶対数が足りなかった。そんな中、いち早く数いるレプリカの中でも自身の価値を証明しようと名乗りを挙げたのはかつてヴァンによって作成された導師イオンのレプリカ、その二番目であるツヴァイだった。本が好きで、モースやディストにねだっては様々な本を読み漁って知識を蓄え、ファブレ公爵家に匿われているときは執事のラムダスやあろうことかファブレ公爵本人に様々な教えを乞うていた彼は、組織運営に必要な知識を多少ではあるが備えていた。それは混乱期にあるダアトにおいてはねこにんの手以上の助けであり、教団で実権を握っているモースと近しいこともあって概ね好意的に受け入れられた。さらにその後の仕事振りで懐疑的な者であっても認めざるを得ない成果を叩き出した。

 

そんな彼は今、自身が割り当てられた執務室で机に突っ伏していた。

 

「もう無理、死ぬ」

 

「大丈夫、人はそう簡単に死なない。ファイト、ファイト」

 

「弟なら手伝おうという気は無いのか」

 

「残念、権限が足りない」

 

書類に埋もれて息も絶え絶えなツヴァイを、横から平坦な声で励ますのは四番目の兄弟、フィオ。ちゃっかりとツヴァイの補佐として名乗りを上げ、そこそこに仕事をしながら日々を満喫していた。ツヴァイとしても、絶対に自身を裏切らないと言えるフィオが補佐についてくれるのは願ったり叶ったりであった。こうして仕事を手伝ってくれないところはジト目で睨み付けるしかないが。

ここ数日ですっかり似合うようになってしまった眼鏡を外したツヴァイは、席を立って背伸びをする。

 

「お、サボり? 手伝う」

 

「サボりを手伝うとは」

 

訳の分からないことを言いながらも手際よくお茶を淹れてくれるフィオは、実は結構出来る奴なのだと評価しているものの、如何せんねこにん以上の気紛れを発揮するフィオを真面目にさせることが出来るのは世界広しと言えど片手で数えられるくらいしかいない。

 

「ほほう、サボりですか......」

 

「ギックゥ」

 

背後、執務室の扉からかかった声に、お手本のように肩をびくつかせたフィオ。油が切れたブリキ人形のような動きで振り返ってみれば、そこに立っていたのはフィオが苦手な数少ない人物の一人。

 

「詠師トリトハイム。ちょうど良いところに」

 

「律師ツヴァイ、お疲れ様です。相も変わらず大変ですね、きちんと休めていますか?」

 

穏やかな笑みを浮かべて部屋に足を踏み入れたトリトハイムは、歩みこそゆったりとしているものの、的確に約一名の逃げ道を塞いでいた。

 

「少し休憩しようとしていたところ。それをサボりだなんていう不届き者がそこに」

 

「ツヴァイ、兄弟の絆は?」

 

「今は上司と部下だから」

 

襟首をつまみ上げられたフィオが助けを求めたが、それをすげなく切り捨てたツヴァイ。

 

「まったく、唱士フィオも真面目におやりなさい。今日は大事な日なのでしょう? そのために仕事を詰め込んで時間を空けようとしているのですから」

 

トリトハイムに諭されてはフィオに為す術はない。育ての親に似てトリトハイムは感情を露に怒ることこそ無いものの、こんこんとお説教をしてくるため、フィオの心が先に折れるのだ。

 

「むぅ、それを言われては厳しい。仕方ない、今日は一年に三回しか出さないフィオさんの本気を出す日としよう」

 

「でもフィオに任せられる仕事はもう殆ど無い」

 

「......このやり場の無いやる気はどこに持っていけば良い?」

 

行き場無く手をわきわきさせるフィオに向かってからかわれた仕返しとばかりにツヴァイは舌を出す。

 

「それじゃあボク達は行くから、詠師トリトハイム、あとはお願いします」

 

「ええ、お任せを。皆さんによろしく言っておいてください」

 

ツヴァイはフィオの手をとると、トリトハイムにペコリとお辞儀をしてから部屋を後にする。引っ張られていくフィオはあーれーなどと間の抜けた声をあげていた。それを見送ったトリトハイムは、机に残された処理済みの書類に目を通しながら楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「大詠師モース。あなたの子ども達はとても立派になりましたよ」

 

 


 

 

「だーかーらー! この服で何が悪いと言うのですか!」

 

ダアト港に向かう船の中、一人の痩身の男が納得いかないと声を張り上げていた。

 

「私のこのエレガントでエクセレントなセンスを何故理解できないのです!」

 

「何が悪いと言うとまず頭が悪いですねぇ」

 

「ぐはっ、容赦がありませんねジェイド。流石は我が親友」

 

「勝手に不名誉なカテゴライズをしないでいただけます?」

 

「今日くらいはもう少し私に優しくしてもバチは当たらないと思いますけどねぇ!?」

 

誰と言われるまでもなく、騒がしいのはディストであった。その隣に立つジェイドは相も変わらぬ冷たい目で幼馴染みを見下ろしていた。

 

「その悪趣味はヒラヒラした襟首をどうにかなさい。引きちぎって差し上げましょうか」

 

「ヒィ! 分かった分かりましたよう!」

 

これ以上ごねると本気で襟を引きちぎられる。そう確信したディストは観念して愛用のジャケットを脱ぐ。ジェイドはそれを見て意外だと言いたげに目を少しだけ見開いた。

 

「驚きました。その悪趣味な服、脱げたんですね。脱皮ですか?」

 

「私を何だと思ってるんですか! 失礼しちゃいますね、もう!」

 

私だって弁えるところは弁えるんですよう、とぶつくさ言いながら着替えるディストに対し、なら初めからそうしてくれという言葉を飲み込んでため息をこぼすジェイド。ジェイドといえば、いつもと変わらぬ青いマルクト軍服に身を包んでいる。それをディストがじっと見ているのに気付き、ジェイドは剣呑な目を返した。

 

「なんです? やはり脱皮が難しいのでしたら無理矢理剥いでやっても良いですよ?」

 

「違います! ジェイドはいつもの服装なんですね、今日くらいはもう少し華やかな装いでも良いのでは?」

 

「私にとってはこれが正装ですからね。軍人とは楽なものです」

 

「私が言うのもどうかと思いますが、ジェイドもあんまりな人だと思いますがねえ」

 

ディストは何とも言えない表情を浮かべているが、それを無視してジェイドは窓から外の海を眺める。海はどこまでも穏やかで、何も変わらない。少なくとも自分達にとっては激動といっても良い変化があったというのに、そんなものは何するものぞと言わんばかりにいつも通りに日は昇るし、世の営みは続いていく。そして人々も案外そんな世界に慣れていくものだ。そんな強かさを持っていることを意外と人は自覚していないのだろう。

 

「おや、どうしました、ジェイド?」

 

「なんです、私の顔に何かついていますか?」

 

「いえ、近年稀に見る穏やかな笑顔を浮かべていたものですから」

 

「失礼なことを言いますね。そのダサい服を真っ赤に染めて差し上げましょうか?」

 

「どうしてそうバイオレンスなんですかあなたは!?」

 

そう言いながら、ジェイドは自分の頬が緩んでいることを自覚していたのだった。

 

 


 

 

ダアトの目抜通り、人々がいつも以上の賑わいを見せている往来を、少女と少年が歩いていた。

 

「んっふっふ~、今日は絶好のお散歩日和だね~」

 

今にも鼻唄を歌い出しそうな様子で歩くのは背中にトレードマークの戦闘人形を提げた少女。その横を額を押さえながらついていくのは仮面を外し、素顔を晒すようになった翠の兄弟の一人。

 

「あんまりはしゃぐなよ、アニス。昨日も遅くまで仕事をしてたんだから、転けたりしたらどうするんだ」

 

「ぶ~、心配性だなぁシンクは。これくらい平気だよぅ」

 

「そう言ってこの前仕事しすぎで倒れたじゃないか。いくら初の女性導師になる為といってもやりすぎだ。ちゃんと休むように」

 

口を尖らせて反抗するアニスに、反論は受け付けないとばかりにドライな対応をとり続けるシンク。最終決戦が終わってから、教団初の女性導師になるのだと息巻いて精力的に仕事をこなすアニスを見続けていたシンクにしてみれば、彼女の大丈夫という言葉ほど信用ならないものは無かった。

 

「それに、アニスの両親からも言われてるからね。ちゃんと見張っててくれって」

 

「えぇ~、パパとママめぇ」

 

そうして心配してついて回っているうちに、シンクの仕事は忙しなく働くアニスの補佐、半ば副官のような立ち位置になっていた。六神将という枠組みが半壊した神託の盾騎士団において、参謀総長のシンクと新たに師団長となったアニスは教団の内外問わずに最も顔を合わせる仲になっていた。そんなシンクにアニスの両親が頑張りすぎる彼女のことをお願いするのもむべなるかな。そこに別の思惑が無いとも言いきれないが。

 

「それにしても、シンクもよく笑うようになったね」

 

「? いきなりどうしたのさ」

 

「だって、前までのシンクって怒ってるか泣いてるかのどっちかだったんだもん。お姉さんは心配してたんだよ~?」

 

「ハッ、いつまでもちんちくりんのクセして、姉貴ぶるのも大概にしときなよ」

 

「ムカッ、アニスちゃん今のはカチンときましたよぉ」

 

そう言って二人して顔を突き合わせてぐぬぬと一頻り。何だか可笑しくなってアニスは吹き出してしまった。それを見たシンクが呆れたように肩を落とす。

 

「アッハハ、おっかし~! シンクとこんなことしてるだなんて、昔の私が聞いても絶対に信じないよ」

 

「ホント、何だってこんなことになっちゃったんだか」

 

それでも、こんなぬるま湯のような毎日が悪くないどころか中々気に入っているのだとはシンクも口には出さなかった。もっとも、アニスの何か言いたげな表情を見れば大体見抜かれていることは分かってしまうのだが。

 

「シンクも丸くなったよね~。久しぶりに任務から帰ってくる兄弟を出迎えようだなんてさ」

 

「別に、アイツらがいない間の話をして羨ましがらせようってだけだよ」

 

ニシシ、と笑うアニスから顔を逸らしたシンクだが、その顔を隠す仮面はもう無い。そうなれば、顔を逸らしたところで頬がほんのり赤くなっていることを誤魔化す術はない。

 

「さ、早く行こっか!」

 

「走るんじゃないよ、アニス! ああもう!」

 

駆け出したアニスを慌てて追いかけるシンク。今度は二人隣り合って、手を繋いでダアトの門へと向かっていくのだった。

 


 

 

「その、このような場に私は不釣り合いではないでしょうか......?」

 

「なーに言ってんだ将軍。むしろ俺からしたら今回のメインはお前達なんだぜ?」

 

「そうそう、胸を張ってくださいよ、将軍」

 

「ガイまで......」

 

ローレライ教団本部内の一室。そこには礼服に身を包み、端正な顔を少しだけ青く染めている若き将軍とそれを見て笑う褐色の皇帝の姿があった。そしてそれに付き従う金髪の従者の姿も。

 

「大丈夫だ、フリングス将軍。誰がなんと言おうと、お前がこの場に招かれたのは導師様のご指名があったからなんだからな。誰にも文句は言わせんよ」

 

「むしろそのことがより大きなプレッシャーになってしまっているのですが......」

 

ピオニーが豪快に笑ってフリングスの背を叩くほど、彼は萎縮して小さくなっていく。どうしてかの導師が自身などを指名したのか。喜ばしいことは確かなのだが、それ以上に錚々たる顔ぶれが揃い踏みの中、自分は明らかに見劣りしているように思えてしまうのだった。

 

「お前達はこれからのマルクトとキムラスカの架け橋になるんだからな。頼むから夫婦喧嘩なんかで別れてくれるなよ? あっちは美人だが気が強そうだ。お前が尻に敷かれるくらいがちょうど良い」

 

「陛下! そうやって変にプレッシャーをかけるのはお止めくださいと何度も!」

 

「陛下、あんまり意地悪を言うのはやめてあげてくださいよ」

 

にやにやと笑って脇を小突くピオニーとやれやれとそれを制止するガイ。いつも通りの二人の姿を見ているうちにフリングスも緊張が徐々に解れてきたのか、顔色がよくなってくる。それを見て内心ピオニーはほっと胸を撫で下ろすのであった。誠実で好青年な男なのだが、いかんせん生真面目が過ぎて色々不器用な人間だ。お相手もそれに勝るとも劣らず生真面目な人間だったのでここまで漕ぎ着けるのに苦労させられたが。最終決戦の少し前くらいから面識を持っておりお互い憎からず思っていたはずであるのにちゃんとくっつくまでどれだけかかったのか、その苦労を思うとこの程度のからかいくらいは甘んじて受けてほしいというのがピオニーの本音であった。

そんな彼の考えは部屋をノックされる音で中断される。相手を確認してみれば予想通りの人物であったので、扉を開けて迎え入れる。

 

「よーう、そっちも準備は整ったか?」

 

「うむ。いやはやここまで来て恥ずかしがっておるのか、部屋の前でうだうだしておるがな」

 

「い、インゴベルト陛下!?」

 

部屋の中に足を踏み入れたのはキムラスカを統べるインゴベルト王。慌てて背筋を正すフリングスであったが、二大国のトップが自分の目の前にいるプレッシャーに先ほどようやく血色を取り戻した顔から再度血の気が引いていく心地がした。そんな彼を見てガイはどうしたもんかと苦笑する。

 

「そっちは今日は大変だな?」

 

「いやなに、嬉しい悲鳴だ。それに、これが私の最後の大仕事になるだろうしな」

 

「おや、もう引退宣言か? こりゃ今後のキムラスカとの交渉は楽になりそうだ」

 

「ハッハッハ、私の手練手管は全てナタリアに引き継いだとも。胸を貸してやってくれ」

 

「おっと、こりゃ苦労させられそうだ。ガイ、しばらくはお前に任せることにするぞ。ファブレ公爵家に仕えていたときに握った弱みはこういう時に使うんだぞ」

 

「ちょっと陛下!? 滅多なこと言わないでくれませんか!」

 

「おお、怖い怖い。ならばナタリアとアッシュ、それとクリムゾンにもガイが相手の時には手加減無用と言っておかねば」

 

「インゴベルト陛下まで!?」

 

「マシになってきてるがまだまだ女性には慣れてないからな、交渉の席には是非ともガイに気のある女性を立たせてやると良い」

 

「陛下はどっちの味方なんですか!?」

 

そう言って右往左往するガイを見て笑うピオニーであったが、内心冷や汗をかいていた。この老獪な王の手練手管を学んだ理想に燃える女王など相手にしてられない。冗談を抜きにしてガイに丸投げしてしまうか、あるいはさっさと自分も身を固めて後に任せたいところだが、生憎とそんな相手もすぐに思い浮かばない。どうして祝いの場でこんなことに頭を悩ませることになるんだと愚痴りたくなる心を押し殺して不敵に笑って見せる。

と、そのとき、先ほどよりはずいぶんと控えめなノックの音に三人の注意が扉へと向けられる。入室を促すインゴベルトの声に扉が開かれれば、そこに立っていた者にフリングスの目は一瞬で釘付けにされた。

 

「......陛下、先ほどは私が不釣り合いではと言いましたが、訂正します」

 

「おう?」

 

「少なくとも彼女は今日の誰よりも美しい。惚れた弱みと言われようが、そう言わせていただきます」

 

「お、おう、そうか。ご馳走さん。ガイ、フリングスの相手はしばらくはお前に任せるぞ」

 

「陛下、ご自分だけ逃げようなんて許しませんからね?」

 

これから先ことあるごとに惚気を聞かされる羽目になりそうだとピオニーとガイは額を押さえた。

 

 


 

 

教団本部のこじんまりとした中庭。ティアはそこで花壇を前に物思いに耽っていた。

 

「こんなところに居ましたのね。探しましたわよ」

 

何をするでもなく、ぼんやりと空を眺めていたティアを探し当てたのはナタリア。装いこそいつもと変わり無いが、普段よりも気合いの入った化粧を施された彼女はそのオーラと相まって嫌でも衆目を惹き付ける。とはいえ、今この場にいるのはティアとナタリアの二人だけ。煩わしい視線に悩まされることもなく、ナタリアはティアの隣に立つ。

 

「浮かない顔をしていましたわね。何か不安なことがあって?」

 

「......そういうわけではないの。ただ、少しだけ思ってしまったのよ、この場に兄さんが居たらって」

 

花壇で赤く自己主張する花に手を添えながらティアはナタリアの問いに答える。ユリアシティには生えていない色鮮やかな花。セレニアの花畑の真ん中にたつ名も無き墓標に、この花を供えてあげようと心の中で呟く。

 

「ティア......」

 

「ごめんなさい。湿っぽい話にするつもりは無かったの」

 

「気にしていませんわ。優しいですわね、ティアは」

 

「そんなこと無いわ。私は卑怯者よ。兄さんがしたことは許されることじゃない。なのに肉親の私が何もせず、こうしてのうのうと幸せになろうとしているんだもの」

 

「何もしていないなんてことありませんわ。あなたが誰よりも努力を重ねていることは私が保証しますわ。キムラスカ王女、もうすぐ女王になる人間の言葉ですもの。間違いありませんわ」

 

自虐的になっているティアを励ますようにナタリアが胸を張って言い切る。その自信に満ち溢れた顔に、ティアの顔にも笑みが戻った。

 

「フフ、それじゃあ暴君じゃない」

 

「あら、民のことを一番に考えているのですから、仁君ですわ! 私が暴君になるのは友のためだけですわよ」

 

そう言って二人して笑いあう。かつての戦いによってティアは兄を、ナタリアは実の父親を失った。互いに肉親を失ったもの同士、旅も含めて彼女らが互いに深い友情を築くのに十分な時間だ。いつしかお互いだけが知る互いの秘密も増えた。そんな二人だからこそ、控え室をこっそり抜け出したティアをナタリアはあっさりと見つけ出したのだろう。

 

「ティア、私もあなたも、あの戦いで様々なものを失い、そして得ましたわ。こうして今平穏に過ごせていることが不思議なくらいに。ですが、だからこそ今日この時くらいは全てを忘れて、幸せを感じても良いと私は思いますわ」

 

「ナタリア......」

 

「ティア、私達は今日の主役ですわよ? そんな顔をしているとテオドーロ市長も心配いたしますわ。さ、戻って着替えましょう。あの二人が見惚れて緊張してしまうくらい磨き上げてやりますわよ!」

 

そう言ってナタリアはティアの手をとり、歩き始める。そんな堂々と、そして温かい友人の背中を見てティアの顔も柔らかく綻んだ。

 

「ありがとう、ナタリア。......さようなら、兄さん」

 

礼の後にこぼしたその一言を、ナタリアは聞こえないフリをした。

 

 


 

 

ローレライ教団本部の裏手には、ダアトで没したもの達を悼むための墓所がある。その中の一つ、他の墓石と変わらぬ形をしていながら、真新しいものの前に一人の男が立っていた。

 

「......私はあなたとの約束を果たせたでしょうか」

 

墓石に刻まれた名は導師イオン。かつて、モースの記憶を最初に知り、そして自らの願いを託して眠るように没したオリジナルの墓だった。導師イオンがレプリカであったということが明るみに出せなかったため、つい最近になってようやく墓を建てることが出来た。

 

「私は今でも考えてしまいます。あなたも生きる道は無かったのかと。私がこの手から最初に溢してしまったのがあなたでした」

 

墓前に跪き、懺悔するように手を組んで、彼は独白する。

 

「自らの弱さをあなたに晒すことで、私はあなたに救われていました。あなたの方が辛かったでしょうに、あなたは私の重荷を引き受け、笑ってくれた。全力を尽くしたつもりです。それでも、まだまだ足りないところばかりでした」

 

あの戦いからしばらく、ずっと走り続けてきた。この身が擦りきれようと救うのだと息巻いて、周囲に止められることもあった。そして今日という日を迎えられた。

 

「イオン、私はあなたに許されても良いのでしょうか」

 

「はい、良いと思います」

 

返ってくるはずの無い答えが自身の背後から返ってきたことに、モースは心臓が縮み上がった心地がして弾かれるように振り向いた。

 

「今日もここに来ていたんですね、モース」

 

「めでたい日だってのに、辛気臭い面してるねモース」

 

「導師イオン、それにカンタビレも......驚かさないでください」

 

いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた導師イオンと、呆れたような顔をしているカンタビレにそう苦言を呈するものの、周囲を気にせず没頭していたのは自分の方だったと内省する。

 

「毎日毎日、よく飽きないもんだね。空の向こうのイオン様の方は流石にモースの顔も見飽きたんじゃないかい」

 

「ハハ、そうかもしれませんね」

 

カンタビレの言葉にそう返すと、モースは彼女につられて空を見上げる。今日という日を祝うように雲一つ無い青空だ。

 

「モース、僕はあなたの献身を知っています。僕だけじゃない、他の兄弟達もです。ルークやアッシュだけじゃなく、僕たちの身体の問題もジェイドやディストと一緒に頑張って解決してくれたんですから。これ以上無いくらい、あなたは罪を贖った。そろそろ自分を許してあげても良いんじゃないでしょうか」

 

導師イオンの言葉にモースは沈黙を返す。世界は多少の混乱を見せたものの、間違いなく平和になった。そこに関わって東奔西走したモースの献身を否定するものは誰もいないだろう。ただ一人、当の本人を除いては。

 

「結局、ローレライに忌まわしい記憶を預けたところでウジウジとした性根までは治らなかったようです」

 

モースはそう言って力無く笑う。

 

「安心してください。本番までにはいつも通りになります。ただ、この子の前でだけは、私は弱さを隠せないのですよ」

 

墓石に刻まれた名前を愛おしげに指でなぞるモース。この世界で最初にして最大の同士であった少年。こうして堂々と彼を悼むことすら今まで出来なかったのだ。

 

「モース......」

 

「ハァ、導師イオン。少し後ろ向いてな」

 

「? はい、分かりました」

 

どう声をかけたものかと悩む導師イオンに、カンタビレはそう促す。何をするのかは分からなかったが、カンタビレのことだからモースを傷付けることはしないと導師イオンはその言葉に素直に従う。

 

「おい、モース」

 

「はい、何でしょ...。!?」

 

導師イオンの背後で何やら動いている気配を感じられる。気にはなるが、後ろを向いてろと言われたので律儀に待つことにした導師イオン。少しすると、彼の肩をカンタビレが軽く叩いた。

 

「ほら、もう良いよ」

 

「終わりましたか。ところで何をしたんです?」

 

「......さあね、モースに聞いてみな?」

 

導師イオンの疑問にニヤリと意味深に笑ってそう返したカンタビレは、そのままヒラヒラと手を振って戻っていってしまった。彼がモースへと視線を向けてみれば、モースは惚けた表情で去っていくカンタビレの後ろ姿を見つめていた。

 

「......何があったんです?」

 

「すみません、私自身が把握できていないのでもう少し待っていただけますか......?」

 

要領を得ない答えに導師イオンは首を傾げる。そのとき、遠くから聞き慣れた声が複数近付いてくるのに気が付いた。どうやら迎えに出した者はちゃんと合流できたらしい。とはいえ、彼らが合流すると騒がしくなってしかたないため、先ほどは何があったのかを聞き出せるのはもう少し後になりそうだ。

 

「......導師イオン」

 

「どうしました、モース?」

 

「私はどうしようもない愚か者で馬鹿な人間ですが、それでもここに居ても良い、生きていたい理由になってくれる人がいるようです。私はその人達の為にも、自分を許せるようになろうと努力してみます」

 

「ええ、それが良いと思います。まずは今日が終わったらきちんと他の兄弟達と一緒に僕を甘やかしてくださいね?」

 

どうやらモースの姿を遠目に見つけたのか、段々と近付いてくる足音。彼らに聞こえないように、導師イオンはモースに囁いた。

 

「もちろんです。私はあなた達の父親なのですから」

 

そしてモースはその言葉に穏やかに微笑んで返したのだった。

 

 


 

 

固く閉ざされた扉の前で、ルークは緊張で肩に力が入りっぱなしになっていた。

 

「オドオドしてるんじゃねえ、鬱陶しい」

 

それを腕組みしながら横目に睨み付けているのは、ルークと瓜二つの顔をした男。二人とも白のモーニングコートに身を包んでいるため、特徴的な赤毛がより目立っていた。

 

「そうは言ってもさぁ。どうしても緊張するだろ? アッシュだってさっきから落ち着かなさそうだし」

 

組んだ腕を人差し指で忙しなく叩いているのを指差されたアッシュは、頬にさっと朱が入る。

 

「う、うるせぇ!」

 

「お二人とも落ち着いて、もうすぐ始まりますから!」

 

売り言葉に買い言葉な二人を宥めるのは同じくモーニングコートに身を包んだフリングス。先ほどまで自身も緊張していたが、自分以上にソワソワと落ち着かなさそうなルークとアッシュの姿を見ていると緊張など消えてしまっていた。

 

「お集まりの皆様、本日はようこそお出でくださいました」

 

「ほら、大詠師様のご挨拶が始まりましたよ」

 

「「っ!!」」

 

フリングスの言葉にルークだけでなくアッシュも口を真一文字に引き結んで姿勢を正す。意図したわけでは無いだろうが、ぴったりと息のあったその動きにフリングスも思わず吹き出してしまう。

 

「今日はこのダアトだけでなく、キムラスカやマルクトにとっても非常にめでたい日となります。キムラスカの若き公爵家跡取りの成人の儀。それだけに留まらず、この世界に新たに三組の夫婦が生まれようというのですから」

 

扉を隔ててもなお、かの大詠師の声は三人の耳にハッキリと届く。教団本部の建物がそれを想定した造りとなっていることもあるだろうが、あの大詠師がそれ以上にこうした演説のときにどのようにすれば声が通るか、自身の言葉が聴衆に聴きやすくなるかを熟知していることも大きいのだろう。

 

「この婚姻はキムラスカとマルクト、キムラスカとダアト、マルクトとダアトの三者を強く結びつけるものになることでしょう。預言(スコア)に頼らぬ世界で、互いの意思で結び付いた二人。幸せばかりでは無いでしょう。辛く、苦しいことも待ち受けていることでしょう。それでも、彼らならば乗り越えられる。それは私だけではなく、今日この場に参列されている皆様もご承知のことでしょう」

 

「......ルーク」

 

「? どうしたんだよ、アッシュ」

 

扉の向こうから聞こえる演説に耳を傾けていたルークは、隣に立つアッシュの声に意識をそちらへと引き戻す。

 

「俺は今でも、あのとき居場所を奪われた苦しみを忘れちゃいねえ」

 

「! ......そうか」

 

「だけどな、それ以上に、今この場に立てているのはいろんな奴等に助けられた結果だっていうことも理解してるんだ。お前に助けられたこともあるってのもな」

 

だから、とアッシュは続ける。

 

「俺は()()()()で良い。()()()はお前だからな」

 

「アッシュ......!」

 

「言っておくが、ルークを名乗る以上腑抜けた真似は絶対に許さねえからな!」

 

「ああ、分かってる。この名前を背負うことの重さも、今ここに立っていることの価値も」

 

「......なら良い」

 

ルークの言葉を聞いたアッシュはそう言って満足そうに笑う。心の中に最後まで残り続けた小さなトゲ。それが抜けたような気がした。これからは、隣に立つ朱赤を素直にルークと呼ぶことが出来るだろう。

 

「今日結ばれる三組を、ユリアとローレライも音譜帯から祝福してくれていることでしょう。では皆様、拍手でお迎えください。本日の主役、新郎のルーク・フォン・ファブレ様とアッシュ・フォン・ファブレ様、並びにアスラン・フリングス様の入場でございます」

 

その言葉と共にゆっくりと扉が開かれる。割れんばかりの拍手と共にルーク達三人をステンドグラス越しの光が温かく迎えた。

 

一つの日だまりの中の彼らは足を踏み出す。誰も知らない、けれどより良い明日をと願った先へ。預言(スコア)に頼らず、自分達の意思で。

 

 





これにて本編完結となります。描きたい内容を詰め込めるだけ詰め込んで一万字越え。これでもまだまだ描き足りないところがあります。

この後、あとがきと称した誰得設定語りおよび番外編を投下する予定です。
そして例に漏れず活動報告を投下しますので、番外編ネタを懲りずに募集させていただければと。第一部完結時の活動報告に投げていただいていたネタももちろん書きます。

ここまで長期間お付き合いいただきありがとうございました。
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