大詠師の記憶   作:TATAL

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投げて頂いたネタで頭から浮かんで離れない場面がありました。

どうやらエピローグ後のルーク、アッシュ達のようです


とある日のルーク達

ルークの場合

 

 

 朝から忙しない日だった。成人を迎え、それと同時に新たな家族を得たルーク。彼は父であるクリムゾンの指導も受けながら、崩落したアクゼリュスから避難した人々の内、生活基盤を築けていないもの、突如世界に現れてしまったレプリカ達の居場所作りといった仕事に取り組んでいた。障気中和、ヴァンとの戦いで前面に立ったことをキムラスカとマルクト両国が喧伝したことでルーク達の知名度は高く、それ故にこうした問題に取り掛かるにはうってつけとされた。時には実務の手腕よりも名が勝つこともあるし、それ以上にかつての自身の所業と正面から向き合おうと懸命に取り組むルークの姿は関係者の険を和らげるのにそれはもう大きな効果を持っていたのだ。

 その日も各地の村々を巡り、村役人達と受け入れ可能な人数の調整やそれに伴う街道の整備など、仕事を始めて少し経つとはいえハードな交渉を続けていたルーク。日が沈むころにはクタクタになり、最後に訪れた村で村長の厚意から一晩泊めてもらえることになった彼は早々にベッドに倒れ込んでいた。

 

「ルーク、疲れているのは分かるけど、上着は脱いで畳んでおかないと皺になるわよ?」

 

「うー……分かってるんだけど身体が動かね~」

 

「もう……」

 

 ベッドに沈んだルークの傍らに腰かけたティアがため息交じりにルークを抱き起し、上着を脱がせて楽な体勢にしてやる。

 

「ありがとぉー」

 

「はいはい、だらしない格好をしないの」

 

 ため息交じりながらもティアの顔に浮かぶ表情は穏やかな笑みだ。彼女とて、ルークが一日頑張っていたことは分かっている。

 

「んなこと言ってもよ。今日相手にしたのはモースが設立した教育所上がりの奴らばっかりだったんだぜ?」

 

 身体を起こしたルークはそう言って口を尖らせる。あの戦いからしばらく、ダアトの大詠師としての職務に戻ったモースは、突然増えた万単位のレプリカ達を受け入れるために辣腕を振るった。その中の一つにダアトに設立された教育所がある。モース自身と彼の個人的な伝手で呼び寄せた講師陣による次代の育成機関であり、今後のダアトが独力で立ち行かないと考えたモースが生き残りの道の一つとして講じた方策だった。設立後浅いながら、モースや彼の志に共感した教団職員、更にはヘンケンやイエモン、スピノザといった技術者達まで参加してきた教育所はモース自身の想定も超えた勢いを見せ、その講師陣に教えを受けた第一期生が各地に飛び立ち、根を張り始めている頃だった。どこの大詠師に似たのか、穏やかな笑みを浮かべながら鋭い指摘ばかりしてくるかつての生徒達。偶然にもそんな強敵たちと舌鋒を交わすことになったルークは常以上に疲労困憊になっていた。

 

「いつにも増して要求がシビアだったものね。モース様やトリトハイム様のやり方にそっくりよ」

 

「そりゃあの二人に教えを受けたなら強敵になるよなぁ」

 

 キムラスカやマルクトからも多くの人間を教育所に送り込んでいるのはかの大詠師との繋がりを保ち続けたいだけでなく、国力の基礎を固める狙いが二国にはあったのだろう。だが、個人としてその成果と正面から交渉をする羽目になるルークとしては勘弁してほしいというのが正直なところだった。

 そんなルークの疲労も理解しているのか、ティアは隣に座るルークの頭をあやすように撫でる。

 

「はいはい、今日もしっかり頑張っていたのは私も知っているわ。もう村長さんも寝たでしょうし、気を張る必要は無いと思うわよ?」

 

 そう言ってルークの顔を覗き込むティア。緩く微笑む彼女の両手は自身の太ももを軽く叩いている。彼女とて一日頑張ったルークを労いたいという気持ちはある。それにそもそも二人は新婚だ。必要なことと理解しているものの、忙しく飛び回ってばかりで触れ合う時間が少ないことに不満が無いわけでは無い。彼女の出すサインを見たルークは、ぐっと言葉に詰まり、耳まで赤くしながらも、おずおずとティアの方へと身体を傾けたのだった。

 

「……なんか、子ども扱いされてねえ?」

 

「あら、そんなことないわ。いつも頑張って偉いって労っているのよ」

 

 クスクスと笑いながらティアはルークの朱赤の髪に手櫛を通す。

 

「少し伸びてきたわね……」

 

「かもな、前に切ったの、成人の儀の前だったし」

 

 ティアの言葉にルークも自身の前髪を指先で摘まんで長さを確かめる。かつて変わると決意したあの日から、ルークは髪を長く伸ばすことはせず、短く切りそろえるようにしていた。それはかつての自分との決別を示すものであると同時に、今はもう一人のファブレとの違いを分かりやすくする記号としての役割も担っていた。

 

「また切って欲しいな」

 

「ええ、任せて」

 

 ルークがそう言って頭上のティアを見上げれば、彼女も笑みを深くして了承する。ルークの髪を切り、整えるのは旅の途上でも、こうして家族となった今でもティアの誰にも譲れない仕事の一つだった。

 

「帰りはユリアシティに寄ろう。ヴァン師匠のお墓参りも」

 

「……そうね、そうしましょう」

 

 ユリアシティにあるティアの居室、そこから繋がるセレニアの花畑の中央には、名の刻まれていない墓碑が建っている。知らぬ人間が見たら首を傾げるしかないそれは、ティアの兄であり、レプリカ計画の首謀者であるヴァンを悼んで建てられたものだ。その墓所の管理はユリアシティ市長であるテオドーロが主に行っているが、ルーク達も折を見て訪れては手入れを欠かしていない。世界にとっては間違いなく大敵であった。それでもティアにとっては遺された唯一の肉親であったし、ルークにとっては敬愛する師匠であったことも間違いなかった。

 しんみりとした空気が二人の間に漂い、しばしの沈黙が横たわる。ルークもティアも、どこか視線を遠くに向けて何かを思い出すかのように目を細めていた。そうして過ごすこと暫く、膝上のルークがもぞりと動いたのを感じ取ったティアは、視線を下に向けた。

 

「元気出た?」

 

「……おう!」

 

 ティアの問いに笑みで返したルーク。そうして二人は今日という一日を終える。少し感傷的になってしまった夜は二人並んで、手を繋いで眠ることにしていた。

 

 


 

 

アッシュの場合

 

 

「アッシュ!」

 

 バチカルの最上部、王族たちが住まう城の廊下に自らの夫を呼ぶ王女の声が響き渡った。名を呼ばれた男は、足を止めるとため息を一つついて背後を振り返る。

 

「そんなに騒ぐな、周りに示しがつかねえだろ」

 

 深紅の髪を背中の中ほどまで伸ばし、細身の礼服を身に纏ったアッシュは、駆け寄ってくるナタリアを窘める。エメラルド色のドレスに身を包んだナタリアはといえば、窘められたことを気にも留めずにずんずんとアッシュの目の前まで詰め寄る。

 

「そんな悠長なことを言っている場合では無いのです!」

 

「どうした、またセシル少将が惚気話でも始めたか?」

 

 眉間に寄りそうになる皺を右手で揉んで押さえ込みながらアッシュはナタリアに言葉を返す。長かった戦いも幕を閉じ、自身も思ってもみなかった形で報われる結末を迎えることが出来た。これ以上ない望外の幸せを手に入れたというのに、彼の心労はあまり軽くなってはいなかった。

 

「それもありますけど、違いますわ。またマルクトのピオニー陛下からこんな手紙が届いたのです!」

 

 それもあるのか、と口から漏らしそうになったアッシュだったが、目の前に突き付けられたかの若き皇帝からの手紙に目を通す。程なくして読み終えたアッシュは、今度こそ眉間に皺が寄ることを止められなかった。

 

「またあの皇帝サマは、的確にこっちが嫌がることを」

 

 そこに書かれていた内容はマルクトとダアトが新たに譜術研究の為に人員交流を企画しているということ。内容としては確かにそれだけなのだが、手紙に添えられた一文が問題だ。

 

「大詠師モースをグランコクマにしばらく招待する、か」

 

 アッシュが手紙の末文に記された一文を読み上げれば、ナタリアがキィーと手紙をくしゃくしゃにした。

 

「私達もずっと招待をしているというのに! どうしてモースはバチカルには来ずにグランコクマに行くのです!」

 

「そりゃ今まで預言(スコア)を詠むためと言って足繁くバチカルに通ってたんだ。釣り合いを取る意味でもグランコクマを多少は優先するだろう。それにただ招待するだけじゃなく、あっちには研究の為、人員交流で親睦を深めるって大義名分があるんだからな」

 

「モースとカンタビレの婚前旅行としてバチカルを挙げて歓待する準備を進めておりますのに!」

 

「それをあの二人に秘密でただ招待だけ飛ばしても忙しいあいつらが易々と来れるわけ無いだろうが」

 

 アッシュは思う。この王女はここまで残念な頭をしていただろうかと。かつて共に国を変えていこう、導いていこうと誓い合った少女がどうしてこうなったのだと。かの大詠師に多大なる借りがあるのは自分とて同じだが、あれが関わると目の前の妻はどこか箍が外れるのだ。

 

「というか、別にあの二人が結婚すると決まったわけじゃないだろうに」

 

「いいえ、あの二人の互いを想い合う姿。あれはまさしく愛し合う二人ですわ! アッシュと私のように!」

 

 城の廊下、使用人たちの目どころか他の貴族の目すらもある場で何を言っているんだと口を塞ぎたくなったが、何とか堪える。

 

「取り敢えず場所を移すぞ」

 

 このままここでナタリアと話していると先にこちらが羞恥心でおかしくなりそうだと思ったアッシュは、そう言って彼女の手を引いて手近な部屋に入る。応接室らしいそこで部屋の中に誰もいないことを確認したアッシュはようやく少しは落ち着いて話が出来そうだと胸を撫で下ろした。

 

「それで、俺達はどうするんだ?」

 

「どうする、とは?」

 

 突然そう切り出したアッシュにナタリアがきょとんとした顔で返す。

 

「マルクトがモースを招待したのは今回の企画もあるだろうが、俺達と同じことを考えていないわけじゃないだろう。こうして手紙で知らせてくるってことは間違いなくな。このままマルクトにだけ良い顔をさせるわけにもいかねえだろう?」

 

 そこまで聞いたナタリアは先ほどまでと一転して表情をパアッと輝かせる。

 

「では私達もこの手紙を口実にしてグランコクマへ参りましょう! そうですわ、今回の技術交流にベルケンドからも人員を派遣いたしましょう!」

 

 閃いた、と言わんばかりの顔で語るナタリアを見て、アッシュは小さくため息を溢しながらも口元を緩める。あの皇帝も恐らくこうしてキムラスカが噛んでくる事を見越して、というか期待していたのだろう。でなければこうして私信でナタリアに今回の件を伝えてくる必要など無いはずだ。最近は徐々に表舞台から退き始めたインゴベルト王に代わり、近い内に女王となるナタリアを少しでも為政者として鍛えようとしてくれている。モースといい、どうもお節介な大人が自分達の周りには多いようだとアッシュは笑う。そして目の前ではしゃぐ愛しい妻の髪を乱さないように気を付けながら撫でる。

 

「あ、アッシュ……?」

 

「……成人したと言ってもまだまだ俺達は子どもだな」

 

 突然のことに目を白黒させるナタリア。ほんのりと顔が赤くなっているのはアッシュの見間違いでは無いだろう。彼女が少し幼く思えるのも、周りの大人達に甘えているということなのかもしれない。それを許してくれる周囲に改めて自分達が恵まれていることを実感する。

 

「もう、まだ昼ですのよ。こんな、大胆な……」

 

「おい、なに不埒なこと考えてやがる。そこまでするわけねえだろ!」

 

 暫くは甘えたいナタリアとそうはさせまいとするアッシュの謎の攻防が応接室で繰り広げられることになり、使用人たちは空気を読んで今日一日は部屋に近づかないでおこうと心に決めたのだった。

 

 


 

 

「……お二人とも仲睦まじくやっているようで何よりですね」

 

 ダアトにある一軒の酒場。営業日であったが店主のご厚意で貸し切りとして頂いた店で、私はアルコールの苦みを塗りつぶすような話を同席したルークとアッシュから聞かされていた。

 

「確かに成人したあなた達と酒を酌み交わす日を楽しみにしていましたがね、こうして惚気を延々と聞かされるとは」

 

「なんだよぉ、良いじゃんかよ。こうやって話を聞いてくれるのモースくらいしかいないんだし、久しぶりに会ったんだしよ」

 

 赤みがかった顔で私と肩を組むルーク。彼らとこうして私的に酒席を設けるのは成人の儀以来と言って良い。これまでも度々顔を合わせることはあったが、どうしてもガイやジェイド、ティア達といった他の面々も交えてのことが多く、それ自体は嬉しいことなのだが男だけの場というのも欲しいと考えていたところだったのだ。そんなところに折よくルークとアッシュがダアトを訪れる用があり、それに合わせて店を用意したというのが今日の流れになる。

 

「フン、もう酔ってるのか。情けないな」

 

「なんだよぉ、アッシュも顔赤くなってるくせによぉ」

 

「なってねえ!」

 

 少々呂律が怪しくなり始めたルークが今度はアッシュにしなだれかかる。それを跳ね除けて威嚇するアッシュだが、そう言う彼自身も言葉とは裏腹に酒が回り始めているのか頬に赤みが差している。さして飲んだわけでは無いが、少し強い酒にしたのがまずかっただろうか。

 

「まあ仲が良いのは大変素晴らしいことです。ティアやナタリア殿下からも時折手紙は頂きますが、やはりこうして直接話を聞くのは良いものですね」

 

 酒の席が始まってしばらくは他愛のない話だった。だが二杯、三杯と飲み進めるうちにルークが日々の仕事の愚痴、に見せかけた惚気話を披露し始め、対抗するようにアッシュも話を始めたのだ。微笑ましい思いで最初は聞いていたのだが、そろそろ酒の苦さで誤魔化せない胸やけを感じ始めているところだった。

 カウンターの向こう側でグラスを磨いている店主と苦笑を交換しながらグラスを傾けていると、隣から視線が突き刺さるのを感じた。

 

「でもよぉ、ずっと俺達が喋ってるのは不公平じゃねえか?」

 

「……それもそうだな」

 

 横を見れば、そう言ってジト目を向けてくるルークと少し据わった目のアッシュ。どうやらアッシュも表に出ないだけで中々酔いが回ってきているらしい。

 

「あなた達、さっきまでいがみ合ってたのではなかったのですか」

 

「んなことよりぃ、モースは何かねえのかよぉ?」

 

「俺達から散々聞き出したんだから、お前も何か話してもらわないとな」

 

「いや、あなた達が勝手にずっと喋っていたんじゃないですか……」

 

 などと反論して見るも酔っ払いに理屈は通用しない。気が付けば左手側をルークが、右手側をアッシュが固めて逃げられないようにされてしまっていた。

 

「ほらほらぁ、なんかあんだろぉ? 大詠師と主席総長なんだし、結構一緒にいることが多いって噂になってるぜぇ?」

 

「導師イオンのレプリカ達も今はそれぞれで暮らしているんだろう? 私生活も少しは余裕ができてきたんじゃないのか」

 

「なんと息が合ったコンビネーション……」

 

 なんでもっと早くこうして仲良くなれなかったのですかと言いたくなるが、それをグッと堪える。何か話すようなことはあっただろうか。というかこういった話をすることなど無かったものだから心の中に恥ずかしさが顔をもたげてしまう。

 

 少し口の滑りを良くしようと、私はグラスに残った酒を一気に呷ったのだった。

 

 


 

 

モースの場合

 

 

「……そのようなことがありましてね」

 

 所変わってグランコクマは上流階級御用達の高級バーのカウンターで、私は滅多に口に出来ない上等な酒に舌鼓を打ちながら話していた。

 

「へぇ、あのガキ達もうまくやってるんだね」

 

 そう言って隣でグラスを傾けるのはカンタビレ。ピオニー陛下の発案で譜術研究のための人員交流会を開催した後、普段からお世話になっているカンタビレに何かお返しをせねばとこの店に誘ったのだ。彼女の表情を見るに満足してくれているらしい。

 

「こうしてまた新しい世代が育っていくというのは、嬉しい反面寂しさもありますね」

 

「なんだい、もう枯れたつもりかい? まだまだ大詠師を続けるつもりだろうに」

 

「私や、これまでのローレライ教団の清算が残っていますからね。後進の宿題が少しでも軽くなるように、今しばらくは気張るつもりですよ」

 

 これからのダアトやレプリカ問題、限りある資源となった第七音素(セブンスフォニム)など、一朝一夕には解決できない問題がこの世界には数多くある。それを私の代で全て解決出来るなどと自惚れてはいない。だが、解決に向かう道を少しでも開拓しておくことは出来るはずだ。そのためにもうしばらくは頑張らせて欲しい。

 

「あなたには苦労をかけてばかりですね、カンタビレ」

 

「は、今更なに言ってるのやら。そんな奴だってことはハナから承知だからね。好きにやればいいさ」

 

「いつもそう言ってくれるから、つい甘えてしまいますね」

 

「その何倍も人を甘やかしてんだ。バチが当たることも無いだろうさ」

 

 彼女との打てば響くような会話は心地が良い。ローレライ教団の大詠師と神託の盾騎士団の主席総長として仕事で関わることも増えたのもあるが、たまに時間が空けば食事を共にすることもある。そんな何気ないときに交わす会話が、充実しながらも忙しい日々で疲れた心と身体の癒しになっていることは違いない。

 

「それで、結局はどんなことを話したんだい?」

 

「はい?」

 

「お前がルークとアッシュに語った話さ。何を話したんだい?」

 

「いや、それは……」

 

 唐突に投げ込まれた爆弾に言葉に詰まる。誤魔化すようにグラスに口をつけるが、面白そうに目を細めるカンタビレには私の内心は筒抜けになっているようだ。

 

「ほら、ここには今は私とお前しかいないじゃないか、恥ずかしがることないだろうに」

 

「あなたに聞かれることが私にとっては一番恥ずかしいことなのですが……!」

 

 そう訴えるも、カンタビレの追及は止まらない。

 

「ほーぅ、そんな恥ずかしいことをガキ達に聞かせたってことか」

 

「ぐぬぅ……」

 

 何も言い返せず、グラスを傾けようとして既に空になっていることに気付く。

 

「ま、本当に話したくないって言うなら聞かないがね」

 

 残念だなぁ、と言ってカンタビレは頬杖をつき、私の顔を覗き込む。

 酒のせいかやや赤らんだ顔、猫のように悪戯気な光を宿した瞳、そこに彼女の長い黒髪が数束かかり、少し暗めな照明と相まって普段の竹を割ったようなスッキリとした彼女の姿とは対照的な艶めかしさを生じさせていた。

 それに数瞬目を奪われ、酒のものではない熱さが顔を覆ったことを自覚した私は決まり悪くカウンターに視線を落とす。年甲斐もなく何を考えているのだ、私は。ただ、つくづく私は彼女に敵わないのだということを実感した。

 

「……はぁ、そう言われてしまっては話すしかないではないですか」

 

「おや、案外素直じゃないか」

 

「良いんですよ、あなたの前でくらいは」

 

「……」

 

「おや、どうしました?」

 

「いや……」

 

「珍しく反撃成功、でしょうか?」

 

「……あんまり調子に乗るんじゃないよ」

 

 


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