大詠師の記憶   作:TATAL

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どうして世間は三連休なのにPCを開くことすら出来ない状況なんですか……?(現場猫)


金色と私

 バチカルで過ごす日々は存外穏やかなものだった。もしかすると、ダアトに居る時より仕事が無い分体力的に楽かもしれない。部屋で過ごしながら、時折訪れる人々の相談に乗るくらいしかすることが無いのだから。

 

 しかし、それ故に今まで忙しさを理由に頭の片隅に追いやっていた心配事が頭をもたげ、思考に絡みついてくる。

 

 ライガクイーンはどうなっただろうか。何とか犠牲は少なく終わっただろうか。

 

 タルタロスが襲撃され、やはりルークは初めて自らの手を汚すことになってしまったのだろうか。

 

 導師イオンは六神将に連れられ、ダアト式封咒を解いてしまったのだろうか。身体が弱いあの子が無理をして倒れていなければよいが。

 

 今更になってああすれば良かった、こうした方が上手く行ったのではないかという思いが私から離れてくれることはない。来客があるときは、そこに意識を集中できる分まだマシだが、一人になると途端に身体が重く感じられる程にそれらが圧し掛かってくるのを感じていた。

 

 予定に無い来客があったのはそんなある日のことだった。

 

「まさか、あなた様が訪ねてこられるとは思っておりませんでした、ナタリア殿下」

 

「約束も無しにいきなり訪問したことは謝罪いたしますわ。ですがお父様が何故かお許しにならなかったので、仕方ありませんでしたのよ?」

 

 私の前に座り、そう言ってイタズラに成功した子どものような無邪気な表情を覗かせた少女。肩口までの金髪に、エメラルド色の瞳は明るく輝いており、本人の気質をよく反映している。白と青を基調にした肩口のフリルが特徴的なワンピースは彼女の活発さと清楚な性質を表しているといえる。もちろん、父親であるインゴベルト陛下に黙って私に会いに来るなどという無鉄砲さも彼女の気質の一つである。

 

「陛下のお許しもないということは内密に来られたのですか? これでは後で私が怒られてしまいますな」

 

「大丈夫ですわ。扉の前にいた見張りにはよく言って聞かせましたし、ローレライ教団の大詠師様に年頃の娘の悩みを聞いていただくだけですもの、何も問題はありませんわ」

 

 手を口に当てて笑うその姿はお転婆姫の名に違わない。そしてそんな娘の口撃にあの子煩悩な陛下はあっさりと丸め込まれてしまうことだろうというのも、容易に想像が出来た。

 

「にしても、妙なことですわね。いつもならこうして私がモースと会うことにお父様が何か仰ることなどないはずですのに、何故今回に限って」

 

「陛下にもお考えがあるのですよ。ナタリア殿下もそうであるように」

 

「……そういうものなんですのね。それでも、私にも諦められないものがありますのよ」

 

「ルーク様の記憶のことですね……」

 

 私の言葉に、先ほどまでの快活な笑顔が鳴りを潜め、ナタリアは表情を強張らせた。

 

「何度も言っていますもの、お見通しですわね。その通りですわ」

 

「そして私もこれまでと同じ答えしか返せないのですよ。ルーク様の記憶が戻るという預言(スコア)は詠まれておりません」

 

 そう言うと彼女は肩を落とし、顔を俯かせてしまった。そもそも、ルーク(レプリカ)に戻る記憶などあるはずがないのだから。彼女と大切な約束を交わした男は、神託の盾騎士団でアッシュと名乗っている男だ。そしてそれを伝えることは私には出来ない。

 

「申し訳ありません、ナタリア殿下」

 

「いえ、気にすることはありませんわ。ここで適当なことを言って私のご機嫌を取ろうとしないことだけでも、あなたが私に誠実であろうとしていることは通じていますもの」

 

 そうは言うものの、彼女からは落胆の色が濃く見られた。それほど、彼女にとってアッシュとの約束は大切なものなのだ。それは記憶の中で、アッシュが想い人だと分かった後にガイに投げかけた言葉にも現れている。

 

「……本物のルークはここにいる、か」

 

「? 何か言いまして?」

 

「いえ、何も」

 

 思わず、私の口からぽつりと漏れたその呟きはどうやら彼女の耳には入らなかったようだ。気づかず自身の思考に深く沈んでしまっていた。

 

「ナタリア殿下。私にはナタリア殿下とルーク様の交わされた約束の重みなど分かるはずがありません。ですが、その約束は預言(スコア)に縋ってでも取り戻したいものなのでしょうか」

 

「……どういう意味ですの?」

 

 彼女の目に剣呑な光が宿った。言い方がまずかったか。しかしこれは聞いておくべきことだと私は考えていた。

 

「何も知らぬ老いぼれの戯言でしかありませんが、私にはナタリア殿下が余りにもその約束に囚われ過ぎているようにも見えるのです。まるで、その約束を覚えていないルーク様をルーク様と認めていらっしゃらないように」

 

「なっ! そんなわけが……」

 

「ない、とは言い切れぬでしょう?」

 

 言葉よりも、大きく見開かれたエメラルド色の瞳が雄弁に物語っていた。少なくとも今の彼女はかつての約束の影を追い続け、視野を狭めてしまっているようだ。彼女の肩に力が入ったかと思えば、力なく落ちた。

 

「……だとしたら、何ですの。でも、私にはあの約束が全てでしたの。王宮に味方がいないとき、ルークだけがずっと味方でいてくれましたわ。心無い使用人の陰口に傷ついていた私を慰めてくれました」

 

 ぽつりと呟くその姿は、年齢以上に彼女を幼く見せた。まるで、アッシュと約束を交わした頃に戻ってしまったかのようだ。

 

 彼女のその輝くような金髪は、キムラスカ王家ではおよそ考えられない髪色であった。王家に連なる人間は燃えるような赤髪を特徴とする。アッシュやルーク、クリムゾンしかり、若かりし頃のインゴベルト陛下も赤い髪色をしていた。それに対し、ナタリアは金色の髪。その血筋を疑う人間が当時の王宮に溢れかえった。その疑いは当たってはいるのだが、ナタリアの真の母親はその頃には自ら命を絶ち、王宮お抱えの医者たちは揃って口を閉ざした。疑いは疑いのまま、幼いナタリアの周りで渦巻いてしまったのだ。

 

 幼くとも聡いナタリアはそれを敏感に感じ取ってしまった。インゴベルト陛下が惜しみない愛情を注いでも尚、それは傷となってナタリアを蝕んでしまった。

 

「もちろん、モースもダアトから来る度に相談に乗ってくれたのは感謝しておりますわ。そうですわね、確かにあなたにも私は助けられていましたわね」

 

 かつてのナタリアの状況を見て見ぬふりをしていられなかった私はバチカルを訪れるたびにナタリアと話をしていた。私と話している間は、口さがないものの目と口を気にする必要がなくなる。また、仮にもローレライ教団の幹部と話しているという事実が重要になる。ローレライ教団としてはナタリアを王女として認めているということを暗に示しているからだ。彼女の抱える悩みは、幼いアッシュだけでは支えられただろうか。インゴベルト陛下以外にも、彼女が信頼できる大人が一人くらいいても良いのではと感じてしまったのだ。

 

 結局、その信頼を裏切らなければならないと分かっていたとしてもだ。そのときには他にも信頼できる人が彼女の周りにもいることが救いだ。

 

「懐かしいですな。功績でもって周囲に認めさせるというあなたの考えに余計な口を度々挟んだものでした」

 

「ですがそれがあったからこそ周りとの軋轢も少なくなったと今では理解していますわ」

 

「とはいえ、それでもルーク様との約束が殿下の心の多くを占めているのでしょう。それを責めるつもりもありません。ですが、それだけではない。今のあなたの周りにはかつて約束を交わしたルーク様だけではなく、あなたを信頼し、あなたを支えようとするものもいるということを覚えていて欲しいのですよ。そして今のルーク様を、記憶を失くしてしまったルーク様を見守る余裕を思い出して欲しいのです。思い出せなくて辛いのは他ならぬルーク様でしょう」

 

「そう、ですわね。一人だけ全ての記憶を失って、屋敷にも閉じ込められたままですもの……。婚約者である私がもっと寄り添うべきでしたわ」

 

「ルーク様は陛下の命を受けたヴァンがきっと連れ帰ることでしょう」

 

 力なく目を伏せた彼女に言い聞かせるように言葉を重ねる。かつてもこのように話したことが何度もあった。幼い彼女の自信なさげに揺れる瞳を前にしては、私はどうにも冷たく突き放す気持ちが湧かなくなってしまったのだ。例え未来で裏切るのだとしても、一時の慰めくらいにはなれると思ってしまった。

 

 記憶の中の私よ、見ているだろうか。お前が王家の血筋ではないと暴露し、陛下に処刑を迫った娘は、周りに味方がいない中で、死に物狂いで足掻き、民からの信頼を獲得するに至った。だが、その内側には常に年相応の柔らかい心が隠れている。そんな心を荒々しく踏み躙ったのが私だ。

 

 碌な死に方はすまいよ。

 

 


 

 

「モースについて、ですか?」

 

 日が沈んでからそれなりの時間が経ち、すっかり夜も更けた宿屋の一室。そこではローレライ教団の最高指導者である導師イオンと導師守護役(フォンマスターガーディアン)であるアニス、そしてマルクト軍人であるジェイドの三人が密かに机を囲んでいた。

 

「ええ、マルクトの、それもピオニー陛下の傍にいるとどうしてもローレライ教団との繋がりが薄くなってしまいますからね。かの教団の実権を握る大詠師モースとはどういう人物かを聞いておきたく思いまして」

 

 首を傾げて聞き返した導師イオンに対して、紅瞳の男はいつもの涼やかな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「モースには身体が弱い僕に代わって教団の実運営を全て任せてしまっていますからね、頭が上がりません」

 

「おや、彼に軟禁されていたのではなかったので?」

 

 微かに微笑みながら発されたイオンの言葉に、ジェイドは片眉を上げて聞き返す。ダアトで軟禁されているところをアニスと脱出し、ジェイド率いるマルクト軍と合流した経緯を鑑みれば、イオンの態度はジェイドの目には奇妙に映る。

 

「それは何か事情があるんじゃないかってアニスも考えてるんですよねぇ。モース様ってばいつもはイオン様に気を遣い過ぎるくらいなのに」

 

「そうですね。僕もそう思います。人目のあるところでは導師派と大詠師派という派閥の問題から仲良くは出来ませんが、個人的にはモースとは仲良くしていましたからね。軟禁に関しては何か意図があったのだと信じていますよ。ですから大詠師派が戦争を求めていたとしても彼個人はそんなことないと僕は信じていますよ」

 

「よっぽど信頼されているんですねぇ、私も部下からそう思われたいものですよ」

 

 アニスとイオンの言葉に、ジェイドは肩を竦めておどけてみせた。しかし、その内心ではモースという男を測りかねていた。

 

 ダアトの一般民衆の前では自ら奉仕活動にも参加する模範的な信徒であり、教団幹部。

 

 ピオニーの前ではローレライ教団の実権を握るものとしての強かな政治家。

 

 導師イオンやアニスの前では子どもたちに信頼される大人。

 

 人間がたった一つの側面で説明し切れるものではないことはジェイドとて理解している。しかし、そのどれかの姿にはその人物の本質が隠れているはずだ。だとすると大詠師モースの本質とは一体どれなのだろうか。

 

 教団の幹部か、政治家か、素朴な大人か。

 

「大佐も一度話してみれば分かりますよ~」

 

「そうですね、二人がどんな話をするのかは気になります」

 

「機会があれば是非ともお話ししてみたいものですねぇ」

 

 無邪気に笑う二人に対し、ジェイドはいつものような薄い笑みで応えるのだった。

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