基本的に一話一ネタですが、今回のネタは3~4話構成とする予定です
「惑星譜術、ですか」
久方振りにダアトで顔を合わせたジェイドから聞かされた単語を繰り返す。
「ええ、古文書に記載されていた古い術です。扱いは難しいですが、強力な術なので個人的な興味もあって調べているところなのですよ」
正面に立つジェイドが相も変わらず内心の読めない笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。彼の説明を後押しするように後ろに控えていたルークが見せてくれたものは、鍔元から二股に別れた赤黒い剣。クワガタの顎のように微かに開いては閉じてを繰り返しているそれは、剣というよりはおどろおどろしい魔物の死骸の一部と言われても納得できる様相を呈していた。
「シェリダンでアルビオールを借りるためにギンジを助けた際、対峙した魔物に突き刺さっていたものです。第一音素を集める触媒のようで、これもどうやら惑星譜術に関わるものらしいのですよ」
顔を引き攣らせていた私にジェイドがフォローするように説明を重ねる。なるほど、彼の求めるものに辿り着くための鍵ということらしい。
「これが第一音素の集約を担うということは第二から第六音素までを担う触媒も存在しているということですね?」
確かめるように口にしながら、ふと私の脳裏に過るものがあった。それは導師イオンの前任。導師エベノスの頃だ。エベノスは学者肌の人物であり、特に創世歴時代の古文書解読に心血を注いでいたように思う。過去に詠師と共に研究を進めていたはずだが。
「そうです。私の師、ネビリムが過去にここで研究していたと詠師トリトハイムから聞きました」
「ネビリム。確かにそのような名でしたね」
そうだ、ネビリムという人物だった。前導師エベノスの死去と共に詠師を辞して故郷に帰ったと聞いていたが、なるほどジェイドの師だったとは。
「ここにネビリムの研究資料が残されていれば見せていただけませんか?」
そう言うジェイドの顔を改めて見つめれば、彼の内心が少しだけ垣間見えたような気がした。もちろん惑星譜術に対する興味もあるのだろう。だがその一方で、師の研究に、遺したものに触れたいという思いもあって、彼にしては珍しく積極的に動いているということなのかもしれない。私は顎に手をやって記憶を遡る。過去の詠師達が進めていた研究等の資料は基本的にはダアトに保管されているはずだ。もちろん許可無く持ち出すことは出来ないが、そこは私が許可を出せば問題ない。そもそも前導師エベノスほどの知識とそれについていけていたネビリムの研究成果を読み解けるような人物は今のダアトにはほぼいないだろう。
そこまで考えて私はジェイドに資料の持ち出しを許可した。最終的に返却することおよびジェイドがネビリムの資料から得た成果も資料としてダアトに還元してくれるという条件は付けさせてもらったが。
なるほど、確かに今までの教団員の中には各々自身の専門領域の研究を行なうものもいた。ベルケンドやシェリダンに留学していたものもいる。彼らの知識、経験をこのまま死蔵し続けるのも考えものだ。例えば専門家達から講義を受けられる教育機関というものがあっても良いかもしれない。ダアトにはその雛型が既に存在していると言って良いし、キムラスカもマルクトも一部貴族階級や高級将校にしかその類いの教育を施せていない現状、今後のダアトが二国に渡り合う上で知識、教育という観点は良いかもしれない。
他の触媒武器を捜索するというルーク達を見送った私は、頭の中に浮かんだダアトの学園都市化というアイデアを頭の中でこねくりまわしながら資料室の中をぼんやりと歩き回っていた。そしてジェイドに渡したネビリムの研究資料が納められていた辺りでふと思い立つ。
「そういえば、ディストはネビリムが教団員であったことも、研究をしていたことも知っているはず......」
幼馴染みと恩師に並々ならぬ執着を持っていた男なのだから。当然ネビリムの研究も目にしていたはずだ。彼ならばジェイドの探索に有用な知見を有しているかもしれない。そう考えた私は手早くことの次第をまとめると、ベルケンドで研究に没頭しているであろうディストへと伝書鳩を飛ばした。
「ネビリム先生の研究について、とは.....」
手紙を受け取ったディストの反応は素早かった。それから数日と経たないうちにベルケンドからダアトに舞い戻り、私の執務室を訪ねに来たのだから。
「ええ、あなたは過去に彼女の研究成果に目を通していると思ったのですが。違いましたか?」
「いいえ、合っていますよ。何ならここに来てすぐに読み漁りました」
私の問いに答えたディストは、しかしどこか浮かない表情のままため息をこぼした。
「どうしたのです? あなたの師のことですし、嬉々として語るものかと思っていましたが」
「本当ならばそうすべきなのですがね。そうするわけにはいかない事情があるのですよ。過去の私の愚かな行為のためにね」
「愚かな行為......?」
首をかしげる私にディストは少しの間沈黙を貫く。余人に聞かせられない事情であると察した私は、一言も発さずに後ろに控えてくれていたハイマン君に合図して部屋を出てもらう。彼はそのまま扉の前で誰も部屋に入らぬよう番をしてくれるだろう。私は執務机を離れ、扉から離れた位置にある応接用のソファへとディストを誘う。
「お気遣い感謝しますよ」
「誰しも人に聞かれたくないことを三つ四つと抱えているものです。仕事柄そうしたお話を聞くことも多いですからね。いやに察しが良くなってしまいました」
ハイマン君が部屋を出る前に用意してくれたお茶と茶菓子をテーブルに並べる。菓子に手をつけることは無かったが、カップに口をつけたディストは心なしか表情を緩めた。
「私がネビリム先生のレプリカを復活させようとしていたことはご存知でしょう」
「していた、というのは初耳ですが。今も復活を望んでいるのでは?」
「ハッ、そこで直ぐ様否定しないあたり、あなたもマッドの気質がありますねぇ」
聞き返した私にディストがからかうような眼差しを向けてくる。
「レプリカやフォミクリーを否定する気も、その資格も私にはありませんよ。この私こそがフォミクリーを利用した人間なのですから。可能であれば止まって欲しいとは思います。我欲を貫いた先にあるものが悲惨な結果しかもたらさないことを私は知っていますからね。あなたに同じ思いをして欲しくはありません」
「相変わらず優しいのかそうでないのか......。私は今はもうネビリム先生に固執する気はありませんよ。良くも悪くも、レプリカの研究は進みすぎてしまった。避けることが出来ない結果から目を逸らせないほどに」
そう言ってディストは訥々と語り始めた。フォミクリーについてジェイドとの協同研究を進め、そこで得られたデータを利用して自身の目的であるネビリム復活のための研究も独自に進めていた彼だが、どうしても解決できない問題が残り続けていた。
それはレプリカの持つ強烈な破壊衝動。ネビリムのレプリカはルークとは異なり、第七音素以外の音素を用いて作られたものだ。幼き天才であったジェイドが開発した初期のフォミクリーは第七音素を用いないものであったためである。そして、無機物の複製であれば問題とならなかったであろうものが先に述べたレプリカの破壊衝動。
構成音素のバランスが悪いのか、基となったレプリカ情報に何らかの欠落があったのか、あるいはまた何か別の問題か、レプリカとして蘇ったジェイド達の師ネビリムは、他者に対する凶暴性が極めて高く、その強大な力で周囲を全て破壊し尽くすようになってしまったのだ。
この問題を解決し、温厚で優しいかつての師を取り戻そうと、ディストはフォミクリー研究にのめり込んでいたのである。
「ですがね、研究を続ければ続けるほど、ジェイドの理論は完璧だということが分かってしまったんですよ」
それはつまり、ディストがどれだけ手を尽くそうとレプリカネビリムの凶暴性を抑える術が見つからなかったことを示している。
「生体に直接作用する第七音素だからうまくいったのかもしれません。少なくとも他の音素を基盤にして成り立つ生体レプリカは皆凶暴性を増すことになりました。どうしても解決出来なかった。だから、諦めるしかないんです」
過去のディストはジェイドによって生み出され、ケテルブルクに災害と呼ぶべき破壊をもたらした後、ロニール雪山の奥深くに身を潜めていたレプリカネビリムを発見すると、破壊衝動によって残酷さを増した彼女を言葉巧みに誘導したのだと言う。
「かつてネビリム先生が研究していた惑星譜術の譜陣と触媒武器、それが完成したときに陣の中心にいればその巨大な力を意のままに振るうことが出来る。そう言って彼女をロニール雪山に封印したのですよ。いずれ惑星譜術を完成させた誰かによって莫大な音素を供給され、完全な形であれが復活出来るように」
「では、ジェイド達が惑星譜術を追えば」
「対峙することになるでしょうね。より力を増した彼女と」
ディストはそう言って再びカップに口を付ける。
「彼らに知らせても構いませんが、封印は強固です。ネビリム先生が施した惑星譜術の陣と重ねるように構築したもので、惑星譜術そのものが鍵となって開くようになっています。生半可な術では吹き飛ばすことは叶いません」
「そういうことでしたら先んじて破壊するということも不可能ですか」
「ええ、過去の私がそれはもう周到に用意したものですからね。それこそ私自身でも解けない。ホント、我ながらこの頭脳が疎ましいですねぇ」
力無く笑みを浮かべたディスト。その微笑みは自身を嘲るもので、
「......あなたらしくないですね、そのような自嘲は」
「これもあなたの癖が移ったんですよ、モース」
ここで彼を責めることは容易い。彼の所業はどこまでも利己的で、多くの犠牲が出る可能性を容認しているものだ。だが、私には彼を責める気はなかった。既にこの上なく自身の行いを悔いている人間に、これ以上の追い討ちは必要ない。必要なのは、
「そう自分を責め続けるものでは無いでしょう」
「お優しいですね、大詠師サマは」
「私程度の言葉が慰めにはならないことなど百も承知です」
そう言って私はソファを立つと、ディストの隣に腰かける。
「ですので、今から私がすることはただの大きなお世話、余計なお節介でしかありません」
そのままディストの肩に手を乗せ、自身の方へと引き寄せる。彼の細い身体はあっさりと倒れ、白い髪に覆われた頭が私の胸にポスリと収まった。
「今まで良く頑張りました。あなたは十分悔いたでしょう。あなたの望みはジェイドや、その他多くの人間にとって受け入れられるものではなかったでしょう。それでもそのひたむきな想いは否定しませんよ。あなたはその重ねた研鑽を以て私や導師イオン、ルーク達を助けてくれました。大丈夫、あなたが変わりたいと思うのなら、私達は皆味方ですから」
「......これは私がケジメをつけなくてはいけない問題です」
「ルーク達と話しましょう。あなただけで抱える必要はありませんよ」
「私の愚行で、ジェイドが苦しむとしても? 再び師を手にかけさせるしかないとしてもですか?」
「だとしても、あなただけが手を汚す必要は無いでしょう。いくら天才といえど、あんまり抱え込むと疲れてしまうんですから。少しは周りに頼りなさい」
「......本当に、お節介な大詠師サマですねぇ」
それからしばらく、私は何も言わずディストの背を撫で続けた。稀代の天才譜業士ではなく、ただの少年だと思わせるように小刻みに身体を震わせ、かつての師の名を何度も呼ぶ声を、私は聞こえないフリをした。