大詠師の記憶   作:TATAL

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番外編なので時系列は曖昧です


惑星譜術と私 2

「なるほど、惑星譜術そのものがレプリカ・ネビリム復活の鍵になっていると」

 

「ええ、ここまで触媒武器を集めて頂いた頃に言うのも気が引けましたが、不意打ちになってしまうよりは良いかと」

 

一通りの触媒武器を揃え、後はネビリムの研究資料の解読を残すのみとなったところで、私達は惑星譜術の譜陣があると目されているロニール雪山を前にケテルブルクに滞在していた。知事であり、ジェイドの妹でもあるネフリーの好意で最高級のホテルに滞在させてもらいながら、ジェイドは日夜資料の解読に勤しんでいた。そんな彼を皆が寝静まった夜更けに呼び出し、ディストから聞いた話を伝えてみれば、彼のグラスを包む手に力が入る。

 

「あのおバカは余計なことしかしませんね。いくら幼い頃とはいえ、私が見限った理論を覆せるわけが無いでしょうに」

 

「例えそうだとしても、ディストは諦めなかったでしょう。それが彼にとっては何を犠牲にしてでも成し遂げたいことだったのですから」

 

「だとすると、あれが諦めたのは私にとっては驚きでしかありません。一体どんな魔法を使ってあれを諦めさせたんです?」

 

探るような視線のジェイドに私は頭を振って否定の意を示す。

 

「私は何もしていませんよ。ディストが大人になった、ただそれだけのことです」

 

「......そういうことにしておきましょうか」

 

事実を伝えただけなのに、ジェイドはどこか含みのある口振りで呟くとグラスを傾けた。私もそれに合わせて口を湿らせる。ルーク達の旅に同行するようになって、いつの間にか町に宿を取れたときはこうしてジェイドと酌み交わすのが日課となった。最初は互いのことを話すことが多かったがそのネタも尽き、最近は旅であったことや、それも話し終えれば黙って酒を飲みながらただ時間が過ぎるに任せることも増えた。といってもそれが互いに苦痛だとか、退屈ということはなく、パーティの中でどうしても年長者として振る舞い、それ故に日頃から良くも悪くもルーク達のように自然体になれることが少ない私達にとっては居心地の良い一時だった。

ただ、今はそうしたゆったりとした沈黙にはならなかった。ジェイドの曇った表情を見れば、何か言いたいことはあれどそれを表す言葉が見つからない、といったところだろうか。

 

「焦りですか?」

 

ジェイドが何を言わんとしているかは分からないが、その表情から私が読み取れたものをそのまま口にする。私の言葉を受け取ったジェイドは驚いたように一瞬目を見開くと、やがて納得したように頷いた。

 

「この胸の内にある気持ちの悪いモヤモヤをどう言ったものかと思いましたが。焦り、ですか。確かにそうかもしれませんね」

 

「ディストがあなたよりも一歩先を行った、とでも思いましたか?」

 

この天才は、人並みの情緒というものが生来欠けている。親友たるマルクト皇帝や妹の尽力もあって一見すると穏やかな人柄を装ってはいるが、全てを計算し尽くした冷徹な譜業を心の中に隠している。それがルーク達との旅の途上で温かな人としての情動を育ててきており、それ故に自身の中の冷たさを自覚する度にこうして迷ったような表情をするようになった。

 

「一歩、どころではありませんよ。私は未だにあの時のままではないかと思っています。何の疑いもなく、ネビリム先生をレプリカとして甦らせようとした恥知らずな子どものままだと。現に私はサフィールがレプリカ・ネビリムを惑星譜術の譜陣に封印していると聞いても尚、一研究者として惑星譜術への興味を抑えられずにいる。今の私なら、レプリカ・ネビリムもなんとか出来るなどと傲慢にも考えている自分が、心のどこかにいるのですよ」

 

そう自分を評するジェイドの顔は、他ならぬ自身の言葉に耐え難い痛みを感じているようだった。彼が幼馴染みをかつての名で呼ぶ時は。こうして自分を貶めるときか酔いが回っているときだ。今回はそのどちらも、だろうか。

 

「ディストにも言われましたが、自嘲する癖は私のものが移ったのだとすれば私は普段の自身の言動をもう少し見直すべきなのかもしれませんね」

 

ディストもそうだったが、この天才達はどうにも人間的に成長したのは良いが打たれ弱くなりすぎではないだろうか。私はこの二人に然程大きな影響を与えてなどいないと思っているのだが、これが私の責任だとするなら私が言った通り、もう少し自分の普段の言動を客観的に見直す必要がありそうだ。私は空になったジェイドのグラスを彼の手から引き抜くと、水を注いだコップを代わりに手渡した。

 

「まずは水を飲んで落ち着きなさい。酒が少々回っているようですから」

 

「......ええ、そのようです」

 

ジェイドが素直にコップを空けたのを見て、私は手元の水差しから水を注ぐ。もう二、三杯は水を飲んで落ち着かせたいところだ。

 

「あなたは一人の研究者としてとても偉大です。幼少期にフォミクリー理論を考え出し、その若さで体系化している。その上それだけの功績に驕るどころか、自身を戒めるだけの自制心も持っているではないですか。いい加減自分を痛め付けるのはお止めなさい。見ているこちらが痛ましいだけです」

 

「あなたがそれを言いますか」

 

「ええ、ええ。他ならぬ私が言えたことでは無いのは百も承知です。ですが、こんなところで傷の舐め合いをしてもどうしようもないではないですか。それに惑星譜術をこのまま放置しておくことも出来ないのは事実でしょう?」

 

「それも、そうですが」

 

ジェイドが例えいくら躊躇ったとしても、惑星譜術を放置しておくことは危険極まりないのだ。将来、ジェイドやディストに比肩する天才が現れたとして、その人物が研究欲以上の何かを以て惑星譜術を行使したとき、あるいは惑星譜術を正しく制御できなかった場合、その被害を食い止められる者がいるとは限らないのだから。そうなる前に惑星譜術そのものを行使出来ないように譜陣ないしは触媒武器を用をなさないようにしてしまう必要がある。その為にも、ジェイドやディストによる惑星譜術の解析は必要になる。その過程で強大な力を持つ存在を復活させてしまうのだとしても。

 

「私は将来現れるあなた達と肩を並べるであろう天才が惑星譜術とそれにまつわる因縁を正しく処理してくれる、だなんて楽観的な予測はしていませんよ。何なら、あなた達二人以上に研究者として信用できる者は今後現れないと言っても良いでしょう」

 

「随分と高く買っていただいたものですね」

 

「当然です。私は立場柄人を見る目には多少自負があるのですよ。私が友と呼ぶべき人物は早々に間違いを犯したりはしません」

 

自分で言っていて恥ずかしくなるが、敢えて胸を張って言い切る。ジェイドやディストのようにずば抜けた才を持つ人間にとって周囲は等しく自身より劣った者だ。そんな人間にとって自分が拠り所としていたものが頼りなく思えたときというのは、他に頼るべきものが手元に無く、予想以上に心細く不安定になってしまう。私のような凡人であれば、自身の内だけでなく、周囲の人間にもたれ掛かることが出来るようなことでも、彼らにとってはそれが途方もなく難しいことになる。経験が無いゆえに、自身の柔らかい部分を晒すことを極端におそれるのだ。

だからこそ、無条件に味方だと言葉と態度で示す。少なくとも、ジェイドにとって私は取るに足らない有象無象というわけでは無くなっているのだ。であれば頼れるものの少ない天才の添え木になることも出来るだろう。

 

「恥ずかしいことをよく臆面もなく言えますね」

 

「恥ずかしくともこうして口に出さねば伝わらないでしょう?」

 

呆れたように笑うジェイドに釣られて私も笑ってしまう。今さらになって恥ずかしさで顔が熱くなってくる。何を良い歳をして少年のような小っ恥ずかしいことを言っているのか。こんな台詞が似合うのはルークのような好青年だと言うのに。

 

「なるほど、こんなことを日頃から言われていたのなら、あのディストが墜ちたのも納得がいくというものです」

 

「人を悪魔か何かのように言うのは止めてくれませんか」

 

「悪魔より質が悪いですよ。殊勝にもちょっと反省していたのに、こうして私のような冷血人間を立ち直らせてしまうのですから」

 

「本当の冷血人間は自分をそうだとは気づけないものですがね」

 

私は肩を竦めて水をぐいっと呷る。これで少しは顔の熱も引いただろう。コップをテーブルに置けば、琥珀色の液体が並々と注がれたグラスが私の目の前に置かれた。

 

「酔いが醒めてしまいました。もう少し付き合っていただいても?」

 

「醒ましたのですよ。そうしないとまたネガティブモードになってしまうじゃないですか」

 

「そうなっても心強い大詠師サマが励ましてくれるでしょう?」

 

「何を甘えたことを。少しはあなたも心を強くなさい」

 

楽しげに言うジェイドにため息を溢しながら、それでもグラスを受け取らないという選択肢は無かった。二人してチビりと酒を口に含み、僅かな沈黙の後、どちらからともなく肩を震わせて笑う。

 

「まったく、良い歳して何をしているのでしょうね、私達は」

 

「本当に。酒が入ると後ろ向きになるのはあなたの悪い癖ですよ、ジェイド」

 

「ではそうならないように普段からあなたも卑屈にならないようにしてください。子どもは大人の背を見て育つのですから」

 

「何が子どもですか。自分で良い歳だなんて言っておいて」

 

舌の根どころか口先も乾かぬ間にころころと言っていることを変えるジェイドを窘める。こうしてからかうことが減るのならもう少し凹んだままにしておいても良かったかもしれない。

 

「モース、私は惑星譜術を、ネビリム先生が探求していた成果をこの目で見てみたい」

 

「......はい」

 

「同時に、かつて犯した過ちを、私が始め、ディストが紡いでしまった間違いをここで精算したい」

 

「......そうですか」

 

「助けて、いただいても良いでしょうか?」

 

そう言ってこちらを見つめるジェイドの視線には僅かな不安の色が混じっていた。今さら何を不安に思っているのか、事ここに至って私が何かを躊躇うとでも思っているのだとしたら、この男には先ほど私が言ったことを復唱させてやらなければならないだろう。

 

「それを言うのは私だけにでは無いでしょうに。それに、友人を助けないほど冷たい人間と思われているのだとすれば心外です」

 

「これは失敬。では、ルーク達の説得を一緒にお願いしますね?」

 

「はいはい。とはいえ、あの子達もあっさり協力してくれると思いますがね」

 

私の言った通り、翌日になってジェイドがルーク達に事情を説明すれば、彼らは二つ返事でジェイドに協力することを快諾してくれたのだった。

 

 


 

 

ルーク達の協力を取り付けた後は話は早い。私達は一旦ダアトへと戻ると、ソワソワと落ち着かなさそうに資料を漁っていたディストを捕まえ、さらにグランコクマへと飛んだ。この話はジェイドとディストだけではない、二人の幼馴染みであるピオニー皇帝も関係者なのだから。彼にも事情を説明するのは当然のことだった。

 

「ほう、先生のレプリカがロニール雪山に」

 

「ええ、ですから私とディストで因縁に決着をつけに行こうかと」

 

ジェイドの報告を聞いたピオニー陛下は面白そうに目を細め、顎を撫でた。

 

「少し見ない間に随分と仲良くなりやがって、それにそんな殊勝なことを言い出すとは。お前らいつからレプリカに入れ替わったんだ?」

 

「私とディストのレプリカだなんてゾッとしませんよ。止めてください」

 

「レプリカだとしても私達のエクセレントな頭脳は真似出来ませんがね! ハァーハッハッハ!」

 

「ったく、幼馴染みを放って成長しやがって。それで、一応聞いておくが俺にこれを報告した理由は?」

 

「ケジメですよ。かつて同じ師に学び、共に育った幼馴染みとして私達が皆が関わっておくものだと、お節介なことを言う大人がいましたから」

 

ピオニー陛下の問いに答えたジェイドが私に視線を投げ掛ける。それに釣られてこちらを見たピオニー陛下の目がまた面白い玩具を見つけたように輝くのを見て、私はため息を吐きたくなるのを懸命に我慢した。

 

「ほほう! 成る程成る程、我がマルクトの頭脳を改心させた特別外部顧問サマの力ってわけか」

 

「ちょっと待ってください。何ですかその不穏な肩書きは」

 

聞き捨てならないこと仰らなかったか、この破天荒皇帝は。

 

「不穏? 失敬な。こうしてマルクトに献身的なお前の功を認めて我がマルクト軍の特別顧問としてのポストを用意しているだけだ」

 

「凄まじい外交問題になることをあっさりと仰らないで頂けますか?!」

 

他国の、それも権力者を自国軍の重要ポストに引き抜こうとするなんて何を考えているのか。流石にこれには黙っていられなかったのか、キムラスカ王女であるナタリアがピオニー陛下の前に進み出て反論する。

 

「ピオニー陛下、我が国の人間を勝手に引き抜こうとするのは如何なものかと思いますわ!」

 

「ナタリア殿下、しれっと私をキムラスカ国民にするのは何故でしょう?」

 

どうやら酒も飲んでいないのに酔っぱらっているのがこの場に二人もいるようだ。私は助けを求めるようにルーク達を見回すが、皆あらぬ方向を向いて視線を合わせようとしない。関わると面倒だと素知らぬフリを決め込んでしまっていた。結局、導師イオンの多分に私情を含んだ一喝でこの場は一応の終息を見せたのだった。

 

そうしてピオニー陛下に事情を説明した後、事の顛末をこの目で見届けると言って半ば強引に同行してきた彼を伴って私達はケテルブルクに再び戻り、ジェイドの妹であるネフリーと対面していた。

 

「そう、ネビリム先生を......」

 

「随分と今更な罪滅ぼしですがね」

 

「散々待たせてしまいましたし、今頃カンカンに怒っていそうですねぇ」

 

ディストが茶化すと、ピオニー陛下が容赦ない拳を彼の脇腹に突き立てた。皇帝とは思えないくらいに鋭い拳だ。そして分かっていたことだが、幼馴染み達の力関係が今の一瞬でよく分かった。

 

「兄さん、兄さんはもう大丈夫、なのよね?」

 

「ええ、私は私のすべきことを。私の罪と正面から向かい合うときが来ました」

 

ここで逃げてはカッコつきませんからね。と言って何でもないことのように笑うジェイドを、彼とそっくりな顔立ちをしたネフリーが眼鏡の奥の瞳をわずかに潤ませて見つめる。

 

「そう、それじゃあ先生を解放してあげて、兄さん。そして、兄さんも解放されて欲しい」

 

「ネフリー......」

 

「凡人の私じゃ、兄さんの考えてることなんて分からないわ。でも、今日までずっと悔やみ続けてきたんでしょう? それなら、もう許されても良いんじゃないかって、私も思うわ」

 

ハッと息を呑むジェイドに、ネフリーは優しく微笑む。自らを凡人と称するが、生半可な人間がこの鬼才とも呼ぶべき人間を肉親に持ってここまで真っ当に育つことが出来るだろうか。ケテルブルクの知事という重役を担う彼女も、ジェイドとはまた違った意味で才覚溢れる女性には違いない。

 

「それと、サフィールにはもう少し優しくしてあげてね?」

 

「まったくです。ジェイドもピオニーもこの私の有り難みをもう少し感じてもバチは当たらないですよ!」

 

「ふむ、キムラスカとの外交以上に難しいことを要求されちまったな、ジェイド?」

 

「私は既にかなり優しく接しているのでこれ以上となると想像がつきませんねぇ」

 

「二人とも本気で言ってます?」

 

ネフリーの要求に腕を組んで難しい顔をするピオニー陛下とジェイド、そんな二人をジト目で睨むディスト。四人の幼馴染みがかつてどのように交流を重ねていたのかがよく分かるやり取りだ。私には彼らが子どもの頃の姿に映って見えた。ピオニー陛下とジェイドがディストを雑に扱い、ネフリーがそれを庇い、ディストが騒ぐ。かつて道を違えた故に失ってしまったその日常を、今まさにこの四人は取り戻したのかもしれない。その証拠に何だかんだと良いながらも四人とも楽しそうに穏やかな笑みを浮かべているのだから。




今回の話をふと見返してみてこの大詠師が女性だったら道を踏み外す人間が何人かいそうだな、と感じました。
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