ケテルブルクとロニール雪山があるシルバーナ大陸。年間通して雪に埋もれているその大陸を更に北に進めば、そこは年中吹雪が吹き荒れる極限環境だ。周囲を山々に囲まれ、人どころか獣すら容易に入り込めないような場所に、ネビリムが遺した惑星譜術の譜陣があるとディストは言った。
「凄い吹雪だな……前が全く見えないぞ」
「アルビオールを強化してもらっていなければこの吹雪を突破することも出来ませんでした」
アルビオールの窓から真っ白に染まる外を見てガイが声を漏らす。操縦を担当したノエルも視界がほぼゼロの状態かつ吹雪に機体が煽られ続けた中で着陸したためか、すっかり疲れ切った様子で呟いた。
私も窓に手を当て、吹雪の向こう側を見通そうと目を凝らしてみるが、外に広がるのは白一色。このまま機外に出てしまえば簡単に遭難してしまうだろう。
「本当にここにあるのか……?」
「ありますよ、ルーク。ネビリム先生はこの先に自身の研究成果を遺した。ここならば惑星譜術を悪用したくとも容易に辿り着くことは出来ませんからね」
訝し気なルークにディストが説明する。この場所は天然の要塞であり、アブソーブゲートやラジエイトゲートといった極点にかなり近い環境となっている。当然そこに住み着く魔物も手強く、道らしき道も存在していない。その最奥に惑星譜術の譜陣を隠したということからも、ネビリムが自身の研究成果をどれほど危険視していたか窺える。それでも譜陣を遺したのは彼女もまた一人の研究者であったということなのだろうかと。
「それにこの吹雪も後少しで止みますよ。ほんの僅かな時間ですけどね」
ディストはそう言って懐中時計を見る。彼が指示したこの場所への突入時間は、夜と朝の境目ともいえる時間。曰く、この時間が最も吹雪が穏やかになり、アルビオールでも突入が容易になるとのことだったが、操縦席で憔悴しているノエルを見ると本当にそうだったのかは疑わしい。
「少しは私を信用しなさいな。あなた方が見つけてきた高純度の飛行譜石でアルビオールを強化してあげたからこの程度で済んでいるんです。そうじゃなければバラバラになってますよ」
「そこは疑っていませんよ。吹雪が止む気配は無いですが」
「まあ見てなさい。3……2……1……今」
ディストがそう言って窓の外を指差す。すると彼の言葉通り、吹き荒れていた吹雪の勢いが徐々に弱くなり、相変わらず視界は悪いが先ほどよりは見えなくもない程度にまで雪は収まった。
「さ、行きますよ。最高のコンディションですがこれでも簡単に遭難しますからね、先導はこのタルロウXに任せます」
「何で連れてきているのかと思えばそのためか……」
「この子が地形把握と厄介な雪を溶かす役目を担当します。後ろを外れないようにするんですよ。クレバスに落ちたら助かりませんからね」
「任せるズラ!」
「そんなことも出来るのか、コイツは。面白いなぁ」
ディストの腕の中で気合十分とばかりに右手を挙げるタルロウX。それを見たガイが興味深そうにタルロウXの目を覗き込んでいたが、それに構わずディストはさっさと機外へと向かってしまった。
「……」
「ジェイド、どうしたのですか?」
ディストに続いて皆が出て行った後、その背中をじっとジェイドが見つめていたのに気付いて声をかける。先ほどの機内の一幕でも彼は一言も発さずにディストを見ていた。
「いえ、大したことはありません。ですが、あの泣き虫も強がるものだと思いまして」
「自分は強がっていないとでも?」
「……少なくともあれよりは分かりやすくないと思っていますがね。何にせよ、ああやって肩に力が入っているときほどロクなことにならないものです。しっかりと見ておかないといけませんね」
ジェイドはそう言うと肩を竦めて先に出ていったルーク達の後に続く。
「……強がっていることは否定しないだけ、素直になりましたね」
私はそう言って疲れからかこっくりこっくりと船を漕ぎ始めているノエルに毛布を被せ、機内の暖房が効いていることを確認すると雪深いロニール雪山へと足を踏み入れた。
「溶っかすズラ! 道作るズラ!」
腰まで埋まってしまいそうなほどに積もった雪を、調子外れな歌を高らかに歌いながらタルロウXが溶かしていく。騒がしいが、視界だけでは追いかけることが難しいことに配慮してこうして絶えず音を出して先導してくれているのだろう。タルロウXがいなければこの雪に埋もれながら進んでいたのだと考えているとゾッとする。目の前を行くジェイドの青い軍服を見失わないようにしながら、覚束ない足下をメイスを頼りに歩を進めていけば、目の前に圧し掛かるような威圧感を放つ大岩が現れた。
「この岩です! 裂け目に入りますよ!」
前からディストの叫ぶような声が聞こえた。その後に目印のように頭上に上がったタルロウXの炎を目印に進む。
「これで吹雪がまだマシだってんだから恐ろしいな……」
何とか裂け目に身体を潜り込ませると、先に入っていたルークが焚火の前で震えていた。
「少しここで身体を休めましょうか」
「ですわね。消耗した状態で奥に進むのは自殺行為ですわ」
ティアとナタリアもそう言って焚火の前に身を寄せる。アルビオールを出てそれほど長い時間は経っていないはずだが、制限された視界の中、この寒さと足下の悪さで身体は予想以上に消耗していたらしい、私も地面に腰を降ろすと、途端に身体がどっと重く感じられた。
「お疲れ様です。あまり悠長にはしていられませんが、少しでも身体を休めておきましょう」
「あなたはこんなところにかつては一人で訪れたんですか」
「一人で来たときも死にかけましたがね。ネビリム先生を連れてきたときは別の意味で死ぬかと思いましたが」
隣に腰かけたディストはそう言って目の前の焚火をボーっと見つめる。その膝にはタルロウXが抱えられており、疲れたと言って譜業らしからぬ様子でぐったりとしていた。相変わらず譜業なのに妙に人間臭い仕草をするものだ。
「……無理はいけませんよ」
「……無理、というよりは緊張ですね。私の因業に、こうして皆と向き合うことになるとは思いもしていませんでした。私が先生を諦めることになる、ということも」
「勝手に一人の業だと抱えられては困りますね。私とあなたの因業ですよ、これは」
ディストの呟きを、気付けば隣に立っていたジェイドが遮る。
「不完全な理論のフォミクリーを振りかざしてネビリム先生のレプリカを作り出してしまった。そしてあの日彼女が逃げていったのを探しもせず、死んだと決めつけて目を逸らしてきた」
「ロニール雪山の奥深くで眠るネビリム先生を起こし、彼女を完全に蘇らせるために先生が遺した研究成果を利用しました」
焚火を見つめながら、二人は自身の行いを呟いて回顧する。その内心がどうなっているのかは想像すべくも無い。平坦な口調からは何の色も読み取ることは出来ない。
「ですがこれで終わらせる。そうでしょう、サフィール?」
「ええ、そのために来たのですから。終わらせましょう、ジェイド」
そう言うとディストは立ち上がった。休憩はもう終わりらしい。私も立ち上がって他の面々を見渡してみれば、皆も準備は出来たと頼もしい表情でこちらを見つめていた。
「私は肉体労働には向いていませんからね、しっかり手伝って頂きますよ、皆さん」
ディストはそう言っていつものように笑ったのだった。
ネビリムが惑星譜術の譜陣を遺した大岩の裂け目は、頭上から差し込む光が中央に描かれた譜陣を神秘的に照らしていた。譜陣の奥には亀裂の入った岩壁があり、その奥にネビリムが封印されているとディストは説明した。
「譜陣を起動すると譜陣から岩壁奥のネビリムに向かって
「少なくとも惑星譜術が暴走することは無い、ということですね。まだマシなことが聞けました」
譜陣の周囲に触媒となる魔剣ネビリム、聖剣ロストセレスティ、魔槍ブラッドペイン、聖弓ケルクアトール、魔杖ケイオスハート、聖杖ユニコーンホーンを配置する。それぞれが対応する
「では、起動します。覚悟は良いですか?」
「いつでも大丈夫だ」
ジェイドの問いにルークが力強く頷く。それを見たジェイドが譜陣に
「これは!?」
「惑星譜術の譜陣が起動して触媒武器に秘められた大量の
ルークが驚いたように周囲を見渡すが、ディストがそう言って窘める。彼の目は譜陣が起動してからずっと岩壁の亀裂へと注がれていた。
「ようやく約束を果たしてくれたのね、サフィール」
大岩の裂け目に響き渡ったのは背筋をゆっくりとなぞるような女の声。その出所は岩壁の亀裂の奥。
「これで私は完全な存在になれるわ」
岩壁の亀裂が轟音と共に広がっていき、中から光が漏れ出す。それと反比例するように譜陣から光が失われていく。譜陣に流れ込むはずの
「お久しぶりです、ネビリム」
ディストは噛み締めるようにその名を呼ぶ。目は油断なく岩壁の奥を睨みつけていても、唇が僅かに震えていた。
「そこにいるのは、ジェイドね?」
「ええ、あなたを造り出してしまった愚か者のジェイドですよ」
声の主の興味は次にジェイドへと移った。
「私が復活できるのはあなたのお陰でもあるわ。ディストだけじゃこの譜陣を起動することは叶わなかったもの。生んでくれただけじゃなく、こうして復活させてくれるだなんて、先生として鼻が高いわ」
「……あなたはネビリム先生では無い」
調子だけは親し気なその声にジェイドは固い口調で返す。
「酷いわね。私はあなたにそうあれと造られたものなのに」
「本来そうすべきでは無かった」
「そうかしら? けれどディストはこうして私が復活できるようにしてくれたわ。そうそう、そのお礼をしてあげないといけないわね」
「何を……?」
ディストが訝し気に聞き返そうとする前に、亀裂の奥から一筋の光がディストに向かって放たれる。そのあまりの速度に、私達はおろか対象となったディストも動くことが出来なかった。あの光線の威力がどれほどのものかは分からないが、少なくとも無事で済むような冗談の類で無いことは確かだ。ディストが棒立ちで目を見開く。
「させませんよ」
だが、それを許さない人間がいた。ディストの前に割って入ったジェイドが防御用の譜術を素早く展開して光線を受け止める。防御譜術はガラスが割れるような音を立てて砕かれたが、ジェイドとその後ろに立つディストは無傷だ。
「あら、止められるだなんて思っていなかったわ」
「あなたの破壊衝動については誰よりも理解しています。ありとあらゆる感情が周囲への破壊衝動に結び付いているのがあなただ」
悲しい、だから殺す。楽しい、だから壊す。感謝している、だから傷つける。喜怒哀楽の感情はある。だがその全ての発露が結果として周囲への破壊に繋がってしまう破綻者。それがジェイドがかつて造り出してしまった恩師のレプリカ。
「嬉しいわ、そこまで私を理解してくれているだなんて」
心底から嬉しそうに、彼女は嗤った。そして岩壁の奥から徐々にその姿を見せ始める。左半身は漆黒に、右半身は純白に染まったドレスに身を包み、美しい銀髪が彼女の臙脂色の右瞳を覆い隠している。その左手には聖杖ユニコーンホーンを、右手には魔剣ネビリムを手にした女性、ゲルダ・ネビリムがその全身を私達の前に晒した。
「嬉しいわ、とても嬉しくて、殺したくなってしまうわ」
「……すみません、私とディストではあなたのその破壊衝動を鎮める術を見つけられなかった。私達に出来る責任の取り方は、あなたの姿と名をこれ以上貶めないようにすることだけです」
「フフ、悲しいわね。あなたに生み出されたのに、要らないだなんて。悲しくて、悲しくて、壊したくなってしまうわ」
ジェイドの言葉にネビリムは嗤う。何を言っても、何を伝えても、いくら彼女の感情を揺さぶったとしても彼女から出力される答えは
「いいわ、やりましょうジェイド。あなたがくれた力を、あなた達で試させてちょうだい」
ネビリムが左手の杖を掲げる。彼女がその杖を通して
「さようなら、ネビリム先生」
ジェイドが呟いた言葉は、辛うじて私とディストの耳に入るのみだった。
「それで、きちんとケリは付けてきたんだろうな」
ケテルブルクのホテルで、褐色の皇帝はグラスを傾けながらジェイドに問う。
「ええ、終わらせてきました。今までに経験したことの無い苦しい戦いでしたがね」
ピオニー陛下の問いに頷きを返したジェイドは自身の持つグラスを一息に呷った。
大岩の裂け目での戦いは、ネビリム一人に対して私達八人でかかる総力戦となった。譜陣からの膨大な
「最後はジェイドと私がトドメを刺しました。それが私達に出来る唯一の手向けでした」
ジェイドの隣に座るディストはちびりちびりと舐めるようにグラスの酒で口を湿らせる。カウンターで三人並んで座るピオニー陛下達三人を、私は一席空けたところに腰を落ち着けて様子を見ていた。
「そうか……。改めて感謝するぞ、大詠師モース」
「何故私が感謝されるのか分かりませんが」
「この二人がこうしてネビリム先生と正面から向き合えたのにお前の影響は無視できないからな。マルクト皇帝からの感謝なんざ滅多に無いんだから素直に受け取っとけ」
そう言われては固辞することも無粋だ。私は肩を竦めてグラスに口を付ける。そもそもこの場にも同席するつもりは無かった。ピオニー陛下に誘われたからこの場に居るが、私が彼らの話を聞いて良いとも思えなかった。
「何で自分がこの場に、って顔してるなモース」
「そこまで分かり易い人間のつもりでは無かったのですが」
「フフン、俺の目を誤魔化せると思うなよ? それはともかくとしてだ」
ピオニー陛下はそう言うと席を立ち、何を思ったか私の隣に移動してくる。
「これはマルクト皇帝としてじゃなく、私人であるピオニーとして言わせてくれ。ありがとう」
「……先ほども言いましたが、そこまで言われる理由が分かりません」
私はあくまでもジェイドとディストに相談を持ち掛けられたから応えたまでだ。彼らが自分の意志で過去の業と向き合っただけのこと。そこに私が貢献したことと言えば本当に話を聞いたということしかない。それでここまで頭を下げられては居た堪れない気持ちにしかならない。
「俺が頭を下げるのはこの一件に対してだけじゃない。お前がいたからこそ俺達は今ここに至れたと俺は思っている。だからこうして礼を言っている」
「買い被りです……と言っても頭を上げてはくれないのでしょう? 礼は受け取りますから頭を上げてください」
天下のマルクト皇帝に頭を下げさせたとあっては今後気軽にグランコクマを歩くことが出来なくなってしまう。私の言葉にピオニー陛下はようやく頭を上げ、隣の椅子に腰かけた。
「最初から素直にそうしとけばいいんだよ。……言っておくが、俺が頭を下げるなんて本当に滅多に無いんだからな?」
「分かってますよ、光栄ですとも」
もしかしなくともこの皇帝も少し酔っているのかもしれない。
「……正直に言えば、ジェイドはともかくサフィールの奴とはこうして話せるようになるとは思っちゃいなかったんだ」
話すとすれば牢の格子を挟んでになると思ってた。そう呟いたピオニー陛下は少しだけグラスに残った酒を飲み干す。
「俺は国を預かる身だからな。かつての重罪人を国内で野放しになんか出来やしない。だからダアトに亡命したときは正直ホッとしたんだ」
マルクト皇帝としてはディストを許すことは出来ない。だが、私人としては幼馴染をそうやって追い詰めることは計り知れないストレスになっていたことだろう。
「ダアトでの研究成果の供出、その功績でマルクトでの恩赦を与えるなんてお前の入れ知恵であいつらとこうやって酒が飲めるんだ。それにこうしてあいつらの、いや俺達の心残りだったネビリム先生のことにもケリをつけることが出来た」
隣では酔っぱらってしまったのだろうディストがジェイドに絡みつこうとしてすげなくあしらわれていた。その様子を楽しそうに眺めるピオニー陛下。幼馴染達がかつてと同じように揃って過ごすことが出来ている。そのことが彼にとっては私に頭を下げるくらいの出来事だった。
「俺は
そう言って彼は私をじいっと見つめる。その視線の圧に、目を見つめ返すことも出来ず手持ち無沙汰にグラスに視線を落とす。
「だから、マルクトはいつでもお前のために席を空けてるぞ」
「良い話だったのにどうして最後に台無しにするんですかあなたは……」
私はがっくりと肩を落とす。最後の言葉が無ければ素直に彼の言葉を受け入れられていたものを。
後に、ケテルブルクにあるネビリムの墓の隣に、無名の墓が建てられたという話をジェイドから聞いた。ネフリーが普段は管理しているが、折を見てはディストとピオニー陛下、そしてジェイド自身もそこを訪ねているらしい。
これにてネビリムイベント終了
戦闘シーンは悩みましたが全カット。脳内妄想パーティはあれど文章に出力できなかったため。
次の小ネタは恐らくにょたモース様。あるいは掲示板ネタ再来