大詠師の記憶   作:TATAL

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そろそろ記憶が怪しくなってきたのでTOAのアニメを見直しています


密会の夜と私

「こうやって捕まるところまであなたの計算通りですか? ヴァン」

 

「どうだろうな、私としてはお前が軟禁されていたことに驚いたが。部下に足元を掬われるとは、迂闊なことだ」

 

 格子の向こう側で簡素なベッドに腰かける男は、拘留されている身分とは思えないくらいに堂々としていた。この男は腹の内に何を思っていようと、それを表に決して出すことは無いと分かっていたが、こういうときでもそれは健在か。むしろこちらに水を向けてくる余裕を見せるとは。

 

「詠師オーレルについては言い訳のしようもありません。まさかあの場で動くとは予想していませんでした。とはいえ、ダアトは詠師トリトハイムに任せていますし、私が戻れば表立って動くことは無いでしょう。それより、これからどうするつもりですか?」

 

「レプリカについてアクゼリュスに行くとも。お前の求める預言(スコア)の成就には必要なことだからな。陛下には、口添えを頼む」

 

「……そうですね、あなたに任せましょう。ティアとアニスも同行させます」

「私がいるのだ、導師守護役はともかくティアは必要ないだろう」

 

 私の言葉に半ば被せるようなヴァンの発言。やはりまだヴァンも妹のことは巻き込みたくないと考えているのだろう。とはいえ、私が何か言ったところで責任感の強いあの子が今更一行から離れることはないだろうが。それに彼女の譜歌が無ければアクゼリュス崩落のときにルーク達が無事に魔界(クリフォト)に降りられなくなってしまう。

 

「彼女が導師イオンを放って行くような娘とでも? 彼女に関してはアクゼリュスに着いてから引き離すことを考えた方が良いでしょう」

 

「……そうするしかない、か」

 

「いずれにせよ、これで預言(スコア)通りに事が進む」

 

「お前の栄光は目の前に、というわけだ」

 

 作り物に見えないように浮かべた私の笑みにヴァンが同調するように口の端を吊り上げた。いつまでこの男を誤魔化し切れるかは分からない。だが、見抜かれて切り捨てられるまでは私は()()()()()()であらねばならないのだ。私ならアクゼリュスでどれだけの人々が死ぬと分かっていても、その先にある繁栄を見て笑うだろう。そしてヴァンはそんな私を冷笑し、利用しようとするだろう。それでいい、精々私を利用すれば良い。

 

「何を考えているのか分かりませんが、キチンとやるべき事をやって頂きたいものですね」

 

「分かっているとも。お前も、為すべきことを為せば良い。お互いに利用し合う、それが私たちの関係なのだから」

 

 


 

 

 その日の夜、城に滞在している私の部屋まで、ティアが訪ねてきた。扉の前にいた彼女は俯き、常ならぬ陰気な雰囲気を漂わせている。このまま部屋の前で話をしていてあらぬ噂を立てられてはかなわないので部屋に招き入れる。一体どうしたというのだろうか、

 

「このような時間に訪ねてくるのはあまり感心しませんね」

 

「申し訳ありません。ですが、どうしてもモース様にお聞きしたいことがありまして……」

 

「聞きたいこと?」

 

「その、モース様がキムラスカとマルクトの戦争を望んでいる、と……」

 

「戦争を、ですか」

 

「そんなはずが無いと私も、イオン様も、アニスも考えています。ですが……」

 

「私が違う、と言ってすぐにそれを信じますか? それは自分では何も考えていないのと同じことです」

 

「それは……そうかも、しれませんが」

 

「あなたの目と耳で見極めなさい、ヴァンも、私も。もちろん戦争など、起こらないに越したことは無いと思っています、とは言っておきましょうか」

 

「……フフッ」

 

 私の言葉を聞いたティアが何故かクスリと笑みを零した。どうしたというのか、先ほどまでの鬱々とした様子よりは笑ってくれている方がよっぽど良いことではあるのだが、私は特に何も面白いことは言っていないと思うのだが、

 

「? 何か笑うところがありましたか?」

 

「いえ、失礼しました。モース様らしい言い方だと思ってしまいまして」

 

「私らしい、ですか?」

 

「はい、言葉を弄さず、行動で示す。だからこそイオン様もあれほど信頼なさっているのだと分かりました」

 

 過分な評価を受けてしまっているのは相変わらずのようだ。そしてその信頼をいつか裏切ることになるかもしれないと考えることが恐ろしい。どこか冷徹に、彼らから受ける信頼すら計算に入れている自分がいることを再認識してしまうからだ。そういう意味では、私もヴァンと変わらない人間なのかもしれない。

 

「口下手なだけですよ。それで、少しは顔色が良くなりましたね。心配の種は多少減ったということでしょうか?」

 

「はい。自分も、イオン様もアニスも間違えていないと思えました。モース様は戦争を望んでいない。イオン様やアニスを悲しませるようなことをする方ではないと、私は信じます」

 

「だから、そう簡単に信じてはいけないと言ったばかりではありませんか……」

 

「はい、簡単に信じたわけじゃありません。私が自分の意思で、モース様を信じたいと思っただけです」

 

 そう言ってティアは柔らかく微笑んだ。この娘は年齢以上に落ち着いた思考を見せることもあるかと思えば今のように年齢相応かそれよりも幼い迂闊さも見せる。将来悪い男に騙されてしまわないだろうか。ヴァンは妹の教育に関しては甘すぎたんじゃないかと考え込んでしまいそうになる。

 とはいえ、この話を続けていると私の精神衛生上良くない気がしてきたので早々に話を逸らすことにする。アクゼリュスに行く前に、今一度ティアの中にあるルークの印象を変えておかなければなるまい。

 

「こほん。ところでティア、あなたから見てファブレ公爵家のご子息はどう映りましたか?」

 

「ルークが、ですか? 典型的なお坊ちゃん、でしょうか」

 

 私の突然の問いかけに少し考え込むように顎に手を当てたティアは、私が予想していた通りの答えを返してきた。

 出会ったばかりなのだから仕方がない、やはりそう映ってしまうのだろう。彼の置かれた境遇を正確に理解できているのはヴァンしかいない。だからこそあの男は少年の心に深く根を張り、誰も悲劇を止めることが出来なくなってしまっているのだ。恐らくルークは止まれないだろう。今の彼にとってヴァンの言葉は絶対だ。ならば少しでも彼の心を守るために出来ることをしておかなくてはならない。

 

「ティア、ルーク様の境遇をもう一度思い出してほしいのです」

 

「境遇を、ですか?」

 

「私は何度もバチカルに出入りしているのでルーク様のことについても耳にしています。彼は七年前に一度全ての記憶を失った。自分の名前どころか言葉すらも。いわば一度赤ん坊になってしまったのですよ。そこから七年間、屋敷の中に閉じ込められて育ってきた。つまり彼は屋敷以外の世界を知らない七歳の子どもと変わらないのではないか、と私は思うのです」

 

「それは……」

 

「そんな彼の唯一の理解者となったのがヴァンです。今やルーク様の心の中はご両親以上にヴァンが大きな位置を占めてしまっている。私にはそれが恐ろしいことに思えてならない。ティア、気をつけることです。あなたの疑いが確実なものとなるとき、心に最も大きな傷を負うのは、もしかしたらあなたではなくルーク様なのかもしれないのですから」

 

「実の肉親以上に、ルークの中で兄の存在が重くなってしまっていると?」

 

「ヴァンとルーク様の様子を見たあなたなら分かるでしょう。あなたに言うのは酷な事だと承知していますが、言っておかねばなりません。彼はヴァン以外からまともに愛情を受けたと感じられていない子なのですから」

 

 そう言うとティアは顎に手を当てたまま考え込むように床を見つめた。彼女は今何を考えているのだろうか、旅の途上でのルークのことか、それとも彼女の兄のことか。

 

「……分かりました。ルークから目を離さないようにします。それと、彼に対する接し方も、考えてみます。彼も、不器用なだけで優しいところはあると思いますし」

 

「ありがとうございます、ティア。それが聞けただけで十分ですよ。あなたばかりに押し付けることになってしまって申し訳ないです。代わりにはならないと思いますが、必要なものがあれば何でも言ってください。そういえば前にお渡しした物は少しでも役に立ちましたか?」

 

「あ、その、頂いた宝石なんですが……ルークと飛ばされてしまった先で馬車に乗るためのお金が無くて、それで……」

 

 何気無く聞いたことだったのだが、ティアは肩を丸めて落ち込んでしまった。何故だ、足りなかったというのだろうか、それで彼女の母親の形見を結局手放すことになってしまったというのだろうか。もしそうだというのなら何としてでも探し出して買い戻しておかなくては。

 

「足りなかったのですか?」

 

「い、いえ! 十分に足りました! ですが、簡単に手放してしまったことが申し訳なくて……」

 

 良かった。彼女が母親の形見を手放すような事態にはなっていなかったか。私が渡した宝石を使ったことに何故か罪悪感を抱いてしまっているが、そこまで気にする必要などないというのに。

 

「足りたのならば良かった。あなたが悔やむことは何一つありませんよ。気にせず使いなさい、そのために渡しているものなのですから。そうだ、使ってしまったならばまた渡しておかなくてはいけませんね……」

 

「そんな! これ以上頂くなんて!」

 

「あなたに与えている任務の経費なのですから、遠慮することはないですよ。それに私のようなむさ苦しい男の手元にあるのは宝石にとっても良くないことでしょう」

 

 どうせ持っていてもこうして情報部隊員に渡さなければ引き出しの肥やしになってしまっているのだ。作った職人にも申し訳ないし、こうして誰かに使ってもらわないとそれこそ宝の持ち腐れになってしまう。

 

「でも、そこまで甘えるのは……」

 

「何を言うのです。あなたはまだ16歳でしょう。大人には甘えておくものですよ。大人はそれを笑って受け止める義務があると私は思っていますから。まぁ今は手元に無いので何もお渡しできませんが」

 

「いえ、その、甘えるにしても流石に申し訳なさすぎると言いますか……」

 

 先ほどまで落ち込んでいたティアだったが、今は困ったような表情で手を所在なさげに身体の前で振っている。その姿はまさしく年相応の少女のようで、微笑ましい気持ちになる。もし娘がいたとしたなら、このような気持ちになるのだろうか、などと下らない考えまで浮かんでしまうほどだ。だとすれば私はお小遣いで娘の気を惹こうとする情けない父親になってしまうのか。よそう、あまり考えていると悲しい気分になってしまう。

 

「まぁこの話はまたダアトに戻ったときにしましょうか。今日の所は部屋に戻りなさい。マルクトからの親書への返答については近いうちに陛下からお話があるでしょう」

 

「……そうですね。お話に付き合って頂いてありがとうございました。おやすみなさい、モース様」

 

「ええ、おやすみなさい。今は難しいことを忘れてゆっくり休みなさい」

 

 頭を下げて部屋を後にするティアの表情は、少なくとも私の部屋に来た時よりは良い表情をしていた。これならば少しはよく眠れることだろう。

 

 これから先に待つ試練までの、僅かな幕間に過ぎないとしても、どうか今日くらいは良い夢を。


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