大詠師の記憶   作:TATAL

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朱赤と私

 ルークが親善大使としてアクゼリュスに赴くことが決まった。

 

 謁見の間でそれを告げられたルークはうんざりしたような顔で渋っていたものの、拘留されているヴァンの解放と引き換えに引き受けることとなった。私は顔を顰めないようにそれを眺めることに苦心していた。今この場にいる大人たちは皆嘘吐きだ。国の繁栄のため、預言(スコア)の成就のため、何も知らぬ子どもを死地へ送り込もうとする。

 

「お前は……英雄となるのだ、ルーク」

 

 絞り出すように告げるクリムゾンの手は固く握られていた。その結末を知っていながら、内心とは正反対の言葉を出さねばならない彼の葛藤はそれを見るだけで察することが出来る。少なくともこの場に一人、私と志を共にする大人がいる。そのことは私を勇気づけてくれる。まだ足掻くことは出来るはずだと。

 

「俺が、英雄に……」

 

 掌に視線を落としながら呟くルーク。実感の伴っていない肩書に戸惑っている、というよりは道に迷ってしまった幼子のように見える。外の世界も知らず、それどころか自らのことすら知らない彼は、生まれた直後からこうしてゴテゴテとしたメッキを貼り付けられ、そのメッキは内側にいる無垢な自分をも傷つけかねないものだった。だからこそ彼はこうなってしまったのだ。弱さを認めることが出来ず、許されないまま、強がって、素直に気持ちを出すことを恐れるように。それは子どもにとって不幸なことだと思ってしまうのだ。それを理解して振る舞うのならばまだ良い。だが、そうするしかなかった子は、どうすれば良いのか。

 

 それを良しとしないからこそ、私は今この場に立っているはずだ。

 

「陛下。出立の前にルーク様とお話しする機会を頂けますか?」

 

「む、モース。どういう理由だ」

 

「彼にお伝えしておくことがあります。先ほど詠まれた預言(スコア)に関する教団の最高機密です。出来れば二人でお話しする場があれば」

 

「陛下を差し置いてルークだけに話すことだと? そのような怪しい話……」

 

 ゴールドバーグ将軍が訝し気な表情を隠そうともせずに私に詰め寄ろうとするが、インゴベルト陛下はそれを視線で制した。

 

「よい、ゴールドバーグ将軍。出立まであまり時間は無い故、短い時間となるが良いな?」

 

「陛下!」

 

「それと、その場には導師イオンを同席させる。教団の最高機密ならば導師イオンが居ても問題は無いな?」

 

「……そうですな、導師イオンならば問題ないでしょう」

 

「ゴールドバーグ将軍も、これで良いだろう」

 

「むぅ、致し方ありませんな」

 

 納得はしていなさそうだが、陛下が執り成し、私も譲歩した以上彼も引き下がるしかない。老練の将軍は渋々といった様相で陛下の傍に戻った。私としても、導師イオンならば事情を知っているので同席していても問題はない。何より、詠師オーレルが手を回しているであろう将軍が私の要求を黙って呑み込むはずが無い。教団の最高機密と言っておけば導師イオンを持ち出してくる、表向き導師派と大詠師派のトップとして対立しているのだから、私の監視役として導師イオンは最適だ。

 

「では、ルーク様と導師イオン、それと私の三人でお話しさせて頂くということで。導師イオン、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします」

 

「ええ、構いませんよ。ルーク、行きましょう」

 

「えぇ~、めんどくせーなぁ……」

 

「お願いします、ルーク」

 

「ったく、わぁーったよ。行けばいいんだろ、行けば」

 

 あからさまに面倒なオーラを出しているが、導師イオンに押し切られる。記憶の中でもそうだったが、どうも彼は導師イオンにはあまり強く出られないところがある。それは身体が弱い導師イオンに対する彼なりの優しさ故か、あるいは、

 

「申し訳ありませんね、ルーク様。そう時間は取らせませんので」

 

「ったりめーだろ。俺は早くアクゼリュスに行ってヴァン師匠を助けなきゃなんねーんだから」

 

 どうやら、まずはご機嫌斜めになってしまったルークを宥めるところから始めなくてはならないようだ。

 

 


 

 

「まずはお時間を取らせてしまったことを謝罪します、ルーク様、導師イオンも」

 

 王宮の中では比較的小さな部屋──とはいえ私の認識からすればよっぽど広いが─―に通された私は、まず二人に頭を下げる。導師イオンはいつものように薄い笑みを浮かべ、そしてルークは右手をプラプラと振って私の謝罪を受け取ってくれた。

 

「さっさと要件を話せよな。俺はヴァン師匠のとこに行かなきゃいけねぇんだから」

 

「まぁまぁ、モースもどうしても今話しておかなければならないことがあるから呼び出したのでしょうし」

 

 どかりと豪華なソファーに身を沈めて急かすルークと、その隣に腰かけて宥める導師イオン。それと向かい合う形で同じく椅子に腰かけ、私はルークに目を向けた。

 

「まずは親善大使としてアクゼリュスに赴いて頂くことに教団として感謝を。導師イオンもそうですが、アクゼリュスのことについては私も胸を痛めておりました」

 

「? どういうことだよ、お前は戦争を起こしたがってるんじゃなかったのか」

 

 ティアから問われたことと同じ内容がルークの口から発せられた。

 

「ルーク、先日も謁見の間で言いましたが、モースが戦争を望んでいるというのはあり得ません」

 

 私が弁解する前に、何故か導師イオンがルークを咎めていた。心なしか彼の表情が険しいものになっているようにも見える。

 

「う、いや、イオンがそう言うなら……」

 

 そしてルークにしては珍しく、導師イオンの言葉を素直に受け入れたのだった。先ほどまでソファーにふんぞり返っていたのに、今は姿勢を正して縮こまってしまっている。まさか導師イオンに怯えている? 私の記憶の限りでは、彼が導師イオンを気遣ったり、幼さ故に少しキツイ物言いをしてしまうことはあれどこのように怯えたような様子を見せること等なかったはずだ。一体何があったというのだろうか。

 

「イオン様」

 

「すみません、モース。少しキツイ口調になってしまいましたね。ですがルーク、ここだけの話ですが、モースは僕が最も信頼する人なんです。あなたにとってのヴァンと同じくらいに。そんな人物が悪く言われるのを僕は笑って見過ごすことは出来ません」

 

「ヴァン師匠くらいに……」

 

 導師イオンを止めようと声をかけたのに、何故か彼は話を続けた。相変わらず過分にも程がある評価を導師イオンから受けていることに首を傾げたくなるが、今の雰囲気でそうする勇気は私には無かった。

 

「ええ、ルークもヴァンが悪し様に言われることは嫌でしょう?」

 

「そう、だな。悪かった、イオン」

 

「いえ、分かってくれたならそれで良いですよ」

 

 そう言ってルークはきまり悪そうに頭を掻きながらイオンに頭を下げた。あのルークが素直に謝罪した。その光景は私の記憶の中のルークからは想像もつかないことだ。少なくとも、今このときのルークとしては。旅の道中で導師イオンがルークを気にかけ、それによってルークも導師イオンに多少心を許したのかもしれない。だとすれば、今の彼は少なくとも私が知るような孤独感の中で旅を続ける羽目になることは避けられるかもしれない。

 

「何だよ、なに笑ってんだよ」

 

 不貞腐れたような顔のルークに指摘されるまで、私は自分の顔が緩んでいることにすら気づかなかった。それほどまでに、今私の目の間で繰り広げられたやり取りは私に大きな驚きと、期待を感じさせたのだ。

 

「いや、失礼しました。お二人が仲睦まじいように見えたものでして、嬉しくなってしまいましてな」

 

「仲睦まじくぅ? 俺とイオンが? やめろよ、うぜーっての」

 

「ハハハ、そう言わず、ぜひこれからもイオン様と仲良くして頂きたいですな。なにぶん幼い頃から周囲には友人と呼べる者はおらず、病弱故にダアトから中々出ることが出来なかったお方です」

 

「ダアトから出られない……俺と同じ……」

 

「ええ、ルーク様がお屋敷から出られなかったように、イオン様もそのご身分故に自由に出歩くことを許されなかった身です」

 

 そしてどちらも愚かな大人の勝手な事情によってフォミクリーによって生み出されてしまったレプリカ。彼らの間に感じる奇妙な繋がりはこうしたいくつもの共通点によるものなのだろうか。

 

「と、話が逸れてしまいましたね。本題に入りましょうか。と言っても、私が特に伝えるべきこと等ないのですがね」

 

「は、はぁ? 教団の機密事項だなんだって言ってたじゃねえか!」

 

「ハッハッハ、あれは方便というものですよ。私はただ単にルーク様と話がしてみたかっただけのこと。これまでバチカルに訪れても中々顔を合わせる機会が無かったものですから」

 

「そんなの知らねーし俺はお前と話すことも何も無えよ!」

 

 また機嫌を損ねたようで、そっぽを向いてしまうルーク様。だが、今の私には彼の興味を惹ける武器があるのだ。

 

「まぁまぁ、ルーク様が知らない教団でのヴァンのこと、聞きたくありませんか?」

 

「ヴァン師匠のこと?」

 

 私がそう呟くだけで、彼はあっさりと機嫌を直してソファーから身を乗り出してきた。扱いやすくて助かる気持ちもあるが、それ以上にここまで彼の心にヴァンが入り込んでしまっていることを実際に目の当たりにしてゾッとしてしまう。あの男は自らの計画の為だけに無垢な子どもの心をどこまで踏み躙るつもりなのか。

 

 内心の怒りを面に出さないように、表情をにこやかに保ちながら、ヴァンの話をきっかけとしてルークと他愛もない話に興じる。導師イオンも交え、ヴァンだけでなく、教団の普段の生活や彼らの旅にまで話は及んだ。

 

「やっぱり、教団ってティアみたいに暗い奴ばっかりなのか」

 

「そんなことを言ってやらないでください。彼女は真面目なだけですよ、少し自分の気持ちを表現するのが苦手なだけですから。そういう意味では、ルーク様と似ているかもしれませんね」

 

「んなわけねーだろ! なんで俺があんな女と!」

 

「そうやってムキになるところがそっくりですよ。と、そろそろ時間ですね。ルーク様、あなたとお話しできてとても楽しかったですよ」

 

「ムキになってねー! ったく、こんなことならさっさとヴァン師匠の所に行くんだったぜ……」

 

 ルークは口を尖らせているが、私にとってこの時間はとても重たい意味を持っていた。これまで面識の無かった彼と話が出来たうえ、共通の話題を通して少しだけだが彼の心に歩み寄れた。ならば最後に伝えるべきことを伝えておくだけで良い。

 

「老人の長話に付き合わせてしまいましたね。……ただ、最後に一つ、ルーク様にお伝えしておきたいことがございます」

 

「伝えておくことぉ? 何だよ」

 

「あなたが旅の途上で六神将の襲撃にあったように、私ですら与り知らぬところで陰謀が渦巻いているのは確かなようです。どうかアクゼリュスの道までもお気をつけて、あるいはアクゼリュスにすら何らかの手を伸ばしているかもしれません」

 

「だったらお前が命令でも何でもして止めればいいじゃねえか」

 

「そうしたいところなのですがね、彼らは神託の盾騎士団の師団指揮権と、独断行動の権利を与えられています。情けない話ですが、私では彼らを止めることは出来ません。彼らが聞くとすればヴァン謡将の命令くらいでしょう」

 

「じゃあヴァン師匠が戦争を望んでるって言うのかよ!」

 

「いえ、それは分かりません。ですが六神将があなた達の妨害に動いていることは事実。ルーク様自身の身もそうですが、どうか導師イオンもお守りください、この通りです」

 

 そう言って私は頭を下げる。ルークにとって導師イオンを守る理由を少しでも増やしておきたい。そういった打算もあれど、良くも悪くも導師イオンとより近い距離間で接することが出来るルークが導師イオンの傍にいることはどちらにとっても良い影響があるはずだ。

 

「お、おい、いきなり頭下げてんじゃねぇよ。……わぁったよ、俺のついでに守ってやるよ」

 

 ルークは私の言葉に少し投げやりな態度ではあるものの、了承してくれた。短い時間しか話していないが、それでも誠実な願いに対してそれを無下にするようなことはしない。一行にも、もう少しこうして互いを理解して話し合える時間があれば。

 

 ルークはこれで話は終わりだとばかりにソファーを立ち、扉へと向かう。その背中に、もう一言だけ伝えておきたかった。

 

「ありがとうございます、ルーク様。アクゼリュスで困ったことがあれば、導師イオンと共にカンタビレを探すと良いでしょう。彼女ならば信用できます。ルーク様が私を少しでも信じてくれたならば、あるいはアクゼリュスで煩わしいことがあれば、彼女はきっと力になってくれるはずです」

 

「……カンタビレだな、分かったよ」

 

 アクゼリュスで待つ悲劇に対して、どうか少しでも彼らが心を強く持てるように。ルークの背負う十字架を、どうか分かち合えるように。今の私に出来ることはこのくらいしかない。余りにも情けない自身の姿は、お笑い種だ。

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