大詠師の記憶   作:TATAL

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波乱の旅立ちと私

 ルークらの旅立ちが穏便に始まることは無かった。

 

 記憶の通りに導師イオンが攫われ、それを追うために彼らが廃工場を通ってバチカルの外を目指すことになったからだ。ヴァンの指示によるものか、アッシュの独断によるものか、記憶によればザオ遺跡にはシンクとラルゴも同行していたため、ヴァンの指示の可能性は高い。ヴァンの計画を知ったアッシュが後に利用するために便乗しているということも考えられるが。

 

 何はともあれ、謁見の間で導師誘拐の報告を受けた私は、そうなると知っていながら、そして導師イオンもそれを承知しており、覚悟の上であるということも分かっていながら、腸が煮えくり返るのを抑えることが出来ないでいた。

 

「独断行動を許されているとはいえ、近頃の六神将の行いは余りにも勝手が過ぎるようですね……」

 

「大詠師モース。ということは導師イオンの誘拐はお前の指示では無いのだな?」

 

「当たり前でしょう……! あの方は身体が弱いお方だ。ただでさえ、ダアトからの失踪で心配していたというのに、本来導師を守るはずの六神将が導師を攫う? 冗談ではない!」

 

 覚悟していたこととは言え、それを傍観しか出来なかった自分への怒りも相まって、陛下の問いかけに普段ならば有り得ないほどに声を荒げてしまった。報告に来た一行の中で、特にアニスが肩を跳ねさせて怯えてしまっているのを見て、私は自身を冷静に省みることに成功した。

 

「いや、すみません。少し冷静さを欠いてしまいました。アニスもすみません。あなたを責めているわけではないのです」

 

「でもでも、私がイオン様から目を離しちゃったから……」

 

「アニスが良くやってくれているのは理解しています。早朝とはいえバチカルのど真ん中で事に及ぶような愚か者のことを想定する方が難しいことです。しかし陛下、導師イオンが攫われたとなると和平にも支障が出かねませんぞ」

 

「……くそ、さっさとアクゼリュスに向かわねえと先に出発したヴァン師匠を待たせることになっちまうじゃねえか」

 

 ルークがぼそりと呟いた言葉は、静まり返った謁見の間でその場にいる者の耳に入るには十分な声量だったようだ。傍らに立つアニスやティア、陛下の隣に腰かけるナタリアが血相を変えて物申そうとするが、それを手で制して私はルークの前に歩を進めた。今の彼の頭の中は出発前にヴァンと交わした亡命の約束でいっぱいになってしまっている。信頼できる師との未来に無邪気に思いを馳せている子どもなのだ。そんな彼に感情的に怒りをぶつけるのは悪手だ。冷静に状況を教え、彼が自発的に導師イオンを追いかける状況を、共にアクゼリュスを目指せる状況を整えてやることが大事だ。本来の彼は、導師イオンを思いやれる子なのだから、

 

「ルーク様、事はそう単純では無いのです。確かにキムラスカの親善大使はルーク様ですが、和平の使者は導師イオンということになってしまっております。それはつまりローレライ教団が二国の仲介となっているということ。導師イオンにもしものことがあれば、キムラスカとマルクトの両国は仲介役が居なくなり、ルーク様の親善大使という地位も張りぼてになってしまいます。言わば和平の土台となるのが導師イオン、その上でキムラスカとマルクトが結びつくための印としてのルーク様なのです」

 

「ってことはイオンが居ねぇと……」

 

「ルーク様がアクゼリュスに行こうと和平が成立しないことになってしまいますな。それに、私としては以前ルーク様が仰って下さったことを当てにしたいとも思っているのです。狡い言い方になってしまいますが……」

 

「っ~~! くそっ、さっさとイオンを追いかけようぜ!」

 

「ありがとうございます、ルーク様」

 

 私の言葉につい先日交わした会話を思い出したのか、頭をガシガシと掻くと謁見の間を足音荒く後にしたルーク。私はその背に頭を下げると、不思議そうな顔で私とルークに交互に目をやりながらルークの後を追う一行に声をかけた。

 

「ジェイド・カーティス大佐」

 

「……なんでしょうか、大詠師モース様?」

 

 立ち止まり、少し間を置いてから肩越しに振り返った彼の目には、やはり警戒の色が濃く浮き出ている。だが、それを気にして何も言わないわけにもいかない。

 

「あなたと先日交わした言葉を今一度、思い出して頂きたい。そして、私はあなたが()()であることを信じていますよ……」

 

「どこから見ても私は子どもには見えないでしょう?」

 

「察しが悪い振りをするのは子どもの証ですよ。あなたの責任を果たせと、そう言っているまでです」

 

「……善処しましょう」

 

 ほんの一瞬、少し不機嫌そうに彼の目が細められたが、次の瞬間にはいつもの瓢々とした口調で肩を竦めた。そういうところが、未だ大人になり切れていないところだ。だが彼にも傷があることは理解しているつもりだ。ルークは彼の傷そのものであり、だからこそ彼と向かい合うことにも時間が掛かるだろうことは理解できる。私が出来ることは、アクゼリュスに到着するまでに彼がルークに大人げない態度を取ることを減らしてくれるように祈ることだけだ。

 

「導師イオンの捜索、奪還はルーク様達にお任せすることになりましたので、私も一度ダアトに帰還しようと思います。構いませんか、陛下」

 

「そうだな、必要なときはまたダアトに使者を送る」

 

「では、失礼いたします」

 

 陛下から許可をもらい、私も謁見の間を後にする。恐らくこの後はナタリアが城を抜け出してルーク達に合流するのだろうが、それが発覚したときにバチカルに留まっていたらこれ幸いとゴールドバーグ将軍辺りにあらぬ疑いを掛けられて再び軟禁の憂き目にあう可能性もある。それにダアトで動いているであろう詠師オーレルも気になる。詠師トリトハイムが上手く立ち回ってくれているだろうが、彼一人で抑えられるとも思ってはいない。

 

 ダアト港へ向かう船に乗り込みながら、私は今後の自身の動き方について考えを巡らせるのであった。

 

 


 

 

 ダアト港

 

 ダアトへの玄関口となるそこは、キムラスカとマルクト両国からの貿易を受け入れていることも有って普段から賑わいが絶えない。二つの国の商船が日夜行き交い、ダアトとだけではなく、ダアトを介して互いに商品をやり取りしている。ダアト港はダアトの一部であり、中立地帯であるからこそ緊張状態が高まっていても商人たちは気兼ねなく訪れ、商談に花を咲かせる。一部の商人を除いて国交が途切れかねない戦争は損にしかならない。大っぴらにキムラスカとマルクトを行き来するのが憚られる今、ダアトの存在は政治的にも経済的にもその重要性を増していた。

 

 常になく賑やかな港に、目立たない服装で足を踏み入れた私は市場を横目にダアト港の門を目指す。道行く人々にぶつかりそうになるくらいに混雑しており、人の間を縫うように歩を進める。私の身分を明かせば、もう少しスムーズに進めるかもしれないが、騒ぎを起こすのも憚られる上に、こうして歩いていれば()が私を見つけてくれるはずだからだ。

 

「バチカルでは災難だったね、モース」

 

 気づけば隣を同じペースで歩くのは少年の背格好ながら頭に被ったフードで顔を見せない人物。だが、そのフードからは見慣れた緑色の髪が一房飛び出している。私に囁きかける幼い少年の声も、耳に馴染み深いものだ。私は歩くペースを少し落とすと、視線は前に向けたまま、雑踏に紛れる程度の声で返す。

 

「詠師オーレルがあのような軽挙に出るとは予想していませんでしたからね。いや、私がこうしてバチカルに長く拘束されたのですから、彼にとっては狙い通りだったのかもしれませんね」

 

「そうだね、モースがいない間に随分と精力的に動き回っているみたいだよ。あんたが帰ってきた以上、少しは大人しくなるかもしれないけど、油断は禁物だね」

 

「どこかで暴発することも考えられますか。貴重な情報をありがとうございます、フェム」

 

「ボクがやりたくてやってることだけだよ。このままダアトまで行くんだろ? 護衛も兼ねてついて行くよ」

 

「それでも言わせて下さい。それと、護衛もよろしくお願いしますね」

 

「任せておいて、それと、お礼がしたいなら今度ご飯作ってね」

 

 彼ら兄弟は揃いも揃って……、私の作る料理が彼の冒した危険に適うとは到底思えないのだが。こうして私の為に動いてくれるのにそれに十分報いることが出来なくて歯痒く感じてしまう。

 

 ダアトへの道すがら、私と並んで歩くフェムは、通りがかる人がいないのを良いことに暑いと言ってフードを取り払い、よく知る顔を晒した。

 

「そういえば、私はしばらくダアトに帰っていませんでしたが、フローリアンやツヴァイ、フィオは元気ですか?」

 

「問題ないよ、むしろフローリアンは元気過ぎて困るくらいだよ。ディストがちょくちょく様子見に来てくれてるしね。ボクもあちこち行ってるから頻繁に顔を合わせているわけじゃないけどさ」

 

 フェムはイオンの5番目のレプリカだ。シンクには及ばないものの、身体能力の高さを活かして私の情報部隊の一人として動いてくれている。最初はそんなことをさせるつもりも無かったが、あまり拒否しても彼が独自に動いてしまいそうで、それならばいっそ私が彼の動きを少しでも把握し、サポート出来るようにした方が良いと考えて数年前に今の立ち位置になった。

 そうやって動き始めた彼は、私の予想以上に精力的に働き、彼のお陰で多くの情報が私の下に届けられることになった。だからこそもっと彼の働きに報いたいのだが、

 

「モース、また難しい顔してるよ」

 

「おっと、すみませんね」

 

「ボクのことなら気にしなくて良いって言ってるのに。シンクだってイオンだって働いてるじゃないか。ならボクだってモースの為に出来ることがあるなら働くだけだよ」

 

「フェム、私はあなた達に働いてもらうために助けたわけでは……」

 

 ない、と言おうとして私の口をフェムの人差し指が塞いだ。

 

「それも何度も聞いた。ボクがやりたくてやってるから良いんだよ。ツヴァイ達には無い身体能力があるんだし、使わないと損だよ。生憎、シンクみたいに譜術は使えないけどね。それに、モースだって少しでも動かせる手が多い方が良いでしょ?」

 

 それを言われると私は何も言えなくなってしまう。彼らがやりたいことは可能な限りやらせてあげたいし、彼の働きによって助かっていることが多いのも事実なのだ。しかし危険なことはして欲しくない。彼らに対して父親染みた情を抱いてしまっているのかもしれない。そんなことが許されるはずも無いというのに。

 

「……ありがとうございます。こんなことでしかあなたの働きを労うことが出来ない私が情けないですね」

 

「まさか、例え他の誰がモースを否定しても、ボク達がモースを情けなく思うことなんか無いさ」

 

「心強い味方ですよ、あなた達は。さ、ダアトが近づいてきました。申し訳ないですが……」

 

「うん、フードで顔を隠しておくさ」

 

 私が促すと、フェムは再びフードを目深に被って自らの顔を隠した。私からすれば導師イオンもフローリアンもツヴァイもフィオもフェムもシンクも皆違っているのだが、他人から見れば彼らは皆同じ顔をしている。まだ導師イオン以外は徒に顔を晒すことが出来ないのだ。いつか彼らが何も気にせず、顔を見せて街を歩けるようにするために、私は決意を新たにするのだった。

 

 さあ、ダアトに到着した。預言(スコア)を盲信する詠師オーレルとの再会が迫っている。この子達を守るためにも、そして魔界(クリフォト)から戻ってくるルーク達の為にも、私が出来る精一杯をしなければならない。休んでいる暇は無い。

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