描きたい場面のために展開を早めることを決意
鉱山都市アクゼリュスの崩落
その知らせはオールドラントを瞬く間に駆け巡った。
それもそうだろう。あの日、空へと一筋の光が立ち上ったかと思えば、海を越えて響く地鳴り、揺れる大地、どれほど鈍感な人間であっても何かが起こっていることを悟らせたことだろう。それから間もなくしてダアトには夥しい数の難民が押し寄せ、マルクトとキムラスカが兵の準備をしているという噂まで飛び交うようになった。
ユリアの遺した
「遂に、遂に来たのです! ユリアの導きの時が! 今こそキムラスカに挙兵を促し、
詠師の会合が始まって早々に熱弁を振るうのは詠師オーレル。彼が最もこの部屋で熱に浮かされていた。厄介なことは、彼がその熱を他者に感染させる弁を持った人間であるということだ。
「まさしくその通り! 大詠師モース、一刻も早くバチカルへ向かうべきでは?」
「約束された繁栄は目の前ですぞ!」
同調して私に言葉を向けるのは大詠師派の詠師達。彼らも皆一様に熱に浮かされた目をしている。身体はこの場にあるのに、意識はそこに無く、ここではないどこか遠くを見ているような目だ。足元で苦しむ人々を無視してしまっている目だ。
「それよりは難民の受け入れが先ではありませんか? 我々が介入せずともユリアの
「詠師トリトハイム! 何を生温いことを言っているのですか! ユリアの遺した道標を人々が違えぬように導くことこそが教団の存在意義ではないですか!」
トリトハイムの言葉に詠師オーレルが猛然と噛みつく。
「皆さん、議論も良いですが熱くなるのも程々に願いますよ。詠師オーレルの言も分かりますが、詠師トリトハイムの言葉にも一理あるでしょう。ユリアの
「大詠師モース!」
抗議するように声を上げたオーレルを、私は手で制した。これ以上彼と話していても実りある会話になるとは思えなかったからだ。今の彼は
「詠師オーレルの言う通り、バチカルへ赴くことも考えています。ただ、今ではないというだけ。しばらくはダアトで難民の受け入れ、混乱した各地の慰撫に努めるとしましょう。皆さんもそれで構いませんね?」
私が卓に着いた皆を見渡してそう問いかけると、一部は納得したように、また一部は不承不承といった様子ではありながら一応は肯定の意思を見せた。
「では今回の会合はここまで。詠師諸兄におかれてはまずダアトを目指す難民の受け入れ体制の構築、神託の盾騎士団と協同した周辺の治安維持に関する草案をよろしくお願いします」
そう言い残し、広い会議室を後にした。それに続くように他の詠師達も部屋を出る。私はそのまま自らの執務室に足を向けた。
「やれやれ、大地が崩落したという一大事にも拘わらず、呑気なものだ」
彼らにとっては
だが、教団幹部達は民衆以上に
「しかし、やはり崩落を避ける事は出来ませんでしたか……。ルークもそうですが、カンタビレは無事でしょうか……」
私の脳裏を過るのは重い十字架を背負わされてしまった子供たちのこと。そして私が自らのエゴの為に送り込んでしまったカンタビレのこと。
大人たちはルークの心に寄り添ってくれているだろうか、カンタビレはアクゼリュスの民をどこまで逃がしてくれているだろうか、何よりカンタビレ自身は無事でいてくれているのだろうか。
私の身体には、私の求めていないものが幾重にも巻き付いて重くのしかかっている。大詠師という地位、導師イオン、アニス、フローリアン達、アリエッタ、ハイマン君、多くの教団員とダアト内外の人々。そのどれもが私には捨てられない。私の中にある記憶の通りにさせてはならないという思い、相反するように今私の周りにあるものを守り通さねばならないという思い。その間に挟まれて、私は満足に動くことが出来ない。
そうやって理由付けているが、結局は恐れているのだろう。正面からヴァンと対峙することを、自分の罪をルーク達に打ち明けることを。だから騙すように口先だけで他人を動かそうとする。カンタビレをそうしたように。そのくせに一丁前に心配なんてして見せる私は、笑えるくらいに愚かな人間だ。
徐々に重くなる足を引きずって誰も居ない執務室に辿り着くと、扉を開けて部屋に入ると同時に床に膝をついてしまった。身体に力が入らない。鉛を身体中の血管に流し込まれてしまったように、指先さえ動かすのが億劫になってしまっていた。幸い、扉を閉めるところまでは出来たため、廊下を通りがかった人に私の醜態を見られることは無い。それだけは安心できた。こんな情けない姿を人に見せるわけにはいかないからだ。とはいえ、灯りをつけることも出来なかったので部屋は薄暗がりに包まれてしまった。
「……へばっているわけには、いきません。少しでも、私に出来ることをしなければ」
床を這うようにして、執務机に近づく。ダアトに帰ってからというもの、休む間もなく働きづめだ。少し疲れが出てしまったのかもしれない。とはいえ、呑気に休んでいる暇もない。
普段ならば一分もかからず辿り着けるはずの机が、やけに遠く感じる。
「おかしい、ですね。いつもこれくらいの疲労があっても、ここまで、は……」
やっとの思いで執務机まで這いずったかと思えば、机の陰の暗がりに何かの気配を感じた。
それに釣られて目を上げた私の視界に飛び込んできたのは……
「馬鹿、な……。有り得ない、幻覚だ……」
「そう、幻覚だ」
総身が血に塗れた男。
「これはあなたの罪悪感が見せる幻」
頭に包帯を巻いた幼い男の子。
「あなたの記憶が見せる泡沫の夢」
げっそりと痩せた女。
そのどれもが記憶の中にあるアクゼリュスの民だった。
「何故、今になって……」
記憶をはっきりと認識してから、彼らは私の夢に現れ始めた。大詠師となってからはその頻度も増えた。それは
「俺達はお前が忘れない限り、現れる」
「あなた自身が望んでいるから」
「罪に対する罰として」
三つの口から発される言葉は不協和音となって私の耳朶を打つ。いや、本当は耳に聞こえた音ではないのだ。私の脳内に響く幻聴に過ぎないはずなのだ。だというのに、その幻覚を否定することは私には出来なかった。
「アクゼリュスが崩落した」
「だからあなたは無意識に罰されたいと思った」
「自らの罪に耐えかねて」
「私の、罪……」
幻影は床に倒れ込む私を取り囲むように立つ。私を見下ろす幻影達の顔に表情は無く、ただ無機質に立つのみ。血を流しているにも拘わらず、床には汚れ一つ付くことは無い。
「そうか……、私が罰されたいから、あなた達が……」
視界が遂に霞み始めた。瞼が重く、幻の姿も形を崩し始めている。
「すみま、せん……私は、どこまでも、弱い」
あなた達の姿を借りなければ、自分を罰することも出来ない程に。
私はついに意識を手放した。
タルタロスの甲板上、崩落したアクゼリュスから逃げ出すルーク達一行の間に漂う空気は決して良いものではなかった。
障気によって物理的に人に危害を加えるだけではなく、重苦しい沈黙が横たわっているためだ。
「……そんな、ヴァン師匠が」
「迂闊でした。ルークから目を離すべきではありませんでした」
呆然と呟くルークを横目に、ジェイドは眼鏡を押し上げる。その顔は、常の彼からは想像もつかないほど歪められていた。
「私も、兄さんの部下に分断されなければ……」
ティアも痛ましいものを見るようにルークを見る。アクゼリュスに到着してすぐ、彼女は神託の盾騎士団、ヴァンの部下に騙され、ルーク達と分断されてしまった。大詠師モースからの緊急連絡があるとの報せに、疑わしく思いながらもそれを振り切ることが出来なかった。モースに対する、彼女の信頼がヴァンに利用されてしまった形だ。
「で、でも、何でアクゼリュスが……、俺、何も覚えて……」
「ヴァンに何らかの洗脳を施されていたんです。アクゼリュスの坑道のダアト式封咒の前で、ヴァンに何かを呟かれたあなたは突然意識を失ってしまったんです。封咒を解除しなければあなたを殺すと言われてしまい、僕は……」
事態を呑み込めていないルークに、イオンは自らの行いを悔やむように呟く。アクゼリュスに辿り着いたとしても、自分がダアト式封咒を解除しなければ、モースの懸念通りにはならないと考えていた。モースの話では、自分がルークの説得に押されてしまったために崩落が起きたのだ。だからこそ、自分が警戒していれば大丈夫だと考えてしまっていた。まさか、ルーク自身を人質に取るとは、仮にも七年間弟子として接した子どもをあそこまで冷徹に駒として扱える男だとは、イオンも考えられなかった。
「ルーク、落ち着いて聞いて下さい。ヴァンによってあなたは超振動を無理矢理使わされ、アクゼリュスを支えるセフィロトツリーを破壊してしまったのです」
「お、俺が、アクゼリュスを……」
「違います! あなたを利用したヴァンがやったことです!」
「でも……」
震える手で顔を押さえるルークに駆け寄り、イオンは懸命に声を掛ける。だが、その声もルークに芽生えた罪の意識を拭うには至らない。
「オイオイ、何うだうだと話してんだい」
その重苦しい空気を打ち破ったのは、甲板に現れた一人の女。
「カンタビレ教官……!」
ティアの声に片手を上げて答えたカンタビレは、へたり込んでしまったルークに近づくと、膝をついて視線を合わせた。
「よく聞きな、坊ちゃん。確かにあんたはアクゼリュスを崩落させちまった」
「っ!……」
「カンタビレ! そんなこと……」
「導師イオンは黙ってな。実際にルークがやらかしちまったことはきちんと本人が認識しとくべきだ」
カンタビレの厳しい言葉にルークの肩がびくりと震え、イオンが抗議の声を発するが、それを一喝で黙らせると、彼女はルークの肩を両手で掴み、額を突き合わせるほどの距離まで顔を近づけた。
「良いかい、あんたはアクゼリュスを崩落させた。多くの人の故郷を失わせちまったんだ。それにキムラスカとマルクトの戦争のきっかけにもなっちまうだろうね、あんたはともすれば世界中から恨まれかねないことをやらかしちまったんだ」
「俺は、俺は……!」
「しっかりしな! だが、アクゼリュスの人は死んじゃいない!」
「え……?」
「住民の大半はあんたらが来る前に逃がしてるし、残った人もこのタルタロスに保護してる。人的被害は最低限で済んだ。不幸中の幸いってやつだね。取り返しのつかない事態かもしれない、あんたが逃げたくなるのも分かる、でも正面から受け止めるんだよ。自分がヴァンに利用されちまった事、それでとんでもないことをやっちまったことを、呑み込むしか……」
「もういいでしょう!」
尚も言い募ろうとしたカンタビレの肩を掴み、怒号と共に止めたのは、ジェイドだった。
「カンタビレ、それ以上は、あまりにも酷ではないですか」
「……へぇ、死霊使いともあろう男が随分と甘いものだね、あんたこそこういうときは冷静に責めるもんだと思ってたよ」
「私は……、確かにそうしていたかもしれません。ですが、大人になれと言われてしまいましたから」
ジェイドを横目に口の端を吊り上げたカンタビレと、対照的に気まずげに眼鏡の位置を直すジェイド。周りの人間は、デオ峠でも見せた声を荒げるジェイドという光景に目を丸くしていた。
「とにかく、一旦休みましょう。話はティアの言っていたユリアシティに着いてからでも良いはずです」
そのジェイドの言葉で、一行は甲板からタルタロス艦内へと歩みを進めた。未だ呆然自失状態になってしまっているルークは、ティアとアニスがその両脇を固め、イオンが心配そうにそれを見送った。
甲板からイオンとカンタビレ以外が姿を消してから、イオンはカンタビレへと振り返った。
「すみません、カンタビレ。損な役回りをさせてしまいましたね」
「気にしなさんな、導師イオン。誰かがやらなきゃいけないことなんだ。こういうのは大人の役目ってね。いやぁ、私もモースの奴の悪癖が感染っちまったかな?」
「フフッ、そうかもしれませんね」