大詠師の記憶   作:TATAL

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朱赤と鮮血

 闇に沈んでいたルークの意識が浮上する。それに伴って目を開こうとするが、彼の意に反して瞼が開かれることは無かった。それどころか、身体を動かすことすら儘ならない。

 

(ど、どうなってんだ……?)

 

(やっと起きたか、お坊ちゃん)

 

 混乱するルークの頭に響くのは、自らのそれと似た声。

 

(ッ!? 一体どこから)

 

(そう慌てるな。今見せてやる)

 

 彼の言葉と共に今まで閉ざされていた視界が開け、初めて周囲の状況を見るに至った。目の前には身体全体を映し出す姿見。そしてそのガラス面に反射している姿は、

 

(アッシュ!? 何で俺がアッシュの姿に!)

 

(喚くな。俺とお前は音素振動数が完全に一致したオリジナルとレプリカ。コーラル城でお前とのフォンスロットを開いたお陰で呑気に眠ってるお前をこうして俺の意識と繋げることも出来るってわけだ。お前が起きるのをボーっと待ってるわけにもいかないんでな。お前は俺の中から、俺がやることを見ていろ)

 

 アッシュが振り返ると、その視界に映し出されるのはベッドに寝かされた自身の姿。それを見てルークは自身の意識がアッシュの身体の中にある現状を認識した。

 

(……やっぱり、俺はお前のレプリカなんだな、アッシュ)

 

(ようやく認めたか。今度はみっともなく喚くんじゃねえぞ。頭の中でゴチャゴチャ言われると煩くてかなわんからな)

 

「アッシュ!」

 

 そして背後からかかるのはルークがよく知る女の声。視界に映るのは共に長く旅をした彼女。

 

「聞いてるの? タルタロスの打ち上げとアクゼリュスの難民についてお祖父様(おじいさま)にお話しして」

 

「分かっている。すぐに向かう」

 

「……それと、ルークに妙なことをしたら」

 

「何度も言うな。手は出さねえよ、護衛もいることだしな」

 

 アッシュは視線を険しい表情のティアから外して再びルークに向けた。枕元にはアッシュの視線からルークを守るかのように小さな聖獣が佇んでいた。

 

「ご主人さまをいじめる人は許さないですの!」

 

 手を目一杯に広げ、少しでも身体を大きく見せようとするその姿はある種滑稽だが、今のルークには見た目の姿以上に頼もしく思えた。

 

「ミュウも森で仲間にいっぱいいっぱい迷惑かけちゃったですの。ご主人さまについて行ってからも、いっぱい迷惑かけちゃったですの。でも、ご主人さまはミュウを見放したりしなかったですの! ミュウを守ってくれたですの! だから今度はミュウがご主人さまを守るですの!」

 

(ミュウ……それにティアも……こんな俺の為なんかに、ありがとう)

 

「忠義心に厚いことだな。安心しろ、ソイツをどうこうしようだなんて考えてねえよ」

 

 そう言うと、アッシュはルークに背を向けて部屋を後にした。向かう先はユリアシティの中で最も広い会議室。その最奥に腰かけているのはこの街の長、テオドーロ。

 

「どうかな、魔界(クリフォト)の感想は?」

 

「噂通り……気持ちのいいところじゃない」

 

「天は障気と外殻大地に覆われ、大地はむき出しのマントルの上を液状化した地殻の一部が流れている。およそ人間の住む場所ではない」

 

(じゃあなんでこいつらはここに住んでるんだ?)

 

「……知っているだろう。我らには監視者の役目がある。この土地を離れる訳にはいかない」

 

(監視者? 一体何を監視してるんだ?)

 

「タルタロスを外殻に上げること、不可能ではないらしいな」(それは起きたときに自分で聞いてみるんだな)

 

「タルタロスにパッセージリングと同様の音素活性化装置を取り付けた。一度だけならアクゼリュスのセフィロトを刺激して、再びツリーを伸ばすことができるだろう」

 

「セフィロトツリーに乗せられる形で、外殻に上がるんだな」

 

「さよう。あの陸艦を使えば、今ここに避難しているアクゼリュスの民も皆外殻大地に戻すことが出来るだろう」

 

「どうしてもタルタロスに乗せなくちゃならないのか? ユリアシティから直接外殻大地に戻すことも出来るだろう」

 

「大半は事前に避難していたと言えそれでもかなりの人数だ。出来なくはないがかなりの時間がかかる。その上道中の安全を保障することも難しい。それならばマルクト軍とカンタビレが率いる神託の盾騎士団がタルタロスで送り届けた方がよほどマシだと思うが?」

 

「ッチ、仕方ないか」

 

 テオドーロの言葉にアッシュは忌々しげに吐き捨てる。彼にとってはタルタロスという足を使う機会を最大限利用できるこの機会、それを少しでも煩わされるのは不服だった。とはいえ、テオドーロの言うことも事実であり、受けざるを得ない。

 

「さて、私は一度席を外しましょう。何やら皆さんお話ししたいことがありそうですからな」

 

 そう言ってテオドーロは立ち上がり、扉へと向かう。それを目で追った先にいたのはティアをはじめとする一行。

 

「ルークはまだ目を覚ましていませんが。外殻大地に戻る前に、話す場を設けるべきだと考えました。よろしいですか?」

 

 ジェイドが眼鏡を押し上げ、一歩前に進み出る。

 

「あなたからも、私からも、話すべきことがあるかと思います」

 

「……そうだな。長くなる話だ」

 

 アッシュもジェイドに同調し、席に着いた。他の者もそれに続く。全員が腰を下ろしたことを確認したジェイドは、徐に口を開いた。

 

「では私からお話ししましょうか。アッシュとルークの関係。レプリカについて。その話をするには、まずは私の生い立ちから話す必要がありますね。少し長くなりますが、聞いて下さい」

 

 その言葉を皮切りにジェイドから語られた話は、事情を知るアッシュ、そして導師イオン以外の皆を驚愕させた。

 

 フォミクリーと呼ばれる技術。生体、無機物問わず、その音素構成情報を基に人為的に構成された模造品。幼少のジェイドが雛形を作り出し、マルクト軍に見出されてその研究を進め、その果てにフォミクリーを禁忌として封じたこと。だがその研究資料は持ち出され、恐らくはヴァンによって研究は続けられているということ。

 

 そして続けてアッシュの口から語られた話。7歳の頃、ヴァンの手によって誘拐され、コーラル城でレプリカが作られ、自らの居場所を奪われた。自分がいるはずだった場所、努めるべきだった役割、隣に立つはずだった者、その全てがそっくりそのまま、同じ顔をした別人に取って代わられてしまった絶望。

 

 彼が感じた絶望は如何ほどのものだっただろうか。ある日突然、自分の居場所が世界から消える恐怖、幼い彼が自らを誘拐したヴァンの下に身を寄せるしかなかったのはごく当たり前の話だった。

 ヴァンという男の狡猾さ、計算高さは恐るべきものだ。レプリカとして作られたルークに、自らの存在を刷り込み、同時に攫ったアッシュのたった一人の寄る辺となることによって自らの計画の肝となる存在どちらに対しても大きな影響力を持つに至った。

 

「私の罪は、フォミクリーを生み出してしまったこと。そしてそれ以上に、そのフォミクリーへの未練を捨てきれなかったことです。そのせいで、アッシュは居場所を奪われ、ルークはその心に大きな傷を負ってしまいました。本来責められるべきは……ルークよりも、ヴァンよりも、私なのですよ」

 

(ジェイド……)

 

「殊勝だな、死霊使い」

 

 机に目を落としたジェイドにつかつかと歩み寄るアッシュ。

 

「殊勝、そんなものではありませんよ。大人になりきれなかった過去の私のツケから逃げられなくなってしまっただけですよ。事ここに至って、みっともなく逃げ回ることは、私のちっぽけなプライドが許してくれないのです」

 

「詩的なセリフだな。冷血な死霊使いサマとは思えない言葉だぜ。なら、その言葉がどこまで本気か確かめさせてもらおうか!」

 

「なっ!」

 

「まさか!」

 

 アッシュはそう言って茶髪越しに見えるその首に剣をあてがった。ガイとティア、アニスが腰を上げようとするが、ジェイドがそれを手で制したことによってその動きは止められた。

 

(アッシュ!? やめろ!)

 

(黙ってろ! 俺の中にあるこの怒りは、誰にも止める権利など無い。お前だってこいつがいなけりゃ今みたいな目に合わなくて済んだんだぜ?)

 

(そう、かもしれない。でも!)

 

 意識の内側で言い争うルークとアッシュ。だがアッシュはそれを外面に出すことは無い。あくまで表情は変えず、冷静にジェイドの首に剣を突き付け続ける。

 

「……もしこの首を飛ばすことで、全てが贖えるというのなら。それもまた良いのかもしれません」

 

「おい旦那! 滅多なことを言うもんじゃないぜ?」

 

「そうです! 大佐はマルクトに必要な人間です!」

 

 その剣に命を委ねようとしているとも取れるジェイドの発言に、ガイとティアがジェイドの制止を振り切って立ち上がり、反駁する。だが、アッシュに目で制されてそれ以上の行動を抑えられてしまった。

 

(やめろ、剣を下ろせ、アッシュ!)

 

(ごちゃごちゃうるせえぞ! そんなに止めてみたきゃ、ケセドニアで俺がしたみたいに俺の身体を動かしてみたらどうだ?)

 

 尚も頭の中で騒ぐルークに一喝すると、アッシュは剣を振り上げた。

 

「その態度、そのまま維持出来るか?」

 

「……あなたが私を殺そうとすること。それほどまでに私に怒りを向けることは、正しいことなのでしょう。ですが、この愚か者の言葉を聞いて頂けるなら。私を殺した後は、フォミクリーの技術に関して全てこの世から抹消することを約束して頂けますか?」

 

「安心しろ、初めからそのつもりだ。お前を殺したら、フォミクリーに関わった人間を全員始末する。研究資料も燃やす。フォミクリーという言葉をこの世界から消し去る。ヴァンがもう二度とふざけた計画を立てられないように、……あのお坊ちゃんも殺す」

 

「そんな!」

 

「させないよ!」

 

 アッシュの言葉に、遂にナタリアとアニスも立ち上がった。片やその目を信じられないと言わんばかりに見開いて、そして片や刺し違えてでも凶行を止めてみせるという強い意志を秘めて。だが、それよりもアッシュが動く方が速い。神託の盾騎士団六神将の一角として鍛えられたアッシュの剣は、その鋭さを欠片も鈍らせることなくジェイドの首へと向かっていく。

 

「……アッシュ、あなたの言葉を聞けて私の憂いは無くなりましたよ。ピオニー陛下にはアクゼリュス崩落の際に行方不明になったと言えば良いでしょう」

 

「安心しな、後始末はきっちりつけてやる」

 

 安心したように目を閉じるジェイドと、それを聞いて振り下ろす剣に満身の力を籠めるアッシュ。

 

(や、めろォォォッ!!)

 

 ただ一人、アッシュを除いて誰にも聞こえないルークの叫びが、アッシュの脳内に木霊した。


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