大詠師の記憶   作:TATAL

22 / 137
説明回故に展開も筆も進まない問題


背負った者と背負わされた者

「これより、タルタロスはアクゼリュスのセフィロトツリーを一時的に励起させ、記憶粒子(セルパーティクル)の流れに乗って外殻大地に浮上する。総員、タルタロスの起動完了後は衝撃に備えよ。また、アクゼリュスからの避難民の皆さんも手近なものに掴まって身体を少しでも固定して下さい」

 

 タルタロス艦内に響くジェイドの声に、マルクト軍兵士達の動きが俄かに慌ただしくなる。彼が立つ艦橋でも、数人の兵士に加えてガイやアッシュ、アニスがモニターを前に操作を行っていた。

 

「うぅ~、大佐から説明は受けたけどやっぱりチンプンカンプンですよぅ」

 

 淀みなくタルタロスの起動を進める兵士達とは対照的に、事前にレクチャーを受けているとは言え、実際に動かすのは初体験になるアニスの手はどこかたどたどしい。

 

「いやいや、音機関を少しは触ってた俺もここまでデカい代物を動かすのは苦労するんだ。アニスは良くやってるよ」

 

「アニスもガイもゴチャゴチャ言わずに手を動かせ。マルクト軍が生き残ってるお陰でマシだが人手は足りないんだ」

 

「分かってますー! というか趣味で音機関触ってたガイはともかくアッシュは何でそこまで慣れてるのよー」

 

「タルタロスを乗っ取って動かしてたのは誰だと思ってるんだ。少なくともド素人のお前らよりはマシだ」 

 

 アニスに答えたアッシュの言葉に、艦橋には僅かに緊張した空気が漂った。だが、当の本人は素知らぬ顔で淀み無く手を動かし続けている。どちらかと言うと、迂闊なことを聞いてしまったアニスとそれを横で聞いていたガイの方が居心地が悪くなってしまった程だ。

 

「はいはい、皆さんちゃんと手を動かしてくださいねー。ところでアッシュ、外殻大地に戻ったらどうするのですか?」

 

 それを敏感に感じ取ったのか、ジェイドが空気を変えるように両手を打ち、アッシュへと問いを投げかけた。

 

「私としてはアクゼリュスの避難民もいることですし、マルクト領か最悪ダアトまでは送り届けたいのですが?」

 

「私もイオン様と一回ダアトに戻りたいでーす。モース様も心配してるだろうし~」

 

「……マルクト領まで行くと遠回りになり過ぎる。避難民はダアト港で降ろすが、導師イオンと守護役はまだついて来てもらう」

 

「え~!? なんでわざわざ」

 

「必要なことだからだ」

 

「遠回りというと、アッシュの目的地はどこなのです?」

 

「ベルケンドだ。ヴァンが頻繁にベルケンドの第一音機関研究所に出入りしていたからな。そこで情報収集する」

 

「ベルケンド……確かにそこに向かうならグランコクマは反対方向になってしまいますね。部下達には苦労をかけますが、しばらく頑張って頂きましょうか」

 

「ダアト港で避難民を降ろし、物資を補充してからベルケンドへってことか」

 

「そういうことになる。人員も十全とは言えないが残っているからな、タルタロスという移動手段を最大限に利用させてもらう」

 

「ナタリアはどうしますか? ベルケンドならばそのままバチカルに向かうことも可能だと思いますが」

 

 そこでジェイドは艦橋の片隅に佇むナタリアへと水を向けた。彼女は自分に話が振られるとは思っていなかったのか、彼の言葉に応えることは無く、ただ思い詰めた表情でアッシュへと視線を注いでいた。

 

「ナタリア?」

 

「っ?! え、ええと、ごめんなさい。今はどのようなお話をしていましたの?」

 

「外殻大地に戻った後のことです。アッシュはベルケンドに調査に向かうと言っていますが、ナタリアはそこからバチカルに戻ることもできます。どうしますか?」

 

「そうですわね……、私もまだ気になることがありますから同行しようと思いますわ。導師イオンが無事にダアトに戻られるのを見届けてからバチカルに帰りますわ」

 

 ジェイドの再びの問い掛けにナタリアは少し考え込んだものの、同行を申し出た。それを受けてジェイドは視線をナタリアから外し、再びアッシュへと戻す。

 

「そうですか。ではアッシュの用事を早々に済ませてしまいましょうか」

 

「さっさと終わらせるぞ」

 

 ジェイドに視線を合わせることなく、ぶっきらぼうに答えたアッシュ。ジェイドはその姿に、今はまだ眠りについているもう一人の存在が重なり、微笑ましいような、それでいてそう感じる自分を嘲るような複雑な気持ちが胸中に渦巻いた。

 

「ええ、そうしましょう。タルタロス起動、これより外殻大地に浮上する!」  

 

 そんな感傷を胸の奥深くに押し込め、彼は号令をかける。ジェイドの言葉を受けてタルタロスはその巨体を震わせ、船体の周りは活性化した記憶粒子(セルパーティクル)が舞い、その光がタルタロスを包み込んでいく。

 ある種幻想的なその光景をぼんやりと眺めながら、ジェイドは先の会議室でのやり取りを思い出していた。

 

 


 

 

 アッシュが振り下ろした剣がジェイドの首を斬り飛ばすことはなかった。剣を握りしめたアッシュの右腕は、他ならぬアッシュの左腕によって止められていた。

 

(……ほう、やれば出来るんじゃねえか。お坊ちゃん)

 

(殺させない。まだ何も理解できてないけど、それでもこんなことをすべきじゃないってのは分かる!)

 

 アッシュを止めたのは、アッシュの意識と同調しているルークだった。かつてアッシュが無理矢理ルークの身体を動かしたように、左腕だけとはいえ、身体の制御をアッシュから奪い取ったのだ。

 

「……殺さないのですか」

 

 ジェイドがアッシュを横目に見ながら呟く。

 

「初めから殺すつもりはない。お前にはやってもらわなきゃならないことが山ほどあるんだ。ここで死んで逃げられるとでも思ったか?」

 

「死ぬことが逃げ、ですか。そうですね、私はまた、安易な方法に走ってしまうところだったようです」

 

「フン、お前のツケはお前自身で払うんだな」

 

 そう言ってアッシュは剣をしまい、再び席に腰を下ろした。それによって張りつめていた会議室の空気がようやく少し緩んだものへと変化した。

 

(ツケは自分自身で払う……)

 

(そうだ。お前も自分がしでかした事は、生きて自分で償うしかない。死んで償うなんて出来やしない。それはただの自己満足だ)

 

(でも、それじゃあ俺はどうすれば……) 

 

(そんなことは俺の知ったことじゃない。自分の頭で考えろ、お坊ちゃんが)

 

 アッシュはそう言い放つと、ルークとの交信を絶ち、目の前のやり取りに集中する。彼がこのような行動に出たのは、ただ自分の留飲を下げたいがためではない。

 

「ツケ、ですか。どうすれば私の冒した罪を少しでも贖えるのでしょうね」

 

「そんなこと俺が知るわけも無いだろう」

 

「……それもそうですね。少なくとも、ここで死ぬことは贖いでは無いことは確かですね。私に出来ることを探さないといけません。まずはルークが目を覚ました時に、謝るところからですかね。アッシュには感謝しなければいけませんね。あなたの言葉が無ければ、私は自分の罪を背負ったつもりで、目を背け続けていたことでしょう」

 

 そう言って大きく息を吐くジェイドは、どことなくスッキリとした表情をしていた。彼が胸中に抱え続けてきた罪を告白したことで、むしろ肩の荷が降りたと言うことなのかもしれない。

 

 ジェイドの変化を目敏く見抜いたアッシュは、仏頂面を崩すことはなかったが、ルークに感知されない意識の奥底で満足を感じていた。

 

 彼の脳裏にあったのはここに来る前にディストと交わした会話。モースに言われるがままにディストに話を持ち掛けると、彼は待ってましたと言わんばかりに嬉々としてアッシュに協力してくれた。その最中、ディストが今取り組んでいる研究について語るのを聞き流していたアッシュだが、その中に見逃せない単語が散りばめられていた。

 

 レプリカの寿命、オリジナルの劣化、そしてコンタミネーション現象。

 

 ディストから断片的にもたらされる情報だけで、アッシュの頭脳はおおよその概要を掴めてしまっていた。そして戦慄した。

 

 自分があの出来損ないが生まれたために劣化し、あまつさえ最後は一体となってしまうかもしれない?

 

 そのことは、アッシュにとってはとても許容出来ないことだった。そして自身をこのような境遇に追いやった元凶であるディストをすぐさま切り刻むことすら考えたが、彼の冷徹な部分がそれを押し留めた。聞けば、ディストはそうしたフォミクリーに付随する問題点を解決するための研究を行なっている。光明を自分で消し去るほど彼は短絡的ではなかった。

 更にディストはそれらの研究がモースの指示であることも語った。それを聞いてますますアッシュの中でかの大詠師が不気味で、ともすればヴァン以上に警戒すべき対象となった。どこから知り得たのか分からないフォミクリーへの深い見識、自身がディストと接触するように提言したのは、こうなることを見越した故なのか。

 

 アッシュにとって自らのレプリカは忌むべき存在だ。だが、最早彼を消すことは叶わない。自分と自分のレプリカは、まさしく表裏一体の存在だったのだから。一方が死んでしまえば、他方も逃れられぬ滅びが待っている。

 

 だからこそアッシュは、今この場でジェイドに迫った。ディストだけでは足りないかもしれないが、フォミクリーの生みの親の力があれば変えられるかもしれないと考えたから。

 

(モース、こうなることもお見通しか? 今は踊らされてやる。だが、いつか必ず全てを話してもらうからな)

 

 ジェイドやティア、アニス達が机を挟んで言葉を交わすのを横目に、アッシュの内心を占めていたのは、穏やかな笑みに何もかもを押し隠したような大詠師の姿だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。